6 花束
「お嬢さま、お花が届いていますよ!」
シャーリーが眼を丸くして届けて来た。
季節の花がこれでもかと集められた大きな花束だ。
あの夜会の出会いから2日経っている。
添えられたカードには「出会いを記念して A」と書かれている。
「どうしたらいいのかしら。」
花など贈られるのは初めてだ。届けて来た少年にもどうしていいのかわからない。
「お返事を書くんです! 今すぐ! あなた少し待っててね!」
興奮したシャーリーがアイリーンと花束を届けた少年の両方に指示を出す。
「お返事って言われても、、、。」
気の利いたレターセットの一つも持っていない。
仕方なく、花束を包んでいた黄色い包装紙を丁寧に切って返事をしたためる。悩みに悩んで「綺麗なお花ですね。ありがとうございます。アイリーン」とだけ。
「んー、もうちょっと色っぽい返事がいいんじゃないですか?」
シャーリーはブツブツ言っているが、少年は手紙とチップを握ると嬉しそうに帰って行った。
「この前の夜会でお会いしたんでしょう?どこの家の誰ですか?私に隠し事は禁止ですよ!」
シャーリーの興奮は止まらない。まだバトロイデス公爵の名前は出せないだろう、と思い、適当に誤魔化すことにする。
「わからないわ。何人かお話ししたし。イニシャルだけではどなたなのか、、、。」
シャーリーは不満そうにしながらも、尚も興奮したままだ。
「Aで始まるお名前の方、心当たりないのです? Aはお名前ですかね?家名ですかね? でも私、安心しました。お嬢さま、夜会で人に話しかけることなど無理だと思っていましたよ。ちゃんと社交されて来たんですね。」
実際には話しかけてくれたのはバトロイデス公爵だけで、アイリーンから話しかけたわけでもないのだが、満足そうなシャーリーをがっかりさせることもないだろう。
さあ、どなたかしらね、などと言いながら夜会の日に出会った公爵に想いを馳せた。
約束を守ってくださるのだわ。
また明るい未来へ一歩、踏み出せたようでアイリーンは花が綻ぶように微笑んだ。
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夜中に帰って来たダリウスも、アイリーンに花が届いたことを聞くと乾いた笑いを漏らした。
「ふん、少しは努力したようだな。・・何でもいい、3ヶ月経ったら追い出せ。後は知らん。」
「承知しました。」
執事のバートンは忠実に頷いた。
この執事は第三夫人が連れて来た男だが、命令に忠実なところが気に入ってそばに置いている。妻も子供もいないと本人は言っている。
仕事も早く、表に出せない仕事もためらわずに実行するダリウスの右腕だ。
ダリウスは書斎へ入ると強い酒を煽った。
最近仕事が上手くいかない。
ホーランド家は古くから農産物の商いを得意としており、国中の農地でどのような作物がどのくらい生産されているか詳しい事を強みにして財を成して来た。
先代までは伯爵自ら産地へ出向き、熱心にその年の出来を調査しては国へ食糧の備蓄や国庫の開放などを提言し、安定した農産物の流通に心血を注いで来たのだ。
しかしダリウスの代になってからは視察は型通りに年に1回、それも代理人に任せることが増え、上がってくる報告書に署名をするだけになっていた。
当然心無い担当によるいい加減な報告や視察費用の横領も起こっているが、当の伯爵は気づいていない。
執事のバートンが印をつけた部分に署名をするだけで忙しく働いたつもりになっているのである。
最近、手足が思うようにう動かせないことがあるのだ。医者からは酒の量を減らすように言われているが、むしろ増えている。
イライラすると、強い酒でしか気を紛らせる方法を知らない。
「こっちは、、順調だがな」
ダリウスが書斎の引き出しからこっそり取り出した書類を見てニンマリ笑う。表には出せない仕事だ。
「俺は無敵だ。」
満足そうにほくそ笑むと残りの酒を飲み干した。