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今は綺麗事だとしても

「私はまだバルザーク様にお会いしたことはないのですが、とても豪快な方らしいですね? あなたが物静かなので、私からすると意外ですが」


「そうですね……あまり似てはいないと、自分でも思います。父上は昔からいつも戦いに出ていたので、共に過ごす時間が少なかったせいかもしれませんが」


「では、あなたはずっとお母様と二人で?」


「……いえ。母は……幼い時に、亡くしています」


「あ……。そう、だったのですね。ごめんなさい」


「……お気になさらず。国ができるまでは、争いが絶えませんでしたので……珍しいことでも、ありませんからね」


 とは言え、触れたくない話題なのは間違いなさそうだ。さすがに、ここで踏み込めるほどの関係はまだ築けていないだろう。

 ロヴィオンはひとつ息を吐くと、話を続けた。ソフィアも気を取り直して、目の前の話に集中することにした。


「普段は集落のみんなに面倒を見てもらっていましたが……父も、帰ってきた時には、おれと過ごすことを優先してくれました。時間は短くとも、多くのものを与えてくれたと思っています」


 幼くして両親と過ごせない日々から、強い自立心を持つに至ったのだろう。それでも曲がらず真面目に育ったのは、周囲から大切にされたのだろうな、とも想像がついた。

 少なくとも、彼が父親について語る姿は、とても穏やかだ。


「ロヴィオンから見たバルザーク様は、どんな方なのですか?」


「とても頼れる人であり、尊敬できる戦士だと思っています。敢えて、一言で表せば……目標、になるでしょうか」


「そう言えるということは、あなたはお父様のことが好きなのですね」


「はい。それは間違いありません。父上は、多くの戦いをこなしながら、母の分もおれを大切にしてくれました。おれは……その恩を返していきたいのです。そのために、少しでも父に近い戦士になりたいと思っています」


 だからこそ彼は努力を重ねたのだと分かった。それこそ、誰もが認める戦士になるほどに。そして、護衛として父からの推薦を受けたのならば、彼がそれに応えようと張り切るのも自然なことに思えた。


「ふふ。やはり、ゆっくり話をする機会を設けて良かったです。あなたの事を知ることができて、頑張っている理由も納得できました」


「……あなたは、本当に……おれのような護衛とも、近い距離をお望みになるのですね」


「王妃としては、似つかわしくないと思いますか?」


「……不思議だ、とは思います。おれ達にとっての指導者とは、陛下や父上のように、上に立って導く存在でしたから」


 ソフィアは、今の秩序あるルナグレアになってからしか見ていない。だから実感がどうしても薄いが、月獣はほんの数年前まで、力と力がぶつかり合う厳しい環境で生きてきたとは聞いている。そのような環境にあれば、導くのに最も重要なのが力になったのも必然だろう。そもそも今の秩序とて、グレイヴァルトが力によって作り上げたものだ。

 そんな中にあって、ソフィアの行いが異質なのは事実だろう。


「私は王妃ですが、同時にこの国に生きる一人です。民の暮らしを守る立場であるからこそ、民と同じ目線も必要だと考えています。あの人の視界を補うことにもなりますから」


 グレイヴァルトは国のために、頂点から見下ろすことを選んだ。それもまた必要な在り方だったのは分かっている。だからこそ、二人で違う目線に立つことで、より多くのものを見守ることができると思ったのだ。


「今の私にとっては、より近くで月獣の皆さんを知りたいという気持ちもあります。私がこの国に来てから、まだ数ヶ月です。自分で見て確かめなければならないことは、いくらでもありますからね」


「……恐れながら、お聞かせください。おれから見て……あなたへの民の反応は、決して良いものではありませんでした。それに気付いていないわけではないはずです」


「分かっています。私の存在は、あなた達にとっては、とても大きな変化……いきなり投げ込まれた石のようなものです。どう受け止めるべきか、決めあぐねている方も多いでしょう」


 護衛に守られたソフィアは、街中で人々の暮らしを見て、そして積極的に触れ合おうとした。まだ民の側はそんな彼女に困惑したり、明らかに反感を見せている者もいた。


「人間を避けたい、という感情を無視するつもりではありません。その傷は、多くの方に残されているものでしょうから」


「………………」


「ですが、だからと何もしなければ、それこそ何も変わらないでしょう? 何が駄目なのか。何が嫌なのか。どうすれば良くないのか。どうしようもないと分かったとしても。何を判断するにも、知らなければ始まりません」


 だからこそソフィアはめげずに人々との交流を図った。全てが上手くいかずとも、ひたむきに。


「私は、皆さんの本物の声を聞いて、その上で、少しでも良い未来を模索したいのです。綺麗事と思われても構いません。それを形にしていくのは、これからですからね」


 婚姻の儀でも語った。過去を理由に傷を増やしてはいけないと。それは、過去の傷を無視するという意味ではない。傷の痛みを知ってこそ、未来の傷を防ぐことができる。

 中には、どうしようもないほど深い傷もあるのかもしれない。だが、そこから目を背けるのも違うと、ソフィアは思う。


 ロヴィオンは、少しだけ考え込むように目を閉じた。ソフィアの言葉を真剣に受け止めているのは確かなのだろう。


「おれは、それを綺麗事などとは思いません。……この一週間、あなたの行いをずっと見てきましたから。今のお言葉が真剣なものであると、行動で示すところを」


 守るために、ずっと側で控えてきたロヴィオンは、自然と彼女がどういう人物かを見続けることになった。また短い日数ではあるが、ソフィアの人となり程度は理解したつもりだった。


「ですが、だからこそ気になっていました。あなたが、そこまで月獣のために尽くせるのは……陛下のため、でしょうか?」


「グレンのためにも頑張りたい、という気持ちはあります。ですが、それ以前に、私はこの国の王妃ですから。自国の民により良い日々を送れるよう力を尽くすのは、王族の責務であり……私個人の願いでもあります」


「そのやり方は、あなたに数多くの困難を招くことになるはずです。それを理解した上でなお、ですか?」


「もちろん。ロヴィオン、私はですね……諦めの悪さには、自信があるのですよ?」


「……それは、何となく理解しています。だからこそ、陛下との婚姻まで果たせたのだと」


 ロヴィオンは、あまり顔に感情を出さない。だが、その狼の顔はいま、少しだけ緩んでいた。


「あなたは先ほど、投げ込まれた石と仰られました。おれには、月獣がどう変化していくかは、まだ想像もつきません。ですが、おれ個人の感覚としては……あなたがもたらす変化は、きっとこの国に必要なものだとは感じるのです」


「……ロヴィオン」


「お答えいただきありがとうございます、王妃様。改めて、御身を守るという行いの重要さを、この心に刻むことができました」


「……ふふ。そう言ってもらえるのならば、とても光栄です。これから、あなた達にも苦労をかけるかもしれませんが……必ず、それに報いてみせます」


「はっ。有難きお言葉でございます。必要なことがあれば、何なりとお申し付けください」


 ソフィアにとってその言葉がどれだけ大きいか、当のロヴィオンは気付いていないだろう。

 グレイヴァルトの妻であることも、人間であることも、あまりにも大きな意味を持ちすぎる前提だ。月獣から彼女への評価は、その前提に対して向けられてしまうことが大半だった。

 だが、彼は確かに、ソフィア自身の意志に向き合い、必要だと言ってくれたのだから。

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