最終話
注意!!
この短編には多少のメタ要素と、異世界モノ愛好家の皆さま方への毒が含まれております。お読みくださる方は、お気を悪くされないようご注意下さい。
俺はそのとき、山道の脇の茂みに潜んでいた。
A司教区からB司教区へとつながる道は、北にある舗装されたAB街道を除けば、この山道しかなかった。
なぜその街道の方で異世界転生者一行を待ち伏せしないのか、という疑問の答えは、街道を通る転生者を殺し過ぎて、もうあっちは転生者がほとんど通らないからだった。
異世界に転生し、パーティーを組み、ギルドから依頼を受注した人間というのは、必ず区から区へと移動するものだ。だから俺は、区内で殺人をして即刻逮捕されるようなへまはせず、こうして道中で油断したパーティーを待ち伏せしていたのだった。
向こうから話し声が聞こえ、それがだんだん大きくなってきた。すると、左手に持った本が反応して小刻みに振動し始めた。赤い表紙に丈夫な装丁で、分厚い、しかしほとんどの頁が白紙の本だ。
その本の最初の数ページには、既に俺が終わらせ、上から赤いバツ印を刻まれた異世界転生物語のタイトルがいくつか載っていた。
『転生したら特殊アビリティ『隠密』を取得したので、スパイとして国家の影の英雄になろうと思います』×で消されている。
『交通事故で死んだ俺は『支配』の数値が100オーバーの皇太子になりました。でも城の中は退屈なので、旅に出て仲間を増やしたいと思います』これにも×。
異世界転生の物語はタイトルだけで内容が全部わかるから、これを眺めただけで俺はこの二冊を読んだに等しい。当然これを読む君たちも、今タイトルを眺めただろうから、もうこの二冊を読む必要はない。
そしてこれらの下にも終わらせた物語はいくつか載っていて、その最後尾に、今近づいてきている彼らの物語が刻まれるのだ――絶対に完結することのない、エタ(eternal)った物語として。それがどんな題名の、どんな物語であろうと……。
彼らは三人のパーティーだった。平均からすると人数が少ないが、きっとこれから増えるところなのだろう(訂正:これから増えることは決してない)。
左から順にウォリアー、タンク、ヒーラーだと、所持品から見当がついた。俺の潜む茂みに一番近いのは女のヒーラーで、これは運がよかった。飛び出して、接近戦に弱いヒーラーの喉を最初に掻き切るという理想的な展開が期待できるからだ。これが逆にウォリアーが俺の側にいたなら、小さい可能性だが、反応されて防がれるという場合もある。
もう一つありがたいこと――それはこの本の性能である。この本には、転生者を殺す前の段階で、接近した物語の題名がひとりでに浮かび上がってくるのだ。つまりたった今最後尾に記された彼ら三人(或いは独り)の物語名――『攻撃を受ければ受ける程に肉体が強化されるスキル『根性』を付与されたので、最強タンクとして無名パーティーのランクを上位まで引き上げたいと思います』を確認することで、如何なる場合に備えるべきかが事前にわかるのだ。
そして今、戦術の整理はついた。俺がすべきことは次のようなことだ。
①茂みから飛び出し、ヒーラーの喉を掻き切る。
②タンクを無視して通り過ぎ、ウォリアーと闘って短時間で始末する。
③最後に厄介な主人公を、なんとかして殺す。
俺は万事その通りにやった。①と②は特に述べるべきところも無かった。③についてだが、①と②を済ませた後で「俺の仲間にならないか。スキル『隠密』を持っているから、きっとお前の役に立つ」と嘘をついて勧誘したらまんまと鞍替えしたので、道中で後ろから首を刺して殺した。エタる物語とは所詮その程度のものなのだ。
正直に言うと、俺も異世界転生者だ。前の世界で、人を片手の指の数ぐらい殺して、死刑に処されたのだ。前世の記憶は鮮明に残っているし、殺した瞬間の被害者の顔だって脳裏に焼き付いている。しかし、いつかは忘れられる日がくるだろう。何しろこっちの世界でこんなに殺しているのだから。さっきも三人殺したのだから。
そして、俺は薄々気が付いていた。俺は決して、エタる作品を殺しているのではない。つまりそれとは因果が逆で、俺が殺した物語こそがエタるのだ。俺が、物語をエタらせているのだ。
それに気付いたとき、俺は自分の未来を予見した。
きっと――あくまでなんとなくだが――、この本の最後のページの一番下には、俺の物語が載ることになる。俺自身の、特殊スキル『転生者キラー』を持つ俺自身の物語の、長ったらしい題名が載ることになる。
その題名にバツ印をつけるとき、俺は一体何をするのだろうか。自分の首を絞めるのだろうか。或いはさっきのタンクにしたように、ナイフで掻き切るのだろうか。それともこの本は誰か別の人間の手に渡り、その人物によって殺されるのだろうか……いくら考えても、それが分かることは決してない。その時が訪れるまで。
但し、異世界転生の題名は、大体が酷く安直なものであり、その多くは偶然に取得したアビリティとか、偶然に生まれ付いた地位だとかが読者にわかりやすく盛り込まれているのだ。そこから予測するに、きっと俺の物語はこんな名前をしているのではないだろうか。
『転生者キラー・サイトウ~この物語はエタります~』
どうだい? この物語を読みたいと思うかい? いや、読まなくていいよ。さっきも言っただろう。異世界転生なんてのは、題名を眺めるだけで十分なんだから。
でも俺が転生者を殺して、いいことだってあるんだぜ。だってそうだろう?俺が最後に自分の物語を終わらせるときっていうのはつまり――、もうどんな物語もエタらなくなるってことなんだから。このジャンルを愛読している君たちにとっては嬉しいことじゃないのかな?
というわけで、俺は自分のため、この世界のため、そして君たちの世界のために、これからもじゃんじゃん物語をエタらせていく。
応援よろしくお願いします。