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皆で歩む一歩

「では、早速ひとつお願いを言ってもいいでしょうか」


「当然でございます。おれの全力で、お応えしましょう」


 その返答はいかにも彼らしいが、ソフィアは少し苦笑した。そろそろ、本題に触れるにも丁度いいだろう。


「あなたはもう少し、自分の負担を減らすようにしてください」


 そう告げた時、ロヴィオンは少しだけ動きを止めた。そうして、少ししてから視線と耳が僅かに下がる。驚いたというよりは、後ろめたいことを指摘されたような反応だった。


「思い当たる節は、あるみたいですね?」


「……ご心配をおかけしたならば、申し訳ございません」


「咎めたいわけではありません。ただ、少しゆっくり話したいと思うだけですよ。お茶のおかわりはいかがですか?」


 促すと、ロヴィオンは少しだけ間を置いてから、頷いた。注がれた茶の香りは、心を落ち着かせるには丁度いい。


「あなたがおれと接する際に、困ったような反応をしておられたことには、気付いておりました。ただ、どのように話すべきか、決めあぐねておりましたが」


 彼自身は自身の感情をそこまで表に出さないが、他者の感情に無頓着かは別の話だ。ソフィアが自分との距離を悩んでいたのを、彼もまた悩んではいたのだろう。


「……人間からどう見えるかは分かりませんが、本当に、無茶をしているわけではないのです。おれとて、己の調子を悪化させては、御身を守ることに障るのは理解しておりますから」


「あなたがそう言うならば、それも本当なのでしょう。ですが、月獣の感覚でも大変であることは、他の方に聞きました。疲れがないわけではないでしょう?」


「確かに、疲労していないと言えば嘘になります。ですが、それは御身を守るために必要なことである、と判断しています」


「少し、細かく聞かせてもらえますか?」


 彼は嘘を簡単につく性格ではないだろう。そして、無謀を繰り返すような愚かさもない。ならば、まずは彼なりの考えを聞いてからだ。


「護衛とは、何より威嚇としての効果が重要だ、とおれは考えています。邪な感情を抱いたとして、相手が守られているだけで、思い留まる者が大半でしょう」


 それはソフィアにも理解できた。防犯の備えとは、そもそも相手にその気を起こさせないことが最大の目的なのだ。何かが起きた時の対応は、最終手段でしかない。


「月獣は、強者の存在に敏感です。自分より強い者が守っている……これは、何より強い威嚇になるのです。そしておれは、実力で隊長となり、その事実も周囲に知られています。加えて、大族長の息子という肩書きもあります」


 実際、ロヴィオンは爪角の戦士を中心に、かなり有名だった。護衛として共に行動する中で、周囲から友好的な、敬意を感じる言葉を投げかけられている姿を、ソフィアも見ている。


「踏みとどまらず、何かを企てる輩は、綻びを狙おうとするでしょう。おれが目を逸らした瞬間を、弱みとして狙う者がいないとは限らない」


「だから、あなたの存在は威嚇として常になければならない、と?」


「はい。それが、おれの尽くせる最善です。やれることを徹底せず、結果として御身に何かが起きるようなことは、あってはならないのです」


 ロヴィオンは、きっぱりと言い切った。少なくともこれは、彼が真剣に考え抜いた最善だということは、確かに伝わってきた。

 ソフィアの表情は、無意識に緩んでいた。望ましくない点があるにしても、この青年は全力を尽くそうとしてくれているのだから。

 自分と月獣に様々な意味でまだ距離があることを、ソフィアは理解している。だからこそ、「人間だから」を感じさせない彼の振る舞いは、嬉しく思えるのだ。


「あなたの言うことを理解はできます。そして、誤解しないでほしいのは、私はあなたのそういう姿勢に感謝しているのです」


 彼がそこまでする理由の全ては、きっと理解できていない。先ほど聞いた内容の他にも、王への忠義など様々な要因があるのだろう。全てを察せられるほどの関係もまだない。

 だからこそ、対話を望んだ。分かり合うのは難しいからこそ、しっかりと伝え合う場を設けた。ひとつずつ、近付いていくために。


「でも、考えてみてほしいのです。それならばどうして、誰もが認める最強であるはずのグレンは、あなた達に護衛を託したのでしょうか?」


「……それは」


 部隊で最も強いロヴィオンの存在こそ威嚇になる。それは事実だろう。だが、その話をさらに遡れば、この国で最も強いグレイヴァルトが彼女を守り続けるのが最大の威嚇であるはずだ。


「陛下には……やるべき事が、無数にあるからだと思います。あの方は、この国の全てを守らねばならないのですから」


「それもひとつでしょう。一人が守れる範囲には、どうしたって限界がありますからね。全てを守るためには、手を離し、信頼できる誰かに託す必要があります」


 グレイヴァルトは、全てを背負うためにルナグレアを建国した。しかし、彼は理解している。一人の背中に背負えるものには限りがあるのだと。

 だからこそ彼は教育にも熱心だ。国という大きな土台を安定させ、何かをこぼさないようにするために。


「そして、もうひとつは……仮に、自分だけで全てを守れたとしても。本当に自分だけで片付けてしまっては、全てが一人に依存してしまうことだと思います」


「…………!」


「それでは、万が一その一人に何かがあったら、全てが壊れてしまいます。次が育つこともなく、何も残らない。それは、あまり良くないと感じませんか?」


 今だけを見るならば、ロヴィオンの語った事も間違いではない。だが、王族の護衛は、これからもずっと続いていくはずだ。二人に子が生まれれば、新たな護衛も必要となるかもしれない。ならば彼は、これからもずっとひとりで最善を続けていくのだろうか。


「……大きな言い方になりましたが、結局のところ、ロヴィオンは頼る練習をするべきだと思うのです。あなたは一人ではないのですからね」


「………………」


「食事すら摂らなかったり、寝る間も惜しんだり。そうしてあなたが身を削る前に、誰かを頼ってください。それは決して、甘えではないのですから」


 彼がずっと真剣に守ってくれたからこそ、ソフィアは積極的に自分の活動を行えた。ただ、彼女の望むところは、彼の無茶の上に成り立つものではない。


「グレンやゼルニスさんもですが……部隊の皆さんも、あなたを心配していましたよ? 最後の試合で言われていたではないですか。全部任せきりにはしない、一緒にやっていこう、と」


 彼は少しグレイヴァルトに似ている、とソフィアは思った。真面目で、能力があるからこそ背負い込んでしまう。だから、余計に放っておけないのかもしれない。


「もちろん、私にもですよ。私は、あなた達のように強くはありません。それでも、硝子細工ではないのですから。どうするのが良いか共に考え、できることをしていきたいのです」


「……王妃様」


 少しだけ、互いの言葉が途切れた。ロヴィオンは、ソフィアの言葉を静かに咀嚼しているように見えた。だから、彼女も待つ。彼はきっと、分かってくれるだろうと。


「あなたは……本当に、強いお方ですね」


「そうでしょうか?」


「ええ。陛下が婚姻の儀で語っていた意味を、はっきりと理解できたように思えます」


「……そうですか。ふふ、そう言ってもらえるのならば、恥じないようにしなければいけませんね」


 様々なものが変化していくルナグレア。その変化の中心に、ソフィアはいる。その事に、不安や恐れが全くないわけではない。自分がもたらすものが、誰かを傷付けてしまわないかと。

 それでも、彼女は歩みを進めたいと願う。その変化を、少しでも良いものにしていくために。愛する夫の夢、共存を成し遂げた国へと近付いていくために。


「ありがとうございます。……少なくとも、己の視野が狭かったことは、理解いたしました。まだ、どうするのが正しいかは考えきれていませんが」


「それも、一人で考える必要はないのですよ? みんなで一緒に考えていきましょう。何しろ、お互いに始まったばかりですからね!」


「……御意に」


 そして、ロヴィオンの存在は、そんな夢をよりはっきりと見せてくれた気がした。彼とはきっと、良い関係を築いていけるだろう、と信じられた。


 だからこそ。


「ついでにもう一つ我儘を言うとですね。やはり私は、名前を呼んでほしいです」


 ここまで来れば全て言うべきだ、と告げると、ロヴィオンの耳が跳ねた。ソフィアはふと、グレイヴァルトからのプロポーズを思い出した。あの時は言われる側でしたね、と。


「あなたが護衛として適切な距離を保とうとしているのは分かります。でも、私はやはり、両親から授かったこの名で呼ばれるのが好きですから」


「………………」


「すみませんが、距離を離すことは諦めてください。私はこういう性格ですからね。でも、近くの方が守りやすいこともあるとは思いませんか?」


 開き直って距離を詰める。彼ら護衛とは、これから長い付き合いになるのだ。ならばソフィアは、適切な距離よりも友のような関係を願いたかった。

 ロヴィオンは、しばし耳や尻尾をせわしなく動かしていた。それが彼の迷う様子なのだと分かり、何だか可愛いですね、などと眺めていると、やがて観念したのかその動きが止まり、小さく息が吐き出された。


「承知いたしました。……ソフィア様」


 その時、彼は確かに微笑んだように見えた。青年の口から放たれたその響きが、思った以上に嬉しくて、ソフィアは満面の笑みを浮かべるのだった。







(私もやはり、守られるだけではいけませんね)


 そうして、この会話の後、ソフィアが密かに固めた決意。

 それにグレイヴァルトが狼狽える羽目になったのは、この日の夜の話だった。

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