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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
2章 ふたつの種族、ふたりの誓い
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王たる血族

「エルマさんは……旧知の仲と陛下は言っていましたが、王になる以前の陛下もご存知なのですか?」


「ええ。あの方がマゴット様に拾われてきた子供のころから、顔を合わせておりました」


 だとすれば、グレイヴァルトの本来の性格も知っているはずだ。彼は王となってから、今のような振る舞いを徹底するようになったと言っていた。

 ゼルニスとはかつて友人であった、というのも、軽くは聞いた。しかし、二人が詳細を語らなかったので、複雑な事情を察して掘り下げはしなかった。


「ゼルニスのように対等な友人関係、というわけではありませんが。歳も私が7つほど上ですので」


「そうなのですね。では、姉のような感じでしょうか?」


「姉……ふふ。そうとも呼べたかもしれませんね。あの方は幼い頃より利発でしたから、あまり世話を焼く必要はありませんでしたが」


 どことなく懐かしむように、エルマは笑った。


「昔の陛下は、どのような方だったのですか?」


「そうですね……今の陛下とあまり変わりはないかと。責任感が強く、ひたむきで、とても真面目な方でした。いつでも他者のことを考えて行動できる、優しい方でもありました」


 確かに変わりないな、とソフィアも思った。彼女が知る限りも、王としての振る舞いの下はそういう青年だ。


「それでいて、王の風格は幼い頃から持ち合わせていました。13歳になる頃には、大人であろうとあの方に敵う者はいませんでしたからね」


「それほどまでに幼い頃から、ですか? 陛下のお力について、話は聞いてきましたが」


「はい。あの方は天才であり、努力家であり、さらに〈王獣(おうじゅう)〉でもあります。そもそもの土台が、並の月獣とは違っているのです」


「王獣? 初めて聞く呼び名ですが、それが、陛下の種族なのですか?」


「ええ。やはり、陛下は話していませんでしたか」


 かつて、ソフィアが一度だけ種族について尋ねた時、王はあまり深くを語らなかった。触れられたくないのかと思い、彼女も二度目を尋ねることはしなかった。


「肉体も、理力も、大半の月獣を圧倒する最強の血族。原初の月獣とも呼ばれる、最古の種族……それが王獣です。陛下は、王獣としても突出した能力の持ち主ではありますが」


 そこまで語ったところで、エルマの表情に、少しだけ影が差した。


「だからこそ……他の部族の結託をもって、かの一族は滅ぼされました。陛下ひとりを除いて」


「…………!」


 王と同じ種の月獣を見たことは、確かに一度もなかった。少数民族なのだろうか、と思ってはいたが、ならば彼は最後の生き残りということになる。


「私も幼いころの話なので、詳細は知りません。ですが、真っ向からの戦闘では敵わぬため、幾多の罠や強力な毒物が用いられたと聞いています。陛下はご両親が最後の力を振り絞り、何とか逃がされた……と」


「そんな、ことが……」


「元々が、ごく少数の部族だったようですから。もしかすると、世界のどこかには同じ種もいるのかもしれませんがね」


 王がソフィアに話さなかった理由も、そんな暗い背景ゆえだろう。


「陛下の実のご両親は、毒で亡くなったそうです。食料と飲み水に盛られたそれを、外に出ていた自分だけがかろうじて口にせずに済んだ……そう、言っていました」


「………………」


「それもあって、陛下は今でも差し出された食料を警戒する習慣がついています。信頼した者から渡されなければ、受け取ろうとしないほどに」


「そう、なのですか?」


「ええ。ですが、その様子であれば……ソフィア様はもう、違うようですね?」


 つい先日の王は、ソフィアが準備したクッキーと紅茶を、躊躇いもせずに口にした。それを思い出して頷くと、エルマの表情がより穏やかになった。


「ふふ。ゼルニスから少しは聞いていましたが……陛下は本当に、あなたに気を許しているのですね」


 ソフィアも、グレイヴァルトの愛を疑っていたわけではない。それでも、彼にとって自分がどれほど大きな存在であるのか、そこまでの自覚はなかった。彼が不器用なせいでもあるが。


「ソフィア様。あのお方は、ずっと孤独に耐えてきました。ゼルニスも私も、このように振る舞っておりますが……歯がゆくは感じていたのです」


「……エルマさん」


「ですが、安心できました。あなたに見せていた陛下の表情は、昔のあの方に近いものでしたから」


 穏やかな顔で、エルマは微笑んだ。忠臣として振る舞ってきた彼女は、先日にソフィアが感じた王の孤独を、きっと間近で見てきたはずだ。


「我々は、この振る舞いを今は変えられません。陛下がそうあれと命ずる限り。まだ、王の命は絶対である、という規律を崩すわけにはいかないのです」


 少しの油断は綻びとなり、決して戻りはしない。ソフィアも王女として育った身であるから、理解はできる。親しみやすい王と言えば聞こえはいいが、それは付け入る者を招く隙にもなるのだ。


「……ありがとうございます、エルマさん。お話を聞かせてくれて」


「いえ、礼を言うのは私の側です。あなたのような方が、陛下のそばにいてくれるならば……ふふ。あなたと話せて、本当に良かった」


 エルマはきっと、この会話でソフィアという人物を見定めようとしていたのだろう。グレイヴァルトが事前に何も言わなかったのは、何の備えもしていない素の状態で話させるためだったのかもしれない。


「ソフィア様。無礼は承知ですが、ひとつだけ……お願いをしても良いですか?」


 改まった言葉に、ソフィアは頷く。すると、蜥蜴の表情から力が抜けた。今までのどこか形式ばったものではなく、その下にあったもの。ふわりとした、柔らかな笑み。


「……あの子のこと、よろしくね。二人で、とびっきり幸せになってちょうだい!」


 ただ一言、彼女本来の姿と、王への想いが見える言葉。それはきっと、ソフィアを認めたからこそ見せてくれたものだ。

 すぐに元の振る舞いに戻ったエルマ。だが、彼女なりのエールを受けて、ソフィアもまた、一番の笑みを返した。


「はい。必ず。エルマさんの思いの分も、私は彼を支えてみせます。一緒に、幸せになります!」


 この時、ふたりの女性たちは、互いに心を許し合うことができた。その後は、立場は崩さぬようにしながらも、親しい友人のような談笑は絶えず続いたのだった。


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