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生真面目な黒狼

「彼はすごく良い子だと思いますし、お仕事にも本当に真面目なのです。ただ、いささか真面目すぎると言いますか……」


「護衛としては、張り詰めるぐらいの方が正しいのだろうがな。しかし、休みも取らないのはさすがにな。部隊の運用権限を彼に与えたのが裏目に出たか」


 月獣は確かに体力があり、人間よりも無理が利く。国ができる前には、より過酷な生活をしていた者もいるだろう。それでも、理想は人間と同じようにしっかりと休息を取るべきだ。


「王妃の直属部隊に抜擢されたのだから、張り切る気持ちは分かるのだがな。真面目な性格ならばなおのこと、だが」


「だからこそ、少し様子を見ていたのですが……あの様子では、そうも言っていられないでしょう。他の隊員も、さすがに少し心配しているようでして」


「ふむ……そうだな。俺からよりは、ゼルニスから指摘させるべきか……?」


 王からの指摘となると、どうしても重くなってしまう。だからこそ、彼と親しい側近を頼るべきかと思案して――それを、一度中断する。


「ソフィアはどうすべきだと思う?」


 ソフィアは別に、王に全てを任せようとしたわけではない。ならば、まずは彼女の意見を聞くべきだ。数々の反省から、グレイヴァルトも少しずつは自分の抱え込む性分を見直せるようになってきた。

 その問いに、彼女は表情を和らげた。王のそういう考えも、分かっているのだろう。対等であろうとしてくれるのは、彼女も嬉しい。


「あなたやゼルニスさんに話してもらう前に、私が話す方がよいと思っています。相談したいのは、どういう方向で話すか意見をいただきたくて」


「……そうだな、分かった。何か現状で案はあるのか?」


「とにかく、彼が張り詰めないような場を設けたいですね。ですので、いま考えているのは……」


 その後、ゼルニスも交えて意見を交わし、彼女の案を補強していく。ソフィアは様々な視点から意見を出していった。結論としては、王とゼルニスは、彼女に聞かれたことを答えた程度である。

 出逢って間もない護衛の青年。彼女は、そんな彼を心から案じ、よりよい関係となるために、本当に色々と考えていたのだろう。


(……誰にでも真っ直ぐに向き合い、思い立ったら行動できる。これが、ソフィアの強さだな)


 その真っ直ぐさに、未だ過保護になりそうになる己もいる。それでも、ソフィアはこれでいいのだろうと、今は思うのだ。グレイヴァルト自身も、そんな彼女に救われたのだから。









 そうして、翌日。ソフィアは自分の部屋にロヴィオンを呼んだ。


「今日は外出はしませんので、話し相手になってくれませんか、ロヴィオン?」


「……おれが、で、ございますか?」


 護衛が気を張らねばならないのは、外に出るからだ。王城内、それも彼女の部屋であれば、何かが起きる可能性は限りなく低い。

 そこで、ソフィアは考えた。一日使って、彼とこの部屋でゆっくり語らおう、と。恐らく、ただ休みだと言うだけならば、彼は部屋の前でずっと張り詰めているだろうから。

 招かれたロヴィオンは、さすがに少し戸惑っているようだ。彼ならばそうなるだろうと分かってはいたが、まずは勢いが重要だ。


「あなた達が護衛になって1週間が経ちましたからね。改めて、皆から意見を聞く場も欲しかったのです」


「それならば、おれ一人でというのは不適切ではないでしょうか……?」


「もちろん、他の方たちとも同じような場は設けます。ですが、集団では出づらい意見もあるものですからね。まずは隊長のあなたから、と思いまして」


 そう言えば彼は断らないだろう、というゼルニスの入れ知恵だ。事実、皆と話をするつもりはあるが。促すと、彼はおずおずと椅子に座った。


「さて。とは言え、あまり硬い話をするつもりはありません。ただ、あなたの事を知って、少しでも仲良くなれればと思っているだけです」


「……おれは、ひとりの護衛にすぎません。王妃様と仲良く、などと畏れ多い話でございます」


「ですが、仲良くなっては駄目な理由もないでしょう? ずっと側にいるのですから、できるだけ良い関係でいたいではないですか」


「それは……理解は、いたしますが」


「難しく考える必要はありませんよ。私は、どのような関係を築くとしても、互いを知ることが大事だと思っていますから」


 結婚式でも告げた言葉だ。理解の先が、必ずしも良い関係になるとは限らない。それでも、相手を知らずに蔑みあったり、立場だけで過度に謙遜するよりは、その方が良いと思っている。

 自分の立場が高い以上、提案が強制に聞こえる可能性はソフィアも理解している。ただ、それで尻込みしては関係の進展が見込めないことも知っている。ならばこそまずは、こちらから歩み寄ってみることを恐れない。

 それは、彼女個人の望みであると同時に、ルナグレア王妃としての自分の役割だとも考えていた。人間の代表と名乗るのはおこがましくとも、事実として月獣の近くで接する人間だ。自分の行いが共存に少しでも繋がるために、やれることをやりたいのだ。


「少し座っていてください。お菓子を作っておいたので、お茶と一緒に準備します」


「……王妃様がお作りに? いえ、それよりも、その……少々お待ちください」


「あ、もしかして甘いものは苦手ですかね? そこまで甘くないものも準備はしていますが」


「そうではありませんが……おれが座って御身に菓子の準備をさせるなど、申し訳が立ちません。陛下もお怒りになるのではないでしょうか」


「私が好きで準備しているのです。それにあの人は、この程度で機嫌を損ねる方ではありませんよ? 事前に話もしていますが、快く許可してくれましたよ」


 実際は「俺にも後で作ってくれるか?」などと言っていたので、少しだけ妬いてはいそうだったが。そんな可愛い夫の姿を思い出して微笑みながら、ソフィアは立ち上がった。


「どうしても気が引けると言うのならば、そうですね……二人で一緒に準備しましょう。手伝ってくれますか、ロヴィオン?」


「…………承知いたしました。あなたが、それをお望みであれば」


 まだ少しばかり迷いを見せつつも、ここで理由なく断る方が問題だと理解したのだろう。ロヴィオンも立ち上がる。

 茶と器を用意するぐらいだが、共に用意したという口実があれば、心理的負担は意外なほど下がるものだ。

 ソフィアがいくつか指示を出すと、ロヴィオンは手際よくそれをこなした。普段から家事に慣れている様子がうかがえる。


 少しして、お茶会の準備が整った。ソフィアに促され、ロヴィオンはまず1枚のクッキーを手に取った。


「……良い香りですね」


「それは、グレンも好きなクッキーなのです。どうぞ、遠慮なく召し上がってください」


「は。では、僭越ながら……」


 一口、クッキーをかじる。狼の口は一息に噛み砕いてしまえそうだが、彼は少しずつ、味わうように口に運んでいった。屈強な戦士でありながら、丁寧な所作だ。


「これは……美味しいです。蜂蜜の強い甘みがあるのに、くどさはなくて……」


 それが謙遜でないことは、一度揺れた尾が証明してくれた。彼が始めて見せた気の抜けた仕草に、ソフィアも思わず表情が緩んだ。


「良かった。好きに食べてくださいね? たくさん食べてもらった方が、私は嬉しいですから」


「……王妃様は、作った菓子を振る舞うのがお好きなのですか? ソルファリアでも、同じようにしていたのでしょうか?」


「はい。お菓子に限らず料理全般、たまに作って皆さんを呼んでいました。これでも、割と好評だったと自負しています」


「少し、意外でした。あなたは、生粋の王族だと聞いておりましたので。御身自ら、調理して振る舞われるなどとは」


「王族でも、ただの人ということですよ。椅子に座り指示を出す以外に、人として当たり前の営みもしている、それだけです」


 王族の役割を理解していないわけではない。それでも、その前にただ一人の存在であることを忘れてはならないと思っている。これは父ルキウスから引き継いだ在り方だ。


「ふふ。難しく言ってみましたが、単に趣味というだけですよ。作るのも食べてもらうのも、楽しいものですからね」


「…………。そのお気持ちは、理解できます」


 ロヴィオンはそう呟くと、紅茶をゆっくり口に運んだ。心なしか、硬さはかなり緩んでいる。


「おれも、料理は嫌いではありません。振る舞う相手は、父ぐらいですが」


「バルザーク様に?」


「ええ。あの人は、細かい味を気にしない性格ではありますが……それでも、おれが作ったものは、いつも喜んで食べてくれるのです。その時には、確かに嬉しいと思いますから」


 仲睦まじい家庭の話。父は大族長であり、彼自身も王族の護衛隊長になるほどの有能な人材だが、それでも語られる話はありきたりな家族の姿だ。

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