王の休暇
それから数日後。
グレイヴァルトとソフィアは、ステラ離宮へと足を運んでいた。
二人きりの離宮は静かで、結婚式の時とはまた違って感じる。後ほどロヴィオンをはじめとした従者たちも訪れる予定だが。
「挙式以来ですね、ここに来るのも」
「そうだな。ふう、しかしゼルニスもなかなか強引に推し進めてくれたものだ……」
二人がここに来た理由。それは、数日前の会話まで遡る。
『……休暇だと?』
『ええ。陛下にも、たまにはそのような時間が必要と思いまして』
ゼルニスの提案に、思わず聞き返す獣王。
一週間ほど離宮で休みを取ってはどうか。そう持ちかけられたのだ。
『元々、離宮は静養のための場所でもありますからね。夫婦となってから、まともにお二人だけの時間は取れなかったでしょう?』
『だが、私が城を数日も空けるわけにはいくまい』
『今までにも、ソルファリアにしばらく滞在したことはあるでしょう? それと同じことですよ』
『それはそうだが……己の休暇のため、などと』
『では、そうですね……ソフィア様も最近は働きづめです。奥方が安心して休めるように付き添うのも、必要な執務ではありませんか?』
『む……』
などという説得を受け、今に至る。
ソフィアとしては、いち早く自分が認められるために、やれることをやってきたつもりだ。だが、周囲からはそれが無理をしているように見えたらしい。そして、こうして時間を与えられてみると、確かに自分が疲れていることに気付く。
(これでは、グレンやロヴィオンにも、無理をしすぎなどと言えませんね)
などと、ソフィアは内心で反省する。休むこともまた必要な公務だ、と父が語っていたのを思い出した。
今回ばかりは素直に夫婦で羽を伸ばすとしよう。――などと考えていると。
「では、お前はゆっくり休んでいるといい。俺はまず、会合の支度を済ませねばな」
などと言い始めたグレイヴァルトに、ソフィアは思わず二度見した。
「……あなたも休むわけではないのですか?」
「この機会にしかできないこともあるからな」
「ですが、休暇を取るようにと言われていたでしょう」
「名目はそうだが、俺に休んでいる暇はない。ここまで来たのだから、近隣の街を視察して、それから……」
「……グレン」
制止するように名を呼ぶと、男は小さくうめいた。自覚ぐらいはあるらしい。やはり彼は格が違いますね、とソフィアはため息をつく。
「あなたは少し頑張りすぎですよ。だからゼルニスさんも心配してくれたのでしょう? その努力を無駄にしてはいけませんよ」
「いや、何だ。分かってはいるのだがな……」
「でしたら、こんな時ぐらいは素直に甘えるべきです。私もそうしますから……あなたが休んでくれないと、私も気が休まりません」
「う……」
今度こそ本格的に呻いたグレイヴァルト。自分の無茶は度外視するが、妻に無茶はさせたくないらしい。今後の説得材料として覚えておこう、と決めたソフィアである。自分をダシにするのはやや気が引けるが、それはそれだ。
「……分かった。だが、今日だけは勘弁してくれ。予定しているのは、二つとも大事な会合なんだ」
「本当に一日だけですね? そこで新しい約束をして、それも外せないから、などと連鎖するのは無しですよ?」
「信用がないな……一応、ゼルニスにも今日だけは動くと言っているのだが」
「日頃の行いです。いくらあなたが頑丈でも、限度というものがありますからね?」
「ぐ。あいつにも似たようなことは言われたがな……」
それだけ周囲に働きすぎだと思われているのだ、と告げると、今度こそグレイヴァルトは尾を落として負けを認めた。
だが、彼は必要とあれば、ここでの約束よりも場の状況を優先するだろう。そんな彼をしっかりと休ませるためにはどうすれば良いか考えた結果、ソフィアが次に口にした言葉は――
「その会合は、私も同席が可能なものでしょうか?」
そうして、色々と根負けしたグレイヴァルトの許可を得て、ソフィアはふたつの会合で王を監視、もとい同行することになった。
「確かに、お前も知っておくべき内容だろうからな。それに、お前がいてくれた方が回る話もある」
「それなら、最初から呼んでいただいても良かったのですよ?」
「……そうだな。済まない、これは俺が気を遣いすぎた」
王も結婚式以降はソフィアを過剰に庇護しようとはしなくなった。と言っても、元来の性格をすぐ完璧に改善できるわけでもないので、過保護にはなりがちだ。
だが、指摘されると反省はするようになっただけ、大きな前進だろう。逆に、ソフィアも彼の制止が妥当だと思えば折れる。互いに意見を交わし、どうすべきかを決めていくのが二人のやり方になっていた。
そして確かに、会合のうち一つ目は、彼女がいた方が都合が良さそうだった。内容もさることながら、ソフィアの方が付き合いの長い相手だったからだ。
それから、おおよそ一時間後。
離宮にひとりの男が姿を見せる。それは、紛れもなく人間であった。




