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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
2章 ふたつの種族、ふたりの誓い
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ふたりの時間

 月獣の国ルナグレアの首都、クレセティ。



 外の国からは、野蛮な獣の国などと揶揄されることもあるルナグレアだが、その文化水準は決して低くない。

 建国よりも前は、原始的な文化に生きる部族もいた。だが、王の政策により、その文明は最も高いところへと合わせる形で引き上げられてきた。

 この数年で、部族間の格差は大きく縮まり、国家として諸国に劣らぬほどになっている。少なくとも、人々の暮らしは安定して、街の光景は穏やかそのものである。


「なあ……聞いたか、陛下の話?」


「当たり前だろう。至るところ、その話題で持ちきりだ」


 そして、今日の街中は、普段よりもざわついていた。それは、本日の朝方、王宮より出された触れについてだ。


「いや、だけど……信じられるか? 確かに噂はされていたけどさ」


「……あの方は、この国のためならば何でもするだろう。それが、望まぬことであろうともな」


「それは分かっているけどさ。でも、さすがに……」


 どこか納得ができていないような口調で、ひとりの男が言う。それほどまでに、その一報は、彼らにとって衝撃的で、受け入れがたいものだった。


「まさか本当に、人間を妃とするだなんて――」










「……ふう」


 本日最後の謁見を終えて、臣下も下がらせた後。誰もいなくなった玉座で、グレイヴァルトは深々と息を吐き出す。

 彼は優秀な国王だ。だが、大量の執務を捌けるがゆえに、その仕事量による疲労は避けられない。

 建国からこれまで、彼の仕事は増えていく一方だ。やればやるほど国は大きくなり、大きくなれば新たにやることが舞い込んでくる。配下に任せるにしても、まだ国を運営するための知識を持つ者が少ない。任せられる仕事は限られていた。

 もちろん、その状況が望ましくないことは、グレイヴァルトも理解している。真に他者の上に立つならば、仕事を割り振ることも必要不可欠だ。


(ゼルニスやエルマ、大族長たちの負担も膨れ上がっているからな。やはり、体制を整えるための施策は最優先か)


 国王として頂点に立つ必要はあっても、国の全てが王に集中するのは望ましくない。それでは、仮にグレイヴァルトが消えた時に全てが崩れてしまう。自分がいなくとも成り立つほどの、安定した国が彼の目標だ。


(この国が安定するための基盤……それを作るには、月獣だけで閉じた世界では駄目だ。他国の知識も取り入れさせ、教育制度を整えて……課題は山積みだな)


 個人の理念を抜きにしても、このルナグレアをより良い国にするためには、他の種族との交流は必須だ。しかし、それを国民が受け入れるためには、まだ多くの課題が残されている。

 変えていくための第一歩が、彼とソフィアとの婚姻だ。頂点に立つ自分が、種族の交わる姿を示していかなければならない。


 もっとも、それは彼個人の願いを叶える儀式でもあるのだが。


(政略のためだけと思われるのは、不本意なのだがな)


 溜め息をひとつこぼしつつも、立ち上がる。まだ執務は残っているが、少し休憩を入れる時間はあるだろう。

 私室の扉を開くと、そこにはすでに、ひとりの女性の姿があった。彼女には、自由な立ち入りを許可している。


「お疲れ様です、グレン」


 ソフィアは、愛する人の姿を見て、満面の笑みを浮かべた。それだけで、グレイヴァルトも一日の苦労が報われたようだった。彼の表情が、わずかに緩む。


「お茶とお菓子を用意しておきました。どうぞ、少し休憩してください」


「ああ、済まないな。ふむ……良い香りだ」


 幾分柔らかくなった口調で、グレイヴァルトは答える。あのプロポーズ以来、こうして二人きりの時には、王としてではない本来の姿で過ごすようになった。

 紅茶を一口含む。その温かさに、やっと人心地ついた気分だ。続けてクッキーを一枚かじると、優しく上品な甘みが口の中を満たした。


「どうですか?」


「美味い。やはり、甘いものは良いな。疲れが吹き飛ぶようだ」


 機嫌良くぱたりと尾を揺らしたグレイヴァルト。屈強な外見に似合わず、彼の好物は甘い菓子だ。よほど気に入ったのか、なかなかのペースで平らげていく。


「良かった。ゼルニスさんに、あなたが蜂蜜のクッキーが好きだと教えていただいたので。少し厨房をお借りしたのですが、気に入ってもらえたなら嬉しいです」


「ん? ……まさか、ソフィアが作ったのか?」


「そうですよ。自国にいた時には、お菓子作りや料理も趣味のひとつでしたからね。そう言えば、話したことはなかったでしょうか?」


「そうだったのか……それならそうと言ってくれれば、味わって食べていたのだが」


 少しだけ残念そうにしながら、残ったクッキーを食べる速度が急激に落ちる。大きな獣の口で、子供のようにちまちまと菓子をかじっているグレイヴァルトの姿に、我慢できずにソフィアは噴き出した。


「ふふ、あはは……! 本当にあなたは、たまに呆れるくらいに可愛らしくなるんですから……!」


「そ……そこまで笑うことか? お前が作ったものを食べるのなど初めてだろう。もう少し大切にしたくてな……」


「うふふ、ごめんなさい。でも、そう残念がらなくても、また今度作りますよ。夫婦になるのですから、機会はいくらでもあるでしょう?」


 二人とも、婚約者どころか、恋人を持ったのも初めてだ。だが、恋愛に関する落ち着きと言う意味では、ソフィアの方が明らかに上である。

 グレイヴァルトは革命のために戦う上で、どうしても平穏とは縁遠い日々を送ってきた。自身はもちろん、周囲の恋愛話を聞く機会すらほとんど無かったのだ。 挙がったとしても政略的な縁談ばかりの過去だった。――彼に純粋な好意を寄せる女性はかなりの数がいたのだが、本人には自覚のない話である。

 周囲で言えばゼルニスは既婚者なのだが、王となってからの話なので、そこには全く関われていない。一応、相手も知人ではあるが。


 要するに、彼には分からないのだ。愛する女に対して、男はどうやって振る舞うべきであるのか。

 分からないから悩み、慎重になる。そこに、相手が異種族であること、自分よりも脆いことなどが重なり、どうにも純情な反応を繰り返してしまっていた。

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