14 公爵邸へ
父に出ていくように言われた期限が、1ヶ月後に迫っていた。
今日は流行りのカフェへアルフレッドと一緒に来ている。
父へ婚約を申し込んだ時は、とても怒っているように見えたが、あれは気のせいだったのだろうか。今日はいつもの無表情に戻っている。
何回かこのように出かける機会を持ったが、アルフレッドが何を考えているのかよくわからない。
「婚約者らしく」振る舞うために時々こうして呼び出されてはぎこちない会話を交わすのだ。
アイリーンは今日こそアルフレッドとの約束について話し合おうと意気込んでいた。
「あの、アルフレッド様?」
アイリーンは姿勢を正してアルフレッドに向き合った。
「何だ?」
アルフレッドはそれほど興味はなさそうだ。
「大切なお話が。」
「言ってみてくれ。」
ひとつ大きく深呼吸すると、アイリーンは話始めた。
「私、小さな頃から家庭教師にいろいろ教わりましたので、10歳までくらいの女の子でしたら教える自信があります。」
アルフレッドはキョトンとしている。
「公爵家には及びませんけども、伯爵、子爵様の子女でしたら十分に指導できますわ。何でしたら商会の平民の方でも。」
「それで?」
「本を読むことも得意ですし、新聞などもよく読みます。」
「君が賢いのはわかった。それで?」
「わ、私にもできるお仕事をご紹介くださるのですよね? できれば住み込みではなく、通いの形にしたいのですが。アルフレッド様?」
アルフレッドが固まっている。
それでもアイリーンも必死だった。1ヶ月後には父に確実に追い出される。今は身の回りのものを少しずつ売っては父にお金を渡しているので殴られることは減ったけれど、タイムリミットは目の前だ。もう売れそうな物もほとんどない。
「お、お約束の、1ヶ月後にはシャーリーと家を出たいのです。この、アルフレッド様の、婚約者のお役もそれまでですし?アルフレッド様?」
アルフレッドは完全に表情を無くしていた。
「アイリーン、君は。」
ここに来てアルフレッドはアイリーンと自分の理解が大きくズレていることに気がついた。
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アルフレッドは、葛藤していた。
憎い仇の娘だが、今のところアイリーンといて不愉快な思いをしたことはない。無駄な媚びも売らず、控えめなアイリーンは会っていても頭痛のしない、希少な女性だと思う。
愛人にしてくれと言って来たことは意表を突かれたが、あの父親に育てられたのだ。少しくらい節操がないのは仕方ない。このまま自分の愛人として別邸にでも囲ってしまえば楽しく過ごせるだろう。
マティアスがやたらとアイリーンに肩入れしているのが気になる。
マティアスにはホーランド邸を探るように指示を出しておいたが、私の知らないところでアイリーンと懇意にでもなったのかもしれない。
グズグズしていないで、今日こそは自宅に連れ帰って男女の仲になれたら、などと不埒な考えもあった。どうせ1ヶ月後にはそのつもりなら、今でもいいか、そう呑気に考えていたのだ。つい先ほどまでは。
「本気で働くというのか。」
「最初から、本気です。」
「家にいればいいだろう。出ていく理由は?」
アイリーンが口を噤む。言おうかどうしようか、悩んでいる様子だった。アイリーンが言葉を選んでいる様子に、苛立ちが募る。
何か隠しているに違いない。父親の悪い商売に気が付いたのか。自分だけ逃げようとしているのかもしれない。せっかく繋いだ仇との縁だというのに。
ここで逃げられると思うなよ。
怒りが湧いてくる。
「私から離れるというのか?」
つい口に出す。
「だめだ。そんなことは許さない。」
アルフレッドはアイリーンを立ち上がらせると店を出た。必死で着いて行くアイリーンを持ち上げるように馬車へ乗せる。
「公爵邸へ。」
御者に一言指示を出すと、怖い顔をして黙り込んだ。
「あの、アルフレッド様?」
怯えるアイリーンが話しかけても、窓を見たまま返事もしない。
無言のまま馬車は公爵邸へ着いた。
アイリーンを降ろして腕を掴んだままアルフレッドが屋敷へ入る。
中へ入るとマティアスが驚愕の表情で出迎える。
「アイリーン様?」
アルフレッドはそれにも構わずアイリーンを2階へ連れて行く。アイリーンの足はそろそろ限界だったが、それを言い出す機会もない。
アルフレッドが連れて来たのは、一人の老人が横たわる寝室だった。




