表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/27

21 再会

それから3ヶ月後

アイリーンは北部の修道院にいた。

修道服に身を包み、質素な部屋で寝起きをする。

これまでの生活からは考えられないほど物を持たない生活だが、アイリーンは満足だった。これほど心の落ち着いた日々はこれまで経験したことがない。


バートンはアイリーンの希望を聞いて、黙ってこの修道院へ連れて来てくれたのだ。立ち去る彼にアイリーンが御礼を言うと、一瞬何か言いたげに立ち止まったが、振り返らずに行ってしまった。

もう会うこともないだろう。

バートンは宿への放火の罪を償わなければならない。

妻は、帰って来るのを待つと言っていた。

父が生みだした憎しみの連鎖は、ここで断ち切られたと思っていいのだろうか。


父がその後どうなったのかはわからない。首都の出来事はあまりこの修道院まで伝わって来ないのだ。俗世から切り離されて、自給自足と祈りの生活、何も心を騒がせるものはない。


「アイリーン、院長がお呼びですよ。」

2つ年上の修道女、シスター・アメリアが呼んでいる。アイリーンが花の世話が得意だと言うと、畑の野菜の世話を任された。食べ物を作るのは初めてだったが、土作りと、水やり、正しい肥料を考える作業は楽しかった。

足に痛みが出て来るので、毎日の作業時間に限界はあるが、アイリーンはなるべく自分の手で育てたいと思っている。


「すぐに行きます。」

アイリーンは作業用の手袋とエプロンを外し、井戸水で手を洗うと院長室へ急いだ。

院長室へ着き、ひとつ深呼吸をして扉をノックする。

「アイリーンです。お呼びと聞きました。」

「お入りなさい。」

待っていたのか、すぐに返事がある。

院長のシスター・メイは、25年間この修道院を守り続けているという。笑い皺がそのまま顔に刻まれており、彼女が怒ったところを見た者はいないという。

アイリーンが修道女になりたいと申し出た時、シスター・メイはニッコリ微笑んで、「もう少し、時が来るのを待ちましょう。」と言ったのだ。あの時は意味がわからなかったが、ここで過ごして気持ちの安らぎを得た今、その言葉の意味がわかるような気がする。

今日まで「見習い」として過ごして来たが、いよいよ修道女になる勉強を始められるのかもしれない、とアイリーンは思った。


「アイリーン、畑にいたんでしょう。作業を止めてしまって、ごめんなさいね。」

シスター・メイは申し訳なさそうに微笑んでいた。

「いえ、大丈夫です。ちょうど休憩にするところでした。」

「足の具合はいかが?無理をしていない?」

「はい。無理をすると、次の日に何もできなくなると、身に沁みてわかっておりますので。」

ここに来てアイリーンは最初の数週間は必死に働こうとした。足の痛みを隠して作業を続けた結果、数日寝込んだのだ。


寝込んだアイリーンの側に来て、シスター・メイは言った。

「足が悪いのを隠していたことは、感心しませんね。」

珍しく笑顔ではなかった。

「あなたが働き者であることはよくわかりました。だけどね、アイリーン。今の半分しか仕事ができないとしても、あなたの居場所はここでいいのですよ。誰も追い出したりしません。」

アイリーンのカサカサの手を握ってそう言ってくれたのだ。


生まれた家で心の休まることのなかったアイリーンは、やっとここで居場所を見つけたのだ。ずっとここにいたい。心からそう思っている。ただ一つ、心配があるのだが。


「あなたが来てくれてからお野菜の出来がいいと、料理の当番も喜んでいましたよ。持って生まれた才能ね。」

「ありがとうございます。」

褒められるなんて、嬉しい。

「それでね、アイリーン。私に何か言いたいことはありませんか?」

笑顔のままシスター・メイは続ける。

アイリーンはギクっとした。これが本題だ。

「言いたい、こと、ですか。」

冷や汗が出る。

「言い直します。言いたくなくて、隠していることは?」

アイリーンは目を見開いた。どうして。

言葉が出て来ない。


シスター・メイは淡々と続ける。

「修道院へ入りたいと言ってここへ引き受ける女性は、3ヶ月はお勉強もさせない決まりです。確認する事項がいくつかあるのです。心の準備ができているのか、ここでの生活に馴染めるのか、取り戻しに来る家族がいないか。

それともうひとつ。妊娠していないか。」

ハッと息を呑む。

「この3ヶ月、シスター・アメリアにあなたの様子を見てもらっていました。あなたは月のものが来ていません。それに、今日は朝食を戻しましたね。」


言葉もない。自分でも不安に思い続けていたことを、はっきり口に出され、ショックで思考が停止する。

「妊娠した女性は修道院で働かせられません。身寄りのない場合、近くの福祉施設を紹介します。だけど、あなたの場合は。」


シスター・メイはゆっくり続けた。

「先月から、あなたを探しているという方からお手紙を頂いています。ここへ来た時、あなたは体も傷だらけで、顔も腫れていたでしょう。家庭内暴力の被害が疑われたので、お手紙には、お答えできません、とお返事したのです。

そうしたら、その方は身分を明かして、これまでの経緯をお話しくださったのです。バトロイデス公爵様、あなたの婚約者だと仰っています。間違っていませんか?」


アルフレッドが私を探している?

どうして。私からあげられるものなど、もう何もないのに。アルフレッドの憎しみはまだ断ち切れていないのだろうか。


「アイリーン。私には、公爵様がとても誠実な方に思えました。会って、お話をしてみては?誤解があるから解きたい、と必死にお願いされていました。もちろん、強制はしません。」


妊娠した私を福祉施設へ預けるか、婚約者だという高貴な人物へ託すか、この真面目なシスターはどれほど悩んだことだろう。

この人を困らせるのは、私も望まない。

「わかりました。話をしてみます。」

明らかにホッとした様子のシスター・メイに、自分の決断は間違っていないと感じる。

「でも、二人で会うのは・・・」

「もちろん。私も同席しましょう。実は、今隣のお部屋で待っておられます。このままお通ししていいかしら?」


アルフレッド様が、ここにいる?今?

驚愕で隣の部屋へ続く戸を見ていると、懐かしい、公爵が入って来た。

「アイリーン。」

そう名前を呼んで、言葉が詰まったように手を口元に当てている。髪が伸びたようだ。少し痩せたようにも見える。

シスター・メイの気遣いで、お茶が用意された。


最後に会ったのは、公爵家の地下室でのあの時だ。アルフレッドの顔を見ていると、あの時の光景がフラッシュバックのように思い出される。思わずギュッと椅子の肘掛けを握りしめる。


「君に謝りたくて、探したんだ。ここにいるとわかって、すぐに迎えに行こうとしたんだが。

マティアスに、止められて。少し冷静になれと、、、。」

一旦口籠る。

「あの、シャーリーが、どうしているかご存知ですか?」

一番気になっていたことを尋ねる。

「ああ、シャーリーは、今公爵家で働いてもらっている。その、君が戻ったら、安心だろうと思って。」

シャーリーは田舎には帰らなかったようだ。それにしても公爵家にいるとは。

「院長に、君が妊娠しているかもしれないと、言われたのだが。」

アルフレッドは躊躇いがちに切り出す。

「その、、、私との、子だと思っていいだろうか。」

アルフレッドの表情に怒りはない。戸惑いと、気遣いと、申し訳なさで一杯の様子にアイリーンも少し力を抜く。

ここで嘘をついたとして、どうなるだろう。福祉施設で子を生んで、私に育てることができるだろうか。この子はアルフレッドの子でもある。どういう扱いになるかはわからないが、食べることに不自由はしないだろう。もしかしたら、アルフレッドは子供は欲しいのかもしれない。でなければ、自分の子だと思っていいか、などと聞かないだろう。それなら、、、


アルフレッドは心配そうにアイリーンを見ている。

「はい、アルフレッド様の、お子です。他にそのような男性はおりませんでしたし。ただ、医師にはかかっておりませんので、まだはっきりとは。」

「そうか。アイリーン、いろいろ思うところはあるだろうが、どうか一緒に帰ってほしい。公爵家で不自由なく過ごせるように取り計らう。希望はなんでも言ってくれ。可能な限り叶えよう。」


迷いはあったが、院長の優しい頷きと、アルフレッドの必死な懇願に、結局アイリーンは折れた。このまま修道院へ迷惑をかけるのも本意ではない。

アルフレッドは修道院へ莫大な寄付を約束し、目を白黒させるシスター達に見送られながら、アイリーンはその日のうちに修道院を出た。

ここが、自分の居場所だと、終の住処だと思ったのだけれど。

小さくなる修道院をいつまも見ていた。そのアイリーンを心配そうに見守るアルフレッドには気が付かずに。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ