ボク達には時間がない。
「な、なに?これ?」
ボクが描いた「次の路上ライブの時に着たい衣装」のイメージイラストを見て京口さんと誠一が苦笑する。
ボクは恥ずかしっくて目を瞑る。
だって、ボクの絵心はクラッシュしてハートブレイクな感じなんだもん。
って、どんな感じなのよって、いや、わかるでしょ。察して察して・・・・。
京口さんは「はぁ」って、ため息をつくと、誠一の方を見て「この子。美術センスがミジンコね。」って呆れたように言った!!酷いっ!!
「なによっ!着たい衣装のイメージを描いてみてって言ったの、そっちじゃないのよっ!!」
って、言い返せたらカッコよかったのかもしれないけど、ボクは、京口さんが怖くて黙ってしまうのデス・・・・。
誠一は、それでも頑張ってボクの絵を理解しようとしてくれたけど「こんなサイコホラーみたいな絵柄だと何を書いても伝わらんなぁ。」って、最後に匙を投げた。ううっ。泣いちゃうぞ!
ボクの絵心に絶望した誠一は方向性を変えて「着てみたい衣装のイメージの特徴を箇条書きに挙げてみろ。それをこっちで形にしてみるから」って言ってきた。
「あのね。ボク、ドイツの民族衣装みたいなのが着てみたいの!」
そういうと、腕を組んだまま誠一は一瞬、立ち眩みを覚えたのか白目をむいてから、京口さんを見て「こいつの美術センスはミジンコ以下だ」って言った!!酷い!!それでもボクの彼氏なのっ?
京口さんは眉間に手を当てると、しばらく考えていたけど、「要するに長いスカートの衣装にしたいのね?」って言ってきた。
さっすが、京口さん!!女の子だね。わかってるぅっ!!
「そうそう!ボク、ダンスの時にスカートをヒラヒラさせてみたいのっ!」
ボクが嬉しそうにそう言うと、京口さんは、「へぇ!いいじゃないっ!」と言いながら、なにか閃いたのか「えーと、こんな感じなのかなぁ」と、ノートにサラサラとイメージイラストを描く。メチャクチャうまい。やっぱり、美術センスが半端ないなぁ。京口さん。
誠一も京口さんの絵を見ると満足そうにうなずくと「イケるな。これ」と喜んだ。
京口さんは、自分の描いた絵に自分でも気に入ったみたいで「私もこういうのにしようかしら?」って、少し悩んでいたけど「いや、被るのはロックじゃないわ。私は、もっと攻めた衣装にするの!」と、考え方を改める。
「・・・・・ロックに縛られ過ぎるのって、逆にロックじゃない気がするんだけど?」
ボクは京口さんと一緒の服装が着たくて誘ったつもりなんだけど、京口さんは
「いいのいいの。私、縛られるのも好きだから・・・・その中でもあがいて見せるのがロックなのよ!」と、訳の分からないことを言って何度もうなずく。
京口さんは、自分自身のロック魂に納得すると、イメージイラストを漫研のレイヤーさんに渡す。
レイヤーさんは、しばらく考え込んでいたけど「これなら、衣装を一から作るよりも、近い衣装を古着屋さんで買った方が安いし、いいと思います。」と、勧めてくれた。
どうもこのレイヤーさんは京口さんの大ファンらしく、今までも何着か京口さんのライブ衣装を作ってあげたのだとか。新しい服を買うよりも作った方が安上がりな場合と古着屋の方が得な場合とを的確に教えてくれる。彼女にとって京口さんは絶対の存在らしく、常に京口さんに対しては敬語なのだった。
・・・・・うーん。京口さん。ネタじゃなくてガチでお姉さまキャラだったのね。
彼女の説明を受けた京口さんは「じゃぁ、今日の放課後に一緒に下見して、次の日曜日に一緒に買いに行きましょうよ!」といって、さり気なく誠一の腕に抱き着く。
誠一は、「そうだな。そうするか!」って、笑顔で応える。
・・・・・彼女は、ボクの方なんですけどっ!!なんですけどっ!!
むすーっ!という擬音が聞こえてきそうなほど不貞腐れたボクと嬉しそうな京口さんの姿を漫研の女子が興味深そうに見つめていた。
そして、放課後。ボク達3人は自転車で駅近くの繁華街に行き、古着屋を回る。レイヤーさんは既に何件か、こういう衣装を置いている店をピックアップしてくれていたので、お店を回るのに苦労はしなかった。
城跡が観光名所になっている地方の繁華街には古着屋さんが多い。みんなコスプレを楽しむかのようにここで色んな衣装に着替えて史跡を回るから。
ボクは、お予算を考えながらも、衣装としての妥協点も考えなくてはいけないのだけれども、それでもなんとか1着妥協できるドレスを見つけたので、お店の人に「日曜日に必ず買いに来ますから」とお願いして取っておいてもらった。京口さんはボクが服を選んでいる間、誠一を独り占めにして色々と引っ張りまわしていた。
うーん。ボク。攻撃力が低いなぁ。
まぁ、元々、誠一に迫られる受け身のタイプだもんなぁ。
でも、流石に下着を買いに行こうと言い出した時は「京口さん。誠一を下着を買うのに付き合わせるのは反則だよっ!」って、引き留めた。
「あら?初めてじゃないのよ?ね?誠一?」
京口さんは、こともなげに言う。ボクが思わずバッと振り返って誠一を責めるように睨むと「付き合ってた時の話だよ」って苦笑い。
「ふんっ!!エッチめ!」
ボクは、そう言って怒って店を出てしまう。
流石に京口さんもやりすぎたと思ったのか、追いかけてきてくれた。
ふーんだ。エッチめ!
ボク達は服の下見が終わると、3人でファミレスに入る。ドリンクバーを頼み、ポテトをみんなで分ける。
勿論、ボクの隣には京口さん。反対の席には誠一が座る。
最初は衣装やバンドの事、学校の出来事とか、とりとめもない話をしていたのだけれども、京口さんは、時計を確認すると、突然、悲しそうな顔をして
「もうやめましょう・・・・。私たちには、もう時間が無いの。」
と呟いた。
その言葉に3人とも凍り付く。
その言葉にボクの動悸が激しく乱れる。胸が苦しいほど
・・・・やめて、
・・・・・・やめてよ
「やめてよ・・・・・。やめてよ。京口さん。・・・・・そんなこと言わないで。」
お願い。京口さん、ボクは考えないようにしてきたの。
どうして、そんな残酷なことを言うの?
ボクは、そんなことを考えたくないよ。誠一にそんなこと考えさせたくないよ。
「そんなこと言っても仕方ないでしょ?こうやっている時間も過ぎてゆくのよっ!」
京口さんは、涙をポロポロ溢しながら反論する。現実から逃げ出そうとしているボクを責めるように。
「あと、3か月もすれば誠一は戦場に行ってしまうのよっ!」
「やめてよ・・・・ボクは、そんなの・・・考えたくないよっ!」
ボク達は涙をこぼしてお互いに対立する。
現実的に残りの時間を大切にしたい京口さんと何も考えずに今の時間を楽しみたいボク。
だって、そうでしょ?
この先、3か月ずっと暗い思いを抱えたまま誠一と過ごすの?
時間は過ぎていくって京口さんは言うけど、その時間の使いかたは限られているんだよ?
楽しい思い出をたくさん作っていこうよ。
悲しい思いに耐えながら3か月を過ごすの?・・・・・そんなの悲しすぎるよ!
全てを忘れて普通に学生生活をして・・・・・恋愛しようよ。
ボクは、京口さんの意見に同調できない。
納得できないよ。悲しい思い出を抱えて誠一は戦場に行くの?
そんなの悲しすぎるよ・・・・・。
「私は嫌よっ!!あなたと誠一に振り回されて、これ以上、無駄に3か月過ごすなんてまっぴらだわ!
私は、あと3か月、ずっと誠一に甘えていたいわ。
誠一に優しくされたい。誠一に優しくしてあげたいのっ!!
誠一と抱きしめあって、お互いの愛を確かめ合いたいわ。
誠一に前みたいに好きだよって何度も何度も言ってほしい!
誠一にご飯を作ってあげたい。誠一にケーキを焼いてあげたいわ!!
あとたった3か月の時間でもいい!!私だけの誠一の時間が欲しいのっ!!」
「そして、誠一の赤ちゃんを産んであげたいわっ!!」
京口さんは人目もはばからず泣きじゃくりながら、そう言った。
京口さん。ずっと我慢してきたんだよね。
ボクの前に誠一の恋人になった人。突然の別れ話を飲み込んだのに、ボクが現れたせいで、我慢できなくなった。
わかるよ。君の気持ち痛いほどわかるよ。京口さん。
ボクも・・・・・ボクも・・・・・誠一のことが好きだから。
ボクも誠一に愛されたいもの・・・・・。
誠一は目に一杯、涙を蓄えたまま、黙ってボク達の話を聞いていた。
ああ・・・君は男だから泣けないんだね。
バカだね、君は。泣いていいんだよ。
男の子だって、泣いていいんだよ・・・・・・・。
それでも誠一は男だから、事態の収拾に努める。
「今日は先に帰ってくれないか?俺は沙也加を送ってやらないと・・・・・。」
誠一は、ボクにそう言った。
そうだね。その権利はある。
ずっと我慢してきた京口さんが今日は誠一を独り占めにする権利があるのかもしれないね。
少なくとも誠一がそう決めたのなら、ボクは従うよ。
ボクの誠一が決めたことなんだから・・・・・・。
ボクは財布から自分の飲食代をだすと、立ち上ってフラフラと店を出る。
擦れ違いざまに京口さんに言われた「あんたさえいなければっ・・・・・」という呪いの言葉が胸に刺さる。
出口を出て自転車に乗り込む力も失ったボクは、手で自転車を押して歩きながら、涙を流して家に向かう。
ずっと考えないようにしてきたのに。
誠一には楽しい3か月を過ごして欲しかったのに・・・・・。
15歳の夏。ボクは、現実の残酷さに身を震わせるのでした。
・・・・
・・・・・・・・。