12 婚約者に
もう隠す必要もないと、帰りは公爵家の馬車でホーランド家まで送ってくれた。
玄関までアルフレッドにエスコートされる。
「伯爵にご挨拶できるだろうか?」
当然の問いである。婚約には親の同意が必要だから。
父がどういう状態か、正直予測できない。書斎で酔い潰れているか、出かけて留守にしているか、どちらかだから。
「あの、そういうお話はまた改めて、、」
「それもそうだな。手紙を出すから、よろしく頼む。」
突然の訪問も良くないと、思い直してくれたようだ。アイリーンはホッとする。
「アイリーン。」
アルフレッドが真剣な顔をして手を取る。
「婚約者になるのだから、もう少し会う機会を増やさないか。今後のこともあるのだし、もう少し君と知り合いたい。」
アルフレッドは、どうせ愛人になるのだから、もっと距離を詰めよう。そういうつもりだった。マティアスとアイリーンが並んでいるのを見て面白くないと思った。アイリーンは私のものだ。
独占欲を感じている自覚はある。私の仇の、娘だ。
「アルフレッド様、そうですね。私ももう少しお話しなどしたいと思います。」
アイリーンは、仕事を紹介していただくからには、もっと私の事を知って頂いて、何ができるか考えなければ、と思っていた。できればシャーリーと二人で生活できるような、通いのガヴァネスや付き添いのお仕事があれば、、、そんな風に思っていた。
この気持ちのすれ違いが後に大惨事を招くのだが、それはもう少し後のこと。
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アルフレッド様は約束を守ってくれた。
父へ婚約の申し込みをし、了承させたのだ。
父は思いがけない上位の貴族からの申し込みに、滅多に見せない笑顔を見せた。手を揉んで阿る様子に嫌悪感が湧いたが、アルフレッド様は表情ひとつ変えなかった。
何回か一緒にいるとアルフレッド様の動きのない表情が読めるようになってくる。父と話す時の彼は、明らかに怒りを堪えているようだった。
父の狙いが公爵家の財産であることが見え透いているからか。
数ヶ月とはいえ、こんな家と繋がりを持つ嫌悪感か。
それとも引きこもりで冴えない私に対する苛立ちか。
理由はいくらでも思い当たる。
永遠に続くと思われた父との面談を終えて、アルフレッド様を見送りに出る。
「アルフレッド様、申し訳ありません。父が、その、、ああいう人ですから。」
「気にしなくていい」
アルフレッド様は素っ気なかった。いつも私には落ち着いた笑顔を見せてくれていたのに、今日は相当不愉快だったのだろう。
短い挨拶をして早々に帰ってしまった。
私が追い出されるまであと2ヶ月。
先は長いように思えた。
一方でシャーリーは大喜びをしていた。シャーリーには、この婚約が2ヶ月で破棄されることを伝えていない。この明るい侍女をがっかりさせるのはもう少し先でいいように思う。
「すごく綺麗な方でしたわね、お嬢様!公爵家だなんて。本当に現実なのでしょうか。でも私、お嬢様の容姿なら、王族の方とだって引けを取らないと思っていましたよ!」
「シャーリー、大げさよ。」
「いいえ!本当のことです。」
シャーリーと言い合っていると、珍しく執事のバートンが部屋の前まで来た。お父様が呼んでいるという。嫌な予感がする。
しかし、断る選択肢はなかった。
「お父様、アイリーンです。」
「入れ。」
不機嫌そうな声だ。これは覚悟しないと。
書斎に入るのは久しぶりだ。以前と雰囲気が違う。
右手には先代の集めた希少な古書が並ぶ。左側には領地の資料が収められていたはずだが、全て酒瓶に変わっていた。領地の管理は誰がしているのだろう?
部屋にははウイスキーの匂いが立ち込めていた。
顔を顰めないように気をつけて立ち続ける。何が父の気に障るかわからないからだ。
ダリウスはお酒を一口煽ると、酔った口調で話を始めた。
「さてさて、上手く取り入ったもんだな?あの女の子供にしては上出来だ。」
黙って聞いておく。
「お前にしてはいい仕事だ。かくなる上は、我が家に相応の見返りを貰わんとな。」
「見返り?どのような?」
思わず聞き返したのがいけなかった。
「お前をここまで育ててやった見返りだ!」
あっという間に激怒したダリウスは机の上にあった大理石の灰皿を投げつけた。灰皿はアイリーンの肩に当たって落ちる。
よろけて後ろへ尻もちをついた格好になる。ダリウスは側へ寄って来てアイリーンの髪を掴む。
「仕事が不調でな。お前、公爵家からいくら流せる?」
「そんな、まだ婚約したばかりで、、」
「黙れ!」
酔ってつかみかかるダリウスは、狂人にしか見えない。カタカタと震えて言葉も出ない。
「金を持って来い。そうしたらどこへなりと嫁に行け。さもないと、、そうだな、お前の侍女を貰おうか。」
ダリウスはニヤッと笑う。
シャーリーを?ダメよ!
「お金は、何とか考えます。どうかシャーリーには近づかないで。」
懇願し始めたアイリーンに、気を良くしたダリウスは続ける。
「お前次第だ。頑張れよ。ダメなら地下室の女から始末する。」
地下室には、シャーリーの従姉妹、ダリウスの4人目の妻が捕えられていた。
ダリウスは気が澄んだのか、さっさと出て行くように手で追い払う。
アイリーンは痛む肩を押さえて部屋へ戻った。
肩の痛みを気にするより、部屋に何か売れるものはなかったかと考える方が忙しい。
シャーリーはアイリーンの肩に出来た大きなアザに悲鳴を上げる。
「もうお嬢様、一緒に逃げましょう。そのうち命に関わる酷いケガをするのではないかと、心配です。」
「シャーリー、でも。」
二人ではどうにもならないことがある。
アイリーンはシャーリーに売れそうなドレスを探すように頼んだ。




