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第92話:ルルに潜むもの

アサケ学園・男子寮エリア。

現在はアズとルルの部屋になっている一室で、黒髪に黒い犬耳とシッポがついた人型でベッドに寝ているのはルル。

アズが買ってくれたパジャマを着てるけど、前ボタンははずしてあり、胸元は肌が見える状態になっていた。

これから何をされるか、ルルは知ってる。

仔犬ではなくアズよりやや小柄な人型になっているのは、爆裂魔法の威力調整をしやすくする為だ。


……爆裂魔法で、ルルの心臓の中にある魔王の心臓を破壊する……


後から蘇生してもらえると分かっていても、怖いよね。

でもルルは怯えたり逃げようとしたりはせず、その時を迎えようとしていた。

アズはルルが怖くないように、優しく撫でてあげている。

ルルは全てを委ねるように、眠りに落ちていった。


『入っていいよ』


念話を合図に、廊下で待機していたエカは、音をたてないようにそっと室内に入る。


アズが音を立てずに後退して、ルルから離れた。

出来れば手を握ってあげたり、抱いてあげたりしたかったろうね。

でもそうすると完全回避の効果でルルに爆裂魔法が効かないから、アズは壁際に待機した。

ボクはすぐにルルを蘇生出来るように、不死鳥(フェニックス)の姿で実体化して、アズの隣で出番を待った。


エカは心臓の位置を把握するため、露わになったルルの胸に耳を当てて鼓動を調べる。

そうして初めて分った。

ルルの心臓の音に重なるように、もう1つ鼓動が聞こえる。

それが魔王の心臓だと分かったエカは、破壊するためにルルの胸に片手を当てた。


「……っ!」


直後、エカが崩れるように床へ倒れる。

その胸と背中から、鮮血が吹き出して床に広がってゆく。


「え?」


アズもボクも、一瞬何が起きたか分からなかった。


倒れたエカの向こう側、ベッドの上で起き上がったルルの片手が、真紅の血で濡れていた。

その片手には、今まで無かった刃物のように長く鋭い爪がはえている。

ルルはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた後、フッとその場から消えた。


「エカ!!」


大量の血が広がる床に倒れて動かないエカを、駆け寄ったアズが抱き起こした。

エカの胸と背中の傷から吹き出る血が、アズの衣服も紅く染めてゆく。

蘇生しようとしたボクは、エカがまだ生きている事に気付いた。


『アズ、エカはまだ生きてる』


ベノワ経由の念話で伝えたら、アズは躊躇なく行動に出た。


そのままにしておけば、体内のほとんどの血が流れ出てエカの心臓は止まる。

そこからボクの力で蘇生してもいいけど、アズがそんなの待つわけが無い。


……必要になったら迷わず飲ませる……


有言実行。


アズは異空間倉庫(ストレージ)から取り出した小瓶の液体、完全回復薬(エリクサー)を口に含み、エカの唇の端から溢れないように塞ぎつつ口移しで流し込む。

薬が完全に体内に流れ込むまで唇を覆ったまま待ち、効果が現れ始めてから顔を離した。


創造神(かみさま)がアズに与えた役割は、エカを最優先にしつつ仲間を護る事。

姿を消したルルを探したいだろうけど、今のアズが無意識に優先するのはエカの救命だ。


「……?」


大量に流れ出ていた血が止まり、背中まで貫通していた爪の傷が跡形もなく完治すると、エカは意識を取り戻した。


「護れなくてごめん」


アズが、エカを抱き締めて謝る。


「……あれ? なんで俺、倒れた……?」


エカ本人は、刺された事に気付いてなかったみたいだ。


ルルがエカを刺した時、アズは分身が現れた時に備えて自分に加速魔法をかけていた。

それはエカにもかけていたし、強化魔法を主と共有するボクにも効果は及んでいる。

ルルには加速魔法をかけてないのに、何故エカを刺せたのか?

エカの背後にいたボクとアズに見えないとしても、エカ本人は見える筈だけど。


「エカ、ルルに刺されたの覚えてる?」

「えっ?!」


アズに聞かれて、エカは驚いた。

それから、床に広がっている大量の血と、鮮血に染まった自分とアズの服に気付く。


「ルルは?」


ベッドの上を見ると、血飛沫が残っているだけでルルがいない。


「エカを刺した後、消えた。多分、魔王のところへ転移したんだと思う……」


アズは予想出来る可能性を告げる。

姿を消す前に見たルルの表情は、何かに憑依されたように邪悪だった。

魔王の心臓の防衛機能、分身が実体化せずにルルに憑依する形で現れたのかもしれない。


「と、とりあえず、これ片付けてみんなに報せに行こう」


体力が全快したエカは立ち上がり、洗浄の生活魔法で自らが流した血を片付けにかかる。


床、ベッド、自分の服や身体、アズの服……

……と、洗浄していって、気付いた。


アズの顔、口元に血が付いてる。

完全回避のあるアズに怪我はありえないから、それはエカの血だ。

確認するようにエカが自分の口元に触れてみると、吐血していたのか指先に血が付いてくる。


「……アズ、まさか……飲ませた……?」

「致命傷だったからね」


問われたアズは、傍らに転がる空っぽの小瓶を拾い上げて見せる。

その小瓶の中身が何だったか、エカは知ってる。

今更だけど、口の中にほんのり甘苦い味が残ってる事に気付いた。


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