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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
3章 燻る火種、見据える未来
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正しさという枷

「ソフィアの姿を見ているだろう、ゼルニス。彼女は、寄り添うことで民に慕われつつある。この国でも、力以外で上に立てることを証明している。種族というハンデを背負ってなお、だ」


「……ですが、それはあなたの存在があってこそではないでしょうか?」


「始まりはそうだったかもしれん。だが、もうそれは重要ではなくなっている。王都の民が彼女に相談するのは、私の力を頼ってか? 違う。お前にも、それが分からないとは思えないがな」


 ソフィア個人を慕うものは、増え続けている。完全でなくとも、そういう声が聞こえてくるようになった、という事実が確かにある。


「無論、私ではソフィアと同じことはできない。だが……在り方がひとつでないことを、彼女は見せてくれた。ならば、私はこのままで停滞していいのか?」


「………………」


「私とて、永遠に生き続けられるわけではない。私の力が消え去った時に、すぐさま瓦解するような状態だとすれば、なおさら放置はできない」


「だから、絶対の王者である必要はない……と?」


「繰り返すが、今までの全てが間違っていた、とは思っていない。だが、見直すべき点はあるのだと気付いた。まだ、具体的にどうする、という答えがあるわけではないが……」


 グレイヴァルトは間違いなく、民から畏敬の念を集めており、それは統治の在り方のひとつだろう。だが、彼が全ての正しさを決める現状は、独裁と紙一重でもある。それでは、王への依存はいつまでも残り続ける。


「友を友と呼ぶこともできず、感謝を伝えることもできない。少なくとも、そんな息苦しい国は、私の望むものではない」


 何が正しいかは、考え始めたばかりだ。簡単に正解が出るものではない。だが、何が間違っているかは、今でも分かる。


「……お前がそんな顔をしているのに、見てみぬ振りをしたくはない。お前が悩んでいることに、私が気付かないと思ってくれるなよ」


 重いため息がひとつ溢れる。もう、堪えるのも限界だ。


「……聞かせてくれ、ゼル。俺がお前に礼をひとつ言っただけで壊れるような、そんな脆いものが、俺たちの築いてきた国なのか?」


「………………。それを必要と決めたのは、あなたなのですよ?」


「そうだな。その通りだ。俺が決めて、お前たちが従ってくれた」


 己の口調は崩さず、ゼルニスは、真っ直ぐにグレイヴァルトの姿を見据えている。咎めるわけではなく、何かを見極めようとするように。


「だが、俺もお前も完璧ではないんだ。過去に決めたから、という理由にしがみつくのもおかしな話ではないか?」


 正しいと決めたのは彼らである。だからこそ、それを正せるのも彼らだ。


「……ソフィアと出会い、俺は辛さから目を逸らしていることに気付いた。どれだけその相手が大事でも、他の誰かの代わりになどできないものだ」


 他者との関係は、そのふたりの間でのみ成り立つものだ。大切な誰かがひとりいれば、他の関係はもう不要だ、とはならない。


「ああ。ずっと、苦しかったんだ。お前に、エルマに、ユージア爺に、バルザーク。皆の前で自分を出せなくなってから、どれだけの時間が経っただろうか」


「…………っ。後悔、しているのですか?」


「覚悟はしていたし、後悔もしていないさ。お前たちは、形を変えても俺を支えてくれたし、変わらず感謝もしている。……それでも苦しかった、というだけだ」


 押し込めてきた本音。まずはそれを素直にぶつけた。ゼルニスも少しだけたじろぐが、これだけでは辛いから止めたい、と言っているようにも聞こえる。だから王は、そのまま言葉を続けた。


「誤解しないでほしいが、その辛さが国のためになるのならば、俺はいくらでも耐えるつもりだ。だが……逆に、()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだろう?」


「…………!」


「ふと、思い当たったんだ。民のためを目的とした王の振る舞いだったはずが、いつしか俺は……王として振る舞うことを目的にしてしまったのではないか、と」


 長く続けていくうちに生じる麻痺。手段と目的の逆転。本当に必要なのかを考えることもなく、ただそうあるべきだと繰り返すようになっていた。


「情けないが、きっと俺は苦しさに酔っていた。苦しければ苦しいほど、努力している気分になれる。それを止めることが、甘えのように思えてしまう。だが、それは本質とは何も関係ない。ただ、俺が苦しかっただけだ」


 それが国のためだと思っていたから、耐えてきた。だが、それがさして重要でないのならば、我慢はできない。


「ましてや、それが友を悩ませる要因になっているのならばな。……そう考えるのは、俺の自惚れか?」


「…………陛下」


「当然……お前が本当に愛想を尽かして、俺を見限るのならば止めはしないが、な」


「――そんなはずがないだろう、この馬鹿」


 そんな一言に、グレイヴァルトは驚いたような顔でゼルニスを見た。

 当の山猫は、ひとつ小さな溜め息をつく。そうして、何事もなかったかのように、言葉を続ける。

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