10 招待状と花束
「最近男から物が届くそうだな」
ダリウスがアイリーンに話しかけるのは、あの夜会の夜以来だ。
今日も飲んでいるようだ。顔色が悪いように見える。
「養ってくれる奴を見つけたか。早々に、上手いもんだ。」
酔って絡みたいだけなのか。それとも、、、
アイリーンは何とか早く部屋へ帰れないかと知恵を絞る。シャーリーは決して父へ近寄らないように言い渡してある。
「住む所を、見つけたら、出て行きます。」
「は! 勝手にしろ。」
目の座ったダリウスはフラつく足で部屋へ戻った。
ほーっと息を吐く。
この家にいられる時間はあまりないのかもしれない。バトロイデス公爵に、お手紙を書こうかしら。そう思った翌朝、当の公爵家から使者が来た。
「いつもの郵便の子ではないのですね、、少々お待ちくださいませ。」
シャーリーが手紙を受け取ると、配達の青年はヘラリと笑う。
「ゆっくりでいいですよ〜。お返事も待ってます〜。」
いい加減な態度にシャーリーは顔を顰めるが、主人へ急いで手紙を届けることにした。
玄関で待たされたマティアスはヘラヘラした表情をスッと消して、鋭い視線を屋敷へ向けた。
さっきの侍女はまともに見えたな。
使用人は多くないようだ。伯爵は、不在か、、?
ちょっと一回りするか。
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「まあ、観劇のご招待ですか!お嬢様、やりましたね!」
「え、私何をしたの?」
「もう!いいですから。早くお返事なさいませ、行きます!って」
「そうねぇ。4日後ですって。この日は何か予定があった?」
「ありません! あってもキャンセルです!早く、お返事を!使者の方をお待たせしていますので。」
人を待たせるのは好きではないが、手紙を書くのは苦手だ。
「わかりました。行きます、って書けばいいのよね。」
シャーリーが慌ててアイリーンからペンを取り上げる。
「違います! お嬢様。もう少し招待されたお方の気持ちになって見てくださいませ。なんて言われたら嬉しいですか?」
「んー。私の分は払います。合ってる?」
「間違いです!もう私の言う通りに書いてください!」
二人の会話を屋敷の裏側でマティアスがお腹を抱えて笑いながら聞いてることは知らなかった。
その後最近シャーリーが街で手に入れてきた繊細な封筒に、これもまたシャーリーが買ってきたバラの香りの香水を垂らして、やっと返事が完成したのだ。
「すごいわ、シャーリー。こんな素敵なお手紙の出し方があるのね。」
違う方向に興奮するアイリーンにシャーリーは諦めた眼を向ける。
生まれて初めて男性に、観劇に誘われたことに興奮してほしいわ。
アイリーンが「使者の方にお会いしたいわ」と玄関まで出向く。
「あら、ここで待つように言ったのですけど、、、。」
姿が見えないので帰ったのか心配する。と、ヒョイっとマティアスが顔を出した。
「きゃっ。し、失礼ですよ。他人の家でウロウロされるなんて。」
シャーリーがたしなめる。
マティアスは気を悪くした様子もなく、来た時よりもずっと感じのいい笑みを浮かべていた。
「いや、すみません。お庭の花が見事だったもので」
庭の花はアイリーンが手をかけて育てたものだ。
褒められることなどまずないので、とても嬉しい。
「まあ、ありがとうございます。今は水仙とツツジが盛りですの。水仙を持って帰られますか?」
「ええとそれは、、、うちの主人へですか?」
マティアスが探るように尋ねる。
「いえ、褒めてくださったので。あなたに。」
後ろでシャーリーが「違う!」と頭を抱えている。
マティアスはさらに笑みを深めて「では、遠慮なく。」とアイリーンが手ずからまとめた花束を手紙と一緒に持って帰った。
あのお嬢さん、また侍女に叱られるのかもな。
マティアスは屋敷の外でついに笑い声を上げた。
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手紙を受け取ったアルフレッドが、承諾の返事に満足そうに頷くのを見てマティアスはそっと笑いを堪える。
「ちょっと考え直したんだろうな。やたら嬉しいと書いてある。」
便箋も女性らしいものだ。香水まで使ってある。
ふと見るとマティアスが花束を持っていた。
「その花、どうしたんだ?」
「可愛い子にもらったんですよ。綺麗でしょう。ここに飾っても?」
「好きにしろ」
その後しばらく素朴な白の水仙に、アルフレッドまで心が落ち着いたように感じたのだった。




