第22話:春の森の初級ダンジョン
高等部のダンジョン実習で、エカが初めて行ったのはスライム洞窟と呼ばれる小規模な洞窟だった。
その名の通り、出現するのはスライム系の魔物ばかりだ。
「パーティ行動の場合、前衛と後方火力のコンビネーションが要となる。エカは初めてだから、まずはチャデとクロエを見て感覚を掴んでくれ」
講師役のOBに指示され、エカは序盤は見学だ。
武道科の生徒チャデは、大柄な茶トラ短毛猫人、金色の瞳がワイルドで身体がデカいので未成年には見えない。
攻撃魔法科の生徒クロエは、艶やかな黒い短毛、マスカットグリーンの瞳が綺麗な美猫人だ。
洞窟に入ってすぐ、透明なゼリーみたいなプルプルした半球状の魔物が現れた。
先頭にいるチャデがチラッと後方のクロエを見て、何か伝えるように片手を後ろに向けて動かす。
ハンドサイン、言葉を使わずに意志を伝えるものだ。
目を合わせたクロエが頷くと、チャデは剣を抜き、スライムに斬りかかった。
仲間を斬られたスライムたちが、チャデの周囲に群がる。
するとチャデは、何かを避けるようにサッと脇へ飛ぶ。
そのタイミングで、クロエが起動言語を発した。
「石つぶて!」
バシバシバシッ!
小石が無数に飛んで、スライムたちを襲う。
ゼリー状の身体の中にある少し硬い種のような物、核が砕かれるとスライムたちは動かなくなった。
「いいコンビネーションだね」
講師のOBがパチパチと拍手して言った。
「こんな感じで戦闘に入る前に合図する事もあるし、戦闘の途中で合図する事もあるぞ」
剣を鞘に納めながら、チャデも説明してくれた。
その後、何度かスライム戦を見学しながら洞窟を進むエカの瞳に、予想外の風景が映った。
「え?! 海?!」
「この洞窟は終点ボスがいなくて、海に通り抜ける出口があるの」
驚くエカにクロエが説明してくれた。
「ボス戦の代わりに、海で魚を獲るんだ」
チャデがそう言いながら海にザブザブ入ってゆく。
何をするのかと思えば、未成年には見えない筋肉質な太い腕をブンッと振り、海中の魚を掬い上げて岸へ放り投げた。
「すご~い!」
エカは目をキラキラさせて感動する。
ボクも手の中に隠れながら、おぉ~って感動したよ。
なんか猫人というより、熊系の獣が魚獲ってるみたいに見えたけど。
「チャデは魚獲り名人なの。一緒にここへ来たら焼き魚が食べられるわよ」
次々にスッ飛んでくる魚を拾い上げながら、クロエがクスッと笑った。
講師のOBも分っているらしく、洞窟の出口付近に置かれた箱から炭を取り出して、砂浜で焚火を始める。
お約束みたいになってるのか、箱の中には魚を刺して焼く串まで入ってた。
「はい、どうぞ。召喚獣も出して食べさせてあげて」
「ありがとう! 出ておいでフラム」
塩焼きにした魚を2つ貰ったエカが、ボクを呼んでくれたので外に出て御馳走になった。
まさか、ダンジョン実習のシメが焼き魚になるとは思わなかったよ。