第94話:召喚獣のタマゴと主人
意識が戻ったエカが目を開けて視界に入ったのは、自分とよく似た顔立ちの少年と、その背後に広がる空。
以前もあった光景だなと思う一方、今はそこに無いものに気付く。
爆裂魔法の使用で生命力を大半消費して瀕死に近い状態になり、気絶したエカはアズに抱かれてベノワの背中に乗っていた。
グッタリしているところを他人に見られたくないだろうと思い、アズは以前と同じくエカが完全に回復するまでベノワを飛ばせている。
アズの腕に身を委ねながら見ると、いつも道着の懐にいた黒い仔犬がいない。
その違和感と共に、エカは自分の部屋で一瞬だけ見たものを思い出した。
人型になったルルが魔王の分身らしきものに操られ、ソナを抱えて連れ去った。
ソナは意識が無い様子だったけど、その生死は分からない。
ソナは魔王に魂を狙われた子。
世界樹の枝からもぎ取った魂を異世界の国ニホンに落とした魔王は、ソナに恐怖と絶望を与えて自死させようとした。
自殺する事で彼女の魂を輪廻の輪から引き離し、自らの力として取り込もうとした魔王。
だから今回、すぐにソナを殺す事は無い気がする。
エカはソナを護れなかった事を悔やんでいた。
お城の中なら安全だと思い、部屋に1人で待たせてしまった油断を悔いていた。
かといって、もしもアズとルルの部屋に連れて来ていたとしても、不意打ちで瀕死になった自分にソナを護れた気がしない。
無力感が、心を覆った。
「……ソナ……必ず助けに行くから、無事でいて……」
呟くエカの頬を、涙が伝う。
エカが泣くなんて、滅多に無い。
嗚咽するエカを慰めるように抱き締めて、アズが背中を撫でてくれた。
「大丈夫、ソナなら居場所が分るよ」
「えっ?!」
耳元で囁かれた言葉に、エカが驚いて声を上げる。
「……どうやって?」
「召喚獣って、偵察で主人と離れていても念話で連絡出来るよね?」
問うエカを抱き締めたまま、アズは落ち着いた声で言う。
エカは頷いた。
「召喚獣が【主人】と認めるのは、どんな相手?」
「親から託された人や、タマゴを孵した人?」
「ソナが連れてる召喚獣、孵化させたのは誰?」
そこで、エカもボクも気付いた。
ソナの7体の召喚獣は、全てアズが贈ったものだ。
召喚獣の贈与は珍しくはない。
こうした場合は絆が出来て、召喚獣は今の主を優先しつつ、元の主に協力する事も出来る。
「ソナは眠らされてる。ルビイと念話が繋がったから、共有するよ」
そう言ってアズが見せてくれたのは、薄暗い牢のような場所に倒れているソナの姿だった。
7色の玉が、その周囲に舞っている。
『ルビイ、皆の中で君がいちばん実体化しやすい筈だ。俺の魔力を送るから、なりたい姿をイメージしてごらん』
その中の赤い玉に、アズは魔力を送った。
それは、主人権限があるからこそ出来る事。
赤い玉、ルビイは召喚獣たちの中でも、特にソナに好まれた子だ。
そのルビイがどんな召喚獣になるか、ソナと親しい者なら想像がつくと思う。
赤い球体の形が変わり、翼が現れる。
赤に金の混じった炎を纏う、大きな鳥。
ルビイはボクと同じ、不死鳥に変わった。
これで、ソナの命は天寿を全うするまで続く。
魔王に殺されたり、自殺させられたりする事は無い。
『ルビイ、よく出来たね。そのままソナを抱いて護ってあげて』
『はいパパ。早く迎えに来てね』
アズとルビイの会話に、エカが鼻の穴広げて真顔になる。
パパって、アズはまだ子供だけど。
そういえばルルの事も【俺の子】とか言ってたよね?
アズってば、お嫁さんスッ飛ばして子供いっぱいになってるよ。