命日(改)
なるべく自分の部屋でお読みください。
夜の帳が下りた街の中、一際大きな明かりを放つ家。真っ赤な光とどす黒い煙。橙色の火の粉が風に運ばれていく。凄惨な光が照らす街の中、人々は見向きもせずにゆっくりと歩いていく。
◇◇◇◇
『カーテン越しの日差しが体に朝が来たことを伝え、僕を目覚めさせた。まだ部屋の眩しさに慣れない目をこすりながら、もそもそと布団から這い出す。なんだか久々によく寝られたような気がした。
そうだ、今日はあいつの命日だ。
平静を装ってパンと水を体に流し込み、歯を磨く。
昼頃までテレビでニュースを見ながらダラダラと過ごして、空の色が変わり出したタイミングを見計らって出かける準備を始めた。
目立つのは苦手なので、あらかじめ店で買っておいたなるべく目立たない服に着替える。
身支度を済ませて玄関の扉を開けると、冷たい風が頬を刺した。思えばここ数日雨が降っていない。空気がとても乾燥していて、火事が怖い季節になってきたなぁ……と感じた。
スマホを片手にガレージの車へと乗り込んだ。
自宅からかなり離れて、予約しておいたレストランに向かう。ここは、あいつが気に入っていた店だ。一口ずつ、あいつとの思い出と一緒に料理を噛み締めた。
昼食を済ませ、車から前日のうちに積んでおいた荷物を降ろしてから、公園のトイレに移動した。バッグから服を取り出し、全身を黒一色に包んだ。
◇◇◇◇
歩いて歩いて、あいつの家の前に着いた。重い荷物を持ちながらこの距離を歩くのはかなりの無茶だったかもしれない。太陽はすでに見えないが、空はほんのりと明るい。上がった息を整えてから、以前もらった合鍵を使って家に入った。何度も来たこの家の間取りが懐かしい。廊下を進んでいって……ドアの前。扉越しに、君の息遣いが聞こえる。
それにしても、小説サイトというのは便利だ。いつでもどこでも、好きな時に書いて内容を更新できる。君はリアルタイムで文章が追加されていってることに気づいていたのかな。あらかじめ、これを読むように送っておいたからね。君が読み始めたら途中で止められないタイプなのは知っているし、このページへのアクセスは僕の端末から確認できるんだよ。
ふふっ。まだ、フィクションだと思っているのかい?君のすぐ後ろまで、現実は迫っているのに。』
背後からカチリと音が聞こえて咄嗟に振り向くと、黒い帽子とサングラスをつけた彼が、こちらに拳銃を向けていた。サングラスで視線は追えないが、多分首元の歯形を見ているんだろう。彼は、そっと口を開いた。
「……最期に、言い残すことは?」
うーん。そうだなぁ……
「じゃあ、これだけ。大好きだよ」
「そうかい」
そう言って彼は目を伏せた。最期まで答えはくれないらしい。こんなことになっても、そういうところは変わらないのかな。
「……俺もだよ」
………!!!!!
彼はそう言って引き金を引いた。
◇◇◇◇
家全体に灯油を撒き、またあいつの部屋に戻ってきた。そっとライターに火をつける。
「こいつの体は誰にも渡さない。あいつらには、絶対に。」
そう言って僕は、束にした線香に火をつけて床に置いた。
◇◇◇◇
ある街の夜中。轟々と音を立てて燃える家の周りを死者たちが歩いてゆく。知性はあるのかないのか、ある者は火に巻き込まれ、ある者は火を避けて進んでゆく。
誤字報告ありがとうございました!!!