未来への覚悟
「仰ることは、理解しました。ですが、事実として今のあなたは、力で成り立つ王です。それは当然、承知の上ですね?」
「……ああ」
「信頼する誰かの前だけ緩めたとしても……民はいずれ、あなたの変化に気付くでしょう。己を偽ることは困難で、だからこそあなたは今まで徹底していたのですから」
ソフィアとの婚姻で、グレイヴァルトへの印象が変わりつつあるのも同じ話だ。本人が意識していないような些細な変化であろうと、それはほぼ確実に露呈していく。
「ましてや今は、ソフィア様のことで、国は大きく変化しようとしています。多くの国民が、その中でどうすべきか考えている。そんな中で、あなたの在り方まで変化すれば……その綻びを狙われかねない」
それは、グレイヴァルトも理解している。
元より彼も、全ての国民が自分に心酔しているなどと思っているわけではない。王の力が故に、従わざるを得なかった者もいる。
だから、ソフィアや人間に反感を持つ者だけではない。この隙を利用して、グレイヴァルトを狙う月獣も動こうとするはずだ。
しかし、小さく笑ったグレイヴァルトは、真っ直ぐにゼルニスを見た。
「だからこそ……変わるなら、今なんだ。押さえ付けた反動は、その時間が長ければ長いほどに、強くなるものだろう?」
力で全てを従わせることはできるだろう。彼にはそれだけの力がある。だが、それは問題の先送りでもあるのだ。
だから王は、燃えないように火種を踏み続けるのではなく、炎に焼かれてでも火種を取り除く覚悟をした。
「下手をすると、争いが起きるとしてもですか?」
「だから、お前に力を貸してほしいんだ、ゼル。誰も犠牲にせず、全てを最善の状態で終わらせられるように」
それが甘いことを、誰よりもグレイヴァルトが知っている。
過酷な現実に翻弄され、望まないまま戦ってきた。どんな綺麗な理想を掲げても、それを叶えるために汚れる結果となってきた。
とっくに、無数の傷が王には刻まれていた。いつまでも消えない、国と共に背負うと決めた痛み。それでも、それは未来に傷を増やしていい理由にはならない。
「俺がこの国を生み出したのは、もう取りこぼしたくないからだ。何かを捨てる選択など、するつもりはない」
「ここに来て、理想論で押してきますか」
「今さらだな。理想を持たずに国など興せるか。そもそも、お前もその理想に乗ったひとりじゃないか?」
「……まったく、痛いところを突きますね」
王が治めねばならないものは、どこまでも現実だ。だからこそ、己にできる全てで、より良いものを目指す。
それが良い結果をもたらすとは限らない。それでも、理想を追う思いは、未来を良くする原動力だ。それを捨ててしまった時、国は止まるのだと、彼は思うのだ。
「俺ひとりの手では、足りないことなど分かっている。だが……最も信頼するお前の力を借りられるのならば、これほど心強いことはない」
革命の時も、王となってからも、ゼルニスはグレイヴァルトを支えてくれた。彼の能力は、誰よりも知っている自信がある。どのような理想であっても、彼が共にあるのならば叶えられると思える。
「だが、それは俺の後ろに控えてくれという意味ではない。お前には、俺の隣で、対等な位置で……俺の親友として、一緒に進んでほしいんだ!」
かつて、母の意志を継いで革命の指導者となった時から、グレイヴァルトがここまでやってこれたのは、親友がいたからだ。ならばこそ、彼がいれば、ここから先だって望みを掴める。そう信じられた。
少しだけ、沈黙が続いた。それを破ったのは、小さな苦笑だった。
「ああ……まったく。なんだよ、ほんとにさ」
呆れたように、それでいてどこか肩の荷が降りたように。力を抜いた山猫の振る舞いは、今度こそ彼本来のものに戻っていた。
「僕だって、それなりに決心して来たはずなんだけど。まさか君の方から終わらせてくるだなんて、さすがにちょっと想定外だったな」
「……ゼル」
「それにしても、僕が愛想を尽かしたなら、は後ろ向きすぎないかい? 思わず本音が出ちゃったじゃないか」
「それは、悪かったが。いや、元はと言えば、お前があんな態度を取るからだな……」
「はは。まあ、いずれにせよ……ここまで色々と突き付けられちゃったら、僕の負けだよ、グレン」
もしも彼が、責務に耐えかねて逃げようとしていたならば、答えは違った。だが、グレイヴァルトは様々なものを見つめ直し、未来を考えていた。――耐えかねて目を逸らしていたのは、むしろ。




