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第100話:黒い巨狼

魔族の頭を踏み越えた先に、アズは探しものを見つけた。

大きな黒水晶、その中に黒い影が見える。

その気配がルルだと、彼には分った。


「ルル、迎えに来たよ」


呼びかけると、黒水晶の中から低い唸り声がする。


「怒ってるの?」


アズが問いかけても、唸り声しか返ってこない。


「来るのが遅かったから拗ねてるのかな?」


アズは軽く溜息をついた。


ルルが豹変してエカを刺し、ソナを連れ去ったのは昨夜の事。

もともと準備が完了しかけていた魔王討伐隊が、出発したのは今日の夜明け頃だ。

失踪から現在まで半日くらいしか経ってないけど、ルルにとっては長過ぎたのかな。

以前、動植物学部に預けて狩りに出たら、脱走して追いかけてきたくらいだからね。


「これでも急いで来たんだよ?」


アズは唸り声が続く黒水晶に歩み寄り、表面を片手で撫でてみた。


「ガウッ!!」


激怒したような獣の声と共に、黒水晶の中から黒い影が飛び出してきた。


「ルル……」


その姿を見て、アズが少し驚いた顔になる。


「……しばらく見ない間に、大きくなったね」


とか言ってるけど。


そんなレベルの変化じゃないよ?

まして半日で見た目の変化が分る成長なんて、普通はないからね?


黒水晶から飛び出してきたのは、アズを丸飲み出来そうなほど巨大な黒狼だった。


「……」


アズと視覚共有したエカが、鼻の穴広げて真顔になる。

同じ光景が見えるエアやローズや生徒会の召喚獣持ちたちも、猫シッポがブワッと膨らんでるから動揺してるね。

ロコは何か考え込むように難しい顔をしてる。


城の外に溢れ出ていた魔族が、アズが黒水晶を撫でた直後、何故か慌てたように一斉に城へ退却してゆく。

ルルの中には魔王の心臓がある。

それを破壊されないように、防衛に向かったんだろうね。


「ルル、一緒に帰ろうよ」


話しかけながら、アズはルルに見られないように手の中に隠して拘束生物を取り出す。

牢の前で黒髪の少年を拘束したものと同じやつだ。


「!」


でも、油断していた少年と違い、アズを警戒して全神経を集中させているルルは勘付いたらしい。

ピクッと耳を動かしたと思ったら、投げつけられた物を前足で叩き落した。

アズは加速魔法を起動させているのに。

ルルはそのアズと同等の速度で反応した。


「ガウゥゥゥ~!」


黒い大きな獣は背中の毛を逆立てて、鋭い牙を見せて唸る。

なんだか怒りが増したような?


「そっか、これの記憶はあるんだね」


アズが新たな物を異空間倉庫(ストレージ)から取り出して見せると、黒狼はブチ切れたように襲いかかる。

長く鋭い刃物のような爪と牙で攻撃してくるけど、もちろんアズには当たらない。

完全回避に関する情報を持っているなら分かる筈なのに、ルルは狂ったように無駄な攻撃を続ける。

ルルは一度その生物に捕まって窒息状態になった事があるから、無意識に怖がるのかもしれない。

平常心を失った獣は攻撃力が上がる代わりに、防御力や回避力は下がる。


「ごめん、ルル」


アズは黒狼が突き出してきた爪を難なく回避しつつ、その首に拘束生物を叩き付けた。


「グァゥッ!」


悲鳴に近い声を上げた狼を、動物のような植物のような蔓状の物が縛り上げる。

首を締め上げられた巨大黒狼は、助けようと駆け寄る魔族たちを蹴り飛ばしながら暴れた。


天の裁き(ネメジス)!」


アズの声と共に、無数の光弾が城の天井を突き破って降り注ぐ。

広間に密集していた魔族たちは消滅し、暴れていた狼は倒れて動かなくなった。



『エカ、来て』


アズに呼ばれて、エカは魔道具を起動して転移する。

猫人変身を解いて、赤い髪の少年に戻ったエカ。

エカに完全回避の効果が及ぶように、アズが手を繋いだ。


『危険だからあまり近寄らずに、胸の内側を狙って』


ルルは一度エカに瀕死の重傷を負わせているから、アズは特に警戒している。

巨大狼になっているので、爆裂魔法の威力調整はしやすくなった。

拘束生物に呼吸を封じられ、光属性の攻撃魔法を複数浴びた黒狼は、横たわったままピクリとも動かない。


爆破消滅(エクスプロジオン)!」


エカの掌周辺に透明な泡が舞った直後、狼が衝撃を受けたように一瞬だけ身体を痙攣させる。

黒狼の胸と口から大量の黒い血が噴き出した。

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