第6章 怠け者に訪れる試練
俺が目を覚ますと、周囲は完全に変わっていた。アリシアはすでに村の広場の一角で、護衛の騎士たちに囲まれて話をしている。騎士たちは手に持った剣や盾をピカピカに磨き、何やら真剣な顔つきで相談をしていた。
「お、動いてる……」
俺は寝転がったままで、周囲の様子を観察していた。ここはもう、俺の力を借りなくても動く人々が作り上げた、守られた場所となっている。その証拠に、騎士たちは気を引き締めつつ、何か準備をしている様子だ。
「あれ……?」
ふと気がつくと、アリシアの目が俺に向けられていた。彼女は、少し驚いたような顔をして、近づいてきた。
「怠田様……寝ているだけで何もしていないのに、本当にすごいですね」
「ああ、まあ……ありがたくてすまないけど、これが俺のスキルだから」
「あなたが動かないだけで、村を守るために人々が動いているんですね。まるで、この村にいる全ての人があなたを守りたいと思っているかのように」
「それが《怠惰スキル》ってやつさ」
「でも……あなた、本当に何もしていないのに、どうして皆がこんなにあなたを気にかけているのでしょうか?」
「さあな。俺に言えることは、ただ『動かない』だけだよ」
俺は肩をすくめながら答えた。だが、アリシアは疑問に思う表情を浮かべていた。それもそのはずだ。俺のスキルは一見すると、ただ動かないだけの力だ。しかし、その力の背後には、確実に深い何かがあるはずだ。
そのとき、広場の端から、騎士たちが駆け寄ってきた。
「アリシア姫! 準備が整いました!」
「これより魔王軍が接近しています! 速やかに避難を開始し、我々が先導します!」
「よし、ではすぐに出発しよう!」
「姫、あなたを守るために我々は命をかけます!」
その言葉に、アリシアは少し頷いてから俺に向かってきた。
「怠田様、今から私と共に来ていただけませんか? これからの戦いにはあなたの力が必要です」
「いやいやいや、待てよ、俺は戦いたくないぞ。せっかくの『怠惰スキル』なんだ、動きたくないし」
「でも、あなたのスキルがあれば、私たちを助けられるはずです! 何か手助けをしてください!」
俺はその頼みの目に、思わず少しだけ心を動かされるが、すぐに心を落ち着ける。
「無理だよ、アリシア。俺がやれることは動かないことだけだ。だって、動かずにいると誰かが助けてくれるんだから」
「でも、この状況ではそれだけでは足りません!」
「うーん、困ったなぁ……」
俺はしばらく考え込んだ。結局、動かずにいるだけで誰かが何とかしてくれるというのは、あくまで偶然が重なった場合だ。だが、今回はさすがに魔王軍が近づいているという事実がある以上、それを利用するのは無理だろう。
その時、俺の頭に一つのアイデアが浮かんだ。
「……そうだ! こうすればいいんだ!」
俺は勢いよく立ち上がり、周りの騎士たちに向かって大声を出した。
「よし、みんな! 俺がここにいる間は、魔王軍に手を出させるな!」
「えっ、怠田様、何を……?」
アリシアが驚きの声をあげるが、俺はすぐに言葉を続けた。
「お前らは俺を守るんだ! 俺が動かない限り、みんなも動く必要がない! それが俺のスキルだ!」
「そうして、周りの奴らが何とかしてくれるんだ!」
その瞬間、騎士たちが動き出し始めた。俺が動かないということを信じて、みんなが俺を守るために動き始めたのだ。目の前で繰り広げられる戦いの中、俺はただひたすらに動かない。最初は少し怖かったが、すぐにその感覚に慣れてきた。
そして――
「怠田様、見てください!」
アリシアが声をあげた。俺は目を開け、その方向を見てみる。
「……何か、すごいことが起きている?」
遠くから、まるで自然の力に引き寄せられたかのように、魔王軍の兵士たちが次々と倒れていく光景が広がっていた。俺が動かずにいるだけで、自然と彼らは力を失い、倒れていったのだ。
「これが《怠惰スキル》の力……?」
「本当に、動かずにいるだけで、すべてが変わる……」
俺は目を見張りながら、じっとその光景を見守った。