大族長 2
「我々の中に、反逆者がいると言いたいのか?」
『そうは言っていない。だが、そのぐらいを疑わねばならないのは確か……もちろん、私も疑われて然るべきだ。私はそう思いますが、どうでしょうか、陛下?』
バルザークの怒りを買うことを避けるためか、ディオスはその言葉を王へと譲る。そういった立ち回りには特に手慣れている男だ。
「貴公たちへ疑念を抱いているという話ではない。しかし、疑わしきを調べるだけでは足りぬのだ。私が狙われ、妻も狙われた。これは我が国の綻びである。早急に手を打たねばならないのだ」
「……むう」
「不満を感じるのも無理はない。だが……愛国心、ひいては私への忠誠を持つが故に、ソフィアを狙うことも考えられるだろう。前例もあるからな」
低く唸るバルザーク。恐らく、その言葉が正しいことは理解しているのだろう。それでも、疑われる立場になるのは、愉快な気分ではないはずだ。
あるいは。本当に彼が黒幕であれば、避けたい展開とも取れる。そして。
「人間への反感にも、個人差がある。元々が単なる偏見であったならば、ソフィアの活動で改善もされよう。だが、確かな理由をもって憎む者は、そう簡単にはいかない。……貴公はそれをよく知っているはずだ、バルザーク」
「――陛下。オレが人間を憎んでいるとおっしゃりたいのか?」
今度は、確実に怒りの滲んだ言葉だった。忠誠すらも上回るほどに、今の言葉は触れてはならない何かだったのだろう。
「客観的な事実として、それに足る理由を抱える者もいる、という話だ。不快なのは承知だが、堪えよ。私の、そして王妃の前であるぞ」
「…………失礼致しました」
そんな会話に、ソフィアは違和感を覚える。いかに王として振る舞っている状態とは言え、他者をいたずらに煽ることなど、グレイヴァルトらしくないと思った。
(黒幕を炙り出すため? ですが、それだけであのような物言いをするのは……)
王の意図を考えてみるが、この場で尋ねることはもちろんできない。バルザークは大人しく座っているが、機嫌を損ねたのは間違いないだろう。
『バルザーク卿。潔白であるならば、なおのことそれを証明するためには、我らが厳粛に調査されるべきではないか?』
「言われずとも分かっている。ただでさえ我らは、先の調査により最も疑われる立場であろうからな」
『そう腐るでない。貴公の忠誠の厚さは儂らもよく知っておる』
『ええ。そして、何よりも陛下がそれをご存知のはずですわ』
「無論だ。それで特別な扱いはできぬ、というだけでな」
険しい表情を浮かべるバルザークを前にしても、グレイヴァルトは変わらない無表情だ。その裏で彼はいったい、何を思っているのだろうか。
「では、今後の段取りについて、決定していくぞ。まずは……」
ソフィアに分かるのは――彼の座した椅子の後ろ、尾が力なく垂れているということだけだった。
「……ふう」
会議が終わり、バルザークも立ち去った後。静けさが戻った離宮の一室で、ようやくグレイヴァルトは一息ついた。
「お疲れ様でした、グレン。お茶をどうぞ」
「ああ、ありがとう。ソフィアこそ、よく最後まで臆せず振る舞ってくれた」
「さすがに緊張はしましたけどね。あなたが隣にいてくれるならば、何に臆することもありませんよ、私は」
「……そうか」
ぱたりと、尻尾がひとつ揺れる。そんな姿にくすりと笑って、ソフィアも一緒のテーブルについた。
「ですが、少し驚きました。……まさか、会議の内容を、フローリアンに通信で聞かせるなどと」
「……誰にも気付かれずに済んで何よりだったよ」
ソフィアの言うとおり、グレイヴァルトは密かに別の通信を起動し、別室に待機させていたフローリアンへと内容を聞かせていた。当然、大族長たちは知らない話だ。
「フローリアンは信頼できる。彼にはありのままの情報を伝えたかったんだ。身内では見えない何かに、彼ならば気付けるかもしれないからな」
「……ぶしつけな質問ですが、許してください。グレンは、大族長のどなたかを疑っているのですか?」
身内である大族長の情報を、秘密裏に他国へと渡す。その行動の意味は、おのずと限られるだろう。ソフィアの問いに、グレイヴァルトの耳が伏せられた。
「そうであってほしくない、と願ってはいる。だが、彼らならば俺を出し抜ける能力があると知っている。ならば俺は、この国の主として、そしてお前の夫として、誰であろうと調べなければならない」
「グレン……」
「無論、全員ではない。ゼルニスやエルマもそうだが……信頼できる味方を見極める努力はするさ。疑ってばかりでは、余計な敵が増えるだけだからな」
少しだけ哀しそうな笑みを浮かべて、王は答える。数年来の仲間、身内を疑わなければならないのは、優しい彼には辛いはずだ。
「とは言え、俺もさすがに疲れた。明日からしばらくは、素直に休むとするよ。久々に、本でも読んで過ごすのもいいな」
「本……グレン、本が好きなのですか?」
「ああ、昔からな。母さんを通して、人間の書物も読んだことがある。王となってからはご無沙汰だったが」
グレイヴァルトと結婚して数ヶ月。妻であるソフィアが趣味も知らなかったほどに、彼は執務に明け暮れていた。これでも、彼女のために時間を作るようになった方なのだ。
考えねばならないことは山ほどある。だからこそ、英気を養わねばならないのは、王も理解している。己の全力で当たらねばならない何かが、迫っているかもしれないのだから。
「良ければ、休みのどこかで本を買いに行きましょう。私も月獣の本には興味があります」
「……ああ、そうだな。俺も、楽しみにしておくよ」
今はせめて、彼女と穏やかな時間に浸りたい。そんな思考もまた、久方ぶりのものであった。




