18 シャーリーと二人で
夢を見ていた。
死んだ母の代わりに嫁いで来た、二番目の義母がいる。
彼女は、家を出るまでは優しい義母としてアイリーンを育ててくれていたのだ。
家庭教師が本を読んでくれている。
ジョーンズ先生。急に別れなければならなかった恩師が懐かしい。
父の非道な行為のために家庭教師が出ていくまでは、それなりに幸せだった生活が思い出される。思い出したように父に身体を打たれることを除けば、日々の暮らしは穏やかだった。
戻りたい。・・いや、戻りたくない。
夢の中は階段から落ちた後のリハビリ生活に変わる。
食事を運んでもらうだけの日々で、父からは犬でも見るような視線を受けていた。動く度に激痛が走る。
痛い、、、痛い!
そう考えた瞬間目が覚めた。
シャーリーが真っ赤な目で覗き込んでいる。
「お嬢様!目を覚まされましたか。」
夢だとわかっていた睡眠の世界から引き摺り出された後の、何とも言えない感情に浸る。
シャーリーはどうしてここに?
声も掠れてしまって、かわいそうに。泣かないで。
寝かされていたのは立派な客室だった。
アイリーンが気が付いたのを見て取ると、もう一人部屋の壁際に控えていた侍女が部屋を出て行った。誰か呼びに行ったのかもしれない。
アルフレッドには会いたくない。
地下の部屋で起こったことを思い出してしまう。
シャーリーが入れてくれた水を一口、助けてもらって口にすると、何とか声が出せた。
「シャーリー、ここは?誰のお屋敷?」
「バトロイデス公爵家です。私は昨日、マティアスさんという方にホーランド家から連れて来られたのです。お嬢様が待っていると言われて、、。一体何があったのですか。」
まだ公爵家にいたのか。地下に監禁されると思ったのに、どうしてここに寝ていたんだろう。
「私も・・・よくわからなくて。」
地下室での光景がフラッシュバックする。アイリーンは記憶を振り払うように頭を振って、後悔した。ひどい頭痛がする。
「ねえシャーリー、聞いて。お父様はこの家の方に酷いことをしてしまって、、、、たくさんの罪を重ねてしまったの。ここにいることはできないでしょう。私たち、出て行かねければ。」
シャーリーは元々そのつもりだったようだ。
「お嬢様と出ていけるように、前から準備していたんです。まとめた荷物の全部を持ってはこれませんでしたが、すぐに旅に出られますよ。」
そこへ先ほどの侍女が戻って来る。二人はハッとして距離を置く。
「お医者様をお連れしました。」
侍女の後から優しい顔つきの老医師が入って来た。
「意識が戻られて、何よりです。」
感じのいい笑みを崩さずに医師は言う。
「お身体が痛みますかな?ああ、動かさなくてよろしい。」
どこが痛むか起きて探そうとするアイリーンを、医師が制した。
「頭痛がします。あと、左足が痛みますが、これはいつものことですので。」
シャーリーが心配そうに耳を傾けている。
「肩のアザは何かぶつかったのですか?公爵が何か無体を?」
医師の眼がキラリと鋭くなる。
「いえ、これは、、父が投げた物が当たったのです。」
「そうですか。」
医師は他にも物がきちんと見えているかなどを確認して、案内してきた侍女と部屋を出て行った。後で頭痛の薬をくれるらしい。
「お嬢様、あまり時間がないのです。公爵様とマティアス様はホーランド伯爵様の逮捕に立ち会うためにでかけておられます。明日には逮捕されて、ホーランドの旦那様はもう戻って来られないでしょう。お家はこの先どうなるかわかりません。
バトロイデス公爵様は、お嬢様を幸せにしてくださる方だと思いましたのに、、、こんなこと、許せません!」
シャーリーは、地下で何があったのか察しているようだ。
「私の田舎に一緒に参りましょう。田舎ですが、お嬢様お一人くらい不自由なく食べられます。私が一生お世話いたしますから。」
シャーリーの田舎はこの首都から2日余りかかる東部の村だと言う。
伯爵家の騒動に巻き込まれて、アイリーンの世話までしようとしているシャーリーに、申し訳ない気持ちが強くなる。
「シャーリー、ごめんね、シャーリー、、、、。」
滅多に泣かないアイリーンがポロポロ涙を溢すのを見てシャーリーはキッと眼を釣り上げて叱る。
「泣いている場合ではございません。明日の朝、メイドより早く起きてここを出るのです。気持ちをしっかりお持ちください。目立たない馬車を手配してまいりますので、お嬢様は歩けるように、足を休めておいてください。」
本当にシャーリーは頼もしい。
「私の従姉妹が伯爵に殺されないように守ってくださった恩は忘れませんから。」
そして二人は公爵家から逃げるように去ったのだ。




