17 復讐と逃走
アイリーンはなかなか目覚めなかった。
地下室から運ぶ時も、客用寝室へ寝かせた時も、微動だにしなかった。
医師を呼び、診察をしてもらう。
バトロイデス家お抱えの老医師は、難しい顔をして報告する。
「お体が傷だらけでした。古いものも、新しいものもたくさんございます。最近のもので、重たい物がぶつかったアザがございましたので、定期的に貼り薬の交換をお願いします。お背中に鞭で打たれたような傷がございます。保湿剤を塗れば、時間をかけて薄くはなるでしょう。左足の傷は、ずいぶん古い物でした。あちらはもう、治すには手遅れでございましょうな。歩くのも痛いでしょうに、お気の毒ですが。」
医師は部屋に控えていた侍女に薬の使い方を説明し始めた。
アルフレッドは愕然として医師の診断を聞いていた。
マティアスの言ったことは本当だった。
私は、何ということをしたのだ。
「足の傷とは?どのような、、、。」
「おそらく、転倒か転落による骨の障害です。わずかですが、間違った位置で固定されてしまっております。歩くにはかなり練習をされたに違いありません。無理をすれば、今も痛みがあるでしょうな。」
劇場やカフェで一緒に歩いたが、全く気が付かなかった。
私はアイリーンの何を見ていたのだろう。
しばらく後悔に項垂れていると、マティアスが真面目な顔で報告を持って来た。
「主、こんな時に悪いのですが、動きがあります。当家の集めた証拠で3日後に捜査官がホーランド邸に入ります。我々も行きますか?
当家の悲願成就の時です。」
マティアスは悲痛な顔をしている。二人とも、この日のために苦労を重ねて来たのだ。
「もちろんだ。行くとも。・・・マティアス、アイリーンの侍女のシャーリーを捜査の前にあの家から連れ出せ。あとアイリーンには、しばらく医師を付けておく。目を離さないようにしてくれ」
********
長年の宿敵、ダリウス・ホーランドの最後はあっけなかった。
捜査官が大挙して押しかけた瞬間、ダリウスは昼間だというのに酔い潰れていたのだ。
捜査官の質問にもまともに返事もできない。
仕方なく、一通りの権利を読み上げた後にダリウスは連行された。マティアスの揃えた証拠は確実なもので、有罪になることは間違いない。第四夫人は想像したよりは元気な状態で発見された。
監禁はされていたものの、ダリウスの性的な興味から外れたため、特に暴力も受けずに過ごしていたらしい。
今後は田舎へ帰ってのんびり暮らすそうだ。
違法薬物の売買、所持、使用、大勢の人への暴行罪、政治家への贈賄など、罪の数は数知れず。前バトロイデス公爵へ毒を盛るよう指示を出し、実行犯の馬番を自ら殺めたことも立証された。
驚くべきことに殺された馬番の少年はホーランド家の執事のバートンの息子だったのだ。
バートンは最も効果的な復讐方法を用意していたようで、あっさり連行されたダリウスに罵詈雑言を吐いていた。
「おのれ、、、法の裁きなど、生ぬるい。私が、この手で・・。」
連れて行かれるダリウスを悔しそうに睨みつけていた。
その後バートンは行方不明になってしまった。息子の死に絶望した妻は田舎で暮らしているらしい。恨みを飲み込んで、穏やかな余生を送ってほしいものだが。
残った使用人たちは黙って散り散りに消えて行った。
後には人のいないホーランド邸がガランと残る。
マティアスと二人、散らかった玄関ホールに佇む。
「一応、ここはアイリーン嬢のものになるんだろうけどね?」
「片付けておいてやってくれ。」
「了解です、主」
シャーリーは前日に連れ出して、今アイリーンの側に付けている。ただ一人、アイリーンに仕えると決めたシャーリーはどこへも行きたくないと言い張ったのだ。
アルフレッドがアイリーンにしたことを薄々感じ取っているようで、その眼差しは冷たい。
これで終わりか。
スッキリした気分とは言い難い。寒々とした虚しさばかりが残った。
2日ぶりに家に帰ると、アイリーンに付けていた公爵家の侍女が慌ててやって来た。
「お嬢様が、今朝からいらっしゃらないのです。皆でお探ししているのですが、お屋敷の中にはおられないようで、、、。」
涙声の侍女は必死で報告する。今朝アイリーンはやっとベッドから起き上がったのだとか。お風呂に入りたいと言うので、準備のために20分ほど部屋で一人にしたのだとか。
部屋へ戻るとも抜けの殻で、探し回っても見つけられないと。
「シャーリーは?いるのか?」
「それが、同じように姿が見えません。」
やられた。
大至急人を使って探させた。近くの貸し馬車、宿、誰もいないホーランド邸も念のため。
しかしアイリーンとシャーリーはどこにもいなかったのだ。
二人はまるで最初から存在しなかったように、アルフレッドの前から姿を消した。




