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小さい女神に何を願うか1-1

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 僕はいま、文字通り頭を抱えている。

 理由は僕の目の前に”願い事を叶えてくれる女神”なるものが現れたからだ。

女神は

「さあ、あなたの願い事を言って下さい」

 と神々(こうごう)しく両手を広げてそんなことを言っている。

 これは夢でもなければ、僕の頭がおかしくなって幻覚が見えているというわけでもない。確実に現実だ。しかし、いったいどうしろというのか? 自慢じゃないが僕は頭が悪い。どうしたらいいかと悩むことは多いが、その答えが出ることはほとんどない。

 もうかなり落ち着いたと思うのだけど、いま一度、自分を落ち着ける為に今日1日あったことを思い出して整理してみよう。正直、あまり思い出したくない1日だが、だいたい毎日こんな感じだ。


 高校2年生の16歳というのはまさに青春時代の真っ只中だ。しかし青春時代イコール楽しい時代、というわけではない。みんな青春時代特有の様々な悩みを抱えて生きている時期でもある。僕にもやはり悩みがある。ありがちな悩みで、それでいて解決が難しい悩みだ。

 毎朝僕は早く起きる。そしてまず台所のテーブルの上に置いてある母が用意してくれた朝食とお金をチェックするのだが、この時から既にその悩みの一端は始まっている。朝一から『今日は”合格か不合格か”』みたいな気持ちで心臓が高鳴ることになる。良かった。今日は”合格”という気持ちだ。1000円札が置かれていたのだ。ここのところは1000円の日が続いているので助かる。

 ホステスをしている母は昼夜逆転の生活をしているのでまだ自室で寝ている。洗濯機のタイマー機能で洗濯が終わっている衣類をベランダに干すのが僕の毎朝の仕事だ。温めた朝食を食べ終えて登校の準備をすると足が重くなり、住処の公営住宅の1階のドアから出ると身体が重くなった。一度深呼吸をしてから駅を目指して歩いた。

 電車に乗ると他校の生徒たちと出会う。爽やかな雰囲気なのだが、おそらく僕だけは暗い顔つきだと思う。下車する駅が近づいてくるほど暗澹たる気持ちになる。

目的の駅で降りると僕はまっすぐには学校に向かわない。しばらく線路沿いの緩い上り坂を歩く。けっこうな田舎で、田畑が広がっている。そして用水路に掛かっている小さな橋。ここに来ると大きなため息をつく。道路の脇から田畑に降りる為の小さな階段があって、毎朝ここを降りる度に僕の()()はマックスになる。

信矢(のぶや)

 後ろから声を掛けられた。重雄(しげお)だった。その沈んだ表情を見て僕は察した。

「俺、今日は”500円の日”でもなくて母さんが弁当を作ってくれたんだ」

 そう言ってため息をつく。やっぱりだ。

「そりゃまずいな……」

 僕もうなだれながら階段を下る。

「いまいくらあるんだ?」

 そう僕が訊くと、

「300円ちょっとしかない……」

 と重雄はため息をついた。

 ああ、それじゃあ全然だめだ。僕は1000円以外にも少しだけお金を持っているが、重雄より少ない。持ち金に余裕のある時は互いに()()し合ってなんとか1000円にすることもあるのだが。

 階段を下り終わったそのすぐ右側は先ほどの用水路を渡す橋の真下で、短いトンネルになっている。人気はまったくないところだ。トンネルは僕の方から見て左3分の2くらいが田畑に水を通す為の用水路で右側に人が1人半通れるかという程の細い通路になっている。用水路と通路を隔てる頑丈な欄干があるのだが、その欄干にキョーリューの2人が背中からもたれかかって加熱式タバコでタバコを吸いながら喋っていた。僕らの姿に気がつくと二人とも用水路にタバコを投げ捨てて、

「やあ、おはよう。信矢くん、重雄くん」

 とキョーイチがいつも通りのわざとらしい笑顔で挨拶してきた。

「おはよう……」

 僕も重雄も消え入りそうな声で言ってうつむいた。そんな僕らに対して2人はニヤニヤ顔で近づいてきて

「はい、スマホを預かります」

 とリューイチがこれまたいつものわざとらしい笑顔で言って手を出してきた。僕らは言われた通りスマホを渡した。この時、電源を切ることも忘れない。

 リューイチもキョーイチもとにかく大きい。格闘家かと思わせるほどのゴツい体をしている。筋肉の塊だ。ただ、首から上は正反対でキョーイチがツルツルのスキンヘッドで眉毛まで剃っているのに対して、リューイチはロンゲの金髪を後ろで束ねている。そして左眉と右下唇にピアスが通っている。正直、2人ともセンスが悪いと思うのだが、もちろんそんなことを言えるわけがない。首から上で共通しているのは2人とも目つきが悪いということだ。

 常に2人で行動している為”キョーリューコンビ”(略してキョーリュー)、と呼ばれている。その呼称の響きからしてこの2人がどれほど強くてかつ恐ろしいのかが伝わってくる。

「さて2人とも、今日は”お友達”になれるかな?」

 リューイチが嫌味な笑顔で訊いてくる。僕は黙って財布から1000円を出した。本来は僕の昼食代なのだが。

「おお! 信矢くんは今日もお友達だな! よろしくやろうぜ!」

 と1000円を取り上げて僕の肩をバンバンと叩いた。顔をしかめてしまうほどの力だった。さて、重雄の方は……

「ごめん」

 と頭を下げた。

「おやおや、どうした?」

 とキョーイチがまだ笑顔で訊いてくる。

「今日、弁当だからお金が全然ないんだ」

 怯えるように重雄が言うと、キョーリューの2人は「あーあ!」とわざとらしくため息を吐いてキョーイチはトンネルの天井を見上げ、リューイチは「がっくり」と言いながらうなだれて「お友達になれないのお? 残念だなあ」と首を振った。もちろんまったく残念そうじゃない。

 キョーイチが作り笑顔を消して、

「お前の母ちゃん、気まぐれで弁当作るよな。仕事大変なんだろ? 『弁当いらない、毎日1000円くれ』って言えばいいだろ……って何回お前に言ったかな?」

 と重雄に凄んだ。リューイチからも笑顔が消えている。

「だいたい、本当に弁当があるのか? ごまかしているんじゃないだろうな? ちょっと見せてみろよ」

 それはまずいぞと重雄を見たが、

「本当だよ」

 と重雄は素直にスポーツバッグの中から弁当を取り出した。するとキョーイチはそれを奪い取り、あっという間に弁当の包みと蓋を開けて用水路に中身を投げ捨てた。

「あ……」

 重雄が弱々しい声を出して用水路にバシャバシャと落ちていく唐揚げ、ウィンナー、卵焼き、ふりかけが掛かっていたご飯等に小さく腕を伸ばした。

「ああ、すまんすまん。手が思いっきり滑った」

 キョーイチは笑いながら謝り、空の弁当箱を重雄に突き返した。

「家に帰って、弁当落としたから金くれって言って来いよ。いまからならまだ学校には十分間に合うだろ?」

 重雄は深くうつむいたままだが、拳は固く握られている。

「ん? なんだ? 何か言いたそうだな?」

 リューイチが、凄みのある声と顔で重雄の顔を覗き込む。重雄が怒っているのがわかる。僕だって同じ気持ちだ。重雄の父親は2年前に亡くなって母親だけが働いている。介護士をしている重雄の母親は日勤も夜勤もあり、弁当を作るというのは大変な作業のはずだ。だからお金を渡すだけのことも多い。それでも弁当を作ることがあるのは、ちゃんと親らしいことをしてやりたい、という母親の愛情なのだ。決して気まぐれで作っているわけじゃない。僕の両親も離婚して父がいないが、母は昼食以外はほとんど毎日作ってくれている。だから重雄のいまの怒りはよく理解できるのだ。でも、それだけの怒りがあってもこの2人に抵抗する勇気や度胸は重雄にも僕にもない。

「もう仕事に行ってるから家にはいないよ」

 と言うだけで重雄は精一杯のようだった。

「あーあ。じゃあ重雄は今日はお友達じゃないな」

 リューイチが後頭部を掻きながらそう言うと「ごめん」と重雄は呟いた。

「とりあえずいまある金を出せ」

 キョーイチが言うと重雄は財布を渡す。

「なんだこりゃ? 320円? 小学生でももう少し持ってるぞ」

 と笑いながらもキョーイチは自分のポケットにそのお金を入れた。

「学校いくぞ」とリューイチは僕と肩を組んだ。一方の重雄は「早く行け」とキョーイチにケツを蹴られている。

 キョーリューの2人は制服のシャツではなく半袖のTシャツを着ているが、キョーイチはドクロの描かれた、リューイチは龍が背中から胸にかけてうねって描かれた、これまたセンスの悪いシャツを着ている。そして2人ともTシャツの袖口付近の腕や首元に少し傷痕が見える。これは度重なる喧嘩で負った傷らしく、2人は『名誉の負傷だ』と言っている。全身にはもっと多くの名誉の負傷こと”喧嘩傷”があるということだ。そんな喧嘩慣れしている2人に挑んだとしても痛い目に遭うだけだ。

 教室に入るとこれもいつものことだが、みんな大騒ぎをしている。サルの檻の中で多くのサル達が激しく騒いでいる、という感じか。いや、それよりずっと酷いか。

机の上に座って化粧をしている女子や、机に足を乗せて漫画雑誌を見ている男子や、パンやお菓子を食べながら叫ぶような大声で会話している女子達なんていうのは”優等生”だ。大音量で音楽を流しながら机の上で踊っている者とそれを見ながらやんやとはやしたてる集団。タブレットでやはり大音量であえぎ声が流れているエロ動画を見てニヤニヤしている男女の集団。加熱式タバコでタバコを吸いながらカードゲームをしている集団。同じく加熱式タバコでタバコを吸いながら携帯オンラインゲームで対戦して騒いでいる集団。エイジとコーダは教室の後ろでサッカーをしている。こんな連中の集まりだ。 

 しかしなぜか学校をサボったりするやつはほとんどいない。むしろ早く登校して来るくらいだ。

「おーい、みんな聞けー」

 リューイチは僕の肩を組んだままで教室の前に行くと教壇をバンバンと叩いた。その時だけはみんな一瞬静まる。キョーリューの2人はこのクラスを締めているのだ。クラスといっても1学年1クラスしかない。このクラスの生徒も30人。それくらいの不人気校だ。僕の高校はいわゆるFランク高校で世間からの評判も悪い。もちろん毎年定員割れである。頭の悪い僕はこの高校しか受からなかった。そしてこのクラスは間違いなくこの学校で最も素行の悪いクラスだ。

「今日は信矢はお友達だ。手ぇ出すなよ」

 と言うと全員「うぇーす」「はあーい」とか気の抜けた返事をした。

「でも残念ながら重雄君は今日はお友達になれなかった。好きにしろ」

 そうキョーイチが言うと、全員が「イェーイ!」「やった!」などとはしゃいだ。

 2人の”言いつけ”が終わると皆また騒ぎ始めた。

 僕は静かに自分の席に座った。

「おーい、重雄。的当てゲームやろうぜ」

 教室の後ろにいたエイジが自分のスポーツバッグを持って重雄を呼ぶ。重雄は無表情でうつむいて言われた通りエイジとコーダのところに歩いて行く。

「俺達もやらせろ」

 とキョーリューの二人も後ろに向かった。エイジがさきほどのバッグの中からバイクのヘルメットのような”面”を取り出した。格闘技のアマチュアの試合等で使用されるスーパーセーフ面だ。顔の部分が透明で頑丈なプラスチックで大きく盛り上がって覆われている。その真ん中には直径5cmくらいの黒マジックで丸く塗られた()が描かれている。

 重雄はその面を渡されるともう諦めているような顔で慣れた手つきでそれを頭に被り、やはり慣れた様子で窓ガラスを背にして手足を大の字に広げた。エイジがバッグの中から袋を取り出す。ジャラジャラという音がしている。エイジが袋に手を突っ込むと小石が出てきた。あの中には小石が大量に詰まっているのだ。

「おりゃ!」

 とエイジがかなりの速さで石を重雄に向かって投げた。石は重雄の胸元に当たって、重雄は「うっ」と声を上げる。「下手くそ」という笑い声が他の3人から起こった。

「俺のコントロール見とけよ」

 リューイチが小石を投げると面の黒丸の的より少しズレたところに当たった。

「あー惜しい!」

 とリューイチが声を上げる。

「俺は手の平を狙うぞ」

 とキョーイチが言うと「おお!」と言う声が3人から上がった。

「オラ、重雄! 手の平しっかり広げろ!」

 キョーイチがそう怒鳴ると重雄は手の平を大きく広げた。

「ガッシャーン! は止めてくれよ」

 リューイチが言う。重雄の後ろは窓ガラスだ。重雄に当たらなければガラスが割れることになる。

 キョーイチは、

「わかってる――」と振りかぶり「よ!」と言うと同時に石を投げた。バチン! という嫌な音を立てて重雄の手の平に当たった。

「ぐがっ!」

 と重雄が叫ぶ。キョーイチはガッツポーズをして他の3人は「おお!」と手を叩いた。手の平は”的”としては小さい。だから当てると拍手喝采が起こるのだ。

 僕の、いや僕と重雄の悩みはこれだ。いじめられているのだ。毎日”友達料”と称して1000円を取られる。1000円を払うことができればいじめられない。しかし、1円でも足りないとクラス中からいじめの標的にされるのだ。この的当てゲームという名のいじめであの面を着けさせられるのは彼らの最低限の優しさ、なんてことではない。顔に傷が残らないようにする為だ。顔という目立つ場所に傷が残るといじめられているのではと疑われてしまう。いじめをする者は先生等に気づかれないようにやるものだ。でも手の平は傷付いてもあまり目立たない。だから的にされる。

「ぐうっ!」と重雄がうなって股を閉じて押さえている。4人が笑ってエイジが「いま当たったのはサオか? タマか?」と訊いている。どうやら股間に当たったようだ。すまない重雄、と思いながら僕は重雄から視線を逸らした。でも逸らした視線の先にもいじめが待っていた。

 こちらは女子のいじめだ。林さんという、まったく化粧っ気のない顔に黒縁の眼鏡をかけて、黒髪を後ろで束ねている女の子がいる。制服も他の女子のように着崩したりすることはせず、しっかりと着ている。要するに地味な子なのだ。でもこのクラスの中ではその地味さが逆に目立つ結果となってしまっている。

 クラスを締めているのはキョーリューの2人だが、キョーリューとほぼ同等の権力があるのが”アカ”だ。赤石朱里(あかいしあかり)という氏名と赤く染めている髪でそんなあだ名で呼ばれている。なんだか政治的な意図がありそうなあだ名だがもちろんそんなものはない。というか本人を含めて周囲もそんな知識はないだろう。

 アカを含めて4人の女子達が、アカをリーダーとして常に集団で行動していて”アカ軍団”などという通称で呼ばれている。アカ軍団はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら林さんの机の周りを囲った。何かを読んでいた林さんに、

「おい、亜由美。なにを読んでいるんだよ?」

 とアカが本を取り上げた。林さんはうつむいたままだ。

「少女マンガか? くだらねえ」

 と笑ってアカは床に本を放り投げた。林さんはうつむいたまま動かない。

「あれえ? 亜由美さあん。この左手首の傷はどうされたのお?」

 アイラがねっとりと絡みつくようなわざとらしい声色で、林さんの左手首を持ち上げて大声でそう言った。また()()が始まった、と僕はうんざりした。林さんの左手首にはしっかりとした傷痕がある。ためらい傷とはよく言うが、あれはためらってなどいない傷だ。一撃でザックリとやった傷だろう。

「確か、去年の10月最初の頃だったかしらねえ? 手に包帯を巻いて登校されたのは?」

「だめよ、アイラ」

 シオリがアイラの耳に手を当てて、ひそひそ声のつもりの大声で

「それ、自殺未遂の傷だから」

 とニヤニヤと横目で林さんを見ながら言う。

「ええ! そうだったの! 気持ち(わる)っ!」

 そう叫んでアイラは林さんの左手首を放り投げた。

 林さんはそれでもやはりうつむいたまま動かない。

「止めときなよ2人とも。遺書に私達の名前書かれて自殺されたりしたら面倒でしょ」

 今度はモモミが止める気のまったくない口調で止める。林さんの左手首の傷を標的にしたこの”いじめ寸劇”はいままで何度も見てきた。やっていてよく飽きないものだ。

「そうよ。あんまり触れてやるな」

 アカはそう言いながら林さんの左手首を持つと傷痕に触れた。4人ともクスクスと笑う。林さんには僕らのような友達料というものがないようで、暇があればいつもいじめられている。特にこのアカ軍団の4人に。

 しばらくの間、林さんをそうやっていじめで囲っていたが、飽きたのか行ってしまった。

 林さんは床に投げられた本を拾おうと中腰で本に手を伸ばしたが、そこに素早くアイラがやってきて、「おりゃ!」と本を蹴飛ばした。「あ……」と林さんが蹴飛ばされた本を中腰のまま追いかける。しかし、手が本に触れようとした瞬間、また今度はシオリが蹴飛ばした。さらにそれをモモミが蹴飛ばす。林さんはその度に本が飛ばされた方向に中腰で追いかける。それを見て4人はやはりクスクスと笑った。最後にアカが林さんより早く本を拾い上げると、「おらよ!」と林さんの机の方に投げた。本は机の上に乗り、そのまま滑って林さんの椅子の上に落ちた。

「アカ、凄いコントロール!」

 アイラが感心する。

「アカに感謝しなよ、あんたのところに戻してあげたんだから」

 とモモミが言って4人は笑う。

 林さんが自分の机に戻って椅子の上の本を持ち上げたその時、「おい、先生が来たぞ」とコーダがキョーリュー達に言った。「おっと」と言いながら4人で小石を拾う。重雄はこれまた慣れた様子で面を取り、エイジに手渡した。いじめの痕跡は残したくないのだ。しかし、先生が教室に入って来てもクラス内の騒ぎ自体は収まらない。

 先生が、

「おい、みんな席に着け! 静かにしろ!」

 と大声で言うも、僕と重雄と林さん以外はみんな無視している。「おい!」と先生は手を大きく叩いて言うが、やはりみんな無視だ。先生がため息をついた時、

「おい、お前ら。席に着いて静かにしな」

 とキョーイチが言うとみんなその指示には素直に従って各々の席に黙って着いた。これもいつものことで先生の言うことはまったく聞かないのにキョーリューの言うことはあっさりと聞くのだ。先生に屈辱を味合わせる為だ。でも先生ももう慣れてしまったかもしれない。先生は「出席を取ります」とため息混じりに言った。出席番号1番はアカだが……

「赤石朱里」と先生は呼ぶが、アカはスマホをいじって聞こえないふりをしている。

「赤石」先生は言うが、アカは何事もないかのようにスマホをいじっている。「赤石、スマホをしまって返事をしなさい」これも当然無視だ。

 先生は険しい顔つきでアカの元まで歩み寄る。先生がスマホを取ろうと手を伸ばした瞬間、アカは自分の胸に――かなりの巨乳だ――スマホを押し付けた。先生の手が反射的にアカの胸に伸びる格好になった。その時、

「きゃあ! 先生! 何するんですか! やめてください!」

 とアカは胸を押さえて横を向いた。先生は戸惑ったように「何って……」と呟くが、その時、アイラがその様子をスマホ動画で撮影していることに気がつき、すぐに手を引っ込めた。しかし、その慌てた様子が逆にいかがわしいことをしようとしたかのような誤解を招く結果になっていた。

「先生。僕、去年みたいな騒ぎになるの嫌ですよ」とコーダが言った。「僕もです」「私も」などという声が教室のあちこちから発生した。先生は唇を固く結び、うなだれると深いため息をついてそのまま教壇に戻った。この高校では先生までいじめられているのだ。実際、不登校になっている先生が2人いる。僕はよく2人で済んでいるなと思う。

行田(いくた)竜一」とリューイチが呼ばれるがこちらも無視だ。

「行田」と先生はリューイチを呼ぶがリューイチは先生を睨み付けると

「いるよ。だいたい、毎日毎日点呼なんか取らなくても見たらわかるだろ? 目がないのかお前には?」

 とドスの効いた声で答える。先生はまたため息をついた。

 その後何人か呼ばれるが適当なやる気のない返事が返ってくる。まあ、返事をするだけマシだが。

紀熊(きぐま)恭一」キョーイチが呼ばれる。キョーイチは無視はしなかったが、

「さっきリューイチも言ったけど、見えるでしょ? 本当に目がないの?」

 と小ばかにするように言うと教室に笑いが起こった。先生は疲れたように点呼と通達事項を言うと肩を落として教室を出て行った。

 そしてみんなまた騒ぎ始める。アカはアイラの元に向かって行って、「どう?」と訊いている。モモミとシオリもアイラの元へ行く。アイラは撮った動画を見せながら

「これじゃ微妙だね」

 と首を傾げる。

「いっそその巨乳をしっかり触らせたら? その方がもう言い訳のしようがないし」

「やなこった」

 とアカは笑う。

「セクハラに見える動画を作るのは難しいかな?」

 などと言って盛り上がっている。

 僕は先生と同じように深いため息を鼻でついた。

 こんな高校だが、意外にも学校内は荒れていない。よくアニメや漫画に出てくる不良高校というのは、窓ガラスは割られ、備品は壊され、壁は落書きだらけ、なんていうことが多い。でもうちの高校は整然と保たれている。たまに僕のクラスの窓ガラスが割れることがあるが、それ以外はちょっと掃除が行き届いていない程度だ。しかし、これには彼らなりの”策略”がある。

 授業中も意外に静かだ。時々小さな笑い声が聞こえる程度だ。でも真面目に授業に参加しているわけではない。スマホをいじる者、ラインで会話する者、寝ている者、漫画を読んでいる者等々……。リューイチとキョーイチは片手にハンドグリップを持って握力を鍛えながらスマホをいじっている。とにかく勉強などしていないのだ。

 国語の授業で漫画を読んでいるやつが教科書を読むように先生に当てられても、「頭が悪いんで漫画以外読めませーん」。

 数学の授業で寝ていたやつが起こされて問題を答えるように先生に当てられても、「寝ぼけているんでわかりませーん」。

 物理の授業でラインをしているやつが当てられても、「いま”会話中”なんで他の人にしてくださーい」。

 こんな調子だ。英語の授業でリューイチに英文を読むように当てた女性の先生は

「俺は日本人だ。英語なんか話す必要はない。てか、俺に当てるな! 今度当てたらぶっ飛ばすぞ!」

 と怒鳴られて「ひっ!」と肩をビクつかせていた。しかし、確かにリューイチに当てるのはどうかと思う。そんな結果になるのはわかりきっているだろう。

 午前中の授業が終わって昼休みになると僕は”避難地区”へと向かった。校舎裏だ。日当たりはほとんどなくて、校舎の壁の下の方にはコケが生えている。人はほとんどやってこない。冬は寒い場所だが最近になってちょうどいいくらいの気温を感じるようになった。

 友達料を払っていじめを受けないとはいえ、やはり何をされるかわからない。だから避難するのだ。それに校内に僕の居場所などない。

 今年は空梅雨になると天気予報では伝えているが、その予報が当たってほしい。水不足などの弊害はあるだろうが、傘を広げてこの場所に避難するのは本当にみじめな気持ちになるのだ。

 そんなことを考えていると、重雄がやってきた。彼も避難して来たのだろう。

「よう……」

 と力なく僕に言う。僕も

「ああ……」

 とだけしか言えなかった。しばらくの間、僕も重雄も黙っていたが、

「どうだ? 今日は?」

 と僕は訊いた。今日のいじめがどんなものか訊いたのだ。

「今日はまだマシかな」

 重雄はうつむいて言う。

「朝の的当ての他には、授業中に消しゴムや紙くずなんかを投げつけられたのと、背中を蹴られたのと、腹を殴られた。でも一番きつかったのはカバ子のスカートめくらされたことだな」

「うわ……」

 僕は顔をしかめた。

「ビンタされたけど、何回やられても慣れないなあのビンタは」

 重雄は叩かれたらしき左頬を撫でた。

「でもこの学校にプールがないのはラッキーだな。プールなんかあったら何をされるかわからない」

 彼は何度もプールがないことを『ラッキーだ』と言う。いったい、プールでどんないじめをされたことがあるのだろう……?

 またしばらく黙り込んだが、重雄が

「なあ?」

 と何やら意味深に口を開いた。 

「ん?」 

 と僕が重雄の方を向くと、

「俺、このまま一生いじめられて生きるのかな?」

 と重い事を重い調子で言った。

「幼稚園の頃から、小、中、高とずっといじめられているんだよ俺」

 それも何度か聞いた。僕は小学生の頃に少しいじめられていたが、中学生の時は幸いいじめられなかった。でも、友達はひとりもいなかった。そして高校ではガッツリいじめられている。

「いまは金を払えばいじめられないけど、それもいじめだろ? こんなんじゃあ社会人になってもいじめられるよ。俺は一生、いじめから抜け出すことはできないのか……?」

 重雄は右肩から壁に寄りかかり、肩を壁にこすりつけるように、足をひきずるように向こう側に歩いていく。が、校舎の角を曲がったところで立ち止まると慌てたようにこちらに静かに戻ってきた。

「どうした?」

 僕が訊くと

「林さんがいる」

 と声をひそめた。

「え?」

「林さんが、非常階段の一番下に座って何か読んでる」

 そういえばあそこには非常階段があるな。

「何かって漫画か?」

「いや、違う。何か原稿みたいなものだ」

 僕は少し迷ったが、ゆっくりと校舎の角に忍び寄り、しゃがんでまるでストーカーのように壁から顔半分だけ出して様子を伺った。

 確かに、林さんが非常階段の一番下に座ってひざの上に何かの原稿を置いて読んでいる。

「なんだろう?」と重雄も僕の上から顔半分出して小声で言った。「さあ?」と僕も小声で言う。林さんは眉間に皺を作って真剣に原稿らしきものを見ている。が、僕も重雄もほぼ同時に顔を校舎の陰に引っ込めた。向こうからアカ軍団がやってきたのだ。

「おい、亜由美。こんなところで何やっているんだよ?」

 薄ら笑うアカの声が聞こえてくる。

 僕は勇気を出して――いや、”勇気”などと言えるほどのことじゃないが、とにかくもう一度壁から顔半分を出して見てみた。重雄もまた僕に続く。

 林さんは焦ったように膝の上の原稿を抱きかかえた。

「なんだあ?」

 とアカはその原稿を奪い取った。林さんは

「あ……」

 とそれに手を伸ばすが「うるせえ」とアカに押し返される。

「はあ? なんだこの漫画。お前が描いたのか?」

 とアカがせせら笑う。

「お願いします。返してください」

 林さんは弱々しい小さな声でだが、珍しく抵抗した。が、アカは意に介さず、「見てみろよ」と笑いながら原稿を他の三人に渡した。

 その漫画を読んだシオリ、アイラ、モモミは「キモッ」「ダサッ」「くだらねー」などとそれぞれ嘲笑の声を飛ばす。

「お願いします、返してください」

 林さんはまったく動かなかった朝の時とは違い、ヨロヨロとだが手を伸ばした。

 アカは

「はいはい」

 と嫌らしく笑いながら3人から原稿を回収すると、

「返してやるよ。ホラ」

 と林さんの足元に放り投げるように原稿をばら撒いた。

 林さんは慌てたように地面に散乱した原稿に手を伸ばしたが、その手の前の原稿の上にアカの足がどん、と降りてきた。

「あ!」

 林さんが声を上げる。

「ごめーん。踏んじゃった」

 とアカは薄ら笑う。すると他の3人も「あ、私も踏んじゃった」「ごめなさーい。私も」「あ、私もいつの間にか」などと言いながら次々と原稿を踏み、さらに足首をグリグリと動かす。原稿がぐしゃぐしゃと音を立てる。

「お願いします。止めてください」

 泣きそうな声で林さんは必死に頼んだ。

「なあ亜由美。お前、頼むから不登校になってくれないか?」

 アカは薄ら笑いを止めて怖い顔になると林さんにそう言った。

「ウザいんだよお前。毎日毎日しみったれた顔見せられて。学校に来るなよ」

 林さんは原稿に目をやったままだ。

「聞いてんのかコラァ!」

 アカは怒鳴った。林さんはビクッと動いてアカの顔を見上げた。

「学校に来るなって言ってんだよ! わかるか! 明日から学校に来るんじゃねえぞ!」

 林さんの目から涙がこぼれ落ちたその時、

「うるせーよ!」

 という大声が()()()聞こえた。上を見ると非常階段の2階の踊り場からカバ子が顔を出していた。顔が引っ込むと下に降りて来る気配がした。非常階段からカバ子の巨体が徐々に姿を現し、林さんの隣に立った。

 カバ子は僕らより1学年上の3年生だ。カバ子というのはもちろんあだ名だ。本名は……そういえば知らない。とにかく女子としてはカバのように大きい。身長は僕やそのへんの男子よりずっと高い。髪は短髪で顔は四角い。目は小さいのだが鼻と口は大きい。まさにカバのようだがその身体(からだ)は顔以上にカバみたいにゴツい。柔道道場に通っていて二段の腕前らしい。耳はつぶれている。半袖から見えている二の腕は僕の腕よりも2倍、いや3倍以上は太い。足も太い。スカートをめくらされるので知っているが、太ももなんか僕の胴回りくらいあるんじゃないだろうか? 胴長短足だがそれがまた威圧感を与える。

 いじめで彼女のスカートをめくらされる。すると先ほど重雄が言ったように思い切り平手打ちをしてくるのだが、何度か気を失いそうになったことがある。女子は皆、スカートの下にスパッツや体操服の短パンなどを履いているのだが、なぜかカバ子は履いていない。だからといってこの女の子のパンツ目当てでスカートをめくらされているわけじゃない。僕や重雄がカバ子にぶっ飛ばされているのを見て楽しむのが目的なのだ。

「なーにやってんだお前ら?」

 カバ子は顔をしかめながら周囲を見回して状況を把握する。

「なるほど、弱い者いじめか。私もやろうかな?」

 と右肩をグルグルと回す。

「ただし、いじめるのはあんたたちだけど」

 とアカ軍団を睨み付けた。その迫力にアカ達もさすがにたじろいでいる。

「なんだこの……」

 とアカがカバ子の前に一歩踏み出そうとしたがカバ子が「お?」と大きな顔を前に突き出すと踏み出そうとした足を一歩後退させた。

「やるか? いいぞ。1対1か? それとも4人まとめてか?」

 カバ子は右手で大きな握りこぶしを作ると、大きな左の手の平をパンパンと強く叩き始めた。その威圧に4人ともさらにたじろぐ。

「てめぇ……覚えておけよ。やってやるからな」

 アカはそんな捨て台詞を残して他の3人と去って行く。

「おう、いつでも来い。待ってるぞ」

 そう言ってカバ子は4人の後姿に中指を立てた。

 林さんは地面に落ちた原稿を丁寧に拾っている。カバ子もそれを手伝う。

「ありがとうございます……」

 林さんは小さな声でだがしっかりとそうお礼を言った。

「どういたしまして」

 とカバ子は拾った原稿を林さんに渡した。

「私、2年生の林亜由美と言います」

 林さんはそう言って丁寧に頭を下げた。

「私は3年の木村奈々(なな)。みんな『カバ子』っていうけどな」 

 と笑う。

 木村奈々というのか。正直、顔と名前があまり合っていないな。

 カバ子こと木村奈々は、原稿を見て、

「ぐしゃぐしゃになったけど、破れてはないな。まだ大丈夫だろ」

 と笑顔で言った。

「はい。本当にありがとうございました」

 林さんは深々と頭を下げた。

「いいんだよ。私は弱い者いじめが大嫌いなんだ。それと――」

 と、なんと覗き見している僕らの方に目を向けて、

「いじめを陰からコソコソ覗いてるような連中もね!」

 と怒鳴った。

「気づいてないと思ったか! 出て来い!」

 僕も重雄も飛び出した。

「藤崎君、岬君……」

 林さんはそう呟いた。

「気づいてなかったのか? ずっと見ていたんだぞこいつら」

 そう言ってカバ子は僕らに”蔑視線(べっしせん)”を向ける。

「どっちが藤崎でどっちが岬だ?」

 カバ子はその目のまま訊いてきた。

「僕が藤崎で、こっちが岬です……」

 僕が小声でそう答えた。

「まったく。男ふたりもいて、いじめられてる女の子ひとり助けられないのかよ」

 返す言葉がない……

「いつも私のスカートをめくらされている2人だな?」

 腕組みをして大きな顔を突き出してくる。「はい……」と僕らは縮こまって返事をした。カバ子は大きなため息をつく。

「私はさ、短気だからどうしてもぶっ叩いてしまうけど、それは単にスカートをめくられたことだけに怒っているんじゃない。あんたらがいじめてるやつらに全然抵抗せずに、ただただ言いなりになってることにも怒りを感じるんだよ」

 僕と重雄は手を後ろで組んでうなだれて聞いている。

「スカートめくりをやらせた連中を追いかけるけど、すぐ逃げやがる」

 確かに、カバ子はいつも追いかけているけど相手を捕まえられない。それは相手が速いのではなく、カバ子がとんでもない鈍足だからだ。僕よりも遅い。

「もう少ししっかりしろよな」

 険しい顔でごもっともな説教をしてくれる。

 そこでカバ子は優しい顔を林さんに向けて、

「ひょっとして漫画家目指しているのか?」

 と穏やかに林さんに聞いた。

「はい」

 林さんはちょっと慌てたようにうなずいた。

 カバ子はうんうんとうなずき「夢があるのはいいこった」と笑顔になった。

「私、勉強は苦手だけど、漫画を描くのは少し得意なんです」

「私も頭悪いよ。こんな高校に来てるくらいなんだから」

 と笑う。

「いじめられているんだったらそういう大切な物は学校に持ってこない方がいいぞ」

 と林さんに忠告した。

「はい。そうですね」

 林さんはうなずく。

「じゃ、私は昼寝に戻るから」

 と手を振って非常階段を上がろうとする。

「え? 昼寝ですか?」

 林さんが驚いたように訊く。

「ああ。ここは静かだから、非常階段の2階の踊り場で昼寝しているんだよ」

 と言って階段を上って行った。

 その場に僕ら3人が残された。なんともいたたまれない気持ちになり、僕と重雄は無言でそそくさとその場を立ち去った。

 立ち去っている最中に重雄が

「なあ。林さんがどうしてアカ軍団によくいじめられているかわかるか?」

 と訊いてきた。

「え? そりゃあ大人しいからだろ?」

「それもあるよ。でも可愛いからだよ」

「え?」

 僕は驚いた。

「言いたくないけどアカも可愛いだろ? でも林さんの方がもっと可愛いんだ」

「そうか?」

 僕は首を傾げた。僕も言いたくないけどアカはかなりの美少女だと思う。

「普段は地味だからあまりわからないけど、よく見てみたら林さんも可愛いよ。眼鏡を外したらよくわかる。男連中はみんな言ってるぞ。『アカも可愛いけど、よく見たら林の方が可愛いよな』って」

 そうだったのか。僕はそういうことに疎いから気がつかなかった。

「つまり妬みでいじめられているんだよ。林さんがいなければ自分がこのクラスで、いや、この学校で一番可愛いのにって。だから『学校に来るな』とか言われていたんだ」

 なんともまあ……アカらしいと言えばアカらしいけど。

 そのまま午後をやり過ごした。重雄は午後もやはりいじめられていて、放課後になってほっとしていた。

 帰り際に、キョーリューの2人からスマホを返してもらう。その際、重雄は2人からスマホ画面に「ペッ」と唾をかけられていたが……

 校門を出るとスマホの電源を入れながら急いで帰途につく。誰からも連絡はなかった。

 家に帰って玄関を開けると、ちょうど母が起きたところらしく、寝巻き姿で自室から出てきてボサボサの髪を掻きながら

「お帰り」

 と寝ぼけた声で言ってきた。

「ただいま」

 とだけ言うと、僕は自分の部屋に入った。そこで部屋着に着替えるとほっと息をついてベッドに座り、少し休んでからテレビと勉強机の上にあるノートパソコンを点けた。録画しているアニメや配信アニメを観て現実逃避をすることで学校で疲労困憊して澱んだ心を浄化する為だ。もちろん録画だけじゃなくてリアルタイムでも観る。僕は深夜アニメも土日の午前中にやっているアニメも、ゴールデンタイムにやってるアニメも全て観ている。腐女子向けアニメやショートアニメ、小さな子供向けのアニメまでしっかり観ている。映画アニメも当然観る。僕の自由時間はアニメで消費されるのだ。我ながら立派なアニメオタクだな、と思う。

 しかしアニオタの割にはアニオタらしくない部屋だなとも思う。気合いの入ったアニオタの部屋というのは壁中にアニメのポスターを貼っていたり、フィギュアが所狭しと飾られていたり、アニメのBDやDVD、アニソンのCD等が本棚を占領していたり、アニメキャラの描かれた抱き枕がベッドにあったり、いわゆる”痛部屋”状態なんてことも多いのだが、僕の部屋にそんなものはまったくない。せいぜいお気に入りの漫画が小さな本棚に何冊か並んでいる程度だ。痛部屋を作るだけのお金はない。そんなお金があったらそれは友達料に回しているし、売れそうな物があったら友達料の為に売っている。いま本棚にある漫画は本当に譲れない、お気に入りの漫画だけだ。

 夜は寝る必要があるので深夜アニメのいくつかは録画して学校から帰ってから観る。もしくはネット配信で観ることにしている。テレビ放送はなく、ネット配信だけのアニメも多い。テレビ録画しているアニメで気に入ったアニメはBDにコピーする。だからアニメBDなどは買わなくてもそれで間に合うのだ。

 しばらくして、母が夕食を作ってくれる音がし始めた。そして僕に「じゃあ行って来るから」とばっちりメイクした顔を見せて仕事に出かけた。19時くらいになって温めた夕食を自分の部屋に持って入ってアニメを観ながら食べる。食事が終わると食器を洗い、風呂に入って歯を磨く。それからまたアニメを観る。深夜アニメと言うが、早いものは21時くらいからやっている。

 今日はいつもより早目に寝ようと、23時には消灯してベッドに入った。 

 これが僕の今日の一日だ。いつもに比べて何か大きな違いがあるだろうか? カバ子や林さんの件はいつもと少し違うけれど、だいたいはいつも通りだ。少なくとも”あんなこと”が起こるような前触れはまったくなかったはずだ。しかし、僕が目をつむると何か光を感じた。ん? パソコンの電源をを消し忘れたかな? と思って目を開けると僕の目の前に小さな女神がいたのだ。


 あれ? と思った。変だな。僕はもう寝たのか? 夢を見ているのか? しばらくぼんやりとそんなことを考えて()()を見ていた。すると、()()は僕を見てにっこりと笑うと

「おめでとうございます。あなたは幸運な人です。私は願い事を叶える女神です。まずは私の存在を信じて下さい。全てはそれからです。私の存在を信じてくれた者の願いをひとつだけ叶えるのです」

 とか言い出したのだ。女神とやらの大きさはよくあるフィギュアと同じか、それより少し大きいくらい。髪はショートカットで背中から蝶々のような形をした透明な羽が生えている。スパンコールみたいなキラキラする服を着ていて、後光のような光が射している。女神というより妖精という感じかなあ? と僕はぼんやりと思ったが次の瞬間、

「え!」

 と上半身を跳ね起こした。

 なんだ? どうした? 僕にはいま何が見えていて、何が聞こえたんだ? 女神? 願いを叶える? 信じる? そんなことが聞こえた。そして妖精のような女神とやらはにっこりと笑顔で僕の顔の前で浮遊している。

 僕はまず、右手で頬を叩いた。痛い。耳を引っ張ったがこれも痛い。他にも体中をバンバンと叩いてみた。夢ではないようだ。ということは夢ではないのにこんなものが見えて聞こえているということだ!

「うわあああああ!」

 僕は叫び声を上げた。

 ついにおかしくなってしまった! 幻覚が見えるようになってしまった!

 いやちょっと待て。と、僕は部屋中を見渡した。どこかにプロジェクターのようなものがないか? それがこれを映し出している……なんてものが僕の部屋にあるわけない! ということはやっぱり……

「おかしくなった!」

 と僕はまた叫んだ。

 アニメの観すぎか? いじめられているから病んでしまったのか? それともその両方が原因か? とにかく僕は頭がどうかなってしまったんだ!

「嘘だ! 見えない! 何も聞こえない! 俺は正常だ!」

 僕は髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回しながら叫んだ。すると女神から笑顔が消え、逆にふくれっ面になった。

「嘘じゃない! 僕は神だ! どうして信じないんだ!」

 キンキンする声高な大声で言う。やっぱりしっかり見えるし聞こえる!

「いや、違う! お前なんかいない!」

 僕は僕でそう大声で言う。

 とにかく落ち着こう。明日朝一で母に病院に連れて行ってもらおう。まだ間に合うかもしれない。いや、きっと治る。まだ大丈夫だ。が、そうやって必死に自分を落ち着けようとしている僕のことなどまったく無視するかのように

「ほら、これを見ろ!」

 と女神は叫ぶと部屋中をかき回すかのようにめちゃくちゃに飛び回り始めた。まるで部屋の中に入ってきた蛾みたいな小虫が暴れまわっているみたいだ。

「これが夢や幻に見える? 現実だよ現実。君の頭がおかしくなったわけでもない! 僕は神だ! 神が現れたんだ!」

 そう言いながらひとしきり部屋の中を飛び回った後、僕の目の前で止まって、

「ほら、わかるだろ!」

 とわからないことを言った。

「やめてくれ!」

 僕は頭から布団を被った。なんだ。なんだというんだ! 頭も悪くて、いじめられてて、根性も度胸もない。その上おかしくなってしまったのか? 僕が何をしたというんだ? これ以上僕の人生を壊すのは止めてくれ!

「信じない人はホント信じてくれないなあ」

 というため息混じりの声までしっかりと聞こえる。ああ……これは重症だ。とりあえず今日はもう寝よう。そして明日しっかりと病院で診てもらうんだ。

「ねえ、ちょっとちょっと」

 という声が聞こえるが無視をする。

「ねえってば!」

 無視だ無視。

「顔を出してよ!」

 うるさいな。

「おいコラ! ツラ見せろ!」

 口の悪い幻覚になってしまった。

「僕を信じて願い事を言わないと何も叶えてやらないぞ!」

 願い事?

 僕は布団に隙間を作ってそっと女神を見た。ふくれっ面で腕組みをしている。

「願い事?」

 と僕が言うと、女神は無言でうなずいた。

 僕はしばらくの間、恐る恐る女神とやらを凝視してから

「本当に本物の女神なの?」

 と訊くと、

「だからそうだっての!」

 と地団駄を踏み始めた。いや空中にいるから”地”団駄じゃないけれど。

 僕は大きく深呼吸をして呼吸を整えた。

 そして考えてみた。夢かもしれない。頭がおかしくなって幻覚が見えているのかもしれない。でも、万が一ということもある。ものは試しだ。願い事が叶うというのならとりあえずは信じてみたらいいじゃないか。

「はい。信じます」

 僕はなんとか自分を落ち着けてそう言った。

「信じるので、願い事を叶えてください」

 少し震える声で言う。すると女神は元の笑顔に戻り、

「わかりました。それではあなたの願い事をひとつ叶えましょう」

 とさっきまでわがままな子供みたいに騒いでいたのが嘘のように真摯的な態度になった。

「ただし、願い事に責任を持ってもらう為、叶えた願いは撤回できません。それをよく心得ておいて下さい」

 と女神は言う。うん、まあ、そりゃそうかな?

「そして叶えられる願い事には以下の制限があります」

 その言葉には

「ん? 制限?」

 と僕は眉間に小さく皺を寄せた。

「はい、その制限に触れる願い事は叶えることはできません。そしてこの制限は言い終えると同時にあなたの頭にしっかりと刻まれます。では……」

 と言ってから女神は次のようなことを言い始めた。

・お金、もしくはお金に成り代わるもの、株券や債権や宝石や貴金属などは一切与えられない。

・高価な物は与えられない。飲食物に関しては一切ダメ。

・動植物を作り出すことはできない。

・権力者にはなれない。

・人気者にはなれない。

・超能力だとかそういう特殊能力を身に付けることはできない。

・いまより高い地位を与えることはできない。

・何らかの凄い才能を与えることはできない。

・身体的能力をアップすることもまったくできない。

・頭脳をいまより良くすることもまったくできない。

・容姿をいまより良くすることもまったくできない。

・性格をいまより良くすることもまったくできない。

・運勢をいまより良くすることもまったくできない。

・異性にモテることもできない。意中の人に好きになってもらうこともできない。

・性欲を満たすようなこともできない。

・「憎いあんちくしょう」を懲らしめることはできない。もちろん殺す、この世から消すなんてこともできない。

・大きな病気や怪我を治すことはできない。不老不死なんてもちろん不可能ね。

・無病息災も無理。

・自然に変化や影響をもたらすことはできない。いま問題になってる温暖化だとか、自然災害なんかもどうにもできない。

・他人を自分の思うような人間に変えることはできない。それと同じで他人を自分の思うように動かすことはできない。

・他人を救うこと、助けることはできない。

・いままで犯してきた罪を許すことはできない。その逆に何も善行をしてないのに善行を積んだなんてこともできない。

・世の中に平和や安寧をもたらすことはできない。争い事を鎮めることはできないわけ。

「以上が制限になります」

 と言って女神は一礼した。

 僕はしばらくの間、ポカンと口を開けていたが、

「ちょっと待て。なんだその多くの制限は? 願い事を、なんでもひとつ叶えてくれるって言ったじゃないか」

 と呆然としながらそう言うと

「『なんでも』叶えるなんて一言も言ってないよ?」

 と女神は目をパチパチさせながらそう言った。そういえば確かにそうだった……

「いやいや、でもそんなに制限なんてものがあったら叶えられる願いなんかないよ」

 僕はそう抗議した。

「しっかりと考えてみなよ。考えればまだできることもあると気がつくよ」

「そりゃそうかもしれないけど……考えろと言ってもそこまで制限されてて何か願えることがあるか?」

 僕はしかめっ面で言う。

「何か願い事を思いついたら、『こういうことはできる?』って質問してくれればいいよ。『質問に答える』ということは制限とは関係なくいつでもできるから。あ、でも答えられないことも多いけど。答えられたとしても具体的には言えなかったりもする」

「それも制限があるんじゃないか」

 どうやらこれは夢でも幻でもなくしっかりとした現実だと僕は確信した。現実だからこそ、そんな上手い話があるわけないのだ。しかし女神の方は

「さあ、あなたの願い事を言って下さい」

 などと言いながら両腕を広げている。僕は頭を抱えてしまった。どうしてこんなことになってしまったのだろう? いま一度、落ち着くために今日1日を振り返ってみる。どこかに間違いがあっただろうか?――いや、間違いなどない。林さんやカバ子の件なんかはあったけど、それを除けばほぼいつも通りだ。

 先ほど女神が言った通りすべての”制限”が僕のこの記憶力が悪いために勉強に役立たない頭の中にしっかりと残っている。いや、それ以外の女神が言ったこともしっかり覚えている。そこから考えてみるが……何も思いつかない。

「お前、本当に願いを叶えてくれる女神なのか?」

 と僕が言うと

「まだ信じてないのか!」

 と、またキンキンする声で部屋中を飛び回り始めた。鬱陶しい。

「いや、信じてはいるよ。神がいるってこと自体は」

 でも”願いを叶えてくれる女神”だとは思えないのだ。でもその言葉で女神は飛び回ることを止めてくれた。しかしその顔は「まったく……」とご不満そうだ。

「でもまあ、信じない人間がいるのも当然と言えば当然だけどね」

 などと、何か矛盾を感じる発言をしている。

「そう言う割にはやたらと自分を信じるように必死にアピールしてたよな? 信じてくれないなら願い事を叶えないとも言ってたし」

 すると女神はまたキンキンする大声で言い……いや叫びはじめた。

「あのね! 僕は神なんだ! 偉いわけ! 信じてもらえないというのは神のプライドとして絶対許せないの! だから僕を信じてくれない人間の願い事なんて叶えないの!」

 (ちっ)さい! こいつ、姿形だけじゃなくて叶えられる願い事のスケールまでちっさくて、おまけに人間性もちっさい! いや、女神らしいから人間じゃないけどとにかく高慢なプライドのせいでちっさくなっている。こういうのを小さなプライドというのだ。本当に女神なのか? 信じて損したかも。

 それでも僕は、う~む、と口をへの字に曲げ、腕組みをしながら考えてみる。しかし、いい考えが浮かばない。また頭を抱えた。が、いや、待てよ……

「そう言えばお前、さっき言った制限の中に『願い事がひとつだけじゃなくて何回でも叶うようできる』とか、そんな制限はなかったよな?」

 と僕は訊いた。

「そこに気がついたか。そこに気がつく人はけっこういるな。確かにそれは制限にはないよ。その願いをすれば制限内であれば何回でも願い事が叶えられる。ただし、それでも叶えられる願いは1日1回だけだよ」

 そこにも制限があるのか。でもまあいいや。あ、ひとつ疑問が浮かんだ。

「同じ願い事であっても何回でも叶えられるのか? それも制限にはなかったはずだ」

「そこにも気がついたか。まあそれに気がつく人もけっこういるけど。確かに同じ願い事でも1日1回だけなら叶えられるよ」

 よし。それなら『何回でも願い事が叶えられる』ようにしてもらおう。いずれは何か良いアイデアが思いついて自分の思う通りの願いが叶うかもしれない。そしていじめを止めさせることができるかもしれない。

「願い事を言うぞ。願い事をひとつだけじゃなくて、今後何回でも叶えられるようにしてくれ」

「その願いを叶えましょう」

 女神は神々しく言ったが……何か変化は感じられない。でも考えてみればそれはそうか。

 しかし疲れた。もう0時前だ。とりあえず寝てしまおう。僕は背伸びをしてからベッドに横になって目をつむった。

 ……女神の光が気になる。

「なあ。今日はもういいぞ」

 僕は目を閉じたままそう言った。

「え? いいってなにが?」

 女神が不思議そうに訊いてくる。

「いや、今日はもう願いを叶えただろ? だからもういなくなってくれていい、って言っているんだよ」

「それはできないよ」

「え?」僕は目を開けた。

「できないってなんで?」

「なんでって『何回でも願いを叶える』ことになっただろ? だからだよ。普通はひとつ願いを叶えたらそれで僕の役目は終わりだからいなくなるけどその願いを叶えたら僕が君の前からいなくなることはもう一生ないよ」

「一生?」

 僕はまた上半身を跳ね起こした。

「一生って……死ぬまでお前は俺に付いて来るのか?」

「うん、そうだよ」

 実に軽く女神は言うが冗談じゃない!

「止めてくれよそんなの! 一生お前が付いて来るなんて冗談じゃない!」

「言ったでしょ。一度叶えた願いは撤回できないって」

 僕は唖然として固まった。こいつが一生僕に付いて来る……悪夢だ……

 やはり僕の頭がおかしくなってしまったんじゃないのか? まだその方が救いがある。

 しかしもうとにかく疲れた。今日は寝よう。ひょっとしたら目が覚めたらこれはやっぱり夢か幻で、こいつがいなくなっているかもしれない。でもこいつの発する光は鬱陶しい。

「せめてその光をどうにかすることはできないのか?」

 と僕は訊く。

「あ、これはどうにもできない。制限にはないけど、これは”神の後光”だから」

「ああ……」

 と僕はうなだれた。

「大丈夫。そのうち慣れるよ」

 何か言いたかったけど、本当に疲れた。言い返す気力もない。寝ることにした。本当に疲れていたのだろう。僕は気にしていた光を気にすることなくすぐに眠ってしまった。


 目を覚ましたときに最初に見えたものは女神だった。

「やあ、おはよう」

 声もしっかりと聞こえる。やはり夢ではなかったか。もうひとつの希望は僕の頭がおかしくなった可能性だ。そんなことに希望を見い出さないといけないとは……

 僕はスマホを見て特に何も連絡がないことを確認する。その時、ふと動画で女神を撮影できるかとスマホのカメラを向けた。

「ひょっとしてカメラ? そんなものに僕は写らないよ」

 女神はしらけた顔で言った。確かにカメラの画面の中に女神の姿はなかった。でも自分の目にはしっかりと見える。これはやはり僕の頭がおかしいからなのか?

「今日の願いはもう叶えられるよ。0時を過ぎたらもう1日1回の願いを叶えられる」

「ああ、そうですか……」

 こっちのことなどまったく考えてないな。どうする? 病院にいくか? でも母はこの時間は一番深く眠っている頃だよな。

 そんなことを思いながら台所に行ってテーブルを見て「ぎゃあ!」と思った。今日は500円が置かれていたのだ。女神のことばかり考えていてこっちのことを忘れていた。最近は1000円が続いていたのに。母も高校の学食が安いことは知っている。昼食代としては500円で十分だ。それでも1000円をくれるのは残りはこづかいとして使えという母の心遣いだ。ただ、お金に余裕のない時は500円になる。これは重雄も同じだ。

 まずいな、と思ってそばにいる女神に

「なあ? 金は本当に全然だめなのか? 1円もだめ?」

 と訊いた。

「うん。1円たりとも与えられない」

 女神は腹の立つほどあっさりと言った。

 とにかく洗濯物を干し、朝食を食べた。そこで考えた。病院行きは止めだ。学校を休むいい口実にはなるが、そんなの一時しのぎにしかならない。こいつが本当に本物なら何かいじめを回避する上手い方法を思いついたときには役に立つ。それに、病院なんかに行ったりしたらまた昨夜みたいに『僕を信じていないのか!』とか大騒ぎしそうだ。

 ん? 待てよ。そんなふうに考えるってことは僕はもうこいつを信じているということか? 自分でもわけがかわらなくなってきた。

 登校準備をすると昨日の数倍足が重くなる。

 女神は本当に僕について来る。夜じゃないので昨日ほどではないが、やはり後光の光が目立つ。

「言っておくけど、君以外の人に僕の姿は見えないし、僕の声も聞こえないからね。僕はあくまでも君の前にだけ現れたんだから」

 そりゃそうだ。もしこいつが他の人に見えたりしたらパニックになる。しかし、

「俺はどうすればいい? お前としゃべっていたら独り言を言ってるあぶないやつになってしまう」

 いや、こんなものが見えている現時点で既にあぶないのかもしれないけど。

「心の中で僕に呼びかけてくれ。それが僕に聞こえるから」

 心の中?

(ええっと……これで聞こえる?)

「はいはい。聞こえるよ」

 聞こえるのか。

「お前、俺の心が読めるのか?」

 だとしたら最悪だ。

「いや、読めないよ。そちらから呼びかけてくれない限りは」

 ほっとした。

 いつもの階段に近づいてきた。そこで重雄と出会った。今日は昨日とは違って余裕のある顔に見えた。でも逆に僕の方が昨日の重雄みたいな顔になっていたのだろう、

「ひょっとして、500円?」

 と顔を曇らせて訊いてくる。僕がうなずくと重雄は申し訳なさそうに謝ってきた。

「ごめん。俺は今日1000円持っているけど、それ以外の金はないんだ」

「別にお前が謝る必要はないよ……」

(いじめを避けることはできないのか?)

 重い足取りで階段を下りながら女神に訊く。

「”息災”はできないっての。昨日説明したでしょ。考えてわからないの?」

 確かにいじめなんかも”災い”だよな。しかしそんな言い方があるか。ホント腹立つな。

 キョーリューの反応は正に昨日の逆だった。重雄はお友達として肩を組まれ、僕の方はケツを蹴られた。そして500円はしっかりと取られた。

 ひとついつもと違ったのは、キョーイチが僕を見たとき、なぜか眉間に皺を寄せて首をかしげたということだ。怖い感じじゃなくて何か不可解に思っているような顔だった。そしてこの時、女神が

「あの頭に毛がない人はキョーイチっていうの?」

 と訊いてきた。

(ああ。それが?)

「あの人ちょっと霊感があるね。それで僕の存在をちょっとだけ感じたみたいだ。でも自分では霊感があると気がついてないね」

 キョーイチに霊感がある? 意外だな。でもそんなことはどうでもよかった。問題はこれからだ。

 教室に着いてからの反応も昨日と逆だった。今日は僕が的当てゲームの標的になった。

女神は教室が珍しいのか、静かに教室のあちこちを見回っている。

(おい)

 と僕は女神を呼んだ。

「なに?」

(やつらのやることを止めさせることはできないのか?)

「他人を自分の思うように動かすことはできない」

 僕はため息をついた。そうこうしているうちに小石が飛んできて、僕の右胸に当たった。

「ぐっ」と僕は顔をしかめた。

(痛みを感じないようにするとか、俺の体を硬質化するとかできないのか?)

「そんな特殊能力は身につけられない」

 くそ! と思っていると今度は左肩に石が当たって痛みが走る。キョーリュー達は楽しそうにはしゃいでいる。この的当てゲームで上手く”的”に当てたら彼らになんらかの特典があるのか? いや何もない。お金などを賭けているわけでもない。ただただいじめて楽しむためだけにやっているのだ。

(キョーリューとか、あいつらをやっつけることはできないのか?)

「『憎いあんちくしょう』を懲らしめることはできない」

(じゃあせめてあの石を柔らかくするとかできないのか?)

「自然に変化や影響をもたらすことはできない。石は硬いのが自然だ」

 だああああ! もう!

 HRまでまだまだ時間がある、今日はどこにどれほど石をぶつけられるか。ひょっとして久しぶりに窓ガラスが割れたりするかも。いままでこのゲームで教室の窓が割れたことは5回ある。これが多いのか少ないのかはわからないがこんなことがあっていいわけがない。このゲームが始まったのは去年の10月初めの頃だった。それ以前から僕も重雄も早くからいじめられていたが、こんな手間のかかることまでして僕らをいじめたいのだろうか?

 そして、キョーリューの2人が

「友達の証として友達料を1日1000円渡せばその日はお前らをいじめられないようにしてやるよ」

 とニヤつきながら持ちかけてきたのもその頃だった。その頃は”あの騒ぎ”がようやく収まり始めた頃でもあったな……

 このいじめで窓ガラスが割れても、もちろん彼らは謝らない。では僕らのせいにされてしまうのか? それもない。ガラスが割れていることをHRで先生に訊かれたら

「知りませーん」

「また勝手に割れましたあ」

「先生、やっぱりこの教室、霊かなにかいますよ! お祓いしてもらいましょう!」

 などと言って何人かの生徒がふざけてお祓いの儀式の真似をするだけだ。先生はうんざりしたような顔で「後でもいいから割った人は名乗り出てきなさい」と言うが、それで名乗り出たやつはもちろんいままでいない。

 HRが始まって、このゲームは終わったが、他の多くのいじめが待っていた。授業中には先生が板書の最中に僕の背中や頭に消しゴム、紙くず、そして小石などが飛んできた。授業間の休みに”ローキック”の的にされた。痛みで立てなくても無理やり立たされて何度も蹴られた。他にも背中を蹴られる、プロレスの関節技や絞め技の練習台にされる、僕が教室にちょっといない間に鞄の中の教科書や、ノートや文房具などを教室中にばら撒かれるなど。ただ、やはり顔に傷が残るようなことはされないし、教科書やノートを破られる、机に落書きをされるといったそんな類のいじめはされない。いじめの痕跡が残るようなことはしないのだ。しかし、昼休みになって避難地区に行こうと校舎から出て窓際を歩いていると、ふと嫌な気配を感じて上を見ると2階の窓から水の塊が降ってきたのが見えて寸前でなんとか避けた。2階の窓からはバケツを持っているやつと「外すなよ」と笑っているやつがいた。2人ともクラスメイトだ。いじめの痕跡は残さないはずなのに、僕がびしょ濡れになっていたら痕跡が残るだろうに。そういうことをわかっていないやつらもいるのだ。窓際を歩くときには上を向いて歩くことにしていたのに、ここのところ1000円の日が続いたからつい忘れていた。「上を向いて歩く」というのは本来ならポジティブな意味合いなのに、僕にとってはとことんネガティブな意味合いになってしまっている。

 そして、だ。いじめられている僕に女神はなにかしてくれたか? いや、何もしてくれない。しれっとした顔で僕のそばにいるだけだ。神なのに何もしてくれないのだ。

 避難地区で疲れてしゃがみ込んだ。しばらくして重雄も来た。彼は今日はいじめに遭ってないようだ。重雄は

「大丈夫か?」

 と、申し訳なさそうな顔で言った。彼は悪くないのに。僕は

「なんとか」

 と答えた。腹が減った。毎朝なるべくたくさん朝食を食べるようにはしているのだがやはり昼になるとお腹は減る。育ち盛りが憎い。

(なあ?)

と僕は女神に訊く。

「なに?」

(高価なものが駄目っていうのはまだわかるんだけど、飲食物まで駄目なのはどうしてなんだよ?)

「なによりも高価なものだからだよ。食べ物や飲み物は”命の綱”なんだよ。これ以上高価なものがある? いまこの国はどうやら飽食の時代になってるみたいだからこれがわからない人間が多いみたいだね」

 そう言われれば確かにそうだな。

「ちなみに動植物を作り出すことができないというのはそれに繋がっている。食することができる動植物というのは多いからね」

 徹底しているな……なんなんだろうその徹底ぶりは。

「腹減ったな」

 と重雄もお腹を押さえて言った。


 そんなこんなで、女神が現れてから10日が経ったが、結局願い事は何も叶えてもらえず、事態は何も好転せず、何も変わらなかった。いや、変わったことがひとつある。この女神との喧嘩だ。1日に1回くらいは喧嘩している。

「結局、何もできないじゃないか!」

 と言った時は

「だから最初に言ったようにしっかり考えてみなよ。そしたらできることもある。君、全然考えないんだもの」

 と小ばかにするように言われた。

「お前を信じてむしろ損したかも」

 と言った時は

「君がちゃんと考えないからだ。僕のせいにするな!」

 と怒って僕の部屋の中を飛び回った。

「お前本当に神なのか?」

 と言った時は

「当たり前だ! 神を冒涜するな!」

 と怒りながら僕の部屋の中を激しく飛んで叫んだ。

「わかった。お前は神は神でも疫病神なんだな」

 と言った時は

「疫病神だと!」

 と顔を真っ赤にしながら激怒して部屋の中を乱れ飛んだ。

 最初にこいつを信じなかった時もそうだったが、こいつはどうやら怒ったりムキになったりすると飛び回るらしい。

 そしてもう病院に行くということさえ考えなくなった。やれやれという気にしかならない。事態は悪化しているんじゃないのか?

 そしていまは土曜の夜。明日は学校がないと思うと一番心休まる時間だ。僕は少しの安寧を感じながらアニメを観ていた。女神は普段はテレビなんか興味はないという感じで僕がアニメ等を観ている時は好き勝手に浮遊しているのだが今日は珍しくテレビを観ていた。いや、テレビを観ている僕を見ているようだ。

「なんだよ? 俺のこと見てるけど」

 アニメが終わると同時に僕は訊いた。

「君、本当にアニメ全部観ているの? ぼんやりしている時とかスマホをいじっている時とかけっこうあるよ」

 少しどきりとした。確かに惰性でとりあえず視聴を続けているというアニメも多い。

「まあ、アニオタなんてそんなものだよ」

 としか言えなかった。考えてみたら、僕がこの女神の存在を信じたのはアニオタだからもしれないな。

 しかし、アニメに出てくる女神とはまったく違う。

「アニメに出てくる女神ってのはもっと何か役立つものなんだよなあ……」

 と僕は嘆きの息を吐きながらそう言うと、

「例えば?」

 と女神は訊いてきた。

「そうだな。例えば……異世界に転生させてくれたり、転移させてくれたりとかだな」

 ちょうどいま観終わったアニメがそういうアニメだった。

「異世界転生? 転移? なんだそれ?」

 女神は首をかしげ、

「ちょっと調べてみるかな」

 なんてことを言った。

「調べられるの?」

「その程度のことできるに決まってるだろ。僕は神なんだよ。いまの人間の世界で言うところのネット検索みたいなものだ。でも精度も確度もネットなんかより何百倍も高いけど。一瞬にして全てを見られるんだからね。関連する多くの情報も同時に伝わってくるし」

 やたらと上から目線で高慢に言ってくる。本当にちっさいな。

 女神は調べているのか少しの間動かなかったが、突然、

「ぶはははははははは! なんだこれ!」

 と両目に涙を浮かべて大笑いし始めた。

「要するに君みたいな現実の世界で冴えない人間や世の中に不満のある人間がネットゲームみたいな世界に行って、大した努力をすることもなく凄い能力を得ることができて、仲間も沢山できて、英雄になれて、挙句の果てには可愛い女の子たちに囲まれてハーレム状態になるってことじゃないか。こんなものに憧れているの?」

 世界中のアニオタを敵に回すような発言をしやがった。

「それと、引きこもりやニートがこの異世界とやらに行ったらしっかり者になったりすることも多々あるみたいだけどなんで? 異世界行っても引きこもりは引きこもり、ニートはニートでしょ? どうしてこんなに都合良く人が変わるの? ひょっとして自分の理想とする世界だから? 甘ったれの極みだね」

「おい、いくら神でも言って良いことと悪いことがあるぞ」

 さすがに頭に来て僕は強い調子でそう言った。が、女神は

「うん、いまのは言って良いことだよね」

 と右手小指で鼻をほじっている。こいつ本当に神なのか?

「こんな上手い話があるもんか。まるで何かの詐欺みたいな話じゃないか」

 お前だって詐欺みたいなものだろ。最初に登場したときの言葉なんて、典型的な詐欺みたいなこと言っていたじゃないか。と思ったがそれを言うとうるさくなりそうなので黙っておいた。

「アニメや漫画の世界ではそんなものなんだよ。何か大きな能力を持っている者が現れたら、主人公をいろいろと助けてくれるものなんだ」

「ふーん。例えばどんなの?」

「そうだな……わかりやすいのはドラえもんかな?」

「ドラえもん? なんだそれ?」

「調べてみろよ」

 と言うと、また少ししたあと、

「ぶはははははははは! なんだこれ!」

 と両目に涙を浮かべて大笑いし始めた。

「なんだこの『のび太』ってのは? 最悪の人間じゃん。せっかくドラえもんが便利な道具をいろいろ出してくれているのに、全然成長しない。いや、成長したかと思ってもすぐ元の駄目人間に戻ってる。ドラえもんもよくこんな人間を何度も助けようと思うな。さっきの異世界とかいうのより酷いかも」

 正直、言ってることに大きな間違いはないと思う。それでも

「アニメや漫画ってのは人に夢を与えるものなんだから、こういうのでいいんだよ」

 と僕が反論すると

「夢を与える?」

 と女神は首をかしげた。

「夢どころか悪影響があるだろう? こんな現実的にあり得ないような甘い話で現実逃避させるなんて」

 こいつはPTAか? いや、いまどきPTAでもこんな難癖は言わないだろう。

「お前だって人の夢や願いを叶える女神じゃないか」

「うん。だから僕はそんなに甘くないんだよ。人間世界の現実はシビアだろ? こんなのに夢中になって現実逃避しているようじゃシビアな世界でやっていけないよ」

 確かに現実はシビアだな。アニメや漫画みたいに甘くない。

「でもなあ、シビアな言動ばかりしていて失敗する人もいるよ」

「へえ? 例えば誰?」

 うーん……言ってはみたものの、あまり思い当たらないな。僕はしばらく考えてから

「ホリエモンとかかな?」

 と答えた。

「ホリエモン? さっきのドラえもんとは違うの?」

「調べてみろよ」

 少しした後、

「ぶはははははははは! なんだこいつ!」

 と両目に涙を浮かべながら大笑いし始めた。そこは僕と感性が同じだったか……

「あのな、俺にとって”1000円の日”とアニメや漫画は”救い”なんだよ。この救いがあるからいじめられていてもなんとか毎日やっていけるんだ。たとえ”ながら観”でもな」

 少なくともお前よりは役に立っている、と言いたかったがこれもうるさくなりそうなので止めておいた。とにかく僕には漫画やアニメといった現実逃避ができる材料が必要なのだ。それが救いなんだ。幸い日本という国は漫画やアニメなどに事欠くことはない国だ。

 それと重雄という友達がいることも大きい。単なる”いじめられ仲間”かもしれないけれど、それでも同じ悩みを共有し合える仲間がいるということは大きな救いになっている。

 でもこんな小さいのにうろうろされるのにはまだ慣れない。鬱陶しくて僕の救いや安らぎを奪う。あの後光には女神が言っていた通り慣れたけど。

 僕は何気なく、

「いまのお前は蛾みたいなんだよな」

 と言うと

「蛾!」

 と女神は目口鼻を大きく開いてそう叫んだ。

「神の僕のことを『蛾』だと!」

 と部屋中を飛び回り始めた。しまった。うかつなことを言ってしまった。

「そんなことを言われて、女神のプライドが黙っちゃいないぞ!」

 お前のそのちっさいプライドが黙ってないことがあったのか? 女神は部屋中を鬱陶しく飛び回る。

 ああ……もううんざりだ。やはりこいつが来てから事態が悪化した。

「だいたいね、僕らに”実体”というものはないんだ。だけどわざわざこうして姿を現してあげているんだよ」

「え? どういうこと?」

「だから、本来神には姿形ってものはないの。最初の頃は、声だけで人前に現れていたんだ。それで信じてくれる人もいたけど、信じてくれない人も多かった。そこで何か実体を作った方が信じてくれるかと思った。だからトラ、クマ、ライオン。そんな実体になって現れたけど、怖がってみんな逃げ出した」

 当たり前だ。

「そりゃそうだろう。なんでそんな緊張感のある動物になった?」

「そりゃあ神の威厳を保つためさ」

 ああ、ちっさいちっさい……

「で、それなら人間の姿になろうと思った。でも、人間に近い姿で現れたら『人間が現れた』と思われるだけだった。いろんな力を見せても手品か何かと思われて信用しない人間も多かった」

 まあ、そりゃそうかな。

「だったら、人間の姿でなおかつ人間ではありえない姿になろうとして、いまのこの姿になったわけなんだよ」

 なるほど。

「それから僕に性別はないんだよ」

「え?」

「だから、僕は男でも女でもないの」

 そう言われてみれば、小さい顔をよく見てみると、女にも男にも見える顔だな。体つきもほっそりとはしているが、女にも男にも見える体だ。僕は思わず女神の股間を注目してしまった。

「どこ見てやがる」

 女神が軽蔑の目で言う。

「まあこの際はっきり言っておくけど、性器なんてものもない」

「じゃあなんで()神なんだよ」

「知らないよ。人間が勝手に僕のことをそう呼ぶんだもん。だったら別に女神でもいいかと思って」

 そういうところは安易なんだな。

「強いて言うなら、声が女の子みたいなのかな?」

 確かに。声は女の子みたいな声だ。僕がこいつを女だと思い込んだのもそこが大きい。でも考えてみれば自分のことを『僕』と言っているな。アニオタの僕は自然に”(ぼく)()”かと認識してしまっていた。

 ん? 待てよ。

「お前、姿形を変えられるんだな?」

「そこに気がついたか。というか、さっき僕が言っちゃったな」

 そうか、それなら。

「もっと大きくなることもできるよな?」

 小虫くらいの大きさで動き回られるのが鬱陶しいのだ。女神は「できるよ」と頷く。そうか。いや、でも普通の人間くらいの大きさで常に付いてこられたり、飛び回られたりしたらそれはそれで鬱陶しいな。

「サイズは1メートルくらいでいいからいまより大きくなってくれ」

 とにかく虫くらいの大きさでなければいい。女神はふんふんとうなずく。そうだ、ついでに――

「そのスパンコールみたいな服装もやめてくれ。どこかの売れない演歌歌手じゃないんだから」

「これ、気に入っているんだけどな。じゃあ白い服でいいかな?」

「そうだな。大人しくて落ち着く」

 僕はうなずく。

「それからさ、その”羽”もなくしてくれ。それのせいで蛾みたいになっているんだぞ」

「羽じゃなくて翼だよ。翼はなくせないよ。これは神のプライドとして絶対必要だから」

「だったらせめてもっと翼らしくしてくれよ。あんな羽だから虫っぽくなるんだ」

「じゃあ白鳥みたいな翼でいい?」

「そうだな。白鳥は優雅な翼だし。よし、いま言った通りに変わってくれ。それが今日の願いだ」

「その願いを叶えましょう」

 女神がそう言うと一瞬にして女神は変身した。それは見事に注文した通りの姿だった。サイズは1メートルくらい、衣服は白で、背中からは白鳥のような白い翼がゆったりと生えている。大した変化だ。しかし、しまったと思ったことがあった。

「後光が増してるな……」

 サイズが大きくなった分、それに比例して女神の発する光も強くなってしまった。ようやくあの光に慣れたのに、また慣れるのに時間がかかってしまう。

「そりゃそうなるよ」

 女神は腕組みをして言う。『不満があるのか?』という顔だ。不満を言ったりしたら面倒臭いことになりそうだ。これで良しとしよう。

 しかし、その姿は

「女神というより、天使みたいだな」

 前回は妖精みたいだったけど、今度は天使か。

「あんなガキどもと一緒にしないでくれ」

 女神はふくれっ面になる。またプライドを揺さぶってしまったみたいだ。普通は『天使みたいだ』なんて言われたら喜ぶものなんだけどな。でも実体がないはずなのに、”天使”というものが存在するのか? 大人とか子供とかいう概念があるのか? 変な話だ。

 しかし、ようやく叶えた2つ目の願いがこれか……

 日曜の0時になった。これでまた今日の願い事ができるわけだけど、何か有益な願い事はできないものか?

 深夜アニメを観ながら考える。テレビの中ではコメディタッチのファンタジーアニメをやっている。間抜けな主人公が他人を自分の思うように動かすことのできる能力を使うがうっかり自分自身にその能力がかかってしまい、パニックになっている。

 ん? 待てよ?

「なあ? 他人を思うようには動かせない、と言ったけど俺自身は俺の思うように動かせるのか?」

「何を当たり前のことを言ってるの? いまも自分の思うように動いているんだろ?」

 女神は呆れているがそういう意味じゃない。

「そうじゃなくて、やりたくても勇気がなくてできないこともある。そんな自分を願い事で自分の思うように動かせるのか、ということだ」

「そこに気がついたか。いままでも何人かの人間に同じような願いをされたことがある」

 なるほど。やっぱり他の人もそうなんだな。自分に正直に、素直にこんなことができたらいいのに、言えたらいいのに、てなことをみんなたくさん抱えているんだ。

「できるよ。でも身体能力をアップさせるような動きをさせることはできないよ」

「いや、そんな必要はないんだ」

 と言ってから、僕はノートを取り出すと、そこにある事を書き込んだ。

「母さんが帰ってきたら、()()を僕に言わせてくれ。それだけだ」

 女神はそれを覗き込んで眉を寄せた。それは『母さん、相談があるんだ』『俺、いま学校でいじめられているんだ。なんとかできないかな?』という、実にシンプルなことだった。

「こんなことが言えないの?」

 呆れたように女神は言う。

 そう、言えない。

 母にいじめの相談ができないのはある不安があるからだ。もし僕の不安通りになればいじめは解決しない。正直、そうなるのではと思う。だからこそいままで相談する勇気がなかった。何度か相談してみようとしたことはある。でも直前になってやはり尻込みして結局何も言えなかった。これを機会に試しに言ってみるしかない。

「とにかく、これが今日の願いだ。叶えてくれ」

「その願いを叶えましょう」

 女神がそう言ったが、体に特に変化は感じなかった。とにかく母が帰ってきてからだな。

 しばらくの間アニメを観ていたが、2時半を過ぎた頃になって玄関のドアが開く音がした。ご帰宅だ。

「おかえり」

 と僕は出迎えたが……しまった……

「おう! 息子よ! まだ起きていたか! 出迎えごくろう!」

 と真っ赤な顔でろれつの回らない陽気な大声で言い、さらに僕の頭を豪快にバンバンと叩いた。とてつもなく酒臭い。玄関から廊下に上がろうとするが、その足元がおぼつかない。ぐでんぐでんに酔っている。これはまずい。もう結果は見えたようなものだ。

 母はホステスだからお酒を飲むのは当たり前なのだが、毎日こんなにベロベロになるほどには飲まない。お酒はある程度で、あとはお茶などでやりすごす。毎日こんな状態になるほど飲んでいては接客ができないし、何より身体(からだ)()たない。しかし、たまにだがこんな状態になって帰ってくることがある。運悪く、今日はその”たまに”に当たってしまった……

 しまったなあ。母が帰ってきて、母の様子をちゃんと確かめてから願うんだった。しかし、もう撤回はできない。

 身体が僕の意思とは関係なく勝手に動き始めた。うお! と驚いた。女神が現れてから初めて人間の力ではあり得ないような事が自分の身に起きた。これはもう幻覚じゃないな、と僕はやっと納得できた、が、なんともタイミングが悪い。

 台所で水を飲んでいる母の元に体が勝手に向かい、

「母さん、相談があるんだ」

 と口が勝手に動いた。くそ、いまはマズいのに止められない。

「んん? 相談? なんだあ?」

 母は「よいしょっと!」と台所の椅子にミニスカートからパンツが丸見えになるほどだらしなく大股を広げて座り、両膝にそれぞれ手を乗せて腕を”がに股状態”にする。サウナの中によくこんなおっさんがいる。

「言ってみろ息子よ!」

 と大声で言う。いや、言いたくない……でも口が勝手に動く。

「俺、いま学校でいじめられているんだ。なんとかできないかな?」

「はあ? いじめられてるだあ?」

 ドキドキした。おそらく、母の反応は……

「かー! なっさけねえなあ!」

 とまるで江戸っ子みたいな口調で言って右手で顔を覆い、天を仰いだ。やっぱりだ。不安通りになった。

「それであれか? お前は何もできないでいるのか?」

 僕がうなずくと、また「かー! なっさけねえなあ!」と天を仰いだ。

「小さなガキじゃあるまいし、やってやれよ、そのいじめている連中をよ」

 真っ赤な顔で拳を振ってみせる。フラフラしていた。僕はため息をついた。

「強いんだよそいつら。とても俺が敵う相手じゃないんだ」

 正直、もう何を言っても無駄だと思ったけれど、勢いで言ってしまう。

「まったく……喧嘩のやり方くらい覚えろよな!」

 とフラフラしながら立ち上がると、食器棚の引き出しを開けた。そこから折りたたみ式の果物ナイフを取り出した。まさか……

「さすがにこれはマズいか」

 と母は引き出しの中に仕舞った。良かった。あんなもの使えるか!

 母は今度は食器棚の一番下の大きな扉を開くとごそごそやり始めた。あそこには、離婚した建設作業員だった父の忘れ物がいくつかある。僕があまり触らないようにしているところだ。母はそこからハンマーを取り出したが首をかしげ、次はバールを取り出して首をかしげた。物騒なものばかり出してくる……そして、

「お、これがいい」

 と何か取り出して僕に手渡した。なんだこれは? と僕はそれをまじまじと観察する。大きさは鉛筆と同じくらいで、形もやはり鉛筆と同じような六角形、いや、八角形だ。先端も鉛筆みたいに尖っている。しかし、鉛筆と決定的に違うのは重さと硬さだ。なんの金属でできているのかわからないが金属製で、ずっしりと重く、硬い。

「チスタガネっていうんだ」

 母はろれつをなんとか回しながら言った。

「コンクリートなんかのハツリ作業に使う道具だ。それを喧嘩の時に使え。それで相手を突いてやるんだ。そのサイズなら携帯するにも便利だろ。ポケットの中にだって入る」

「……」

「関節や骨が出ているところなんかを狙うといい。手首、肘、膝、手の甲でもいいな。背中なら肩甲骨。胸骨なんかは効くぞ」

「いや、母さん……」

 それ以上言葉が出なかった。母はそんな僕など無視して続ける。

「もちろん関節や骨じゃなくてもいい。胸や腹や腕や足でもいい。それで突いてやればダメージは大きい。あ、ただし、顔や頭や喉なんかは止めておけ。顔は下手すると目をつぶしかねないし、頭は頭蓋骨を砕いたりしかねない。喉は穴が開きかねない。そうなったらさすがにシャレにならないから」

 いや、どこを突いてもシャレにならないだろ……僕が手の中のチスタガネとやらを見ながらそう呆然としていると、

「じゃ、頑張るんだぞ」

 などと言って、「うー! 暑い暑い!」と言いながら自室に入って服を脱ぎ、下着姿になると布団もひかずに畳の上に倒れるように寝転んで、大きないびきをかきはじめた。

 最近、確かに暑くなってきたけどさすがにその格好で寝ると風邪をひくかも。僕は押入れからタオルケットを出すと、母にかけた。

 見事に心配していた通りになってしまった。母は、いや父もこういう人間なのだ。

 母は高校生の頃、いわゆるヤンキーだった。ただし、自称”正義のヤンキー”だったらしく、弱い者いじめは絶対にしなかったという。そして喧嘩に明け暮れていた。そこでひとつ年上の建設作業員の父と出会い、同じ喧嘩好き同士ということで気が合って付き合うようになった。そして、母は17歳の時に僕を身ごもって高校を中退して父と結婚した。そして18歳の時に僕を産んでくれた。父も母も僕にはとても優しく接してくれたが、2人はまだ若く、よく喧嘩した。僕はその喧嘩が嫌で布団の中で耳を塞いでいたものだ。僕はそんな強気な2人の性格を受け継がなかったようだ。

 そして、ちょうど10年前に両親は離婚した。父と離れることになった。それは悲しかったけれど、もう夫婦喧嘩を見なくていいというのは正直ほっとしたのを覚えている。

 養育権などがどうなっているのかは具体的にはいまでも知らない。なんだか知りたくない。離婚してからは僕は父とは一度も会っていなかった。

 離婚してから母はホステスとして働き始め、女手ひとつで僕を育ててくれている。それには本当に感謝している。しかし、だ。さすがに()()はない、と、僕は手の中のチスタガネを見た。

 そういう経歴があって、そんな性格の母にいじめの相談をすればこうなるだろうと予想してはいたが、酔っていたことで結果は予想していた以上に酷くなってしまった。

 せっかく女神に願いを叶えてもらえたのに。しかもこいつの存在を完全に信じることができたのに、結果が伴わなかった。

 いじめをやめさせるにはどうしたものか。僕は部屋に戻って考えた。先生達もいじめられている。学校の”主導権”は生徒側が握っているのだ。やはり弁護士や警察なんかに相談するか? でも重雄は、「警察や弁護士なんていうのはしっかりした証拠でもないと動いてくれないよ」と言っていた。本当だろうか? しかし、キョーリューの2人が毎朝僕と重雄のスマホを没収するのは僕らがいじめられているところを動画に撮られたりして証拠を残されないようにする為だということは確かだ。その他にも普段の学校内の様子を撮られたりしない為だ。

「よりによってこんな日にあんな願いをしてしまった。俺はツイてないな……」

 ベッドに座ってそう呟くと、

「何を言ってるの?」

 と女神は驚いたように言った。

「僕は人を選んでその人の前にだけ現れる。真面目な人の前にだけしか現れないんだ。良い子のところにサンタクロースがやって来るみたいにね」

 と言ってから、「でもサンタなんていないけどね」と笑った。ホント嫌な神だな……

「でも真面目な人なんて世の中に沢山いる。何億人という真面目な人の中から君を選んだんだ。しかも前に来たのも日本だったんだよ。今回も日本に来てあげたんだ。これだけ広い世界の中から2回も日本を選んで、さらに多くの人の中から君を選んだんだ。それがどれくらいの確率かわかる? どれくらいツイてることかわかる?」

 どれくらいの確率かはわからないが、そんな確率から選ばれたのにできるのはショボいことだけとは……いったい僕はどれだけツイてないんだ……

 少し落ち着いてから、

「前に日本に来たのっていつなんだよ?」

 と何気なく訊いてみた。

「97年前だね」

「はあ?」

 僕は声を上げた。

「つまり、97年もこの世に来なかったのか?」

「うん。この世に来るのは気が向いたときだけ。来る場所も気まぐれ。日本に2度も続けて来たのも単なる気まぐれ。でも毎年この世に来ることもあるし、逆に200年くらい来なかったこともある。今回はけっこう間が開いたね」

 気が向いたときだけってただの怠慢だろ、と言いたかったが、これもうるさくなりそうなのでやめた。

「だからさっきの検索能力を使っていまのこの世界のことはある程度は調べてから来たんだ」

「お前は全知全能の神じゃないもんな」

 僕はそんな皮肉を言ってやった。特に『全能』ではない。ショボイ神だ。

「あ、また『ショボい神だ』とか思っているんだろ?」

 正解だ。

「言っておくけどね、最初はここまで多くの制限なんてなかった。多くの願いを叶えていたんだ。でもこれだけ制限が増えたのは人間のせいなんだぞ」

女神は口を尖らせる。

「人間のせい?」 

「そうだよ。真面目な人でも、”何でも願いが叶う”となるとあまりにも強欲な、私利私欲の為に願いを言う人間が多かった。だからこうなったんだ」

 まあそうかもな。人間なんて誘惑に弱い生き物なんだから。

「歴史上有名な人間で最悪だったのはカリグラだね。善政していたから信頼したのにね」

「カリグラ?」僕は首をかしげた。

「知らない? あの暴君ネロの伯父に当たる人だよ」

 ネロは何か聞いたことがある気がするけどカリグラは知らない。スマホで検索してみた。いくつかの情報が出てきた。第3代ローマ帝国皇帝。最初の頃は善政を行っていて民衆や身内からの評判も良かったが……

「おい、ちょっと待て。これお前のせいじゃないのか?」

 と僕は顔をしかめた。

「大病を患って、頭がおかしくなった、とかあるけどこれはお前が現れたことが原因じゃないのか?」

 女神は「そうかもね」などと軽く言う。                

「カリグラが『女神と話しているけど、お前たちには見えないのか?』なんてことを言った、とあるぞ? この女神ってのはお前のことだろ?」

 こいつの他に人の頭をおかしくするような女神などいないだろう。

「僕のことを信じてくれなくてね。当時は神を信じる人はけっこういたのに彼は頑なに信じようとしなかった。だからこっちも意地になって信じさせようと必死になった。それで結果的には信じてくれたんだけど、その時にはもうおかしくなっていたな」

「そりゃそうなるだろう」

 何考えているんだこいつ……

「それで最初の願いが『何回でも願いが叶うようにしてみろ』だった。まだ少しまともな思考もあったんだろうね、僕のことを試したんだと思う。でもその願いを叶えてあげたらさらにおかしくなってしまった。当時は制限もまだいまみたいに多くなかったから、願い事でもうめちゃくちゃを始めた。さすがにどうしようかとまいったよ本当。だから暗殺された時はほっとした」

「……」

「でも心配ない。この人に不幸にされた人達は天国に行って幸せに暮らしているから。あ、元々悪かった人はその範疇じゃないけど」

「そういう問題じゃないだろ……」

 やっぱり疫病神だこいつ。

「でもその反省から僕も人間の時間で、24時間、つまり1日経っても信じてくれない人や、願い事を言わない人の前からはもう消えるようにした。凄く腹が立つけどね」

 そういう小さいプライドを捨てたら腹も立たなくなるぞ、と思ったがもちろんそんなことは言わない。

「他にもいろいろな人のところに行ったけどね、やっぱり欲深くなる人が多かったな。歴史的有名人では玄宗もそうだったな」

 玄宗も知らない。こちらもスマホで検索してみる。中国、唐の第9代皇帝。30年もの間善政をしていたのだが、楊貴妃と出会って……

「だいたいわかった。楊貴妃を自分のものにしたい、とかそういう願い事をしたんじゃないのか?」

「そうそう。でもその願いを叶えたら酷い事態になった」

 楊貴妃にうつつを抜かして政治を怠った。結果、国は荒れ果てて反乱を起こされて皇帝を退いた。

「カリグラの善政は7ヶ月くらいだったけど、この人は30年も善政をしていて、すぐに僕を信じてくれて、願い事もひとつでいいと言うし、そんな人なら大丈夫かなと思ったんだけどね。誠実な人間だと思ったのに、いざ願いが叶うとなると人は変わるんだよねえ。私腹を肥やす願い事をする人が多いのなんの……そんなだからあっという間に願い事の制限が増えていったんだ。ちなみに『異性にモテることもできない。意中の人に好きになってもらうこともできない』という制限はこの玄宗の反省からできた」

 だろうな。

「それと、一度は『願い事が何回でも叶うようにする』ということを制限したこともあったんだ。叶えられる願い事は本当にひとつだけにしたこともあった。でも制限が多くなりすぎて、叶えられる願い事の質があまりにも落ちた。それでショボい神だとか思われるのは僕のプライドが許さなかった」

 ほんとちっさいな。

「それで、制限が増えたから、どうせ大した願いは叶えられないんだし、何回でも願いが叶うということは復活させてもまあいいか、と思って復活させた」

 『まあいいか』って軽いな……

「あ、でも願い事は1日に1回だけという制限ができたのもその時だったなあ」

「何があったの?」

「真面目でちょっと頭の良い女の人の前に現れたんだけど――あ、言っとくけどカリグラや玄宗みたいな歴史的に有名な人とかじゃないよ。有名人より普通の一般の人のところに現れる方が圧倒的に多いんだから。いつの時代も政治を行っているような人間は何をするかわからないと学んだからね」

 カリグラの暴政の時にしっかり学んでおけばよかったのに……

「その女の人は”絹糸”を求めたんだ。その時代のその国ではいまの日本の5000円くらいの価値のある絹糸をね。その頃は1日1回だけという制限がなかったから、絹糸がほしいという願いを1日に何回も叶えた。そして、彼女はそれを毎日沢山売って、結果けっこうなお金持ちになったんだ。そこまで良質な絹でもなかったんだけど彼女はそれを安値で売った。僕が与えているから原価0だもんね。だから彼女には売上げのほとんどが手に入った。これじゃあ結果的に大金を与えているのと同じだと思ってね。それで願い事ができるのは1日1回だけだという制限を設けたんだ」

 なるほど、そういういろいろな経緯があって願い事のスケールが小さくなったというのは理解した。

 ん? そういえば……

「さっき天国とか言ったな? そういう天国や地獄とかいう死後の世界があるのか?」

「当たり前だ。神がいるんだから。いまごろ気がついたのか?」

 そうなのか。

「天国や地獄ってどんなところなんだ?」

「こちら側の世界のことは具体的には教えられないんだよ」

「じゃあ大まかにでいいから教えてくれよ。天国ってどんなところ?」

「素晴らしいところ」

「地獄ってどんなところ?」

「最悪なところ」

「いくらなんでも大まかすぎるだろ……」

 僕は顔をしかめる。

「ま、もう少し具体的に言ってもいいか」

 そんな軽いノリで言ってもいいのか?

「天国はとにかくこの世界よりずっと素晴らしいところだ。そして地獄だけど……地獄と言ってもどれだけ悪行を積んで減点されたか、つまりは罪の重さで受ける責め苦も違う。人間にもわかりやすく”レベル”という言葉で言うと、最悪の地獄レベルは100になるね。レベル1から15くらいまでの地獄は人間でもなんとか耐えられる”低レベル地獄”。レベルが高くなって50以上になると人間にとってはもはや筆舌に尽くしがたい責め苦を受ける”高レベル地獄”だ。その責め苦が永遠に続く」

「ヒトラーなんかはどこにいる?」

「ヒトラー? ああ、あいつか。まあ、彼がやったことは世界的に有名だから教えてもいいか。レベル100の地獄だ」

 納得。

「さっき()()と言ったよな? 罪を犯したら減点されるわけか」

「あくまでも人間の世界の言葉で言うとだけど、”減点”ということになる。人間が生まれたときはみんな100点満点を持っていて、そこから減点していく。そしてマイナスになったら地獄行き。さらに悪行を積んだらマイナスがどんどん増えて地獄レベルも高くなる。ちなみに僕らの”採点方式”は基本的には加点方式じゃなくて、減点方式なんだ」

「どうして?」

「善行を積むより人の嫌がることをしない方が簡単だからだよ。人間の感性ってのは個々によって違うから、良かれと思ってやったことが人によっては大きなお世話だったり、迷惑になることがある。人に喜ばれることをするのは意外に難しい。でも人が嫌がることをしないというのは簡単だ。悪行をしないということの方が人間にとっては簡単で、なおかつ人様に役立つことにもなるはずだ。そういう心遣いをしてあげているんだよ僕達は」

 なるほど、そう言われれば確かにそうかもしれないな。

「”加点”をしたい場合にはどうしたらいいんだ?」

「よほどの善行をしないと駄目だ。でもどんな善行をするとどれくらい加点されるか、逆にどんな悪行をしたらどれくらい減点されるかとかは具体的には教えられない。教えると今後それをひとつの()()にして行動するだろう? 神が人間の善行・悪行についてそんな計算ずくの行動をさせるわけにはいかないからね」

 これもなるほど、だ。こいつの言うことに連続して納得できるとは。

「人殺しや人を死に追いやるような事をした連中やレイプ犯みたいな、そんな凶悪犯はどうなる? 大まかでも教えられないか?」

 女神は口を曲げてしばらく考えているようだったが、

「ま、そのへんははっきりしているから言ってもいいか」

 とやはり軽く言った。柔軟性があると言えばいいのか、無責任だと言えばいいのか……

「そういう凶悪な連中、重罪を犯した連中はもう1発でレベル50以上の高レベル地獄行きだ。しかもそういう連中はどんな善行をどれだけ多く行っても、もうまったく加点されない。高レベル地獄行きは絶対避けられない。どういうわけか、人間の世界では『罪人を許せ』みたいな教えや考え方があるみたいだけど、あんなの僕らからするとまったく理解できないね。制限にもあったように僕らは罪を許すということはしない。レオ10世やドミニコ修道会の免罪符なんかは僕らの世界にも伝わってきたけど大笑いになったよ。そういう意味ではマルティンルターの方がまだ偉かったかな」

 よくわからないが、とにかく犯罪者は、特に凶悪犯は生きているときは良くても死んだら永遠に苦しむわけか。

 だったら……

「キョーリューの2人はどうだ? 大まかな回答でいい。天国か? 地獄か?」

 女神は少しだけ考えてから言った。

「酌量の余地があるみたいだけれど、地獄行きだね。どれくらいのレベルの地獄かは具体的には言えないけど」

「は? 酌量の余地?」

「うん。人間の世界にもあるだろ? 酌量ってやつが。罪を許すことはないけれど、その罪の重さを確定して減点点数を決める時に酌量は与えるんだ」

「いや、そうじゃなくて、どうしてあんなやつらに酌量なんてものがあるんだ?」

「酌量等については具体的に教えられない」

「なんでだよ? 気になる。あんな連中に酌量なんて」

「加点、減点と同じだよ。『こういうことなら酌量の余地があるのか』という目安を与えてしまうことになる」

 まあ、そう言われればそうかな? 気にはなったが、とにかくあいつらがこれから『よほどの善行』を積んでいくとは思えない。これからも積むのは悪行だけだろう。

「俺のクラスの生徒は、全体的にはどうなんだ?」

 僕や重雄や林さんをいじめているのはクラス全員だ。女神は少し考えてから、

「9割が地獄行きだね。どのくらいのレベルの地獄かはやっぱり言えないけど」

 30人の生徒数の中で9割。おそらく、その9割に含まれないのは僕と重雄と林さんの3人だろう。まっとうな人間だ。

 そうか、人権派とかいう犯罪者の人権やら更生やらを声高に訴えてる連中のやってることはまったく無意味なことというわけだ。例えキョーリューの2人がそんな連中に擁護されたとしても地獄行きだ。他の連中も同じくだ。いい気味だ。それを生き甲斐にしてなんとか生きて行こう。

「自殺はやっぱり地獄行きなのか?」

 何気なく訊いてみる。

「基本的には地獄行きになるほどの”超大減点”になるけどならない場合もあるよ。例えばうつ病での自殺は自殺じゃなくて病死となる。あと病気に苦しみたくない為に安楽死を選ぶこととか、誰かを助けようと命を懸けた結果死んでしまった時などのいわゆる自己犠牲だとか。これらはまったく減点にはならない。自己犠牲はむしろ加点になるね」

 うん、確かにそうだな。いまのこいつの言うことには珍しく納得できることが多いな。

 しかし疑問もあった。

「私腹を肥やすようなことをさせない為の願い事の制限はわかる。でも、他人を救ったり、争いごとを止めさせたりすることまで制限されるのはどうしてなんだ?」

「それは後から加えられた制限じゃなくて最初からある制限なんだよ」

「え? どうして?」

「人間の世界を平和、安寧にするのは”神が人間に与えた最大の課題”なんだ。人間がやらなきゃならないことなわけ。だからどんな争い事や揉め事があっても神が人間の平和や安寧になることを直接してはいけないんだ。世界的な大戦争から子供の喧嘩まで全てね。これは制限というより”神の摂理”だね」

 う~む……それはどうにも納得できない。

「まあとにかく、だ。1回くらい思うようにならなかっただけでそんなに肩を落とさなくてもいいだろ。自分が思うような願いが叶うようにするにはどうしたらいいのか、とにかくもっと考えてみるんだね。もちろん制限内で、だけど」

 そんなこと言われてもなあ……正直頭の悪い僕は考えるということほど苦手なことはないのだ。

 それでもとにかく必死に考えてみることにした。

 日曜は1日中アニメを観ながら過ごした。日曜日はだいたいアニメを観て1日を過ごす。いま放送、配信されているアニメの数はとにかく多い。すべてを観るためにはそんなことになってしまうのだ。他にも、昔のアニメを配信で観たり、ちょっと前のアニメはコピーしたBDなどで観直すこともある。それがアニオタというものだ。

 そんなふうにアニメを観ながら同時に願い事に関していろいろと頭を働かせてみたけれど、良い考えは何も思いつかなかった。

 そうこうしている間にも月曜日が近づいてくる。そしてついに月曜の午前0時になってしまった。

 だめかあ……。僕はうなだれた。いや、まだ時間はある。もう一度願い事の制限や女神が言った事などをまとめてみた。これらは見事に頭に入っている。

「なあ? 高価な物はダメだけど、具体的に高価な物ってどれくらいの物なんだ? 何円くらいからが高価な物なんだ?」

 と訊いた。換金したら1000円くらいになる物を願えないだろうかと考えたのだ。

「まあ、いまの時代の日本なら5000円くらいの物だね。いや、正確にしよう。5001円からは駄目だ」

 女神はそうしっかり線引きをした。そういえば女神の話の中で絹糸はいまの日本の5000円くらいの価値だったと言っていたな。5000円。換金できる物を考えてみるがその程度の物じゃあリサイクルショップに売っても良くて数百円程度だな。ネットで売ってもやはり大した金額にはならないだろうし、1000円以上になったとしても手間隙考えたら効率が悪過ぎる。

 いや待てよ。

「商品券はどうなんだ?」

 あれはお金じゃなくて”物”だ。

「あれはいろいろな物と等価交換できるからお金に成り代わるものだ。駄目だね」

 僕は肩を落とした。少し考えてゲーム、BD、CDアルバム、書籍などはなかなかのお金になることがあるなと思った。しかし5000円程度のゲームなどなかなかないし、売っても大したお金にはならないだろう。映画等のBDやDVDなどの値段は5000円を超えるものがほとんどだし、安い物を売ってもやはり大した値は付かない。だったらCDか本だ。最新の人気作か、希少価値のあるCDや本。希少価値のあるCDや本ってどんなのだ? と僕はスマホで検索しようとしたが、ふと手を止めた。

 そう言えばこいつ、さっき商品券のことを訊いたとき”検索”しようとしなかったよな。

 僕は商品券の歴史について検索してみた。すると、江戸時代には商品券の元となるものはあって、明治時代にはすでにいまで言うところの商品券はあったようだ。97年前の日本にも当然あったはずだ。ひょっとしてこいつ、昔の知識だけでわかった気になってないか? 僕はさらに図書カードで検索した。女神はもう僕のことなど関心がないかのように浮遊している。『いまのこの世界のことはある程度は調べてから来た』と言っていたが、あくまでも『ある程度』だ。ドラえもんを知らなかったくらいだし。ものは試しだ。

「図書カードはどうだ?」

「図書カード?」

 よし、図書カードについては知らないようだ。しかし検索されたらやっかいだ。

「本だけを購入できるカードだ。商品券と違っていろいろな物を買えるわけじゃない」

 スマホで図書カードの画像を見せた。そして必死に説明をした。

「俺は漫画が好きだからあると助かるんだよ。本だけしか買えないんだからお金とは違うだろ? 商品券なんかとは違う。そうだろ?」

 嘘は言っていない。図書カードでは本しか買えない。

「ふーん……」

 頼む。何も調べるな。検索するな。

「じゃあ、まあいいか」

 やった!

「今日の願い事だ。5000円分の図書カードをくれ」

「その願いを叶えましょう」

 女神がそう言うと、僕の手に5000円分の図書カードが現れた。よし! とりあえずこれで安心だ。寝ることにする。”朝のお金”を気にせず眠れるなんていつぶりだろう? ようやく有益な願い事が叶った。

 翌日、いつもの階段の近くで重雄に出会う。冴えない顔をしている。

「今日500円なんだ。それ以外の金もない」ため息混じりそう言った。「俺もだよ」と僕は言った。「じゃあ今日は2人ともいじめられるのか……」重雄は悲痛な声を出したが、

「重雄。友達料のことだけど、ちょっと俺に任せてくれないか?」

 と僕は言った。重雄は『は?』という顔で

「何かあるのか?」と訊いてきた。

「とにかく、今日は俺から話してみるから」

 そう言うと重雄は首を傾げながらもうなずいた。

 トンネルで、いつものようにスマホを預ける。そして友達料を求められる。僕はそこで「これを……」と図書カードを出した。それを見てキョーイチは顔を険しくして

「は? 図書カード? 俺は本なんか――」

 と言いかけたが、それをリューイチが

「いや、ちょっと待てキョーイチ」

 と止めた。

「図書カードは金券ショップでけっこうな値で売れるぞ」

 と、スマホで調べ始めた。

「ん? 金券ショップ?」

 という女神の声が聞こえた。そして

「あ! なんだこれ! いまはこんなものがあるのか!」

 と、女神はそう驚きの声を上げた。僕は、(ふっふっふっ)とわざとらしく笑ってやった。

(97年前に日本に来た時にも商品券や金券はあったかもしれない。だが「金券ショップ」なんてものはまだなかっただろう? 検索もせず昔の知識だけで全てを判断するとは愚かだな。自分は神だからと傲慢になって商品券のことはもう知っていると慢心したんだ!)

 女神は「ぐぬぬ……」と歯をくいしばっている。

(お前の言うとおり「しっかり考えた」んだよ! その結果がこれだ! もう叶えてくれた願いだからな。一度叶えた願い事でも何回でも願っていいんだよな? 1日1回だけという制限はあるけれど。そして最初に『願い事に責任を持ってもらう為、叶えた願いは撤回できない』と言ったよな? お前も神なんだから責任を持ってくれよ。もう撤回できないぞ。これからも頼むぞ)

「不覚!」

 女神は悔しそうにそう叫んだ。初めて女神に勝った気がした。クオカードも考えたが、『それって何?』と訊かれて説明したら商品券と変わらないと言われると思った。だから図書カードにしたのだ。結果、見事に成功した。自慢じゃないがこちとら長い間金を巻き上げられてる身なのだ。どうやって合法的にそれなりの金を捻出するか、のスキルはある程度身に付けているのだ。本当に自慢じゃないが……

「やっぱり。5000円分の図書カード、正確には図書カードNEXTだけどとにかくそれは金券ショップで4500円くらいで売れる」

 リューイチがスマホをキョーイチに見せて言うと

「本当か」

 とキョーイチはスマホを覗き込む。

「そうだよ。これは金になる。友達料になるだろ?」

 僕がそう言うとキョーリューの2人は少し考えるように顔を見合わせていたが、

「わかった。いいだろう」

 と2人ともニヤリと笑った。そして、

「て、ことはお前は4日分の友達料を払ったということか」

 とリューイチは言ったが、

「いや違う」

 と僕は首を振って、

「重雄の分も頼む」と言った。

「え?」

 重雄が驚いて僕を見た。

 キョーリューの2人は一瞬ポカンとして顔を見合わせ、次の瞬間吹き出し、笑い始めた。

「おい、聞いたかリューイチ?」

 キョーイチはあざ笑う。

「ああ。美しい友情だな! 感動で涙が出てくるぜ!」

 リューイチも大笑いだ。ひとしきり笑ったあと、リューイチが

「ああ、いいぜ。その代わり4日分じゃなくて2日分になるぞ? 2人分だからな。それでもいいのか?」

 と笑い涙の残った目で小ばかにするように言った。

「わかってる」

 と僕はうなずいた。

 月水金と図書カードを女神に願えば毎日僕と重雄の分の友達料を払える。そうすればもういじめられない。我ながらいじめを脱する良いアイデアを思いついたものだ。

 彼らは僕らからせしめたお金で週末パチンコに行っているらしい。キョーリューみたいな人間が1日1000円程度で満足するはずがない。僕らからせしめるお金はあくまで()()なのだ。パチンコのことはよく知らないが2人ともかなりの腕前で5000円くらいで勝つことが多いらしい。それくらいのお金で勝てることはなかなかないそうだ。2人とも卒業したら就職はせずパチプロになるらしい。

 学校に向かう間、重雄は驚きの顔でずっと僕を見ていた。教室に着くとキョーリューは2人に手を出すなと皆に言い付け、全員了解の返事をした。重雄は僕の席まで来て「信矢。本当にありがとう」と頭を下げた。

「いいんだよ。いじめられている人を見るのは俺も辛いから」

 重雄は「そうかもしれないけど本当に恩に着るよ」とまた頭を下げた。

 しかし、だ。こちらはよくても林さんはまたアカ軍団に囲まれている。そして、

「あれえ? 亜由美さあん。この手首の傷はどうされたのお?」

 とまたあの寸劇が始まった。あの手首の傷はどうしてもいじめの標的にされてしまう。

 この間カバ子に説教されたけど正直どうにもできない。と思っていたその時、教室のドアがガラリと開いてそこにカバ子が立っていた。

「え?」

 と僕と重雄はほとんど同時に驚いた。

「あれえ? ここは2年生の教室かあ? 間違えたなあ」

と、わざとらしい大声で言うと教室を眺め回し、

「お! 亜由美!」

 と教室にドカドカと大股で踏み入ってきた。クラスの皆が静まって「なんだ?」という顔でそんなカバ子を見ている。

 林さんの周りを囲っていたアカ達を事も無いかのように押しのける。4人は大きくよろめいて周囲の机や壁に寄りかかった。

「どうだ? あれから上手くやってるか?」

 と満面の笑顔で、大声で訊く。

「ええ……まあ」

 林さんは戸惑ったような顔で小さくうなずいた。

「こうやって偶然教室を間違えたのも何かの縁だ。ラインの連絡交換しないか?」

「え?」林さんは驚きの顔を向ける。

「嫌か? だったら別にいいけど」

「いえ、そんなことは。じゃあ……」

 とカバ子と林さんはスマホを取り出してしばらくやりとりしていた。

「遠慮しなくていいから何かあったら連絡してこいよ!」

 カバ子の笑顔はそこまでだった。林さんの周りにいたアカ達を見ると顔は豹変した。

「あれ? なんだお前らいたのか?」

 怖い顔でそうわざとらしくとぼける。そしてアカを見ると、

「お前さ、『やってやるからな』とか言っていたけどいつやるんだ? こっちは待っているんだけど全然来ないよな?」

 教室にいる全員に聞こえるようなあからさまな大声でそんなことを言う。アカも他の3人も奥歯を噛んでいる。

「ま、やる気になったらいつでも来いや。と言っても、やる気になるのかわからないけどな!」

 そう大声で言ってこれもまたわざとらしく笑った。皆のいる前で、これはアカにとって大きな屈辱だろう。

「じゃあな、亜由美」

 と、カバ子は林さんに優しい顔を向けて手を振って行ってしまった。林さんは戸惑いを最後まで残して去っていくカバ子に一礼した。

 カバ子がいなくなると教室中が「いまのなんだ?」と、戸惑いに満ちた。「『やってやる』ってなんのことだ?」などとざわめいている。

 アカは憎々しそうな顔でカバ子が行った方を見ていた。

 キョーリューの2人がアカに近寄って

「おい、なんだいまの? なんのことだ?」

 とリューイチがアカに訊く。が、アカは「何でもないよ!」と叫ぶと「つまらねえ! 今日は学校サボりだ!」と怒鳴って教室を出て行った。アカ軍団の他の3人は無言で困惑した顔を見合わせている。

「なんだよ……」

 キョーイチも無い眉毛を歪めていた。

 リューイチはアイラに

「大丈夫か?」

 といつになく心配するように訊いていた。


 そして今週は見事に僕も重雄もいじめられなかった。そして昼食も食べることができた。昼食を味わえることがこんなに幸せなことだとは思わなかった。

 うかつに願い事を叶えてしまった女神はしかめっ面で

「今度から何か願われたらしっかり調べてやるからな」

 などと憎まれ口を叩きながらも、毎回図書カードを出してくれた。

「なんでそんなに毎回都合良く図書カードが貰えるんだ?」

 金曜日に渡す時、リューイチが不可解な顔でそう訊いてきた。まあそりゃそう思うだろう。重雄も同じ疑問を口にしたくらいなのだから。

「母さんの仕事のお客さんで、こういうのをよく持ってくる人がいるんだよ」

 と僕はなんとかごまかした。

 リューイチは不可解な顔を崩さなかったが、

「ま、俺は金になりゃいいけどよ……」とそこには大してこだわらなかった。

 しかしこの時、キョーイチがリューイチとは違う不可解な顔で僕を見て首を傾げていた。

 土曜日は午前だけで授業が終わる。校門から出て、重雄は

「1週間無事だった! 昼飯も食べることができた!」

と言って羽を伸ばすかのように大きく背伸びをした。

「いじめられない! こんなのいままでの俺の人生で初めてかも。いじめられないことがこんなに嬉しいとはな!」

 そう晴々とした調子で言った後、

「あ、でも友達料は取られているんだから、いじめられてないわけでもないか……」

 と僕を見て

「ありがとうな信矢」

 とあらたまって頭を下げて礼を言ってきた。「いいよ、別に」僕は苦笑いした。そもそも女神のおかげなんだし。そこで僕らは別れる。重雄は歩いて来れる距離に家があるらしい。

 僕は僕で駅に着いた。とその時、同じホームの隅に林さんがいるのを見つけた。林さんも僕に気がついて「あっ」という顔をした。そのまま無視するのもなんだか気まずい……そう考えながら僕はなんとなく林さんの方に向かって行った。

「林さんも電車で通ってたんだ」

 僕はなんとか笑顔を作ってそう言った。

「うん……」

 林さんは小さくうなずいていつものようにおとなしくうつむいている。やっぱり気まずいな……

「まあ、考えてみればそうだよね。ほとんどはバスか電車か自転車だよね。いままで会わなかった方が不思議かな」

 わけのわからないことを言っているな、と自分でも思うが他に話題を思いつかない。

「うん……」

 と林さんはやはりうつむくだけだった。まいったな……と思っていたら

「私は下りなの」

 と林さんも話題を出してきた。

「そう。俺は上りだけど」

 やはりどうでもいいような会話だな、と思っていたその時、

「ねえ、藤崎君」

 と、林さんは僕の方をまっすぐ見ながら僕の名をしっかりと呼んだ。何か意味深な顔をしている。

「え?」

 僕は思わず声が上ずってしまった。

「あのね。前から誰かにわかってほしくて言おうと言おうと思っていたんだけどなかなか機会がなくてね、私のクラスだったら岬君か藤崎君ならわかってくれるかと思っていたんだけど、それでもなかなか言えなくて……」

 思い切って何か言おうとしているようだ。林さんは少し黙った後、左手首の傷を突き出すように僕に見せた。

()()自殺未遂じゃないのよ」

 と伏し目がちにそう言った。

「え? そうなの?」

 僕が驚いて訊くと

「うん」

 と、林さんはしっかりとうなずいた。

「たまたま去年の”あの時期”に怪我をしただけなの」

 そうなのか?

「でもそんなこと、あの人達が信用してくれるわけない。わたしがあの出来事にショックを受けて、自殺未遂をしたと勝手に騒ぎ立てて、からかわれて……いまじゃもうみんな完全に私が自殺未遂をしたと思っている。藤崎君もそうでしょ?」

 確かに。僕は素直に「うん」とうなずいた。林さんは少し息を吐いて

「私が漫画を描いていることはこの間知ったよね?」 

 『この間』。格好悪かったあの時だ。

「去年のあの頃、漫画の新人賞の締め切りが迫っているのになかなか出来上がらなくて毎日徹夜状態で凄く焦って漫画描いてたの。で、真新しいトーンカッターでスクリーントーンを切っていたんだけど、かなりぼんやりしてて、左手首をざっくりやっちゃったの」

 確かに、考えてみたら自殺未遂した翌日に学校になんて来るだろうか?

「信じてくれる? 誰でもいいから自殺未遂じゃないって知ってほしくて」

 僕はうなずいた。

「信じるよ」

 少なくとも、いま僕の右上で背後霊のようにすまし顔で浮いている女神よりはいろいろな意味で信じられる。

「それ、重雄にも話してみたら? きっとあいつも信じてくれるよ」

 林さんはほっとしたようにうなずき、

「ありがとう」

 と悲しそうな顔で少しだけ笑った。

「ただ、山木先生みたいな良い先生があんなふうに貶められて辞めたことは本当にショックだったけどね」

 山木先生が辞めてクラスが嬉しそうにバカ騒ぎしている時に林さんは泣いていた。

 その時、下りの電車が来た。

「じゃあね」

 林さんは小さく手を振って電車に乗った。僕も「じゃあ」と手を振った。

 あの出来事。本当に嫌な出来事だった。そして自分が何もできないことが情けなかった。


 去年の9月の下旬ごろだった。その頃の僕はアカと席が近かった。アカとキョーリューがなにやらヒソヒソと珍しく真顔で話していたのを覚ている。何を言っているのかまではよくわからなかった。でもそれからだった。山木先生へのいじめが始まったのは。山木先生は50代の日本史の先生で、とても真面目な先生だった。もっとも、それでも皆、授業を真面目に聞いていたわけじゃないけれど、でもいままではこの先生をいじめるなんてことはなかった。しかしキョーリューの2人が先生が板書しているその後姿に向かって、消しゴムや紙くずなどを投げたりし始めたのだ。山木先生は驚いたような顔で後を振り向くとクスクスという笑いが教室全体から起こった。そんなことがたびたび起こるようになったが、山木先生が怒ることはなく

「こんなくだらないことはやめなさい」

 と険しい顔でではあるが、穏やかに注意するだけだった。

 その後もキョーリューの2人とアカ軍団やさらに他の何人かが頻繁にコソコソやっていた。なんなんだいったい? と疑問には思っていたが、ある時()()が起こった。

 リューイチが小石を先生に向かって投げ始めたのだ。最初に投げた石は外れて、先生の近くの黒板に当たった。さすがに先生は

「誰だ!」

 と大声を上げたが、みんなクスクスしているだけで何も言わない。先生はしばらくクラス全員を見渡していたが、諦めたのかやがて板書を続け始めた。

 すると、またリューイチが石を投げてそれが先生の後頭部に鈍い音を立てて当たった。

「つっ!」

 と先生は痛みの声を発して後頭部を押さえ、さらに先生が険しい顔で振り向いたところにやはりリューイチの投げた石が先生の眉間に当たって

「ぐう!」

 と先生は眉間を押さえてその場にしゃがみ込んだ。

「おい、見たか!」

 リューイチは立ち上がって先生を指差し、

「2回連続頭に当たって、しかも2回目は眉間だぜ! 凄いだろ俺のコントロール!」

 と言うと皆が笑った。僕は何がおかしいんだ? と先生を見ながら冷や冷やした。

 先生はさすがに怒りの顔でリューイチを睨みつけた。それを見たキョーイチが、

「あれ? 先生何かご不満のようですね? いや、ひょっとすると”欲求不満”かな?」

 と嫌らしくニヤつきながら言った。先生は顔を真っ赤にして立ち上がった。

「先生、欲求不満なら風俗行った方がいいですよ」

 リューイチもやはり嫌らしくニヤニヤしながら言う。さらにアカがやはり嫌味な笑顔で

「こんなおっぱいの人、いっぱいいますよ」

 と自分の巨乳を服の上から自ら(みずか)両手で持ち上げて言う。

「お前ら……」

 先生が奥歯を噛み締めている。

「先生、キョーイチや赤石の言う通りですよ。欲求不満なら風俗へ行くべきです。ヤレる女がいないからそんなにいらいらするんですよ。もう奥さんもいないんだし、気兼ねなく風俗行けるでしょ? 奥さんなんかよりいい女いっぱいいますよ」

 なんてことを言うんだ! 僕は心臓に冷や汗をかいた。山木先生は半年ほど前、ちょうど僕らが入学した頃に奥さんを病気で亡くしたばかりなのだ。先生は大きなショックを受けたらしく、しばらく学校を休んだ。いまようやく立ち直り始めた頃ではないだろうか? そんな時にそんな酷いことを言うなんて。

「なんだと!」

 山木先生がいままで見たことのない恐ろしい形相でリューイチに迫って行った。そして両手でリューイチの顔面を大振りの平手打ちで2回ぶっ叩いた。教室中に「きゃあ!」とかいう悲鳴が起こった。先生はさらにリューイチを突き飛ばすとリューイチは椅子から転げ落ちた。また悲鳴が起こり「先生止めてください!」という声も起こる。しかし先生は床に尻餅をついているリューイチを足を大きく振り上げて何度も踏んだ。悲鳴と「止めてください!」の大声が飛ぶ。エイジとコーダが山木先生に飛びついて止め、リューイチから引き離した。山木先生は

「私の妻を……侮辱しやがって!」

 と涙ながらに怒り、まだリューイチに向かおうとしている。が、エイジとコーダに両腕を抑えられて動けない。少しの間そんな状態が続いたが先生が教室の外へ向かおうとするとエイジとコーダは手を離し、先生は泣きながら教室を出ていった。

 僕はこの時、混乱すると同時に不自然さというか違和感を感じた。上手く言えないけど何か変だ。と思っていたら、リューイチがアイラのところに行って

「どうだ?」

 と訊いていた。アイラを見るとスマホを構えていた。

「ばっちり」

 ニヤリとアイラは笑みを浮かべた。

 一瞬なんだ? と思ったが、アイラがいまの出来事を動画で撮影していたのだと気がついた。さらにクラス中が「いまのでいけるのか?」「あれで本当に思い通りになるんだろうな?」などと言っている。困惑の顔を浮かべているのは僕と重雄と林さんだけだ。

 まさか、クラス中がグルになってやったことなのか? しかしなんでこんなことを? まさかSNSでいまの動画を流すのか?

 僕のその推測は半分当たっていて、半分間違っていた。

 何日か経ってローカルのテレビ局がやってきた。「なんだ?」と僕は驚いた。

 地元のマスコミもこの学校の評判は知っているはずだ。だから特に荒れた様子のない校内を見て意外そうな顔をしていた。そしてマスコミは、校長先生やリューイチやその他のクラスメイトにもいろいろインタビューしていたがクラスの皆が口裏を合わせて嘘を言っているとすぐにわかった。やはりすべてはやらせだったのだ。でもその時点ではなぜこんなことをしたのかまではわからなかった。夕方のローカルニュースで取材した内容が放送された。最初に女子アナがこう切り出した。

「数日前、視聴者から動画が添付された告発メールが届きました」

 そしてアイラが撮影した動画が流された。顔にボカシが付けられた山木先生がやはり顔にボカシが付けられたリューイチに暴力を振るう映像だった。だがそうなった()()は流されてなかった。この前後の様子はバッサリ切り落とされていたのだ。テレビで流されたのは山木先生がリューイチをぶっ叩き、悲鳴が起こり、「止めてください!」の声の中、リューイチが突き飛ばされて先生が足で何度も彼を踏み、エイジとコーダに押さえつけられるまでだ。あとで知ったのだが恣意的に編集した動画をマスコミにメールで投稿して告発したのだ。

 さらに女子アナは

「メールの内容によりますと、この先生は日常的に体罰をしているということで、今回、生徒のひとりがその様子をなんとか撮影して番組に送ってきたということです」

 などと言っていた。なんだそれ? 嘘八百だ。山木先生が体罰しているところなんて見たことがない。

「私たちは事情を訊く為にこの学校に取材に行ってきました」

 学校の映像が流れる。荒れた様子のない綺麗な校内の様子が映し出された。やつらの目的は()()だ。こういう時の為にこの学校の……いや、自分たちのイメージを悪くしない目的で校内を比較的小綺麗に保っているのだ。加熱式タバコを使ってタバコを吸うのもタバコの臭いが身体(からだ)や教室内に染み付かないようにする為だ。それがやつらの策略だ。

 校長先生が映像を見せられて、「こんなことが日常的にあったとは把握していませんでした」と青い顔で答えていたが、把握していなくて当然だ。普段起こっていないことなのだから。

 さらに生徒へのインタビューが流れる。最初は”被害を受けた生徒”というテロップが付いた、首から下だけが映ったリューイチの映像が流された。

「あの先生にはよく叩かれたりしてました。ちょっと居眠りとかしていただけで。でも今回が一番キツかったかもしれません」

 などと普段は絶対にしないようなしおらしく、礼儀正しい態度と口調でそんな嘘を並べ立てていた。いつもは着ていない制服も着ていた。

 さらにこれはキョーイチだとわかるインタビューもやはり顔から下だけが映った状態で流された。リューイチと同じく、いつもなら絶対にあり得ないようなしおらしく、礼儀正しい態度で答えていた。

 他のクラスメイト達もみんな異口同音だった。そしてやはり普段はそんなことは絶対ないだろうという礼儀正しさでインタビューに応じていた。やっぱりみんなグルだったのだ。

 この時、僕らいじめられている者は当然口止めされ、終始見張られていて本当のことは何も言えなかった。キョーリューの2人が毎朝僕らからスマホを没収するのはこの高校の”正体”を撮影させない為でもある。林さんはスマホこそ没収されないものの、アカ軍団などから常に見張られていた。

 唯一先生たちだけは「あの先生はそんな先生ではない」などと必死に山木先生を擁護していたが、体罰をしている映像をマスコミに見せられて「この先生の全てを見ていたわけではないですよね? 把握してなかっただけでは?」などと問われると歯切れが悪くなった。捏造された動画とはいえ物的な証拠があるのと、『そんな先生ではない』というあくまでも”個人の感想”とでは説得力がまったく違う。それに「そんなことをする人ではない」と言われている人が事件や問題を起こすということはよくある。先生達のその証言はむしろ学校のイメージを必死に守ろうと見苦しく言い訳しているという悪い印象しか与えないだろう。

 あの時僕が違和感を感じたのも当然だ。すべては演技だったのだから。いま考えてみれば、リューイチがあんな大振りの平手打ちを避けられないわけがないし、ちょっと押されただけでリューイチの巨体が椅子から転げ落ちるなんてこともあるわけがない。周囲のあの悲鳴や声もわざとらしかったし、エイジとコーダが先生を止めに入るのも手際が良すぎたし、逆に山木先生が教室を出て行こうとした時は抑えていた手をあっさりと離していた。全ては計画的に仕組まれていたことだったのだ。もっとも、これは僕がこのクラスの普段の雰囲気を知っているからこそ感じることができた違和感だと思う。何も知らない人がこの動画を見たら額面通り捉えてしまうだろう。

 結局、学校側は謝罪に追い込まれた。学校はその翌日からしばらく休校となった。

 この動画は丁度その休校になった日にワイドショーなどで全国放送で流された。見識の浅いタレントMCや同じく無知蒙昧なタレント気取りのキャスターや、バカなタレントゲスト達が好き勝手に批判した。しかしいくらそう見えるとはいえもう少し洞察力がある人間がいないのかテレビ界には? 教育の専門家でさえ「何があったかはわかりませんがこれは駄目ですよ」などと声高に批判していた。何があったかわからないのにどうして『これは駄目だ』なんてことが言えるんだ……本当に専門家なのか?

 変な言い方だが最初にSNSに流したりせずにマスコミに直接告発したのは賢いやり方だったと思う。ネットなら好き勝手に騒がれるだけだ。そのうちマスコミも取り上げたかもしれないが、もしネット経由で取り上げたトピックだとしたら、ネット上の様々な書き込みなども同時に紹介していただろう。そうなったらあの捏造動画を額面通り捉えることは、少なくともマスコミが直接取り上げるよりはなかったかもしれない。実際マスコミに流された後でSNSなどネット上でこの動画が拡散され、学校に対する多くのバッシングが書き込まれていたが、やはり中には賢明なネット民も多くいて「この学校の生徒達の評判は悪いぞ」「この場面だけを見ただけじゃわからないだろ」「この学校出身だけど、この先生が誰だかわかる。こんなことはしない人だ」という類の書き込みも多数あったのだ。が、それらはすべてマスコミで報道された後でのことだ。マスコミの方はというと、たった1日でこの話題を終わらせて、もう報道することは全くなかった。あれだけ好き勝手騒いだのにその後の検証はまったくしなかったのだ。無責任とはこのことか。やはり順番として最初にネット上で動画を公開しなかったのはあざといやり方だった。

 山木先生は頭に馬鹿が付くほどの真面目な人なので学校側の調査に対して一切言い訳しなかったということだ。「とにかく生徒に暴力を振るったのは本当です。私の責任です」そんなことの繰り返しだったという。もはやこの真面目さは長所ではなく欠点だ。そして山木先生は引責辞任した。ここまで計算して山木先生という人をターゲットにしたのだろう。リューイチは警察に被害届を出すなんてことはもちろんしなかった。

 学校はしばらく大変な状況だったが学校が再開した日の放課後、全員が教室に残り、僕らいじめられっ子以外に缶ビールが渡された。

「こんなに思い通りになるとは思わなかったわ!」

 とアカは机に上ってはしゃいだ。

「これでこの学校の主導権はしばらくは俺たち生徒側にある。先公達はしばらく俺たちに強く出られないだろう!」

 リューイチもやはり机に上ってそう言ってはしゃいだ。

「みんな覚えておけ。世の中弱い者ほど強いんだ! 強い者が正しいことをしていても、正しくない弱い者を信じるんだ! 情緒的になって哀れみの目で見てくれるんだ! これからもそれを利用してやろうぜ!」

 キョーイチがそう言うと教室内でビールかけが始まった。僕は呆然としていたが、林さんは泣いていた。

 生徒側に主導権があるというのは本当だろう。この間、先生がアカのスマホを取ろうとして撮影されていることに気が付き、慌ててやめたことなどを見てもそうだ。その他にもとにかく学校内では先生たちが縮こまって、生徒側が大手を振っている状態だ。すべてはこれが目的だったのだ。そして、いまでも隙があれば主導権を確かなものにしようといろいろと企てている。もっとも、そう簡単に上手くいくものでもないみたいだが。

 アカの近くの席だった僕は後日、アカ軍団のこんな会話を聞いた。

「でも私の親はちょっと怪しんでいるんだよね。今回の件こと」

 アイラがそう心配するように言っていた。

「あ、私の親も」

 とシオリ。

「私の親もだよ。この学校の状況や、生徒がどういう連中か知ってるしね」

 モモミも同じようだ。アイラがアカに

「あんたのところの婆ちゃんはどうなの?」

 と訊くと、アカは

「はあ? うちのババア?」

 といつものいやらしい笑みを浮かべた。

「あのババアはちゃんと《《躾けて》》いるよ」

「躾けている?」

 アイラが首を傾げる。

「うん。何でもあのババア、ガキの頃に親に毎日のように虐待されていたみたいでね。名前がシズコっていうんだけど私が、『おい、こらシズガキ!』って怒鳴ると酷く怯えるの。当時のトラウマが酷いみたいなの」

「へえー。児童虐待ってそんな昔からあるんだね」

 シオリが興味深げに目を丸くしていた。アカはニヤつきながら続ける。

「そりゃそうよ。日本で初めて児童虐待防止法が制定されたのが昭和8年なんだから」

「え? 昭和8年? そんなに昔? てことはそんな昔から児童虐待が問題になってたってこと?」

 3人は驚く。

「そうよ。でも実効性がなくてあまり役に立たなかったみたい。昭和22年には児童福祉法ができて廃止されちゃったしね」

 詳しいんだね、とアイラが本当に感心したように言うとアカは得意になったような笑みを浮かべて続けた。

「調べたことがあるんだけど、昔の方が多かったんだよ子供への日常的な虐待って。でもいまみたいに虐待という考え方がほとんどなかったのよ。体罰なんか当たり前の時代だったし子供を殴って何が悪い? って時代だったみたいだからね。昔は親に殺される子供はいまよりずっと多かった。昭和30年代は毎年平均百150人が赤ん坊を殺して捕まってる。これ、いまの約7倍だよ。親殺しなんていまの約20倍あった。20歳未満の殺人事件が一番多かったのは昭和36年で毎日1人以上が20歳未満に殺されていたのよ。単純な件数じゃなくて()()でも昭和20、30年代の20歳未満による殺人事件はいまの3、4倍近く起きていたの。ていうか、そもそも殺人自体がいまよりはるかに多かったから珍しくもなくて、よほどの事件じゃないとさほど大きく報道されなかったのよ」

 アカはなぜか自慢するように語っている。

「たとえば昭和29年に14歳が7歳にあだ名を言われただけで追いかけて絞殺して遺体に土をかぶせてそのままご帰宅。でも全国紙でこの事件を扱ったのは2紙だけで社会面の片隅にごく小さく載ってるだけ。そのわずか9日後には17歳が強盗目的で友人宅に侵入して2人をバットで撲殺して1人に重症を負わせる事件があって、数日後に自首したんだけどこのことを載せた全国紙はなんとたったのひとつだけ。しかもさらに小さく新聞の片隅に載ってるだけ。探すのに虫眼鏡が必要なくらい小さな記事なの」

「マジで? いまならトップ扱いになるような事件じゃない!」

 アイラ達から半分驚き、半分楽しむような悲鳴が起こった。それがアカの”語り”を勢い付けた。

「昭和30年には17歳が幼女を誘拐、レイプしてから殺して口と鼻に砂利を詰めて埋めるなんて事件もあるし、昭和32年には5歳と6歳のガキが赤ん坊を荒縄で縛って引きずった挙句、溝に落として殺した事件もあるし、同じ年に8歳が同級生にビニール袋を被せて首を絞めて窒息死させた事件もあるし」

 3人ともまた楽しむような悲鳴を上げる。

「子供が起こす残虐非道な殺人事件が珍しくもなかったのね」

 とアイラが興味津々な顔になる。アカはさらに勢い付いた。

「そういうこと。戦前も凄いわよ。昭和14年には15歳が幼女2人を殺してから死体をレイプ! 昭和8年には11歳がお金を盗んでそれを捕まえようと追いかけてきた3人の子供を殺しているし、昭和2年には小学校で10歳の女の子が授業中に同級生を殺害している。それに子供の親殺しも多かった。”いじめ殺人”も多くて、有名なのは昭和4年に当時の小学6年生がいじめで女の子を殺してる。親は我が子がいじめられているのを知っていながら対策は取らなくて、学校なんか事実を隠蔽しようとした。昭和6年には9歳がやっぱりいじめで殺人。昭和9年には小学3年生3人が同級生を木に縛ってなんと火あぶりで殺人未遂! 他にも調べたらまだまだいくらでもあるよ、そういう昔の猟奇的な少年犯罪。さらにはね、昔は警察や検察の捜査なんかもいまよりはるかにいい加減だったのよ。だから冤罪も多かった。そんないい加減な警察だから逆に殺人事件なのに殺人として処理しなかったことも多かったみたいなの。そもそも警察にバレなかった犯罪、『暗数』って言うんだけど、この暗数もいまよりずっと多かっただろうって言われてる」

 どこで調べたのか知らないが、そんな下らない知識を自慢気に披露する。いや、自慢気じゃなくて、しっかりと自慢している。きっと自分だけが知っている知識だからと悦に入って語っているのだ。

「いまよりずっと酷い時代だったんだ……」

「おっさんたちがよく『昔は良かった』なんて言うけどあんなの大嘘なんだね……」

 アイラ達は楽しみながら引いている。

「そうかな?『昔は良かった』というのは間違ってないと思うわよ。犯罪がバレなくて、人殺しさえ珍しくもなくて大して報道されないなんて羨ましいわ。ね? 昔の方が良い時代でしょ?」

 アカがそう言うと4人とも大笑いした。


 そりゃこんな連中なら9割が地獄行きになるわけだ。僕がそう思っていたところで上りの電車がきた。

 家でアニメを観ていたが女神に「また観ながら観ていない」と退屈そうな声で言われた。その通りだ。山木先生をなんとか助けられないかと考えているのだが『他人を救うこと、助けることはできない』という制限があるせいで僕の頭ではどうにも良いアイデアが浮かばない。僕は女神に何気なく、

「アカも地獄行きなんだろ?」

 と”女権力者”の死後について訊いた。

「酌量の余地があるみたいだけど地獄行きだね」

 女神はそう答える。

「だからなんだよその酌量の余地ってのは」

 僕は顔をしかめた。

「だからそれは教えられないっての」

 女神もしかめっ面で答える。

 僕はしかめた顔のままで腕組みした。ない頭で山木先生を助ける方法を必死に考えるが……ダメだ。ないものはないのだ。

 では林さんを救えないだろうか? いじめの標的となってしまっているあの左手の傷、本当に自殺未遂じゃないのだろうか……? 林さんには悪いけど、正直疑ってしまう。 

 その時、ふとないはずの頭に何か浮かんだ。それを必死に具体化してみる。()()はどうだろうか?

「なあ? 宗教には”自己犠牲”という考え方がある宗教もあるよな?」

 女神が現れてからいろいろな宗教のことを調べてみた。それで信仰心が芽生えたというわけではないけれど、宗教によってはこの自己犠牲という教えや考えがあることを知った。自分を身代わりにして他人を助ける、簡単に言うとそういうことだ。

「まあ、あるみたいだね」

「自己犠牲で人を助ける、ということはできるのか? 実際、この前『自己犠牲は加点になる』と言ってたよな?」

「そこに気がついたか」

 女神はそう言って、「できるよ」とうなずいた。

「ただし、犠牲になる人がそれだけの犠牲を払う覚悟があるのかが問題だよ」

 犠牲を払う……ドキリとする言葉だ。

「僕たち神が考える自己犠牲ってのは人間の考え方よりシビアで単純明快だ。自分が身代わりになって他人を助ける。そういうことだ。身代わりというものがなければ、ただただ人を助ける、ということと変わらないからね。それじゃあ制限に引っかかる。死にそうな人を助けたいならその人の身代わりになって自分が死ぬ。一生動けないほどの重症を負った人を助けたいなら自分が身代わりになって一生動けないほどの重症を負う。そういう犠牲を払うからこそ特例として人を助けることが認められる。それが自己犠牲だ」

 女神は淡々と説明する。僕に山木先生を救えるか? 貶められて先生をという職を失った。自己犠牲をしたら自分もそうなるのか。いや、待てよ。でも自分に失うものがあるのか? 地位も名誉もない。僕には何もない。僕はそれを女神に訊いてみた。女神は笑った。

「そうだね。君には高校の日本史の先生というほどの地位や名誉や資格や頭脳はない。だから無理だね。例えば大金を失った人を助けたいのなら自分がその人と同じだけのお金を持ってないと身代わりの()()()にはなれない。さっきも説明したけど僕ら神が考える自己犠牲はそういうこと」

 だめか、と鼻でため息をついた。

 それでもしばらく考えた。夕食を食べながらアニメを観ながら考えた。よく”ながら”はダメだ、集中できないと言われるが、僕の場合は多分違うと思う。何かをしながらの方が頭が働くのだ。やっぱりだ。あることを思いついた。

「単純に、人の傷を負う、ということはできるか?」

 山木先生を救う方法ではないが、林さんを少しは救うことができるかもしれない。

「林さんの左手首の傷を俺が身代わりに負う。これなら俺の能力等とは関係ないことだろ」

 あの傷がいじめの原因のひとつになっているのだ。傷がなくなればいまよりはマシになるかもしれない。林さんがいじめられるている身代わりに自分がいじめられるというのがいちばん確実なのだが、そんな勇気があるわけがない。せっかくいじめがなくなったのに、またいじめられるなんてさすがに耐えられない。僕にできることはせいぜいこれくらいだ。

「確かにそれならできるよ」

 そうかと思ったが同時にある懸念を抱いた。

「もし林さんのあの傷が事故じゃなくて、自殺未遂の傷だったら?」

 自殺は罪になるんだ。もし自殺未遂だったとしたらおそらく……

「そこに気がついたか。その場合は自己犠牲はできない」

 やっぱり。

「『いままで犯してきた罪を許すことはできない』に引っかかる。自分で自分の体を正当な理由なく傷つける、いわゆる自傷行為は罪なんだ。その最たるものが自殺なわけでね」

 なるほど。でもそれなら林さんの言っていることが本当かどうかも確認できるわけだな。

 そこでまたふと思った。

「『大きな病気や、怪我を治すことはできない』という制限があるけど、それはどれくらいの(やまい)や怪我なんだ? 『大きな』と言われても具体的にはどれくらいの大きさだ?」

 女神は少し考えてから

「ま、致命傷じゃなきゃ治せるかな」

 といつもの軽い調子で言った。なんだよ。だったら石をぶつけられたり、蹴られたりしたダメージを回復してもらえばよかった。それくらいのダメージなら簡単に治っただろうに。

「あ、でも自己犠牲で負った傷を治すことはできないよ。それじゃあ自己犠牲の意味がない。そうだろ?」

「確かにそうだな……」

 女神に()()()で言われてしまった。自己犠牲で代わりに負った林さんの傷を治してもらおうかと考えたのだが、そんなに甘くないよな。

 だったら本当に覚悟を決めないと。時計を見た。まだ21時だ。覚悟を決めるためにしばらくアニメを観て現実逃避しよう。普通こういう時は現実を直視して覚悟を決めるものなのかもしれないが、僕には僕のやり方がある。

 23時を過ぎた。頭を現実に戻す。本当に林さんの傷が事故であったのならあの傷なら相当血が出る。ネットで手や腕が傷ついて出血した時の応急処置方法を検索した。傷口を水で洗い流して消毒してガーゼや清潔なタオルなどで強く押さえつけて止血する。が、出血が激しい時は洗浄や消毒したりする前にすぐに止血する。おそらくすぐに止血する必要があるだろう。腕の根元などを圧迫する止血法もあるがこれは難しいやり方のようだ。傷口は心臓より高くする。他にもいろいろあるが、なんにせよこれは病院に行く必要があるな。救急病院まで傷口を押さえながら何分くらいで行けるかな? 救急車を呼んだ方がいいか? どうして傷を負ったのかの説明も必要だ。医者に対してはもちろん、母に対しても。どう言い訳したらいいだろう? 医療費は後払いにしてもらって……いろいろと大変だなこれは、などとどこか他人事だった。現実感がないのだ。

 ガーゼは薬箱の中にあった。清潔なタオルも何枚か用意する。出血量を考えたら裸になって浴室の中でやった方がいいなと思って全裸になって浴室に入った。排水溝に左手首を近づける。ようやく現実感が出てきた。怖い……

 大きく深呼吸を2回すると、下腹に力を込めて覚悟を決めた。

「よし、じゃあ今日の願いだ。林さんの左手首の傷を自己犠牲として負います」

 少し震える声でそう言って左手首に力を込めた。左腕が小刻みに震えて心臓が高鳴る。

「その願いを叶えましょう」

 女神がそう言った直後、僕の左手首に突然()()が現れた。あれ? と思った。”傷”が出ない。痛みも無い。傷痕の違和感を少し感じる程度だ。

「おい、なんだよこれ」

 僕が困惑しながらそう訊くと女神は笑い始めた。

「だから、林さんの()()()()だよ」

「……はあ?」

「林さんのいまの傷の状態は()()だ。あるのはその傷痕だけ。君は傷痕を代わりに負ったのさ」

「なんだよ……」

 僕は全身の力が抜けて全裸のままその場にへたり込んだ。でも確かに考えてみればそうなるよな。

「君が青い顔をしているのが面白かったよ」

 笑ってやがる。

「本当に嫌な神だな」

 僕は睨んでやった。でもとにかくこれで林さんの左手首の傷痕は無くなったはずだ。僕は傷痕を負ったけど。そして、あれは自殺未遂ではなく、本当に事故だったということも確認できた。

 しかし、本当にこの女神は……それならそうと言ってくれればいいのに。

 いやいや、いまさらだ。こいつは必要以上のことはしないんだよな。服を着ながらそう思った。

 ん? そう言えば。

「お前、『そこに気がついたか』と言うことがけっこうあるよな」

 一番最初の願いの時もそうだったし、先ほども言った。

「うん。そうだね」

「それって本来ならできることを隠しているんじゃないのか?」

「いや、別に隠しているわけじゃあない。できることの説明が不足しているだけ」

「それを隠していると言うんだろ」

 僕はそう強く言って顔をしかめた。

「あのね、まずできないこと、制限されていることはしっかり言ってるわけ。そして最初に『しっかり考えろ』と僕はちゃんと言っているはずだ。その後も何度もそう言った。そして実際、君が考えてこれができると気がついたことはある。つまり、『これができると気がつくことができるような状況』をちゃんと与えているんだよ。隠しているとは言えないね」

「めちゃくちゃな理屈だぞ。詐欺師か政治家みたいな屁理屈だ」

「でも気がつかれたら僕は『気がついたか』と正直に言ってるだろ。隠してなんかいない。つまり、そちらの考え方次第なわけ」

 納得できない。

「神様が説明不足ってのはどうなんだよ?」

「保険の営業とかじゃないんだから説明不足でも悪くはない」

 保険の営業だとかそういうことは知っているのか。いまの時代のことはある程度調べて来たとか言っていたな。

「お前、自分にとって都合の良い言い訳になりそうなことはしっかり調べて来たんじゃないのか?」

「まあね」

 いつものしれっとした顔で女神は言う。

 本当に神かこいつ……正直に認めているところだけはまだマシだけど。

 いや、でも、逆に考えてみたら

「お前も屁理屈を言っているように俺の方も屁理屈であったとしても制限に触れないなら叶えられる願い事がある、ということか?」

「そうそう。そういうこと」

 いちいち上から目線の言い方が癇にさわる。実際、僕より高いところから僕を見下ろしているし。

「なぜしっかり説明してくれないんだよ?」

「制限には触れないけど、”それに気がつかれたら面倒な願い事”もあるんだ。だから頭の良い人の前に現れるのはなるべく避けているんだけどね」

「面倒って……怠慢じゃないか」

「面倒でも願われたらちゃんと叶えるんだよ。怠慢じゃないね」

「わかったわかった」

 こいつはこういうやつだ。もう言い争うだけ無駄だ。これ以上言い合ってまた鬱陶しく飛び回られたら面倒だ。

 しかし、理屈次第、考え方次第では思ったよりもこの女神は使えるということがわかった。もっと僕の頭が良かったらすぐにでも何か有益な願い事を考えつくかもしれないのにな……

「それとね。『叶えられるけどそれをやるのは神のプライドとしてちょっと屈辱』ということもあるからなるべく避けたいわけ。そんな理由もある」

 本当にちっさいなこいつ。


「おい、その左手の傷痕はなんだ?」

 キョーイチが不可解な顔をして僕に訊いてきた。しまった。気がつかれた。なるべく見えないようにキョーイチには手の甲の方を向けていたのに。いつものトンネルで図書カードを渡していた。カードは右手で渡したが、傷跡のある左手は鞄を持っているので完全に隠すということができなかった。鞄を置いてから二人に近づくべきだった。

 リューイチも、そして重雄でさえその傷痕を不可解な顔で見ていた。

「前からあったよこの傷痕は」

 僕は苦しい嘘をついた。

「嘘言うな」

 キョーイチは僕の左腕を取って自分の顔に近づけた。

「この傷痕……なんか亜由美の傷痕に似てないか?」

 くそっ。そこまで気がつかれたか。

「あいつの傷痕を何度か間近で見たことあるけど、ちょうどこんな感じだったぞ」

 キョーイチには霊感があるんだったな。その力が働いているのかも。

(おい、キョーイチの霊感ってどれくらいのものなんだ?)

 女神に訊いた。

「大したものじゃないね。ただ、いままで霊とか神とかそういうものに出会ったことがないんだろう。霊とか神とか滅多にいるものじゃないしね。僕が初めてなんだろう。だからいままで感じたことのない初めての違和感に戸惑っているのかな」

 女神はさらりとそう答えた。

「どうでもいいよ。こいつの傷がどうだろうが。さっさと行くぞ」

 と、リューイチが助け舟を出してくれた。キョーイチは最後まで不可解な顔で僕を睨んでいたが、リューイチにそう促されると学校へと向かった。クラスはいつも通りの大騒ぎだったが、僕らはいじめられなかった。

 林さんはどうなんだろう? ちゃんとあの傷痕はなくなったのか? ここからでは確認できない。そう思っているとアカ軍団がまた林さんに近づいてきた。林さんが読んでいた本をアカが取り上げて

「こんなのいつまで読んでいるんだよ」

 と投げ捨てた。そして、アイラが林さんの左手を持ち上げた。あれが始まる。

「あれえ? 亜由美さあん。この手首の傷は……あれ?」

 と、アイラの動きがそこで止まった。ない。傷痕がなくなっている。良かった。ちゃんと消えたんだ。

「あれ? なんで?」

 アイラは右手首を確認したがそちらに傷があるわけない。

「え? ついこの間までここに傷痕があったのに……」

 アイラは困惑したように林さんの両手を交互に見た。その表情は実に間抜けだった。

「おい、亜由美。お前、この休みの間に何をやった?」

 アカが凄みのある声で言って睨みつけた。

「何もしてないわ」

 林さんはしっかりした声で答える。

「嘘言うな。あの傷痕を隠せるような、何かを――」

「何もしてない!」

 林さんは毅然と立ち上がると、大声でそう言った。

「何もしてないわよ! 私にもわけがわからない! 私が知りたいくらいよ! というか、もういい加減にして!」

 あの林さんがアカたちに向かって怒鳴っている。こんな林さんを見たのは初めてだ。これには教室中が驚いた。もちろん僕と重雄もだ。アカたちでさえ驚いている。

 しかしアカはすぐに凄みのある顔に戻り、

「カバ子か?」

 と細目で林さんを睨みながら言った。

「え?」

「カバ子がバックについてるからそんなに強気になっているのか?」

 林さんは顔を大きく歪めて、

「違う! あの人は関係ない!」

 とまた怒鳴った。

 しかし、アカは抑揚のない顔で林さんをしばらく睨んで

「わかった……」

 と、何か含みのある様子で林さんの前から消えた。

 しまったな。これは逆効果になってしまったか? アカのあの顔は何か企んでいる感じだった。余計なことをしてしまったかもしれない。確かに善行というのは思ったより難しいことのようだ。

 そしてこの時キョーイチが、僕のことを眉間に皺を寄せて見ていることに気がついた。僕はそれに気づかないふりをしてその場をやり過ごした。

 昼食になって学食で僕も重雄もラーメンを食べていたが、重雄は

「凄かったな林さん。俺もあんなふうに抵抗できたらな……」

 と、林さんの毅然とした態度に感心しきっていた。僕もそれは凄いと思うのだが、アカのあの様子は嫌な予感しかしない。そして、残念ながらその予感は当たってしまった。

「小さい女神に何を願うか1-2」に続きます。

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