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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
3章 燻る火種、見据える未来
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当たり前の時間を、これからも

 それから、さらに数日後。

 グレイヴァルトとソフィアは、二人で離宮近くの街を訪れていた。


 今日は街の視察。という名目ではあるが、ただ二人で出かけているだけだ。王がいる以上は護衛も不要ということで、部隊も今日は休ませている。

 王がしばらく離宮を訪れていることは通達済みではあったが、それでも王の姿を見た民は揃って驚き、平伏する。こうなるのが嫌なんだがな、と内心でため息をつくグレイヴァルトだが、2メートルをゆうに30センチ以上超す彼の体格では、お忍びなどもちろんできない。ましてやソフィアもいるのだから、最初から諦めるしかないのだ。

 一方、ソフィアは気にした様子もない。ごく自然にグレイヴァルトとの買い物を楽しんでいた。


「グレン。そろそろお昼時ですが、そこのお店で何か買っていきませんか?」


「……私が客として並ぶのは、店員を萎縮させるからな」


「それはグレンが怖い顔をしているからですよ」


「怖い顔……」


 目付きが鋭くなった。まさしく民を萎縮させそうな怖い顔だ。

 耳と尻尾が垂れている様子からして、ソフィアには落ち込んでしまったことが分かるのだが。


「ごめんなさい、言い方が悪かったですね。顔が怖い、ではなくて、怖い顔、です。力が入っていれば、誰でもそうなります」


「……そう、か。とは言え……まだ、どこまで力を抜いていいかは分からん」


 王としての在り方を見直していくとは決めた。だが、ならば急に民の前で素を見せるかと言われると、それも極端すぎるだろう。


「一気に変える必要はありません。少しずつ、あなたらしい王の姿を見付けられたら、それでいいのではないですか?」


「……そうだな。困難だが、考えてみよう」


「では、まずは練習からですね。一緒に並びましょうか」


「う、む……」


 案の定、王が並んだことで店は騒然となったが、あくまでも一介の客であることなどをソフィアがとりなし、そこまでの騒ぎにはならなかった。彼女は王都で慣れているのだろう。


 道端に座り、二人で買ったばかりのホットサンドをかじる。ボリュームのあるパンと肉を噛み切ると、たっぷりの肉汁とチーズが溢れ出る。なるほど人が並ぶわけだ、と王の舌も満足させる逸品だった。

 なお、毒見は王が理術で行っている。こればかりは習慣なので仕方がない。例外なのは、数名から渡された食事だけだ。


「とても美味しいですね! はしたなくても頬張りたくなります」


「意外だな。人間の女性は、あまりこういう重たいものを好まないと思っていたが」


「美味しいものに、種族も性別もありません。こういうものもたまには食べたくなるのですよ」


「そういうもの、か」


「そういうもの、です。……ふふ」


「……じっと私の顔を見て、どうした?」


「思えば、こうして普通のデートをしたことはありませんでしたね」


「デッ……」


 王の声が、一瞬だけ裏返る。毛がぶわりと逆立った彼の反応を見て、ソフィアは静かに顔を伏せた。笑いを堪えているのだ。


「ふ、ふふふ。あなた、それは結婚してからする反応ですか……?」


「……し、仕方がない、だろう。私には、そういう経験をする時間が、無かったのだから……!」


 咳払いで誤魔化しながら取り繕おうとするが、どう聞いても素が出ている。せわしなく尻尾を動かしながら、周囲の様子を気にしているが、逆効果だろう。


「でしたら、一緒に経験していきましょう。今まで経験できなかったことを、取り返して余りあるほどに」


「…………。私は、王だからな。きっと、普通の夫より、お前に使ってやれる時間は短いだろう」


 ソフィアにも分かっている。彼の人生の多くは、国のために費やされる。自分のため、ソフィアのため、そんな自由な時間は限られている。それでも、彼女に不満はない。


「けれどあなたは、時間が短いぶん、たくさんの愛をくれるでしょう? 私もあなたも、心から愛し合っていることは、とっくに思い知っています。だから私は、それでいいのですよ」


 自分がグレイヴァルトを愛しているように、彼がソフィアを愛してくれていることに、もう疑いはない。胸を張って、彼から愛されていると言える。だが、王はそんな妻の言葉に、片手で目元を覆った。


「お前のそういうところは、天然なのか……?」


「……? どういう意味ですか?」


「いや、いい。聞いた私が野暮だった」


 彼女の言葉は計算で出せるものでもないだろう。もっとも、彼も人のことは言えない面はあるのだが。


「私とこうして過ごす時間は、楽しいか?」


「当然です。あなたは?」


「……楽しいさ、とてもな」


 今は、素直に返事ができた。その時に王が浮かべたのは、ソフィアが見た中でも、とても穏やかな表情であった。


「これからも……たまには、こうして出掛けるとしよう」


「……はい!」


 この先にはまだ、多くの苦難があるのかもしれない。それでも、こんな時間を守りたいと、心から思えた。だから王は改めて、何が相手でも戦い抜く覚悟を決めたのだった。

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