第60話:少年と魔族
ヒソヒソと、噂話をする声。
廊下を歩く長い黒髪の少女に、話しかける者はいない。
ザワザワと、話し声がする教室。
少女が扉を開けた途端に、静まり返る。
昨日まで、5人グループで仲良く給食を食べていたのに。
今日はみんな彼女を避けるように机を寄せている。
以前の彼女なら、孤独に耐えられずに涙を零していただろう。
でも、今は違う。
『大丈夫、俺が傍にいるよ』
身体を包むぬくもりを感じる。
少女の夢の中、エカは実体化せずに寄り添い、彼女を護るように包んでいた。
酷い虐めのきっかけは、仲良しグループの1人。
正しくは、告白してきた子を冷たく拒絶した上に、その子の友達だった少女を欲した少年だ。
「■■さん、いる?」
別のクラスにいる少年は、休み時間になるとそう言ってやってくる。
呼んでいる筈の名前が聞き取れないのは、少女が既に名前の記憶を消しているから。
話しかけられても、少女は無視して避け続けた。
しつこく会いに来る彼は、容姿に恵まれている上に成績も良く、裕福な家の子だ。
女子の間では人気が高く、もしも言い寄られれば多くの子は頷いているような相手なんだけど……
「■■さん、一緒に帰ろう」
「……」
……彼女は、完全無視していた。
放課後まで付きまとって来るしつこい相手を見向きもせず、少女はさっさと帰り支度を済ませて歩き出した。
『そろそろだよ』
『よし、任せとけ』
念話でエカとやりとりする少女は、ソナとしての心を保ちつつ過去の夢の中で行動している。
唇を触れ合わせて使用した精神魔法は、今までよりも強い力でソナを護っていた。
「待って■■さん」
廊下に出て歩き出す少女を、必死で追って来る少年。
すれ違う生徒たちが避けながらヒソヒソ話すが、二人とも全く気にしない。
階段を下りる手前で、それは起こる。
彼女が虐めを受ける最大の理由となる出来事が。
「どうして僕を避けるの?」
少年が、少女の腕をつかむ。
また唇を奪われては堪らないと警戒する少女が、力いっぱいそれを振り払う。
バランスを崩した少年は階段から転落する……
……筈だった。
「真実の光!」
「?!」
腕をつかまれた少女は、振り払う代わりに聖魔法を使った。
眩い光が辺りを覆う。
「うわっ! なんだあれ?!」
「化け物?!」
廊下にいる生徒たちが騒ぎ出す。
光が消えた後、少年の姿は消え、不気味な異形の者が立っていた。
「貴様……何故魔法を……?!」
光に目を焼かれたその異形は、黒い肌に黒い角の大男。
ソナを陥れて孤立させようとしていた少年の正体は、黒い果実に生み出された者だった。
「浄化の光!」
「ギャァァァ!」
正体を暴いて周囲に認識させたところで、ソナは浄化の聖魔法を放つ。
異形の身体は強烈な光に焼き尽くされ、灰となって散った。
「あの気持ち悪い男子の記憶も消して」
「分った」
ソナに頼まれて、エカはこの夢に干渉し、崩してゆく。
人間に化けた姿でも嫌がっていたくらいだから、魔族と分かったら嫌悪感三倍増しだと思う。
『記憶消去』
精神魔法の力を借りて、ソナは虐めの始まりとなった過去の記憶を全て捨てた。