3 約束
アルフレッドはアイリーンを中庭のガゼボへ案内する。
普通の貴族の令嬢なら初めて会った男とこのように人目のつかない場所へ来るのは、醜聞を避けるためにはあってはならないことだとわかっているはずだ。
ホイホイ着いて来るところを見ると、この娘も父親と同じ種類の節操のない人間なのだろう。
冷えた心でアイリーンを観察する。
「寒くはないですか? 気が利かず申し訳ない。」
アイリーンはビクッと目を上げると返事をした。
「は、はい。大丈夫です。」
この臆病そうな様子も演技か、、?
見たところ着るものにお金をかけている様子は無さそうだ。
それもそうだろう。ホーランド伯爵の悪事はだいたい把握できた。今は泳がせているが、少しずつ、首を絞めるように奴への利益が減るように操作している。
以前のような贅沢も、難しくなってきているに違いない。
この娘もどうせ、金策のために都合のいい金持ちでも探しているのだろう。
「失礼だが、あまりこういった場で見かけませんでしたよね、ホーランド嬢。、、アイリーンと呼んでも?」
「はい、、。あの、実は夜会へ出るのは初めてで、どうすればいいのか困っていたのです。」
そうきたか。慣れない演技で男を釣る作戦だな。
アルフレッドはこういった手口にもよく出会っていた。
それならこちらも乗ってやるか。
「アイリーン、、、素敵な名前だ。あなたのように可愛らしい方には、決まったお相手がいるのでは?」
他にも男がいないのか聞いておこうか。
「いえ、私、本当にこのような場所に来るのも始めてで、、。」
口数の多くないアイリーンに、さすがのアルフレッドもしばらく会話を途切れさせる。
アイリーンが、ふうっと息をついて、決心したように話始める。
「実は、父から結婚相手を見つけるように言われているのです。その、、、歳も18ですし。」
確かに。貴族の娘なら、18歳で婚約者もいないのは遅い方かもしれないな。アルフレッドは笑みを絶やさずに理解のある表情を崩さない。
「父は、、厳しい人で、、、。どう言い付けを守ろうか、困ってしまって。」
なるほど。これが手口か。
こんな歳から結婚をチラつかせて男から金銭を騙し取るつもりなのか。父親もクズだが娘も相当だな。
アルフレッドは訓練された貴族の笑みを浮かべたまま、アイリーンに提案を始める。
「どうだろう。あなたと私は同じ悩みを持つようだ。お互いに交際でも始めたことにすれば、あなたのお父上も安心されるのでは。私も早く相手を決めろと周りがうるさくてね。協力してくれるならこれほど嬉しいことはない。」
「それは! そんなことは、無理です!私はそんなつもりでは。」
よく言うな。しかしこの緑の眼を潤ませて必死な様子。思わず引き込まれそうにもなる。
「どうかお願いだ。しばらく私の交際相手になってくれないか。欲しいものは何でも贈るよ。」
これで頷かないはずはない。
アイリーンはしばらく考え込んでしまった。
「バトロイデス公爵様の、お家にご迷惑がかかってしまうのでは?」
何と、こちらに迷惑をかけてはいけないという気遣いを見せてきた。
計算高いものだ。
「そのような気遣いは無用だが、、、そうだね、せっかくだから。しばらくお互いの名前は伏せておこう。お父上には私の名前は秘密にしよう。」
アルフレッドが人差し指を立てて唇に当てる。
「謎の人物がアイリーンに一目惚れをして口説いている、それでいいかな。」
アイリーンは困ったように考え込んでいたが、やがて紡いだ言葉にアルフレッドは眼を見開いて驚いた。
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「うまくいったぞ、マティアス。」
珍しく機嫌のいい主人にマティアスが眼を見張る。帰りの馬車の中のことだ。
「ホーランドの娘と何を話したんですか。」
「付き合うことにした。結婚相手を探しているそうだ。」
絶句する。言葉を失ったマティアスにアルフレッドは面白そうに言う。
「あの男と一緒に娘も少々懲らしめるだけさ。相当金策に焦っているようだった。」
「ああ、そういうことで、、、可愛い子だったのにな、勿体ないことです。」
「ホーランドは絶対に許さない。娘がどんなに美人でも、道連れだ。」
アルフレッドは表情を引き締めて、それ以上語らなかった。
ホーランドの娘が美人だってことは認めるんだな。マティアスは考えに耽る。ホーランド伯爵の数々の仕業は許しがたい。アルフレッドが受けた影響も酷いものだ。その復讐心は、幼い頃から側にいた自分にも十分に理解できる。
(急に出てきたあの娘がこれに巻き込まれるのは仕方が、、ないのか?)
答えは出ない。
馬車は暗闇に溶けて公爵家へ戻っていく。