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11 二人でお出かけ

アルフレッドに誘われた日、アイリーンは早朝から叩き起こされた。

「お嬢様のデートのお支度をお手伝いする日が来るなんて、感無量です」

「シャーリーは大げさねぇ」

アイリーンは変わらずマイペースだ。


シャーリーと一緒に「かつての母たちの部屋」から何とか着られそうな服を探し出し、二人がかりで昨日の夜遅くまで縫い直していたのだ。本当はまだ寝ていたい。


女性のお支度は時間がかかるんです、と鬼のような目をしたシャーリーに朝からお風呂に入れられた。

アイリーンの背中にはかつて父に受けた暴力の跡が無数にある。傷が深かったものは跡になっているため、背中の開いた服は着られない。

傷跡が消えますようにと願いを込めてシャーリーが優しく背中を流すと、再び眠気に誘われる。

「少しだけ寝てていいですよ」

寝台で顔や手足にクリームを刷り込むシャーリーは、仕方なくアイリーンに許可を出す。アイリーンは束の間の眠りの世界へ逃げた。


「良かった。よくお似合いです。」

シャーリーが二人で仕上げたドレスを着たアイリーンを満足そうに眺めた。第三夫人は贅沢が好きだったので、多くのドレスを置いて行った。その中からアイリーンの髪の色に合いそうな淡い青色のドレスを選び、二人で趣味の悪い飾りを全て剥がし、シャーリーの従姉妹の第四夫人が置いて行った安物のネックレスを分解して縫い止める。

お直しの前には想像もつかなかったまずまずの仕上がりだ。


「過去の遺産を最大限に利用できたわね。」

アイリーンの言い方も身も蓋もないが、事実である。

「髪型は凝りますよ。さあ、時間がありません。座ってください。」

シャーリーが張り切って仕上げにかかった。


時間になって、公爵が迎えを寄越す。

ホーランド伯爵にばれないようにと、マティアスが地味な馬車で迎えに来た。

「あら、お手紙の方ね。」

驚くアイリーンにマティアスも楽しげに応える。

「先日はどうも。素敵なお花でした。」

馬車の中でもマティアスは会話で楽しませてくれる。

アイリーンの得意な花の手入れについて詳しく聞きたがるので、ついアイリーンも話しすぎてしまう。

マティアスは良い話し相手だった。

「うちの(マスター)、今朝から落ち着かなくて、大変面白かったですよ。よほど今日のお出かけが楽しみだったのでしょう。」

「まあ、そうですの。観劇は私も初めてですから、同じですね。」

「ぶぶっ。劇が楽しみなんではなくて、、、まあいいですかね。」


劇場の入り口でマティアスがアイリーンを降ろす。慣れない馬車を降りるのに一瞬アイリーンが前に倒れかかる。

マティアスがすかさずアイリーンの腰を支えて引き寄せる。

片手はアイリーンの右手を握りしめた状態だ。

「まあ、すみません。私ったら。」

自分の失態に苦笑いをしてマティアスを見上げる。その時。

借りたマティアスの手が、さっと引かれた。かと思うとアルフレッドが冷たい目で立っていた。

「到着したか。マティアス、下がっていいぞ。」

「公爵様!」

実に会うのは2週間ぶりだが、記憶にあるよりずっと美丈夫だった。

じっと見つめるアイリーンに、アルフレッドが「何だ」と返す。

「いえ、うちの侍女のシャーリーが、公爵様の背の高さを教えてほしいと言うのです。帰ったら正確に伝えようと思いましたの。」

予想外の返事であった。俺の身長を測ってたのか?


マティアスは満面の笑顔だ。口元を押さえている。

「ぶふっ。それでは失礼致します。ホーランド嬢、楽しい時間でした。」

「ええ、送って下さってありがとう。」

アイリーンも笑顔で答える。


「行くぞ。」

二人をつまらなさそうに見ていたアルフレッドだが、さっとアイリーンの手を取ると会場へ連れて行く。

アイリーンは転ばないように気をつけて付いて行く。昨晩、シャーリーがたっぷり湿布を貼ってくれたので、今のところ足は絶好調だ。劇は2時間ほどで、座って見るものだと聞く。問題ないだろう。


********


アルフレッドの用意した席は特別席だった。王族も座ることがあるらしく、非常に豪華な作りになっている。

すぐに座れたのが嬉しくて、アイリーンは笑顔が溢れる。

「素敵なお席ね、素晴らしいわ。」

一瞬アルフレッドが固まるが、「そうか」と短く返事をした。


ここへ来るまでの短い間にも、アルフレッドがアイリーンをエスコートする姿を多くの貴族に見られた。今も他の席から二人のいるボックス席を見ようと躍起になっている者が何名もいる。

すぐに噂は広がるだろう。

もう隠しておく意味もないかもしれない。


今日久しぶりにアイリーンと会うつもりで待っていたら、、マティアスと親そうに降りて来た。何だか面白くなくて、さっさとマティアスを追い払う。マティアスの手がアイリーンの腰に添えられている所を見ていられなかったのだ。


前回の夜会で来ていたドレスはどう考えてもイマイチだったが、今日はずいぶんましに見える。

いや、かなり良いんじゃないか。

髪も非常にエレガントに纏めてある。

このドレスにダイアモンドの飾りを贈れば・・・いやいや、待て。

本来の目的を忘れる所だった。


アイリーンにうっかり見惚れて、気持ちを立て直していると幕間になっていた。アイリーンが満面の笑みで手を叩いている。

「素晴らしいわ。公爵様、誘ってくださってありがとうございます。」

「アイリーン。花を送って、お菓子を送って、一緒に出かけたんだ。そろそろ名前で呼んでくれてもいいんじゃないか。」

「あ、アルフレッド様?」

「そうだ。」

アルフレッドは満足そうに頷くと本題に入る。

「今日は何人かに二人でいるところを見られたはずだ。もう君の父上に隠しておく意味もないだろう。正式に婚約指輪を贈りたいんだが、受け取ってくれるだろうか?」

あ、婚約者のフリをするお話ね、とアイリーンは納得する。

「え、ええ、、、必要なら。」

今日は大切なことを確認する日だ。


「あの、、、アルフレッド様?この、婚約者のお役が不要になりましたら、お仕事を紹介して下さるとおっしゃったでしょう?」

アルフレッドがビシッと固まる。

「ああ、覚えている。」

「その、、、事情があって、少し早めにして下さらないかしら。2ヶ月後にはお仕事を始めたいのです。」

「ずいぶん急だね。」

「家庭の事情で、少し都合が、、、」

父が5回目の結婚をするために追い出されるのだとは言いにくい。

そんな婚約者ではバトロイデス家に迷惑がかかるだろう。

アルフレッドには申し訳ないが、婚約者役は2ヶ月で勘弁してもらおう。


一方、アルフレッドには「2ヶ月後には愛人にしてほしい」と解釈した。こんな、貴族の令嬢が本気で働くなど、考えられない。

たった数ヶ月、婚約者ごっこをしただけで養ってもらえると思うのか。ずいぶん図々しいお願いだ。さすがホーランドの娘、そういうことか。世の中それほど甘くないことを思い知らせてやらないとな。

アルフレッドの目が冷たく変わったことに、アイリーンは気が付かなかった。


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