3話 暴走車の末路
3話 暴走車の末路
仕事が終わり車で帰宅途中の清水明日香は気持ちよくマイカーを走らせていた。高校を卒業してから免許を取得し、就職をしたお祝いに両親が中古の軽自動車を買ってくれた。小さな車であるが明日香は、この赤い軽自動車が大好きだった。地方都市に住んでいるので移動手段に車は欠かせない。それまでの自転車から格段に行動半径が広がり、明日香は自分に羽が生えたような感覚で、嬉しくて車で走り回っていた。
今日の帰り道も車のカーラジオを聴きながら鼻歌がでる程のいい気持ちで走っていた。郊外から自宅がある市街地に入り、明日香はさらに安全運転で走っていたが、ふと気が付くと自分のすぐ後ろに車がいた。黒い大きな車で明日香の軽自動車のすぐ後ろにピタリとついている。
・・・ごめんなさい 私、初心者だから先に行って下さい ・・・
明日香はウインカーを点け左に車を寄せると停車した。後ろの黒い車を先に行かせようとしたのだが、黒い車もそのまま明日香の車の後ろに停まり動かない。
・・・車が大きいから、ここでは追い越せないのかな ・・・
確かにこの団地の中の道路は車線もなく狭い道路だ。明日香は、この団地を抜けた所で広い場所を探そうと、また車を発進させた。明日香が動くと黒い車も動き出す。そして、ぴったりとついてくる。明日香は気が気ではなかった。後ろの黒い車は狭い道路で大きく左右に動いたり、少し離れたかと思うと急に猛スピードで走ってくる。明日香は追突されるのではないかと恐怖に震えていた。
・・・怖い、怖いよ ・・・
なんとか団地を抜け、また多少広い道路に出た所で明日香はバスの停留所を見つける。そこはバスが停まる為に広くなっているので、明日香はそこに車を入れ黒い車を先に行かせる事にした。ウインカーを点け車を左のバス停の前に寄せると、黒い車は猛スピードで横を走り去っていった。
・・・良かった ・・・
明日香は一安心したが、まだ怖いのでしばらくそのバス停に車を停めてから走り出した。
* * *
「清水さん、元気ないけど体調悪いの? 」
デスクに向かってPCの画面を睨んで固まっている明日香を見て同僚の女性が声をかけてきた。
「あっ、ごめんなさい 何でもないの 」
明日香は同僚の女性に笑顔を向けるとキーボードを叩き始めた。しかし、明日香の頭の中は帰りの車の事で一杯だった。あれ以来頻繁にあの黒い車と遭遇するようになっていた。いつも明日香の車の後ろにピタリとつけ、左右に大きく煽ってくる。明日香は帰り道を変えたり、残業をして帰宅時間を変えたりしているが、何故か気が付くと自分の車の後ろにあの黒い車が走っていた。
今日も退社時間になり会社の駐車場で車に乗り込んだ明日香は、少し遠回りになるが新しく見つけた道で帰る事にした。
・・・この道なら、あの車に遭わないよね ・・・
明日香は赤い軽自動車をバックミラーに注意しながら走らせていた。
・・・良かった さすがに今日はいないや ・・・
明日香はしばらくこの道を通って帰ろうと決めバックミラーを見たとき顔が強張る。
・・・嘘 どうして ・・・
バックミラーの中には、あの黒い大きな車が映しだされていた。黒い車は明日香の後ろにつくと左右に煽ってくる。
・・・ひいぃぃ 怖い やめてぇぇ ・・・
明日香は恐怖でパニックになっていた。
・・・もう、嫌だぁ 助けてぇぇ ・・・
涙ぐみながら必死に運転する明日香だが、黒い車は追突するほど車間距離を詰めてくる。その時、左側に駐車場が見えた。明日香はウインカーも点けずにハンドルを切って駐車場に車を入れた。黒い車はそのまま駐車場に入れずに通り過ぎていく。明日香は車の中で怖くて震えていた。
しばらく駐車場で車を停め震えていた明日香だったが、ようやく気を取り直し車を動かそうとすると駐車場に黒い大きな車が入ってきた。
・・・えっ ・・・
明日香は息を呑むが黒い車は明日香の軽自動車の隣に停車する。そして、ドアが開き運転者が降りてきた。
・・・ひいぃぃぃ ・・・
明日香が体を硬直させていると、黒い車の運転手は明日香の車の運転席の窓をコンコンと叩く。明日香がシートで固まっていると、さらに激しく窓を叩いてきた。
「何、しかとしてやがんだ 降りてこい 」
男の怒声も聞こえる。そのうちに石を持って窓を叩き割ろうとしてきた。明日香は窓を少し開けて、何ですかと男に問いかけると、男は少し開いた窓から手を入れてきた。明日香はつい驚いて窓を閉めようとするが、男の手が挟まれて男はさらに激昂していた。
「いてぇ てめえ、ふざけんなよ 殺されてえのか 」
男の怒声に慌てて明日香は窓を下ろすが、窓を下げすぎてしまい男はドアのロックを外し、ドアを開けると無理矢理明日香を引きずりおろした。
「てめえ、ウインカーも点けずに急に曲がりやがるから事故りそうになったぞ あやまれっ! 」
明日香は震えながら男に頭を下げ、謝罪したが男はそれで明日香を許す気はなかった。
「ふざけてんのか 土下座して謝れよ 」
男は明日香に土下座を要求する。明日香は震えながら冷たいアスファルトの上に膝をつき額を地面に押し付けて謝罪した。すると、男はサンダル履きの自分の足を明日香の顔の前に出す。
「舐めろよ 俺の足を綺麗に舐めろ 」
さすがに明日香が躊躇していると、男の声が頭の上から聞こえる。
「てめえ、俺が優しく言っているうちに言うこときかねえともっと酷い目にあわせてやるぞ 」
「は、はい 」
明日香は震え上がり泣きながら男の足をペロペロと舐め始めた。
「指の間もちゃんと綺麗に舐めろ 撮影しといてやるからな 」
男は明日香に自分の足を舐めさせ、その姿をスマートフォンで撮影していた。そして、明日香が右の足を舐め終わると左の足も突き出す。
「こっちの足も舐めろよ 姉ちゃん 」
男は両方の足を明日香に舐めさせ、次の命令をする。明日香はもう男の言いなりになっていた。
「よーし、免許証を出せ それを持ってスカートを捲って立て 」
明日香は右手で免許証を持ち、左手でスカートを捲って立つが男は明日香の頬を平手で打つ。
「ひぃぃ 」
小さく悲鳴を上げる明日香に男は声を荒げて命令する。
「舐めてんのか もっと腰までスカートを捲り上げるんだよ そうだ もっと脚を開け よーし、笑え 」
明日香はストッキングに包まれた下腹部を丸出しにして大きく脚を開き、免許証を顔の横で見えるようにかざし、ひきつった笑顔で立っていた。男はその明日香の姿を何枚も撮影する。
「来週、この駐車場に同じ時間に10万持ってこい この指の治療代だ 来なかったら、この写真と動画、ネットで拡散してやる 二度と消せないデジタルタトゥーになるぞ 」
男は茫然と泣いている明日香に言い残すと、黒い車に乗って走り去っていった。男が去った後、車のシートに座った明日香は大声で泣き続けた。
* * *
翌日、明日香はデスクに座りPCの画面を眺めていたが、仕事は全然進んでいなかった。その時、後ろを通り掛かった社員が明日香の様子に気付き声をかけた。
「清水さん、悩み事や心配事があるなら僕が聞いてあげるよ 」
明日香が顔を向けると同じ課の主任だった。最近、主任に心配事を話すと嘘のようにそれが解決すると噂されていた。明日香は藁にもすがる気持ちで、実はと話し始めるが主任は、それではこちらでと明日香を応接室まで連れていく。応接室で明日香は今まで起きた事を話していた。話しているうちに涙が溢れてくる。
「それは大変だったね、清水さん でも、もう心配いらないよ そんな害毒は存在していてはいけない 消去してあげるから安心して 」
明日香は何故かこの言葉に心の底から安堵している自分に驚いていた。その時、応接室のドアをノックする音が聞こえドアが開く。
「宮部主任、課長が呼んでいますよ 」
宮部は、明日香にそれではと手を上げ応接室を出ていった。
* * *
男は赤い軽自動車を見つけた。まだ一週間経ってはいないが、また脅しておけば完璧だろう。男は口許に笑みを浮かべるとアクセルを踏み込んだ。いつものように後ろについて煽りまくってやろうとした時、男の車の前に突然白いセダンが左から割り込んできた。
「あぶねえなっ この野郎っ 」
男は激昂し白いセダンの後ろにピタリとつけ左右に車を動かし威嚇する。が、白いセダンのブレーキランプがいきなり点灯する。
「うおぉぉぉ 」
男は慌ててブレーキを踏んだが白いセダンは何事もないように走っていく。
「この野郎 おちょくりやがって 車停めてぶっ殺してやる 」
男は猛スピードで白いセダンを追っていく。男は白いセダンを追うのに夢中で周囲の風景が一変しているのに気が付かなかった。空は赤く燃え黒い岩山のシルエットが流れていく。明らかにこの世の景色ではなかった。男はもう引き返す事が出来ない場所に足を踏み入れてしまったのだ。彼に待っているのは生きていたくなくなる程の地獄の苦痛だった。
* * *
宮部の勤める会社に訪問者があった。男と女、二人の中の女の方がインターホンのボタンを押し話す。
「N署の九条と言います 宮部さんはおられますか…… 」




