ボクに欲情しすぎだからっ!!
誠一の元カノの京口さんは、朝、顔を合わすなり、誠一に何か耳打ちした。そのあと、二人は一緒に教室から出て行ってしまった。
二人が何を話しているのか、確かめたかったけれど、ボクにはそんな勇気がなかった。
ボクにはそこまでする資格はないよ・・・・なんて自分をごまかしながら、誠一と京口さんがどんな話をしているのか気にしないように心がける。
だって、気にすればするほど、ボクは京口さんにヤキモチ焼いて彼女のことが嫌いになっちゃうから・・・・・・
もうっ!!なんだって、ボクが誠一の事でこんなに悩まないといけないんだよっ!
男が女を口説くに必要な要素は上から「一、押し。 二、金。 三、器量」って言うけどさ、誠一は1と3だけは、圧倒的だもんなぁ(学生だからお金はないのは当たり前だし)・・・・。
正直言うと、ボクの心はボクが想像している以上の速度で誠一に引っ張られている。
特に土曜日のサプライズとか卑怯だよね。あんな事されたら女の子は誰でも好きになっちゃうよね。だって、すごくカッコよかったもの。
押しの強さも半端じゃない。凄いグイグイ来るよね。ボクの想像以上のスピードで・・・・・・。
まぁ、誠一もそれだけ必死ってことだと思う。来年には誠一は防衛隊に入ってしまうのだから。
・・・・・あんなに一生懸命に迫られて、心が動かないわけがないよ。
認めるよ。
ボクは誠一の事が少しづつ”男性”として好きになってる。
でも、だからって赤ちゃんを産んでくれって言われても、まだ重すぎるよ。
ボクは流石にそこまで好きになってない。だって、それって結婚するのと同じというか、それ以上に好きになってないと起きない感情だもの。
それには、ボク達にはもっと時間が必要だ。誠一にはボクがもっともっと誠一のことを好きになるようなことをしてもらわないとね。
そんな時に、京口さんとのことでもめ事は嫌だなぁ。別に京口さんは悪くないけどさ。
それでも仮にも誠一は今はボクの彼氏なんだからっ!!
二人っきりで話し合うって何?
・・・・ああ、ダメダメ。こんなこと考えてたら、京口さんのことが嫌いになっちゃう。
ボクは、もう何にも考えたくなかった。
だから二人が教室に戻ってくるまで、同級生の女の子たちと、とりとめのない会話をするだけだ。
二人は朝のHRの時間ギリギリに戻ってきた。心なしか誠一と京口さんの雰囲気が微妙になっているように思える。
・・・・・一体、何があったんだろう?
考えれば考えるほど、不安になって、休憩時間になってもボクと誠一は、「そのこと」について語り合うことはなかった。それは、お互いにとって「そのこと」が大きな問題であることを示しているんだけどね。
ボク達は3時限目まで、そんな感じで過ごしていたのに、4時限目の水泳の授業が始まることを思い出した誠一は急に元気になってきた。
ボクの右手を両手で握り締めるとキラキラした目で「待ってるぜ!!」なんて言い出すものだから、思わずぺチンと頭を引っ叩いちゃった。
だって、皆の前でそんな事されたら、恥ずかしいじゃない・・・・・。
誠一は、まず乙女心というものを理解しないとね。
ボク達は男女それぞれ着替えのために教室を移る。
着替え。それはボクにとって最大の試練でもあった。
一つは、今は女の子だからといっても、元男子のボクが他の女の子と一緒に着替えることが出来るのか?
もう一つは、これまで男女共通の空間だったのに、これから女子だけの空間になる。ここでハブられたり、攻められたりしないだろうか?
・・・・・・ボクは受け入れてもらえるのだろうか?
ボクは事前に両親と学校側に相談して、最初の数回の着替えは保険医の斎藤先生が付きそうという形をとってもらうことにしていた。そんな状況だから、すぐにいじめを受けるという事はないだろうけど、実際問題、女の子たちは元男のボクと着替えるのは嫌なんじゃないんだろうか?
嫌な予感はよく当たる。そんな心配は的中して、やっぱり最初、だれも着替え始めなかった。
斎藤先生は、ボクの肩に手を置いて、「先に君から着替えて皆を安心させてあげないと」と、耳打ちしてきた。
仕方ない。
ボクは、恥ずかしかったけど皆の視線にさらされながらの着替えを行うことになる。そんなボクの着替えを見ていた女子の一人が「キレイ」って声が上がる。それを口火に皆はボクのプロポーションがあんまりにも完璧だと言って、近づいてきた。
「ねぇ?なにやってるの?全然、ぜい肉ないじゃない。ガチでモデルさんみたい!」
「胸も大きいし、どうしたらそんな胸になるの?教えて!?」
皆がボクのこの美ボディの秘密を知りたがった。皆、綺麗になりたいんだね。
でも、秘訣ってことはないんだ。
「ああ。実は、ボク、男の体から女の子になるために急激に体のエネルギーを消費したから、背も縮んじゃったし、余計な脂肪も落ちちゃったの。」
って、正直に言うと、皆は「な~んだ、そういうこと?」って、納得してくれた。
それから「でも、本当にきれい。これだったら久礼君も惚れちゃうのも仕方ないわ。」って誰かが言い出した。
ボクはもう恥ずかしくって顔が真っ赤になるのがわかったけど、斎藤先生がさらに追い打ちをかける。
「なんだ、久礼と付き合ってるのか?ダメだぞ、本校は不純異性交遊は禁止だぞ。」と言いながら、ボクのCカップの胸に指ツンしてくる。
「きゃあっ!!、も、もう!!せ、先生!やめてよっ!!」
ボクが慌てて胸を隠しながら、恥ずかしがる姿を見て、皆は安心したのか着替え始めた。
多分、誠一と付き合ってるっていうのが、一番、大きかったのかな?男の子と付き合っているから、自分たちの体を見ても、変な気を起こさないだろうって安心してくれたみたい。
もう、みんな。仕方ないけど取り越し苦労だよ。
ボクは、女の子になったんだし、普通に男の子が好きだよ。
でも、皆に受け入れてもらってちょっとホッとしたよ。これから3年間の学校生活、ずっと一人きりだと寂しいもんね。
安心して胸をホッと撫でおろしていると、京口さんがボクに近づいてきた。
ボクは彼女の水着姿を見て思った。綺麗なロングの黒髪が羨ましい。ちょっと細身すぎるボクと違って水着がフィットした少し肉好きの良い太ももは男子が好きそうだ。女の子になったばかりのボクと違う濃厚な色気を纏っているのが京口さんだった。
ま、オッパイはボクの方が大きいけどね!
でも、いいなぁ。黒髪ロン毛って男の子はみんな好きだもんね。
「ショートカットも好きだよ」なんて誉め言葉を言うけど、男の中にいたボクは知っている。そんな男子は、ごく少数派。やっぱり、男の子は皆、清楚な感じがする黒髪ロングが大好き。
ああ、羨ましいな。きっと誠一もこんな黒髪が好きなんだろうな……。
そんなボクの視線を悟ったのか、京口さんは「あんたも伸ばしたら?あいつ、好きよ。私の黒髪。」なんて擦れ違いざまに言ってきた。
「・・・・・え?」
ボクは固まってしまった。
女の子になったばかりのボクでもわかるよ。今のは牽制だって。
やっぱり、・・・・・やっぱり京口さんは今でも誠一のことが好きだったんだ・・・・・・。
でも、なんで・・・・なんでそんなこと言うの?
ボク、京口さんのこと、嫌いになっちゃうよ・・・・・。
知りたくなかった事実を知ったボクは、トボトボとプールサイドの方へ向かう。
そんなボクの気持ちを知ってか知らずか、誠一は、ボクの方へ馬鹿みたいにダッシュしてきた。
あ、こら!そっちから先は女子のサイドだから、男は入ったらダメなんだぞっ!!という前に、誠一はボクの前に立ってしまった。
て、いうか。どっちも立ってるしっ!!。
「おおっ!!滅茶苦茶、似合ってるよ!!可愛い、可愛いっ!!」
誠一は滅茶苦茶嬉しそうにはしゃいでいるけど、やめてよ!恥ずかしいだろっ!!?
み、皆見てるよ!
誠一は、男子の授業を見る体育の杉田先生に羽交い絞めにされたまま、男子のサイドまで連れ去られていった。
あっ。ゲンコツされてる。
でも、これを見て体罰教師だという人はいないだろうな。下手したら、今のは変質者として捕まってもおかしくないから。
て、いうか・・・・・・ボクに欲情しすぎだからねっ!!
そして、その欲情具合に女子たちの興味は集まっていた。
「ちょっとみた?久礼君の。」
「うん。すっごい大きいね。男の子ってみんなあれぐらい大きくなるのかな?」
いやいや。あいつのナマズみたいなサイズは特別だよ。
中学時代の修学旅行の時なんか・・・・・。思い出しちゃった…‥。
は、恥ずかしい…‥。
そんなときに誰かが言った。「あんな大きいの入っちゃうの?怖くない?」って。
そう、そうなんだ。ボクが誠一を受け入れたら、あんなのがボクの中へ・・・・・?
ボクの脳裏には、ボクを押し倒して、ボクに迫ってくる誠一の顔と、あいつのが鮮明に投影されてしまう。
ダメダメ!こんなエッチな女の子、誠一に嫌われちゃうよっ!!
ボクがおかしな妄想に悶えていると、京口さんが吐き捨てるように「大したことないわよ。怖いのは最初だけなんだからっ!」と言った。その発言にクラスの女子の注目は一斉に京口さんに向けられた。
ボクも違う意味で京口さんに注目せざるを得なかった。
だって誠一の口からも京口さんとしているって聞いてるんだもん。二人になにがあったのか、これから京口さんが、何をしてくるつもりなのか。ボクは心配だった。
・・・・・でも、大丈夫だよね。きっと。
だって、誠一は、ボクの水着姿にあんなに興奮しててくれてたんだもん。
・・・・・大丈夫だよね。
おかげでボクの頭の中は誠一と京口さんの事で一杯になって、水泳の時間以降のことは、あんまり覚えていない。
気が付くと、もう終わりのHRの時間になっていた。
誠一は昼食の時間も呼び出されて説教を食らってたみたいだし、帰りのHRの時に誠一とボクを離すために、水泳の時間はボク達は一番遠い両端に並ばされることが決定したと聞かされた。
ああっ!もう!!恥ずかしいよぉ~。
・・・・・・全く、何してんの?君。
おかげで校内中でボク達の関係は認知されてしまった。
放課後、ボクはそんな愚痴を誠一に言いながら、自転車に乗っていつもの公園に向かう。公園に着くと自転車を止めて自販機を指差して「カルピスソーダおごって!!」という。乙女の純情に恥をかかせた対価が120円のジュースなんだから安いものでしょ?と、ばかりに言ってやった。
「ギター買ったばかりなんだけどなぁ・・・・」なんて情けないことを言いながらも誠一はボクにジュースをおごってくれた。
ボクは誠一がなけなしのお金で買ってくれたカルピスをグビッと一口飲むと覚悟を決めて、誠一に問いただした。
「ねぇ、朝。京口さんと何を話してたの?」
「・・・・・・」
誠一は答えにくそうに黙っていた。
だからボクは「ボクだって女の子だよ。京口さんがまだ誠一のことが好きだってことぐらいわかってるの!」って言ってやった。
それを言われて観念したように誠一は語りだした。
「俺と沙也加は、実は、最近まで付き合ってたんだよ。それこそ、俺に防衛隊からの通告が届くまでな。で、俺はそれで沙也加に別れるって言ったんだよ。」
「え?なんで?」
ボクは意外だった。だって、それならボクに「赤ちゃんを産んでくれ」って頼まなくてもよかったじゃない。京口さんに頼めば・・・・・。
「俺が死んだら、沙也加一人になっちまう。あとで寂しい思いをさせちまう。だから、俺から別れを切り出したんだ。」
・・・・・それって、・・・・・それってどういうこと?
ボクに赤ちゃんを産んでくれって頼んでおきながら、京口さんには、寂しい思いをさせたくないって・・・・・
ボクは、悲しい。とても悲しい。
「・・・・・・やっぱり、ボクの事。都合のいい妊娠する機械と思ってたってこと?」
ボクは、張り裂けそうな胸の内をぶちまける。
すると、慌てて誠一はボクの両肩を握って訂正する!
「違う!!そうじゃないんだ!!
俺は、お前が男だからってことでこの気持ちを諦めてたんだっ!昔からずっと!
でも、お前が女になったって知ったら、いてもたってもいられなかった。
お前が音信不通になった夏休みの間、俺はせめて、お前と最後の思い出作りをしたかった!
なのに、お前は連絡つかないし・・・・・。夏休み明けたらお前は女になってるし!それがわかったら、もう止められなかったんだ!!お前と思い出作りだけするなんて嫌だ!お前との間に確かな何かを残したいと思ったんだ!本当に、それ以上の気持ちはない!!信じてくれ!!」
誠一は珍しく壊れそうなほど悲しい顔で必死にボクに説得している。幼馴染のボクだけど、こんな誠一は初めて見る。
「・・・・・わかった。信じるよ。もう、この事で誠一を疑わない。でも・・・・」
「でも、だったら、京口さんは、どうしたっていうの?」
誠一は言いにくそうにしていたが、それでも何とか話してくれた。
「沙也加は、自分と別れた俺がなんでお前と付き合ってるんだって、問い詰めて来てな。
俺が事情を話したら、”だったら、自分が赤ちゃんを産んであげる”って言いだして・・・・」
・・・・ああ、そういうこと。
「で?ちゃんと断ったんでしょうね?」
「あ、ああ。でも、向こうはあきらめないって。どんな色仕掛けを使っても俺のことを振り向かせるって言いだしてさ。あんな元男に負けないって・・・・・・あ、すまん。今のは黙っておくほうが良かったな」
元男って言われたことを話してしまったから、ボクが傷ついたと思って誠一は律儀に頭を下げる。
「ふーん。・・・・」
・・・・・京口さん。言ってくれたわね。そこまで聞いてボクは、覚悟を決めた。
いいよ。昔から言うもんね。女の敵は女って。
だから受けて立とうじゃないの!
ボクは、ジュースをもうひと口を飲むと「んっ」と誠一に差し出す。
誠一は、訳が分からないような顔して受け取る。
「ちゃんと話してくれたご褒美。・・・・・感謝してよ?間接キスのジュースなんだからねっ!!」
ボクが真っ赤な顔でそういうと、誠一はしばらく固まっていたくせに、すぐに一気飲みし始める。
もうっ!がっつきすぎだから!
そんな誠一を見ながらボクはクスクスと笑って、「でも京口さんの事、断って良いの?ボクは、まだ誠一の赤ちゃんを産んであげるつもりなんかないんだよ?」と言ってやった。
誠一は、その言葉にちょっと絶望したように固まっていたけど、そういう意味じゃないよ?
「だからね。誠一は、京口さんのエッチな誘惑に負けてしまう前に、ボクが「誠一の赤ちゃんを産んであげる」って、言いだすくらいに、誠一のことを好きにさせて見せなさいよっ!」
ボクはそう言って、誠一の前に仁王立ちになって、悪戯っぽい笑顔を見せる。これはボクからの宣戦布告に対する受諾だ。
ボクはもう、この戦いに乗り気なんだから、誠一だって絶対にもっともっと、ボクが誠一のことを好きになる様に戦わないとだめだよ?絶対に負けちゃダメなんだからねっ!?
ボクの覚悟を聞いた誠一は、「任せろ!必ず、お前を落として見せるぜ!」と、いって缶ジュースを握りつぶすのだった。
15歳の夏。女の子になったボクは同級生の女の子と、誠一の赤ちゃんを産む権利を争うことになりました。
負けないでよっ!誠一!!