第107話:後日譚・美の女神の化身
アサケ学園医学部薬学科を15歳で卒業したエア。
彼女はアマギ王国に渡り、しばらく宮廷薬師として働いた後、王家の資金援助を受けて王都で薬局と製菓業を兼業するようになった。
アマギ王国は北方に位置する寒冷地で、一年中雪と氷に閉ざされた国。
猫人はもともと寒さに弱いので、風邪をひく者が多い。
病に肺を蝕まれて呼吸困難になり、抵抗力の低い子供や年寄りは死んでしまう事もあった。
エアは薬師として治療薬を作りつつ、お菓子や飲み物で寒冷耐性を上げたり、病気への抵抗力を上げたりする事を考えた。
薬を買いに来たお客に試作品を配ると、優れた効果を発揮してみんな驚いたらしいよ。
エアの薬局は健康を保つお菓子の店としても知られ始め、美味しい物で病気が予防出来ると聞いて、多くの猫人が買いに来るようになった。
「エアちゃーん、支援の飴ある?」
冒険者となったクロエたちも通って来る。
アサケ学園でエアの在学時を知っている卒業生たちは、お店の常連客になってくれた。
エアのお菓子の支援効果はアサギリ島の討伐隊メンバーも全員知っているので、各国のS級冒険者たちも買いに来る。
「来てくれてありがとう。お茶を飲んで温まっていってね」
お店には喫茶室もあって、寒冷耐性効果のあるお茶を出してもらえる。
新作があれば試食させてくれるから、それを楽しみに買い物に来る人が多かった。
エアは個人から相談を受けて特別なお菓子を作る事もある。
注文を受ける際は店番を店員たちに任せて、お客を個室に通してゆっくり話を聞いてくれた。
エアの召喚獣は聖歌鳥の【ピヨ】、心を癒し落ち着かせる力を持つ水色の鳥だ。
相談者の中には心に傷を負っている人もいて、そうした場合はピヨが歌で癒してくれる。
「惚れ薬を作ってもらえませんか?」
たまに、エアの技術を見込んでそんな注文がくる事もある。
好きな人を振り向かせる魅了効果のお菓子を求める人は意外と多い。
「ごめんなさい、他人の精神を操作する薬は作りません」
そんな時、エアはこう言ってきっぱり断る。
「でも、あなたの魅力を上げるお菓子なら作りますよ。自身を磨いて相手を振り向かせましょうね」
代わりに彼女が渡してくれるのは、使用者本人の魅力を上げるお菓子。
猫人たちの魅力は瞳や毛並みに現れる。
エアが渡すお菓子には、瞳の輝きや毛ヅヤを良くして、本人を美しくする効果が付与された。
このお菓子は後に女性たちの間で大流行していった。
「彼が私を見染めてくれました」
嬉しそうに報告に来る女性たち。
エアはそんな彼女たちに微笑みかけつつ、少し羨ましく思ったりした。
初恋は、実らなかった。
エアの想い人は、他の女性を愛してしまったから。
けれどエアは、その人が幸せならばそれでいい、そんな風に自分に言い聞かせて大人になった。
(私もいつか、愛し合える人に出会えたらいいな……)
そんな風に思いつつ自分も美容のお菓子を口にしていたエアは美しさが増し、世界樹の里に帰る度に男性陣の視線を惹き付けるようになった。
彼女もいずれ伴侶となる人が現れるだろうね。
後にアマギ王国は美女が多いと評判になり、美容と健康の国として知られるようになってゆく。
エアは弟子をとり、その知識と技術を惜しみなく後世に伝える。
世界樹の民という事もあり、エアは美の女神の化身として敬われるようになった。