23 その後の二人 その1
「アルフレッド様、おかえりなさいませ」
アイリーンがアルフレッドを出迎える。
「変わりはなかったか?」
「はい。」
夫婦の会話だな。そう思った瞬間ヘラっと顔がニヤける。
アルフレッドが外では全く見せない笑みを、最近自宅では振り撒いているのを、知っているのは公爵家の使用人だけだ。
昨日アイリーンが、バトロイデス家にとって地雷とも呼べる話をアルフレッドにし始めた時、使用人一同は凍りついたのである。
「アルフレッド様、お願いがございます。」
「何だ。」
アルフレッドが少々食い気味に返事をする。
アイリーンの「お願い」は滅多になく、アルフレッドは全て叶えたいと待ち構えていることから、どうしてもこの早さでの返事となる。
「前公爵様のお部屋に、私の育てたお花を飾らせて頂きたいのです。長く伏せっていらっしゃると、季節の変化に疎くなってしまうそうなので。」
アイリーンは寝たきりの前公爵のベッドの側へ行き、新聞を読んだり、詩を読んだりしているのだ。正直、アルフレッドはそのような行動にそれほど効果はないと思っていたのだが、近頃本を読むアイリーンの顔をじっと見つめたり、アイリーンが面白い記事を可笑しげに読むと、わずかに口角が上がっているように見えると言うのだ。
信じがたいが、アイリーンが自分の父の犯した罪の意識から少しでも解放されるなら、と付き添いを許したのだ。
実際のところ、以前のように母の名を呼びながら取り乱すことがほとんどなくなったのだ。主治医も首を傾げるほど、父は落ち着いている。良くなっておられます、と喜ぶアイリーンに、アルフレッドもつい甘くなる。
「そんなこと、許可も必要ない。君の好きなようにしなさい。」
「嬉しい!実は少し心配だったのです。ずっと様子を見ていなかったので。明日からホーランドの家に戻って、お庭のお世話をいたしますね。」
ここでアルフレッドが固まる。空気の読めないアイリーンは嬉々として続ける。
「薔薇は細やかにお世話をしないといけないのですけど、救える株はまだあると思うのです!球根ならきっと綺麗に残っているでしょうし、ああ!忙しくなるわ。」
アイリーンは花の世話が好きだった、実家でも精を出していたな、とアルフレッドは思い出した。以前マティアスがもらってきた花束を、枯らした頃になってやっとアイリーンからの贈り物だと言われたことがあった。
「婚約者の趣味くらい、覚えておきませんと。」
マティアスがそう言っていたのだった。くそ、あいつはいつも正しいな。
「アイリーン。」
アルフレッドは平坦な声で提案する。
「君一人で世話をするのは大変だろう。身体を大事にしないと。専門の業者も派遣するから、指示を出してやってくれ。」
「そんな。いつも一人でしていたのですよ?」
「どうか。心配なんだ。私のためだと思って。」
アイリーンの手を取って真剣に言うその姿は、どう考えても愛しい妻への愛情が全開だったのだが、「アルフレッドはお腹の子が大切」と思いがちなアイリーンは、またいつもの赤ちゃんへの過保護か、と思って納得したのだ。
翌日、張り切って実家へ戻ったアイリーンを、総勢20名のプロの庭師が出迎えた。目を丸くしている間に、全ての庭木の剪定と除草が終わり、あとは庭師が2名、交替で通うと言われた。
「私、やっぱりプロの方には敵いませんでした。」
公爵邸へ戻って、悲しそうに告げるアイリーンに、再びアルフレッドが焦る。
せっかく実家へ帰る計画を阻止したのに、悲しそうな顔をさせては元も子もない。
「うちの庭は、なかなか手が入らなくて、荒れているんだ。アイリーンさえ良ければアドバイスをくれないか。」
その日の夜、公爵家の通いの庭師に向かってアルフレッドが
「今晩中に適当に庭を荒らしておけ。アイリーンが直せる程度に」
と無茶な指示を飛ばしているのを、一部の使用人が目撃して、笑い話にしていたのを、アイリーンは知らない。
翌朝になって指示通り、庭師が一部の花壇を荒らし、
「猫でも歩いたんですかね」
と無表情にアイリーンに告げるのを聞いて、影に隠れて使用人全員が大笑いしていたのである。




