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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
2章 ふたつの種族、ふたりの誓い
21/62

ここから始まる未来へと

 翌日。



 あたたかな日差しが、離宮の中庭を照らす。

 そこに集うのは、ふたつの種族。とは言え、今は中央を境界線にそれぞれが分かれており、互いが交わる空気はない。ここにいるのは穏健派が中心だが、緊迫感が満ちていた。

 どこか探るような、鋭い空気。その理由のひとつとして、昨日の件がすでに噂になっているようだ。――誰かが意図的に流したと思われる。



 だが、そんな空気は、主役のふたりが姿を見せた途端に払われた。



 ソフィアが着るのは、純白のドレスに、太陽の光を想起させる伝統のティアラ。

 それを纏うソフィアの姿は、衣装に負けず、いや、衣装により引き立てられて、まさに輝くようであった。


 とても美しい。グレイヴァルトはただ、純粋にそう思った。

 そして、それは彼だけではない。訪れている人間たちは元より、月獣たちですら、ソフィアの姿が太陽の王女と呼ぶに相応しいものであることを理解した。


 そして、一方のグレイヴァルトの服装は、王獣が儀式の際に用いていた民族衣装を復元したものだ。

 夜闇のような黒い外套が風にたなびき、王の白い毛並みと輝く黄金のたてがみによく映えた。静かに佇む王の姿は、人間が月獣に対して持つ荒々しい印象を覆すには十分な気品を持っていた。


 輝かしい朝に光る太陽と、静かな夜に浮かぶ月。国名の由来でもあるが、二人の姿はそれぞれを体現しているようで、対照的で――だからこそ不思議なほど、隣に並んだ様子は自然なものだった。


「素敵です……グレン」


「……お前もだ、ソフィア」


 交わす言葉は少なく、だが、その中には深い思いを込めて。

 二人は、来賓の視線が集う中心まで歩むと、語り始めた。


「ソルファリアよりの客人たちよ。今日は、よくぞ我らの挙式に足を運んでくれた。この国の王として、歓迎しよう」


「そして月獣の皆さま。本日は、私を、私たちを迎え入れていただき、ありがとうございます。父もこの場におりますが、本日は私からご挨拶させてください」


 二人の言葉を、人間も、月獣も静かに見守る。今ごろ、両国の首都でも、この映像に誰もが注目しているだろう。


「……まず、最初に言っておこう。我々の婚姻について、両国の民が抱く印象は理解している。前代未聞だ、政略だ、と騒がれていることも」


「そして、不穏な噂も流れているようですが……その中に事実が含まれていることは、認めさせていただきます」


 ざわめきが広がる。昨日の件が何者かの差し金であるならば、その噂は反発のために利用されるだろう。ならば、先手を打つだけだ。


「それは、今までの関係を考えれば、必然の反応だろう。だが、ならば……何故、ふたつの種族は対立してきた? 私は、互いを知らない事こそが、根幹であると考えている」


「一度でも悪い感情を持ってしまえば、覆すのは難しい。それが、互いを知った結果であれば、関わらないのもひとつの道でしょう。ですが、理解の不足であれば、そのままで終わるのは悲しいことです」


 グレイヴァルトは語る。視察に訪れた人間の街が、平穏で力強い場所であったことを。

 ソフィアは語る。野蛮と言われていた月獣たちの暮らしが、祖国と何も変わらないことを。


「実際に争った過去を持つ者もいるだろう。その傷の痛みを、忘れろと言うつもりはない」


「ですが、我々が作っていくのは、未来です。過去を理由に、明日の傷を増やすことはあってはならないと、私は思っています」


「血を流す時代は、暗い歴史を繰り返すのは、もう終わりにしなければならない。私はそのために、このルナグレアという国を作り上げた」


「すれ違いも、誤解もありましたが……こうして、私とグレンは分かり合えました。だからこそ、私たちは手を取り合えるのだと信じたのです」


 この場で言葉を尽くしたところで、限界があるのは分かっている。いかに王とて、従わせることはできても、心を変えることはできない。それでも、皆に言葉を届ける機会だ。


「ルナグレアの民よ。私が伴侶として選んだ女性を見てほしい。人間という括りではなく、この力強く真っすぐな、彼女という個人をだ」


「ソルファリアも同じです。強くも優しい彼の姿を、彼が目指す平和を、ありのままに受け入れ、信じてほしいのです」


 そうして、誰かひとりにでもこの思いが伝わるのならば、それでいい。元より、長い戦いなのは承知の上だ。これは、水面に投げ込まれる最初の石なのだから。


「遺恨はあるだろう。それでも、一歩ずつでも歩み寄れること……私とソフィアが、それを証明してみせる」


「私たちは、力を合わせて歩んでいきます。ふたつの種族の……そして、私たちの未来のために」


 二人は、顔を見合わせてから、一歩前に出る。

 王獣の婚姻は、族長が二人の宣言を聞き届けるものだ。今回はその役目を、ルキウスが担った。


「異国の王なれど、今は誓いを見守る身なれば。グレイヴァルト王。貴殿は我が娘、ソフィアを愛し、生涯を共にすることを誓うか? そして、ソフィア。お前はグレイヴァルト王を愛し、生涯その道を支えることを誓うか?」


 静かな問い。それへの返答など、とうに決まっている。


「私はここに誓う。ソフィアを愛し、生涯の伴侶とすることを。この身が大地に還るその時まで、我が爪と牙が彼女を守り抜くことを!」


「私はここに誓います。グレイヴァルトを愛し、生涯共にあることを。ふたつの種族の未来のため、彼が築く平和を支え続けることを!」


 力強い宣言が、響きわたる。政略という言葉とは程遠い、心からの愛の誓い。

 そうして、口付けを交わした。獣王の口では、人間としっかり合わせるのは難しい。それでも、触れ合ったその瞬間、確かにふたりは満たされていた。


 数秒の間の後、ぱち、と、拍手がひとつ。ゼルニスのものだ。エルマ、ソフィアの兄や姉がそれに続き、少しの間を置いて、会場じゅうに響きわたった。


(……ああ。やっと、この手に……お前を)


 王はどこかで、式典を開こうと開くまいと自分のソフィアへの想いは同じだと思っていた。だからこそ、これは民に知らしめることこそが重要な儀式だ、と。

 だが、こうして互いの誓いを言葉にして、形にしてみると、彼自身にも、確かに胸に沸き上がるものがあった。


 ソフィアは、軽く目を滲ませていた。その涙すら、自分のために流されたものだと考えると、とてもいとおしく思えた。


「我が娘を頼んだぞ、グレイヴァルト」


「無論だ。誰に言われるまでもなく、私が彼女を守り抜こう」


 その返答に、ルキウスは表情を崩した。そして、他の来賓に向き直る。


「さあ、堅苦しい言葉は終わりだ。今日という日を、皆で祝おうではないか!」


「今日は、種族も何もない。どうか、互いの親睦を深めてほしい!」


 グレイヴァルトとルキウスの宣言で、宴が始まった。

 並べられていく料理に、ソルファリア側からは驚きの声が上がった。今日はルナグレアでも贅を尽くした料理が用意されている。月獣の文化水準を伝える意図もあったが、王族の式典にふさわしい献立だ。ソフィアのお墨付きもあるので、人間にも問題なく評価されるだろう。


「……ようやく、始まりだな」


「ええ。これでようやく、堂々とあなたの妻を名乗れます」


「ああ。私も、お前をこの腕に抱くのに、何の遠慮もいらなくなる」


「おや、さっそく熱い言葉だ。若く瑞々しい恋は、年寄りには眩しすぎるな」


「む……」


「も……もう、お父様。そう思うのならば、邪魔をするのは止めてください」


「はっはっは! では、お邪魔虫は退散して、私も月獣の料理を味わってみるとするか。では、また後でな、二人とも」


 楽しそうに笑って、ルキウスはその場を離れる。あと少しすれば、ふたりに挨拶に来る者で溢れかえるだろう。それまでの間でも、ふたりきりの時間を噛み締めておきたかった。



 周囲を見渡す。人間と月獣が、ぎこちなくも会話している姿が見えた。

 互いの差は、間違いなく存在する。だが、それだけだ。少なくともこうして、共に食事を囲み、言葉を交わすことはできる。一人ずつがそれを理解していけば、きっといつかは分かりあえる時が来ると、そう信じられた。


 そんな中、グレイヴァルトの脳裏には、ルキウスの言葉が反響していた。


 強くなければならないと、そう思っていた。何にも甘えてはならないと、そう戒めていた。

 だが、果たしてこの状況は、自分ひとりで成し遂げられたものだろうか。


(俺が本当に望む国。望む王としての姿。それは……)


 月獣の王としてあるべき姿を、強き絶対の主君を演じてきた。それが不要だったとは思わない。だが、これからの未来もそうなのか。自分は変化する必要はないのか。そうして考え込みそうになった時。


「グレン」


「……どうした?」


 ソフィアの笑顔は、いつにもまして美しく見えた。それは彼女がこの婚姻を待ち望んでくれていたからだろうか。あるいは、彼が待ち望んでいたからそう見えるのか。恐らくは、その両方だ。


「愛しています。心から、あなたのことを」


 満面の笑みと共に告げられた、そんな不意打ちのような言葉に耳が跳ねた。

 実のところグレイヴァルトとしては、式典の間に顔が綻ばないよう、意識していた。愛を公言はしたものの、必要以上に緩めるわけにはいかない、と。


「……ああ、俺もさ。愛している。誰よりも、お前のことを」


 ――それでも、今日という日ぐらいは許されるだろう。

 そんな思考が、変化の兆しであることにはまだ無自覚ではあったが――王はただ穏やかに、愛する女性だけへと聞こえるよう、自分の心を伝えるのだった。

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