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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
3章 燻る火種、見据える未来
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銀の騎士団長

 流れるような銀髪。色白な肌。切れ長な青い瞳に、常に浮かんだ柔和な笑み。誰もが認めるだろう美青年だ。

 一見すると線が細くも見えるが、無駄を削ぎ落とし引き締まった肉体を見れば、たゆまぬ鍛練を積んできたことは分かるだろう。


「ソフィア様、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」


「ええ。フローリアン、あなたもお変わりなく」


 男の名は、フローリアン・アインホルン。ソルファリアで最強と謳われる、若き騎士団長である。

 その実力はグレイヴァルトにも認められるほどだ。月獣と人間では身体能力に差があるが、この青年であれば、月獣の戦士が数名で取り囲んだとしても、難なく返り討ちにするだろう。

 どころか、この国で最高峰の戦士であっても互角かもしれない、とまで王は評価している。

 同時に、優雅でありながら飄々としていて、食えない男であるとも考えているが。


「アインホルン卿。こうして足を運んでくれたこと、感謝しよう」


「いえ、こちらこそ。王都まで伺えずに申し訳ございません、グレイヴァルト様」


 爽やかな笑みのまま、男は頭を下げる。彼は、獣王に対しても一切の物怖じをしない。グレイヴァルトにとっても、その方が有難いが。


「早速だが、情報の共有を始めるとしよう」


「ええ。では、こちらを」


 互いに資料を交換し、目を通していく。

 会話だけならば、理術による遠隔通信も可能だ。とは言え、優れた術師でもなければ道具が必要となり、距離が離れるほどに安定感も落ちる。結婚式の投影術式も、多くの理術師が力を注いでようやく成り立った、大がかりな術である。

 最近になって、技術の発展もあり、両国の通信も少しずつ整備されてきた。だが、国を跨ぐほどの距離ではまだ安定しない。だからこそ、まだ手紙などの物理的なやり取りが中心だ。

 さらに言えば、通信は道具さえあれば誰でも使えるからこそ、盗聴などの危険もぬぐえず、内密な会話には向かない。


 つまり、こうしてフローリアンが直接ルナグレアに足を運んだのは、内密な会話だからである。


「世論の二分化、か。想定通りだな」


 書面をなぞりつつ、王は呟く。もたらされた情報は、昨今のソルファリアでの月獣の印象についてだ。


 婚姻の儀での演説に、ソフィアが歩み寄る姿、ルキウスの協力。それらにより、ソルファリア内部での月獣への感情は、全体として改善の方向に動いているそうだ。

 だが、それと比例するように、反月獣の過激派勢力の活動もまた、活発になってきたらしい。


「婚姻の儀の後、騎士たちをそそのかしたとされる者も、数名を捕縛しましたが……恐らく尻尾切りかと」


「で、あろうな。あれは、本気で潰しに来たようには思えなかった。警告、あるいは宣戦布告のようなものだろう」


 捕まる前提での鉄砲玉。警告と同時に、事件を起こして世論の操作に利用することが主目的だったのだろう。


「ですが、いったい誰がその集団を指導しているのでしょうか? 恐らくは地位ある者……かつ、情報戦にも長けているようですが」


「そうですね。第一に、私ならば可能ですよ。騎士団長の地位は様々なことができますし、内部から情報も操れますからね」


 出し抜けに放たれたフローリアンの言葉に、ソフィアが目を瞬かせる。本当に食えない男だ、と獣王は内心でため息をつく。


「戯れは程々にしておくがいい。貴公がそうしたならば、わざわざ自分を疑わせることも言わないであろう」


「あなたがそう考えることを見越して、敢えてそうした可能性もありますよ?」


「堂々巡りの疑念であるな。貴公ならば、その程度の策は練るのだろうが……だからこそ、相手が貴公ならばもう手遅れになっていた。違うか?」


 彼は、ルキウスの信頼も厚い懐刀だ。もしも彼がその気ならば、気付く間もなく致命的な被害を与えてきただろう。青年は、それには返答せずくすりと笑った。


「失礼いたしました。ですが、そういった視点を持つ必要がある、というのは本気ですよ。恐らくは、かなり深くにいる存在が関わっているのですから」


「……無論、理解している。だが、忠告には感謝しよう」


「改めて……私という可能性を除外するならば、上級の貴族か、騎士団の上層部が濃厚ですね」


「あるいは王家に連なるもの、ですか。さすがにお父様やお兄様たちがそのようなことをするとは思えませんが……」


「ええ。陛下たちがそうすることによる利点もありません。と、身内の我々が言っても説得力がありませんか」


「いや、私もその可能性は除外している。ルキウス王との付き合いも長いからな」


 ルキウス王とは建国よりも前に知り合った、と以前にグレイヴァルトは語った。今の国境付近で偶然に邂逅を果たし、当初は危うく戦闘が起きるところだったと言う。

 その時に周囲を諭して衝突を避けようとした獣王に、興味を持ったルキウスが歩み寄り、紆余曲折はありつつ協力関係となったそうだ。


「騎士団は私の管轄ですので、内部調査を行っています。貴族の側は、陛下自らも調査に尽力しておられます」


「だが、貴族に疑いをかけるとなれば、いかにルキウス王とてそう簡単には行かないのではないか?」


「今回ばかりはそうも言っていられません。何しろ、ソフィア様の身に関わる話ですからね」


「……そうだな。だが、彼が自ら動いてなお解決に至らぬのならば、それだけ根の深い話と考えるべきか」


 ルキウスの能力を疑うより、相手が厄介であると思った方が良い。それが首謀者の能力か、規模か、あるいは他の何かかは判断できないが。


「ともかく、そちらの現状は把握した。次はこちらの話だが……」


 全体として人間への感情は好転している。ソフィア個人への感情と言うべきだろうが。


「国が変わっても、ソフィア様はソフィア様でございますね」


「褒め言葉と受け取っておきます。私はどこにいても、できることをやってきただけですけどね」


「妻は想定よりも早く、この国に馴染んできた。それも、彼女の努力の賜物であろう。……だが、敢えて水を差すとすれば」


()調()()()()()()()()()、でしょうか?」


 先読みしたフローリアンに、王は首肯する。ソフィア自身もまた、それは感じていたことだ。


「護衛をつけたことを差し引いても、何かしら反抗する者が近いうちに現れると踏んでいた。だが……今のところは、何もない」


 王に萎縮して動けないと仮定することもできたが、それは楽観視が過ぎる。ただ街を歩いていただけのソフィアが襲われたように、人間に強い憎しみを持つ者はいる。特にグレイヴァルトは、それを実態として知っていた。


「水面下で何かしらの計画が進んでいる。あなたは、そう予想されているのですね」


「その通りだ。そして、それは……月獣と人間、それを跨いだ計画であるかもしれない」


 かつてルキウスと予想した話だ。共通の敵を倒すための、反抗勢力の合流。そのすり合わせで時間をかけている、と考えれば辻褄は合う。


「ならば、我々もより綿密に協力しなければなりませんね」


「ああ。我らはようやく、手を取り合えたのだ。終わらせるわけにはいくまい」


「私も、自分にできる働きかけは惜しみません。よろしくお願いします、フローリアン」


 敵が力を合わせるならば、こちらも合わせればいい。狙われるのがソフィアである以上、ソルファリアにも他人事ではない話だ。


「そして、アインホルン卿。そのことで私から、ひとつ提案があるのだが――」

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