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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
2章 ふたつの種族、ふたりの誓い
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ゴルトの森にて

 それから、あっという間に時は過ぎ――いよいよ、ふたりの婚姻の儀まであと一日となった。





 式が行われるのは、国境付近に建造されたステラ離宮だ。

 王都での開催という案もあったが、人間の集団を招き入れるのはまだリスクが高い。そこで、元よりソルファリアの人を招き入れやすいように、という意図で建築されていた離宮での開催となったのだ。

 太陽と月の狭間にあるから星、という命名はやや安直だがな、というのはグレイヴァルトの弁である。


 ソルファリアでの結婚式は神に永遠の愛を誓うのが一般的だが、ルナグレアにはまだ決まった儀は存在しない。元の部族によって様々だ。そこで今回は、王獣の風習を基に、一部に人間の慣習を取り入れる形の式とすることになった。


 いまの二人は、離宮へと向かう〈理力車(りりょくしゃ)〉に揺られている。

 大まかな見た目は馬車に近いが、これは理力を燃料とする乗り物である。理術を込めた特殊な石を積んでおり、操縦でそれを発動させ、全体を駆動させる。定期的に理力を補給する必要はあるものの、安定した乗り物である。

 まだ普及はしていないが、そのうち一般人でも利用できることを目標に、ソルファリアとも研究のデータはやり取りしている。


「緊張しているのか。お前にしては、珍しいな」


 やや固い表情のソフィアに王が尋ねると、彼女は小さく頷いた。


「さすがに、ここまで来ると、まるで平常心とは言えませんね……」


「まだ一日あるのだ。今から身構えすぎないようにしろ」


 数名の従者が同乗しているため、王としての口調だ。ソフィアからすれば、ほんの少しだけ寂しさはある。だが、表面の振る舞いがどうであれ、彼がいつでも自分に優しいことは、よく理解している。


 ――冷静に言葉を語りながら、王の尻尾がせわしなく揺れていることに、ソフィアも気付いた。

 彼もまた、ひどく緊張しているのが分かって、彼女はすこし可笑しくなった。それと同時に、それだけ式典を大きなものだと考えてくれていることが、嬉しい。


 車はいま、離宮の西、ゴルトの森と呼ばれる地を通り抜けている。森と言っても、道は整備されており、理力車の通行も問題はない。ソフィアがこの国へとやって来た時にも通った道だ。


「式の様子は、両国の王都に流されるのでしたよね?」


「ああ。そのための術式は、ルナグレア側はユージアやエルマ達が準備している。そちらにも優秀な理術師がいると聞いているがな」


「リーゼロッテですね。まだ若いのに様々な術を知っていて、すごい方なんですよ。私も少しだけ指導を受けたことがあります」


 遠隔地に風景を投影する理術。それを利用して、国民にこの式の映像は届けられる。それは、この儀式を通じて、ふたりの婚姻を確かな事実として知らしめるという意図だ。


 式場に来る者は限られている。

 月獣からは、大族長たち――〈爪角〉だけは都合がつかず不在だが――と、ゼルニスやエルマなど革命軍の古参の一部、それから、比較的人間への反感を持っていないと判断された従者たち。

 人間からは、ソフィアの家族と、王が選定した信頼のおける上級貴族、それから騎士団の護衛。王族による婚姻の義としては、小規模なものになる。

 それでも、これは歴史に残る一幕となるだろう。人間と月獣が手を取り合う、そのきっかけとなる一日だ。


「グレン、離宮はどんなところなのですか? 割と最近に建てられたと聞いていますが」


「さすがに王城ほどではないが、私たちの技術を尽くした宮殿だ。会場として相応しいことは保証しよう」


 身体能力に優れる月獣は、建築の分野でもその長所を発揮する。王としては、そういった仕事を多く民に与えることで、職を安定させる狙いもあった。


 グレイヴァルトは、ソフィアがグレンと呼ぶのを見た従者たちが、微妙な表情をしているのに気付いている。絶対の王者を愛称で呼ぶなどと、命知らずとでも思っているのだろう。

 さすがに咎めはしない。そう思われるようにしてきたのは、自分だからだ。それでも、ソフィアには人前でも気兼ねなく呼べと言っている。王妃となる彼女は自分と対等である、と示すためだ。――呼んでもらえないと辛いというのも大きいのだが。




 ――そんな時だった。

 ぴくりと、王の耳が跳ねる。


「……グレン?」


 その少し後に、車が停止した。操縦者のやや慌てた声も聞こえる。急な停車に、車内がざわつく。そんな中、王だけはすでに状況を把握しているようだ。


「ソフィア、ここから動かずにいろ」


 彼女が尋ね返すよりも早く、王は素早く車内から降り立つ。そして、他の者もすぐに事態を理解することになる。



 車の前に、人間の集団が立ちはだかっている。

 そして、それに気付いた直後、木々の影から同じく人間たちが姿を現した。車は完全に取り囲まれている。

 武装した兵士たちだ。明らかな敵意をもって、武器を構えている。


「あなた達は……!?」


「御身の前で剣を抜くことをお許しください、ソフィア様」


 その言葉を発したのは、先頭にいる金髪の青年だ。やはりソルファリアの人間であるらしい。後ろでは、車内から飛び出してきた月獣たちが構えている。


「陛下、お下がりください! ここは、我々が……」


「待つがいい。まだ、手出しを禁じる」


 王の一喝に、月獣兵たちの動きが止まった。どのような時であれ、王の命令は絶対だ。もちろん、王に危害が加えられれば、その限りではないだろうが。

 グレイヴァルトは冷静に、状況を見据える。まだ、襲撃者たちの目的も分からない。予想はつくが、確認が先だ。


「何をしている? 我らが何者かを知った上で、武器を抜く行為の意味を理解しているのか」


「ソフィア様に剣を向けなどするものか。我々の目的は貴様の首だけだ、魔獣王」


 恐らくリーダーと思われる青年が、侮蔑を込めて吐き捨てる。まだ年若いが構えに隙はなく、人間としてはかなりの実力者であることは見れば分かった。そして、ソフィアには男に見覚えがあったらしい。


「あなたは、確か騎士団の……」


「はっ。御身の記憶に留めていただけたこと、光栄の極みでございます」


 ソフィアに対する声音は、うってかわって優しげだ。少し芝居がかって聞こえるほどに。

 騎士の数はおおよそ50名。こちらは10名にも満たない。さらに囲まれているという、状況だけを見れば圧倒的な有利。だからこそ、彼らの表情には余裕が見える。


 ――それだけで有利だと思っているのが、根本的な間違いだ。彼らが対峙しているのは、数百の戦士を単身でなぎ倒した最強の月獣なのだから。


(罠を使ってでも仕留めにこなかったのは、ソフィアがいるからか。それに、射手はいない。万が一にも巻き込みたくないのだろう)


 王がその気ならば、とっくに全員の首が飛んでいる。理由など問わず、動かれる前に殲滅していただろう。

 グレイヴァルトは、そのような妥協が許される相手でなかった。彼らはまだ、自分たちの勝算がゼロであることに気付いていない。

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