勘違いの物語
「敢えて聞こうか。何が目的だ?」
「ふん。獣には理解できないか? ふざけた企てをした貴様を裁き、ソフィア様を救うこと以外に何がある!」
「つまり、我らの婚姻を阻止するために、私の命を狙ったと?」
「その通りだ。ソフィア様を強引に奪った挙げ句、婚姻などと……恥を知るが良い、魔獣が!」
グレイヴァルトはあくまでも冷静に、男の思考を理解する。
この騎士は、ソフィアが望まぬ婚姻を無理矢理に結ばされるのだと思い込んでいる。だが、王自身も、ソフィアは望まぬままに自分との縁談を受け入れたと思っていたのだ。だから、怒りも驚きもない。
「ソフィア様、辛い思いをなさいましたね。ですが、もう大丈夫です。我々が、命に代えても、あなたをこの魔物から救ってみせます!」
特に、集団を率いている騎士の語りには、先ほどから随分と熱がこもっている。どうやら、自分が勝手に作り出した物語に、大層な憤りを感じているようだ。自分のことを、姫を魔王から救い出す勇者だと信じて疑っていない。この行いが二つの国家に与えかねない影響など、思考から抜け落ちているのだろう。
(いや。ルナグレアのことを国家とすら思っていない、というのが正しいか)
害をなす獣を駆除して、王女を救い出す。この騎士にとって、月獣はその程度の認識だということだ。
どうすべきかと、王は思考を巡らせる。焦りはない。狙いが自分ならば、いくらでもやりようはある。
(兵をぶつけるのは無しだ、死者が出る。俺が押さえるしかないが……力で制圧したとすれば、要らぬ遺恨となりかねない。手は出さず説得するか? 聞いてくれはしないだろうが……まず言葉を交わす意思を見せる必要はあるな)
歴戦の王は、決断もまた早かった。交渉を試みて、失敗すれば、王自らが無力化する。今後のリスクはぬぐえないが、この場ではそれが最善と判断した。
どれだけ強引でも、死者はひとりも出したくなかった。彼女の記憶に、そんなものを残したくはないからだ。ならばこそ、まずは呼び掛けるべく、口を開こうとした時。
「――ふざけないでください」
全ての流れを変えたのは、ソフィアの鋭い声だった。
「ソフィア!? 待て、前に出ては……!」
さすがのグレイヴァルトも、思わず声を上げた。衝突寸前だった兵たちの前に王女が歩み出たのだ。
だが、ソフィアは迷うこともなく、兵士たちを見渡す。その姿に、双方の注目が集まった。
「あなた達は、何を勘違いしているのですか。私が、いつ、誰に、救ってくれなどと頼んだのですか?」
ソフィアの剣幕に、人間の兵はもちろん、月獣たちまでたじろぐ。誰の目にも明らかだった。彼女は今、とても怒っているのだと。
彼女も一国の王族だ。その言葉にはどこか、有無を言わさぬ風格があった。
「誰が、どこで、どのように、望まぬ婚姻をしようとしているのですか? 私がそれを望んでいないなどと、あなたはどこで知ったのですか?」
「そ、それは……このような怪物と結ばれることを望む人間など、この世にいるわけが」
「ここにいます。ええ、怪物呼ばわりは非常に不本意ですが。私が望んでいます。彼と結ばれ、一生を共に歩むことを願っていますが?」
「な……」
その言葉に、目を丸くしたのは騎士たちである。本当に、その可能性を考えもしていなかったのだろう。
そういう時に、人がどういう行動に出るか。受け入れて考えを改めることができれば、柔軟だ。そうでなければ、何とかして否定しようとするだろう。先頭の騎士は、グレイヴァルトに視線を移そうとした。
「この、化け物が! 姫を脅し、縛り付けているのだな! どこまでも卑劣で、下等な……」
「いい加減にしなさい!!」
今度は本当に、怒りのこもった一喝だった。かつてグレイヴァルトが暴徒に襲われた時と同じような、激しい声。
「そこまで認めたくありませんか? そこまでおかしなことですか? 私のこの気持ちは、そこまで踏みにじられなければならないものなのですか!?」
「そ、ソフィア様……」
「私は……他の誰よりも彼を、グレイヴァルトを愛している。この思いは、決して嘘偽りのない、心からのものです! それを、彼のことどころか、私のこともろくに知りもしないあなた達が、否定すると言うのですか!!」
集団のリーダーと思われる男は、完全に言葉を失った。その表情にあったのは、驚愕と――それだけではなく、どこかうちひしがれているような、悲痛な感情。
グレイヴァルトはその反応に、彼が抱く別の想いも感じ取った気がした。もっとも、それはソフィアの怒りには何の関係もないことだ。
「グレンを……誰よりも努力して、誰よりも民を思って、誰よりも一途な……誰よりも優しいこの人を! ただの偏見で侮辱するなど、私は絶対に許さない!!」
いつでも丁寧な口調を崩さなかったソフィアが見せた、強い言葉。それだけに、彼女の怒りは騎士たちの動きを止めた。
「否定なんて、させない。私がグレンを愛しているというこの気持ちは、他の誰にも邪魔はさせない!!」
思いの丈を吐き出しきったソフィア。その手が震えていることにグレイヴァルトは気付く。武装した者たちの前に出たのだ、恐ろしくないはずがない。それでもなお、彼女はそれに立ち向かい、己の想いをぶつけることを選んだ。
辺りは、しんと静まり返っていた。騎士たちも、月獣たちも。今ならば、このまま終わらせることができるかもしれないと思った。だが、同時にグレイヴァルトの心に沸き上がる思いがひとつ。このままでいいのか、と。




