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死にいく掲示板  作者: とらすけ


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最終話 正義の心


最終話 正義の心



「実は宮部さん 私はある疑いをあなたに持っているのですよ 」


「疑い? 僕が何を疑われているのですか? 」


 美幸は一呼吸おいて話し出す。立っている男は直ぐにでも宮部に飛びかかれるよう身構えた。


「拉致監禁 あるいは殺人 」


「僕が監禁や殺人ですってぇ あり得ないですよ どうして僕が? 」


「私と会った電車の出来事を憶えていますか あの時の親子連れです 」


「もちろん憶えていますよ あの迷惑な親子、忘れられません 」


「あなたは電車を降りる時、私にあの親子を消去すると言った それから、しばらくしてあの親子の姿はぱったりと見かけなくなりました おかしいと思いませんか 」


「おかしいも何も、言った通り僕が消去したからですよ 」


「罪を認めるんですね 」


 美幸が立ち上がり、男が宮部の身体を押さえ付ける。


「罪? 罪って何ですか? 僕はあの親子に何もしていませんよ 」


 宮部は男に身体を押さえ付けられ、しかめっ面をしながら言う。


「今、消去したと御自分で言ったじゃないですか 」


「ええ、言いましたが僕はあの親子に何もしていません 調べてもらって結構ですよ 」


 宮部の態度からは、本当にあの親子には何もしていないという気配が感じられる。美幸と男は目を合わせ、男は宮部から手を離した。


「消去したとはどういう事なのか、説明して下さい 」


「もちろん、構いませんが 口で話しても信じてもらえないでしょう そうですね、早朝4時20分に家に来て貰えますか 九条さんのことだから僕の住所は既に調べてあるのでしょう 遅れないようにお願いしますよ それで全てが解ります 」


 宮部は意味あり気にニヤリと笑った。



 * * *



 美幸は約束通り指定された時間に宮部の部屋を訪れた。宮部はPCの前に座り、画面から目を離さずに早くこちらへと美幸を促した。4時21分9秒。宮部は打ち込んでいたURLへアクセスし画面を表示させる。美幸も画面を覗き込んでいるが、そこに表示されているのは普通の掲示板のように見えた。


「九条さんは心配事や悩み事がありますか? 」


 唐突に宮部に問われ美幸はいつも小言を言ってくる上司を思い浮かべていた。


「それでは、その上司を消去しますか 」


「ちょ、ちょっと待って下さい それは、あの親子のようにいなくなるという事ですか 」


「ええ、そういう事です 」


「駄目ですよ そんな事、許せません 」


「しかし、百聞は一見に如かずですよ この掲示板の力が分かれば九条さんも納得する筈です 」


 しかし、美幸はそんな事を信じていなかった。こうしておいて後で宮部か、その仲間が動くのだろうと予想していた。今、この宮部の住んでいるアパートの周囲にも美幸の仲間が潜んで宮部を監視している。美幸は学生時代の友人がストーカーに悩まされている事を思い出し、それを宮部に話した。


「なるほど、これは害毒ですね 分かりました 」


 宮部はカチャカチャとキーボードを叩き、掲示板に入力していく。


「さあ、これでOKです 九条さんの友人を悩ませるストーカーは消去されました 」


 美幸は、おそらくこれから何らかの動きがあるに違いないと確信し、友人の周囲にも人を配置し万全の体制を整えた。



 * * *



 それから数日後、美幸の友人を悩ませていたストーカーは忽然と消えた。宮部は毎日普通に出勤し、帰宅していた。その素行に怪しい点は見当たらなかった。美幸の友人の周囲を監視していた者からも怪しい人物などは現れず、ストーカーはいつの間にか姿を現さなくなっていたという報告を受けた。


・・・どういう事 確かに彼は何もしていない でも、一人の人間が確実に消えた もし、このストーカーが殺されたのなら私の責任だ ・・・


 美幸は、じっとしていられず再び宮部の部屋を訪れた。宮部は美幸がやって来た事で、あのストーカーが消去されたのだと直感で感じていた。


「どうやら無事、消去されたようですね 」


「冗談じゃないですよ 人、一人が消えたのですよ あなたは平気なんですか 」


「世の中の害毒ですからね どんどん消えていけば世の中がもっと良くなりますよ 九条さんも警察官なら、そう思うでしょう 」


「全然違いますよ 私は罪を犯したなら、それを償って反省してやり直して欲しい 消えて欲しいなんて思いません 」


 宮部は大袈裟に両手を広げると、静かに話し始めた。


「九条さんの言うことも解りますよ でも、きちんと反省してやり直せる人間がどれ程いるのでしょうか あの電車の親子のように自分の事しか考えない人間もいるのです 他にも煽り運転や周囲の迷惑も考えず騒音を撒き散らす人間もいます そういう人間は何を言っても聞きません 自分が悪いと思っていないですから 逆に自分に何か言ってきた人間に攻撃する始末です こんな害毒はいなくなった方が多くの方が幸せになれると思いませんか ガン細胞と同じですよ こういった害毒は、ほおっておくと、どんどん増殖します SNS 等を使って自分の仲間を増やしていくのです 気が付いたら普通の人がマイノリティになり社会は崩壊しますよ だから僕が消去しているのです 」


「いいでしょう、あなたの主張は主張として認めます しかし、あなたのした事は犯罪ですよ 私もその犯罪に加担してしまったので、あなたを逮捕した後、私も拘束してもらいます 」


「犯罪? 僕が何をしたっていうのですか 九条さんも見ていた通り掲示板に書き込んだだけですよ 」


「確かにそうですね でも、あなたはその結果どうなるか確信していた 立派な犯罪行為です 」


「九条さん、あなたが捕まえるべきは、僕ではなく、この掲示板の向こう側にいる人物でしょう 」


「もちろん、その人物も逮捕しますよ 絶対に捕らえます 」


「でしたら、また4時過ぎまで待って下さい 一度、掲示板に返事がきたのです またこちらから依頼以外の事を入力してみます 返事がくるかも知れません 」


「いいでしょう それでは、それまであなたを聴取します 今まで行った事を全て話して下さい 」


 宮部は別に隠す事なく今まで掲示板に入力した事例を美幸に話した。その数は膨大な数だった。その中の幾つかを早急に確認してもらったところ、確認した全ての人間がこの世から消えていた。この人々が全て殺害されているとなると、この掲示板の向こう側の人間はどれ程冷酷で残忍な人物なのか、人の心を持っているとは思えない。美幸は考えるだけで寒気がしてきた。


 指定の時間になり宮部は掲示板を開く。そして、---いつもお世話になっているが文字で説明するのは難しい案件があるので一度会ってお話をしたい---と入力した。すると……。


--- いいでしょう それでは今から伺います ---


 画面に映し出された文字に二人の緊張感が高まる。美幸はすぐに連絡して、このアパートの周囲を固めてもらう手配をした。宮部も、この掲示板の主に会えるかと思うと体が震える程緊張していた。


トントン


 部屋のドアを軽くノックする音が聞こえる。まだ画面に文字が表示されてから3分も経っていない。宮部と美幸は顔を見合わせた。


トントン


 また、ドアをノックする音が聞こえる。宮部と美幸はごくりと唾を飲み込むと立ち上がった。そして、玄関に行くとロックを外しドアを開いた。その瞬間、真夏であるのに冷たい冷気が部屋の中に侵入し宮部と美幸は背筋が凍りついた。


 ドアの外には黒いフードを被った人物がいた。うつ向いており顔は見えないが、妙に痩せた骨のような人物であるのが衣服の上からでも見てとれる。宮部と美幸はその異様な人物が発する気配に声も出せずにいると、フードを被った人物が先に声を出す。


「部屋の中に二人 外に三人ですか 本日も大量で私は嬉しいです 」


 フードの人物が顔を上げ、フードの中の顔が二人の目に入った。いつの間にか空は赤く燃え、黒い岩山のシルエットが周囲を取り囲んでいた……。




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