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24 贈り物

「指輪くらい贈ったらどうですか。」

マティアスが言う。

もちろんだ。アイリーンの瞳の色をした特大のエメラルドに、自分の瞳の色の小さなサファイアがこれでもかと散りばめられた指輪を贈ってみた。

アイリーンは目を丸くしている。

「こんな立派なものを、、、婚約者のふりをするには贅沢過ぎるのではありませんか?」

失敗だ。アイリーンはまだこの婚約が芝居だと思っている。


「一緒にお茶でも飲んで、しっかり気持ちを伝えては?」

マティアスが提案してきた。

それもそうだ。街で流行りの菓子を取り寄せ、アイリーンの好きなお茶を用意した。アイリーンの手を取って思いを伝えてみる。

「アイリーン、これまでの私の態度をどうか許してほしい。君の飾らない素直なところがとても好きだ。どうか結婚してほしい。」

「結婚ですか。『婚約者のフリ』はおしまいですか?」

「そうだ!私たちの子供を一緒に育てよう。」

「一緒にですか。いいですね。そうしましょう。」

何だか、大事なところが伝わっていない気がする。

「アイリーン、結婚して、私と一緒に家族になるんだよな?」

「そうですね。生まれてくる子供の、親ですから。」

「・・・そうだな、ありがとう。」


後でマティアスに言われた。アイリーンは、「好きだ」という気持ちが、おそらく理解できていないようだ。「家族」といえば、アイリーン自身の父と母しか知らないのだ。

もっと胸を焦がすような、情熱的な想いをアイリーンにわかってもらうには、どうしたらいいのだろう。


「思ったより、アイリーン嬢の闇は深いのですね。主、持久戦ですよ。辛抱強くやるのです。」


マティアスの勧めで、朝と夜は必ず一緒に食事を取ることにする。

「いつも一人で食べていたので、お話ができて楽しいです。」

アイリーンがそう言ってくれた。修道院でも大勢で食事をするのが楽しかったのだとか。


アイリーンのためにドレスをたくさん仕立てさせた。彼女は貴族の女性にしては驚くほど物を持たない。あの父親が甘やかしていたとは思えないが、それにしても。以前出かけていた時は義母たちの服をシャーリーと二人がかりで直していたのだとか。

もう決してそのような苦労はさせたくない。


休日は必ず一緒に過ごすようにする。アイリーンは用事がないと、基本的に部屋から出て来ないので、何かしら口実を見つけるのに苦労した。

以前のようにカフェへ誘ったり、観劇も何度か行った。どこへ行っても「初めて」だというアイリーンを見ていると、子供を喜ばせたい親のような気持ちになる時がある。

アイリーンの足に負担がかからないように、馬車で出かけることが多かったのだが、ある時シャーリーから「ピクニックなんてどうですか。」と言われた。

街の中心に大きな公園があり、家族連れや恋人たちが座って食事をしているのを見かける。あれか。

厨房に頼んでピクニックのバスケットを用意した。アイリーンを連れて公園へ行くと、珍しく「歩きたい」と言ってきた。どのくらい無理をすれば、翌日に影響するか、およそ把握できていたので、喜んでエスコートした。


天気も良く、気分もいい。しばらく腕を組んで池の周りを歩いてみる。なるほど、こんな過ごし方もいいものだな。

「いいピクニック日和だな」

喜んでくれているだろうか。そう思ってアイリーンの顔を見ると、なんと彼女はポロポロと泣いていたのだ。

「どうしたんだ!どこか痛いのか?」

オロオロとハンカチを出して、近くのベンチへ腰掛けさせる。

アイリーンは泣き止まない。もどかしくて、つい腕の中へ抱き寄せると、さらに声をあげて泣き始めた。

「アイリーン、頼むよ。言ってくれ。何が悲しい?」

彼女はしばらく涙を流していたが、やがてポツポツと語り始めた。


「小さな頃、こうして公園に来た、ことが、あって、。」

何も言わずに、「聞いてるよ」と目で伝える。

「家族で来ている、人たちが、ほとんど、で、、、。」

途切れがちの話は非常に聞き取りにくかった。だけどこれは、初めてアイリーンが自分の辛い過去を「辛い」と打ち明けている、大切な時間に違いなかった。

「私は、家庭教師の、ジョーンズ先生と来てました。とても優しい先生で、私をよく連れ出して、くれたのです。あ、足が悪くなるまでは。」

なるほど。父親に怪我をさせられるまでか。

「足が、悪くても、ジョーンズ先生は、色々なことを教えてくださって。私が歩けるようになるまで、歩行練習もしてくださったのです。」

「いい先生だったんだな。私もお会いしたかったよ。」

きっと、アイリーンの周りに存在しなかった、「母親」代わりだったのかもしれない。

「父が、先生に、乱暴をして。」

何だって。そんな事実は調査では出て来なかった!

「先生にはそれ以来、お会いしてません。」


つまり、公園に来ると慕っていた家庭教師への思い出と、心の底にある家族への憧れを刺激されるのだろう。

泣き疲れたアイリーンを抱きあげて、今日は帰ろう、と声をかける。

アイリーンは抵抗しなかった。

馬車まで戻ると、アイリーンは恥ずかしそうに微笑んだ。

「私の、『家族』と公園へ来たのは初めてです。アルフレッド様。ありがとうございます。」

真っ赤に腫れた眼だったが、これほど愛しい笑顔はないと思った。


公爵邸へ戻ると、明らかに泣いたとわかるアイリーンの顔にシャーリーはプリプリ怒っていた。しかし、せっかく料理長が用意してくれたのだから、と庭でバスケットを広げて昼食にする頃には、アイリーンはそれまで見たことのないほど素晴らしい笑顔で笑ってくれたのだ。

「こんなにおいしい食事は初めて」

そう言って。

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