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第二幕(三)

陽が暮れ、目前の町は闇に沈んだ。町に明かりは見えず、肉眼で見る限り人が居るとは思えない。黒い空には十三夜の月が出ているが明かりはそれぐらいで、目に入る色は殆ど黒だった。そんな中、私は外套のフードを目深に被り、砂塵の荒野を歩いていた。

そこに指揮官からの通信が入る。まだ町に入れてはいなかった。目測であと 400m。足取りは重かった。B.B. は先に出立したから、今頃は町の何処かで通信を受けている事だろう。

「今日は君らに伝えなければならない事がある」

指揮官はいつになく深刻な声音で話し始めた。

「其の町は一度は我々の手に落ちた町だ。しかし孤立しているため活用の目処が立たず、長い間無人の状態が続いていた」

そうか。かつて私が落としたこの町は長年放置されていたのか、とは思ったが、それ以上でも以下でもない。指揮官は続ける。

「しかし最近、奴ら褐色の民の避難場所となっていると聞く。避難しているのは主に子供たちだ。子供は未来の芽。摘み取らなければいつまでも奴らを根絶やしにはできないだろう」

私は深く息を吸い、黒い夜空を仰いだ。あぁ、指揮官。そんな話、聞きたくなかった。両の義手がいつもより重く感じられる。

「奴らが隠れているのは病院跡と商業施設跡だ。今回は逃げる者も追え。誰も町から出すな。本作戦は隠密を指示する」

そして私には病院跡を、B.B. には商業施設跡を片付けるよう指示された。

今夜の月明かりは隠密には最適だ。任務遂行の環境は最高なのだが、私は深い溜息をつき項垂れた。やりたくない、それが本音だ。しかしそこでふと我に返る。私のこのやる気の無さは、もしかすると今の位置情報から指揮官に伝わってしまうだろうか。今はまだ自分の考えが明るみに出てはまずい。そう思った私は、町までの残りの距離を一気に駆けた。


病院跡は2階建ての敷地の広い建物であったが、外壁は剥がれ窓ガラスも崩れ落ち、外から見る限り他の廃墟とさほど変わらない印象だった。一応裏口から侵入するべく建物の裏手へ回ってみたが、建付けが悪いのか扉は半開きになっていた。中は真っ暗だろうから暗視鏡を装着して侵入する。床は一面、瓦礫や砂塵に塗れていた。太い柱は健在だが天井は所々剥がれている。広々とした待合に並ぶ長椅子と受付が如何にも病院らしさを醸していた。

1階をすべて見て回ったが人は居らず、階段は建物の中央に1つしか無い事を把握した。地下と2階があり、どちらを先に見るべきか迷ったが、逃げ場のない地下を先に見る事にした。ここで出会った人間は残念ながらさよならだ。涙を呑んで斬り捨てよう。もし2階に居るのならば、野性的な勘で異変を察知した人間は外へ抜け出してくれる事を祈る。B.B. に見つかれば殺されるだろうが、私は見逃してやろう。そう思いながら地下を回ったが、誰にも出会うことは無かった。

残るは2階のみ。指揮官の情報が誤りである可能性は限りなく低いから、この階に子供たちが居るとみてまず間違いない。意を決し、足音を消して階段を上ると、2階はこれまでとは様子が違っており、少し瓦礫が片付けられている形跡が見えた。廊下の床がしっかりと見える。左側を見やると元はガラス張りだったのだろう、廊下側の壁が腰ほどの高さまでしかない部屋があり、すぐ覗ける場所に籠が2つ置かれている。その中には赤子が布に包まれて眠っていた。

嘘だろう、と思わず息を呑んだ。動揺したのも束の間、今度は廊下の先から微かに声が聞こえる。取り敢えず赤子を刺し殺すのは先送りにし、声の方へと歩を進めると、近付くにつれそれは、苦しみに喘ぐような、歯を食いしばって泣くような、悲痛な呻き声に聞こえた。その声は最奥の部屋から発せられており、扉が無いのか僅かに零れる明かりを目指して進むと、其処には照明の周りを黒い布で覆った薄暗い中で、1人の人間が中腰に屈む後姿が見えた。体格からして女であろう。寝台の上にある何かに手を差し伸べているようである。

私は暗視鏡を外し、背後から近づいた。寝台の上に寝ているそれが呻き声の主であり、少女であった。 少女は出産をしていた。今まさに赤子が取り上げられたところである。その光景を見て私は一瞬怯んだが、赤子が泣き始めたその瞬間に中腰の女の首根を右手で掴み、壁へと押し付ける。赤子を落としそうになったので私が左腕で抱き留め、泣き声が漏れぬよう赤子の方は自分の身体に押し付けた。

「騒ぐな。騒がなければ何もしない」

私は低く抑えた声で凄んだ。頼むから騒いでくれるな、騒ぐと捻り潰さざるを得なくなるから、と心の中で付け加える。しかしこれは暴力を持つ者の論理だとも思い、我ながら嫌気がさした。

女は怯えきって呼吸も引きつり、とてもではないが声を出せる状態ではなかった。軽く全身を観察したが、歳は私とそう変わらないかもしれない。本当はこの建物に何人の人間が居るのかを聞き出したかったが、震えるしかできない様子なので首元を解放してやると、彼女はその場にへたり込んだ。失禁したかもしれないが仕方がない。私は左腕に抱いていた赤子を少女のベッドへと戻した。まだへその緒が繋がっており、少女の傍で弱々しい声を上げる。少女は汗に塗れ、疲れ切った目で私を見ていたが、特段、怯えてはいなかった。自分の体調で精一杯なのだろう。大声を出す元気も無さそうに見えた。

少女の苦難を思い、何とか慰めてやりたくて、私は彼女の額を撫でながら、

「貴女の子……可愛いわね」

と思いがけず優しい声音で言っていた。何故こんな言葉が出たのか、自分でもよくわからない。しかし率直な気持ちを表現するとするならば、こんなに非力な少女が新しい命を産み出したという成果がとても尊く感じられたのだ。

しかし、私の言葉を聞いた彼女の目には怒りが灯った。

「可愛くなんか……ない。勝手に私に棲みついて栄養を奪って……まるで寄生虫」

怒りに震える彼女の目からは大粒の涙が零れた。それを見て私は思わず不敵な笑みを零してしまう。そうね、そうでなくては。脅威であるはずの私に物怖じする事なく自分の考えをはっきりと伝える――強い子だ、と思った。この子は闘える。

「安心なさい。貴女もこの子も護ってあげるから」

貴女が自力で闘えるだけの力と判断力を身に付けるまでは。それまでは私が盾となろう。


少女との会話はそこまでにして、私は床にへたり込んでいる女の傍へ屈んだ。

「ねぇ、どうしてこんな少女にも子を産ませるの?」

出産に携わるほどの知識のある人間なら解る筈。こんな事は異常だと。

私の言葉が癇に障ったのだろう。女は殺気に満ちた目で私を睨んだ。もはや怯えてはおらず、今度は怒りに震えている。

「お前らが女と子供ばかり殺すからだ。もう子を産める女は少ない。だから生きている私達は、どんな子でも産まなければならないのよ――」

最後の方は泣き叫んでいた。彼女も多分、同じ経験をしてきたのだろう。女と子供ばかり選んで殺してきたつもりはなかったが、結果的にそうなってしまっていたのだ。

「野蛮だな」

私は呟いた。女に言ったわけではない。そういう発想を植え付けた誰かに、もしくはそういう状況に追い込んだ我々に対して言った独り言だったかもしれない。しかし彼女はその言葉を聞き咎めた。

「どっちが野蛮なのよ。子供を惨たらしく殺しておきながら」

貴女の子供も殺してしまったのかしら。その認識のない自分に虚しさを感じつつ、私は言った。

「悪かった、訂正する。所詮はシーソーゲーム……端から正義など存在しない。どちらの主張を暴力で押し通すかだけよ」

無意識に私は、B.B. の言葉を借りていた。

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