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死にいく掲示板  作者: とらすけ


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受け継がれる意志 前編


受け継がれる意志 前編



 清水明日香はお気に入りの赤い軽自動車を軽快に走らせていた。12月に入り、カーラジオからも今年のヒット曲特集と銘打って軽快な音楽が流れてきている。


「はーい、次の曲は某アニメのオープニング曲「Bling-Bang-Bang-Born」でーす とっても楽しい曲ですよね お聴きの皆さんもノっていきましょう 」


 そして、DJの女性の曲紹介の後、ノリのいい曲が流れ出す。明日香も思わず口ずさんでいた。

 ご機嫌で車を運転する明日香の目に緑地に赤文字のファミリーレストランの看板が見えてきた。明日香はウインカーを点灯させ、ファミリーレストランの駐車場に車を入れる。そして、助手席に置いていたバックを持つと外に出た。店内に入り辺りを見渡すと窓際のテーブル席に、待ち合わせの友人の姿があった。明日香は友人に手を振りテーブル席に向かい歩いて行った。


「ごめんなさい 待った? 」


「ううん、大丈夫 私が早く来すぎただけだから 」


 明日香の前に座っているのは高校時代の友人”草壁みどり”である。卒業してからもメールのやり取りはしていたが、こうして会うのはもう3年ぶりくらいになる。


「明日香は相変わらず元気そうで安心したよ 」


「私は優良なみどりの会社と違って、ブラックみたいな小さな会社勤めだからね 元気がないとやってけないのよ あ、ごめん 別にみどりが楽してるって言ってる訳じゃないから 」


「えっ、平気平気 そんな風に思わないから でも、元気な明日香が羨ましいな 」


「どうしたの、みどり 何か、あったの? 」


 明日香がみどりに尋ねた時、ちょうど店員さんがお水とメニューを持ってきた。それで、二人の会話は先に食べる物を選ぶ事に集中した。


「私、ナポリタンとドリンクバーにするわ 」


「私はマルゲリータピザにしようかな あっドリンクバーもつけてね 」


「サラダはどうするの? 」


「昔みたいに海鮮サラダ一つでいいんじゃない シェアしようよ 」


 ワイワイと楽しそうにメニューを決め、それから運ばれてきた料理を食べ、ドリンクバーのおかわりを取りに行ってから、ようやく明日香はみどりに話が途中だった話題に触れていった。


「何かあったなら話してよ 力になるからさ、みどり 彼氏、出来たの みどりはがさつな私と違って大人しくて可愛いから、男の人にもてるもんね 」


 みどりが話しやすいように軽い口調で言う明日香であったが、みどりはなかなか踏ん切りがつかないようで口を開かなかった。明日香は、アイスコーヒーを飲みながら無理にみどりを急かさないで、みどりが口を開くのを待っていた。



 * * *



 草壁みどりは自分のデスクで書類の入力作業をしていた。入力すべき書類が山のようにあり、一日ではとても終わりそうにないが、デジタル化を推進するため出来るだけ早く入力する必要があり、みどりにはその責任が求められていた。


・・・今日もまたサービス残業かな ・・・


 毎日の残業にため息が出そうになるが、気持ちを切り替えてみどりは入力作業に没頭していく。そして、仕事が調子よく進んできた時に課長の飯嶋がやって来た。


「草壁くん、悪いが会議室にコーヒー持っていってくれないか 今、部長が大事な取引先と打ち合わせをしているんだ 4人分、頼むよ 」


「はい、分かりました 」


 みどりは、入力作業を打ち切り席を立つと給湯室に向かった。給湯室にあるコーヒーメーカーは丁度4人分のコーヒーが抽出できる。みどりは、棚からブレンドのコーヒー豆を出し、コーヒーメーカーにセットしてコーヒーを淹れた。そして、コーヒーカップに注ぎ、トレイに載せると会議室に運んでいき、ドアをノックした。


「失礼致します 」


 みどりは一礼し、コーヒーを置いてまわると、また一礼して退室した。そして、トレイを戻して自分のデスクに戻ると、またパソコンに向かい入力作業に専念し始めた。


 しばらくしてみどりはまた飯嶋に声をかけられた。部長が呼んでいるという。部長に呼ばれる事など滅多にないみどりは、なんだろうと思いながら課長の後ろについて部長室に入っていった。


「君は今日の相手が大事な取引先だと聞いていなかったのかね 」


「あっ、いえ 伺っていました 」


 みどりを睨み付けるように言う部長の宮崎に、みどりは萎縮し小さな声で答えていた。


「声が小さいよ もっと、はっきり大きな声で答えなさい 」


 宮崎に叱責されたみどりは、さらに萎縮してしまっていた。


「いいか、その大事な相手になんだあのコーヒーは 社員が休憩の時に飲むコーヒーだろう、あれは 一口飲んですぐ分かる 私は恥ずかしかったよ 幸い相手の方々が何も言わなかったが、心の中では使えない社員だと思っていた筈だ いいか、君は我が社を辱しめたんだぞ 」


 宮崎からの激しい叱責でみどりは震えていた。


「あっ、いえ、部長 私がきちんと指示しなかったもので申し訳ありません 私の責任であります 」


 震えてしまって声も出せないみどりを庇うように飯嶋が言ってくれるが、宮崎の怒りは治まらなかった。


「もちろん、君にも責任はとってもらうよ飯嶋くん そちらの女子社員と合わせて、おって連絡する それまでは通常に業務していなさい 」


 部長室を退室したみどりは飯嶋に頭を下げていた。


「課長、すいません 私のせいで課長にまで迷惑をかけてしまって 」


「いや、部長に言った通り私がきちんと指示出さなかった事が悪いんだ だから、草壁くんは悪くないよ 謝るのは私の方だよ 」


 飯嶋は、まだ震えているみどりを気遣うがみどりはどんな処分がくだされるのか気が気でなかった。


「給与カットとかされてしまいますかね 」


「うーん、前例からいくと何日かの自宅謹慎じゃないかな いずれにしても査定に響くから次のボーナスは覚悟しといた方がいいかも知れないね 」


 飯嶋と別れデスクに戻ったみどりに同僚の五十嵐裕子が心配そうに話しかけてきた。


「部長、なんだったの 」


「うん、お客様にだしたコーヒーの事で怒られちゃった 」


「コーヒーで…… 」


「あんなコーヒーだすなって あれ、美味しいのにね 」


「ホント、失礼なのは部長でしょう 偉そうに言ってコーヒーの味が分かるなら、あのブレンドだって美味しいと思う筈なのに けっきょく、バカ舌なんだよ 高い豆だけが良いと思っているんだ あんまり気にしない方がいいよ 」


「うん、ありがとう 五十嵐さん 」


 裕子に励まされみどりは少し気分が軽くなっていた。


・・・さあ、入力頑張らないと ・・・


 みどりはパソコンに向かい、キーボードを叩き始めた。



 * * *



 みどりが出社すると、裕子が駆け寄って来て、早く社内共有の掲示板を見てと恐ろしい形相で言う。みどりも裕子の剣幕に、何事かと急いでパソコンを起動させ、IDとパスワードを入力し掲示板を開く。そこには人事移動の通告が記されていた。


― カスタマー部門、草壁みどりを本日付で、宮崎明夫統括部長室付けとする ―


「えっ…… 」


 みどりは、その後の言葉が出てこなかった。さらに掲示板をよく見ると、飯嶋も移動になっていた。郊外の自社倉庫の在庫管理にまわされていた。もちろん在庫管理は大切な仕事であるが、空調の効いた事務所と違い、広い倉庫は肌寒くすきま風も入ってくる。入出庫の力仕事もある。高齢の飯嶋にはきつい仕事といえた。


・・・そんな、私だけじゃなく課長まで ・・・


 みどりは、自分を庇ってくれた飯嶋の顔を思い出し涙ぐんでいた。



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