それぞれの心境 その2
旧アフトクラトリア帝国・帝都から馬車旅で一か月の距離ほども離れたとある都市では純白の翼を生やし、優雅にくつろぐ者たちが。
ここは旧アフトクラトリア帝国から魔大樹の森を見て、右方向に進んだ巨大都市である。帝都は無理と判断した天使たちはその次に大きいとされる都市に目を付けたのだ。
そして天使側も当然情報収集のために密偵を各地に放っているのだが、その報告を聞いて皆震え上がった。勿論いい意味で。
報告を聞いた風嵐のサルネリエは、
「なんと!? それは本当か?」
「はい。間違いございません。人間の竜魔導師と思われる者に敗れ、討ち死にであります」
「それは……嬉しい報告ではあるが、俄かには信じがたい」
サルネリエが驚いていると、
「そうね、私もびっくりだわ。でもこれは好機よ、だって今まで数千年以上にもわたって人員が変わることはなかったお互いの陣営に変化が起きた。竜魔導師が強いのは分かっているけどそれでも人間なんかに先を越されたのは少し癪ね。ただこの機会を利用しない手はないわ」
閃光のセレーヌがそう答える。
「そうだな。我らははるか太古の昔から犬猿の仲である種族。その中でも我ら七大天使と奴ら七つの大罪は宿命の敵同士。今までの史実にもあったが、我らのうちだれかが欠けるだけで戦況に大きく差が出るほどにまで影響を与えるようだ。そしてここ数千年間互いの陣営に変化はなかった。それが今……」
「変わって、史実のように大きな戦況の変化が訪れようとしている、か」
「その通りだ」
セレーヌの言葉を引き継いだのはサルネリエを魔将帝との戦いから撤退させた者、熾天のアリエルである。
そしてそのアリエルに続いて話してるのが冥冰のスエラだ。他にも蒼雷のルドエル、聖流のシエラ、砂塵のガルガンティー。
彼ら7名そろって七大天使である。彼らは皆真剣な顔つきで今後の展望を話している。
アレンが意図せずして巻き起こした混乱のうねりはより強まっていくことは間違いない。
ところ変わってアンドレアス王国・王都。その中心部である王宮のとある一室にて、
「急報! 急報!」
と、その一室の扉を作法は守りながら、だが力強くたたく音が鳴り響く。
「む? どうしたのだ? 騒がしい」
「分かりませぬ。しかし雰囲気からしてかなり急ぎのようです」
「うむ、そのようだな。通してやれ」
「御意」
そう答えると、クリストフは会議室の扉を開く。
「どうされましたかな?」
「至急、陛下にお伝えしたき事がございます」
「分かりました。入りなさい」
「失礼します!」
伝令係は会議室内に入ってくるなり、姿勢を正し、要点をかいつまんで報告をした。
今、会議室にはアレンの父、ベッケラート子爵とベッカー侯爵、バルツァー公爵、アーベントロート伯爵、さらに国家への軍需物資提供で多大な貢献をしているアーベントロート伯爵の父、エッカルト・アーベントロート・バーデン辺境伯、そして……ベーレンドルフ公爵である。
このメンツで何を話していたのかというと、まさに今後の旧帝国への対処である。この場に一番いるべきアレンがいないのは、皆が国家の大貴族の中で今、誰が一番忙しいのかを理解しているからだ。
アレンに気を使ってあとで早馬で書状を送ろうということになっていた。
伝令係の報告に会議室内にいた一同は目を丸くして驚く。まただ。またラント伯爵がやったのだ。
そしてアンドレアス王は思う、
(あ奴め……本当に次から次へとやってくれおる)
完全に内心で愚痴っている。そして本人もいたって真面目に愚痴っているつもりだ。だがなぜだろうか? 顔だけは異様に嬉しそうなのである。
「あい分かった。報告ご苦労。下がってくれてよい」
「はは! 失礼いたします」
伝令係が出て行って数分、何とも言い難い沈黙が訪れる。そして、
「ふふ、ふははは! あ奴め! またやりおったわ! これはいよいよ渡す勲章も肩章もなくなってきたわ!」
「ええ、仰る通りです。いったいどこまで大成するつもりなのやら」
陛下の言葉に反応したのはアレンの父親であるエトヴィンだ。
「いや、良いではないか。息子の成長は素直に喜ばなくてはな! ははは!」
「陛下落ち着いてくださいませ」
「おおっと、すまんすまん。あまりにも朗報すぎてつい、な」
そしてアンドレアス王の言葉に他の貴族も皆一様に頷いている。流石のベーレンドルフ公爵もアレンのこの功績には素直に称賛する気になってしまったようだ。
もともと彼は無能ではない。ただ考え方が極端すぎるだけなのだ。
ただ今だにアレン含め、他の平民でも有能ならば優遇すべきという考えに賛成する者には反抗的ではあるが……。
ただ、彼がこの会議の招集に応じたのは単純に、この場にいる武門の家系であるベッカー家、ベッケラート家、アーベントロート家に匹敵できるのはベーレンドルフ家しかいない。
そのうえで陛下からの直々の招集でもあった。だから出向いたのだ。
派閥的には敵対者しかいないこの場に。彼の心中は穏やかではない。
(全く、なぜ私がこのような者どもとつるまねばならんのだ。今は国家存亡の危機だから手を取り合っているものの、どうせこの戦いが終わればいつもの腹の探り合いの再開だ。はぁ、とにかくこの戦いが終わるまでは辛抱だ)
そんな感じで各々考えはあれど、国家存亡の危機は刻一刻と迫っている。なので今は皆仲間として協力し合うためにこの後も会議に臨むことになるのだった。
そして世間を揺るがすような大スクープを次々と生み出している張本人はと言えば、
「はい、アレン様。あ~ん」
「あ~ん」
前回の戦いで消耗しすぎて療養中の為、こうして今は看病を受けている最中だ。
ただまあ、はたから見れば年頃のカップルがイチャイチャしているようにしか見えないのだが……。
「それにしてもアレン様、無茶すぎますわ。本当に心配したんですよ?」
エレオノーレにご飯を食べさせてもらっているとビアンカがそんなことを言い出した。
「ごめんよ。でもあの時は僕しか戦える人がいなかったからさ」
僕はそう答える。
「そうですわね。確かにお話で聞いたような、それほどまでの強敵。アレン様以外には太刀打ちできなかったかもしれません。ですがわたくしたちはアレン様がいなくなるかもしれないと思うと本当に怖かったのですわ。2日も目を覚まされませんでしたし」
「そうだね。本当にごめん。心配をかけたね」
僕は何とも言えない気分になった。天使や悪魔は倒さねばならない。でもそのたび彼女たちに悲しい思いや、怖い思いをさせることになるのだろう。
でもなあ、どうしようもない。いったいどうすればいいんだろう?
「またです」
「え?」
「また、一人で抱え込もうとして……いいですか? アレン様は一人で抱え込みすぎなのです! そりゃぁ、わたくしどもにはそのような強大な敵は相手にできないのかもしれません。でもそれ以外は違うでしょう? その辺にいる天使や悪魔でさえ、アレン様は自ら動こうとします。アレン様は一人で完璧にできすぎなのです。だから誰かに頼ろうという気があまり起こらない」
そういわれ、僕は困惑した。頼ってないつもりはなかったのだけど。でも彼女たちには僕はまだまだ周りに頼ってないように見えるのか。
するとビアンカが、
「そうですね。貴方は他人に助力を願わなさすぎです。この近辺に貴方のご友人のダミアン殿が転任されてきたのでしょう? 彼にもいろいろと頼めばよいのです。そして……私たちにも」
「いや、それは……」
「何でですか? 確かに私はあまり戦闘向きではありません。ですがエレオノーレは違うでしょう? 強い、戦うための力を持ってます。私は治癒なら相当な腕だと自負してます。ですから……」
そこで彼女は一旦言葉を止めた。
「私たちを頼ってくださいませ。私は戦場に出ても医療従事者としてしかお力になれませんけど、エレオノーレは貴方の助けになってくれるのではないですか?」
「そうですわ! わたくしだって戦えます! 確かに報告を聞く限りでは上位悪魔以上は難しいかもしれません。でもそれ以外のアレン様が戦うような相手の邪魔な取り巻きくらいなら排除できると思います」
そこまで言われて僕は思った。
(ダメだな、僕。いくら強いとはいえ、妻にこんなことを言わすようでは、情けないにもほどがある。でも、そうだなあ、頼る、か。うん、いいかもね。初めから他人の助力を当てにするのは良くないけど、僕だって万能の神じゃない。できないことはあるんだから、頼れるところは頼るべきかもしれない)
「そうだね、それじゃあお言葉に甘えようかな?」
「本当に?」
「うん。ただ一つだけお願いがある」
「はい」
「勝てないと思ったらすぐに引いて。僕にとって君たちが一番だ。お国も大事だ。だけど僕にとっては君たちを失う方が百倍辛い。貴族としてはダメな回答かもしれない。でも心からのお願いだ」
僕がそういうと、二人は驚いた顔をしてこちらを見た。
そして、
「わたくしたちはどうやら本当に幸せ者のようですね」
「そうですね、エレオノーレ。貴族間での結婚でここまでの愛を注いでくださる方は滅多にいませんもの」
彼女たちが口々に言う。
「分かりましたわ。お約束します。なるべくあなた様の負担を取り除けるよう、戦闘でも頑張ります。でもどうしても難しそうならちゃんと引きます」
「私もお約束します」
「ありがとう」
僕は嬉しかった。こうやって常に僕のことを考え、寄り添ってくれる大事な人がそばにいてくれることが。
「でも」
「でも?」
「それ以外の面では遠慮は致しません! 戦闘面以外で何かアレン様がお辛い事がありましたらすぐにでも言ってください! 絶対ですよ!」
「ふふふ、本当にエレオノーレとは気が合いますね。全く同じことを思っていてびっくりしました」
「う、うん。勿論だよ」
僕がそう返事をすると、彼女たちは満面の笑顔になった。押しが強くて少し怖かったけど、要は戦い以外でも肩の力を適度に抜きなさい。困った時は頼ってということだろう。
本当に素敵な妻たちだ。
僕は改めて二人と一緒になれたことを感謝するのだった。
人に頼るって意外と簡単ではないのかもしれませんね。頼ってるつもりで全く頼れてなかったみたいなこともあるかもしれません。
人の成長や苦難を乗り越えるシーンって言葉で表すのが難しいですね(笑)。
これからも精進します。本日もありがとうございました!




