祝いの夜
王家主催の祝宴に招待され、参加することとなった僕。他の貴族と未来のお嫁さんになるエレオノーレの顔合わせも含めて二人で来ることにした。
「あ、あのアレン様。わたくしなんかが一緒に同行してもよろしいのですか?」
「何言ってんのさエレオノーレ。逆だよ逆。君だから連れてきたんだ」
「え?」
「そもそもこういった貴族で集まる宴会っていうのは妻を連れてくるのは当たり前だよ?まあ、貴族の友人とかを連れてくる人もいるかもしれないけど、一般的には奥さんを連れてくるんだよ」
「そうなのですか。わたくしは子息、令嬢の集まりのみしか知りませんのでその他のことには疎くて」
それは当然だ。こんなのは僕も貴族になって最近知った。なぜか僕の応援をしてくれる貴族が多くて
しょっちゅうお茶会とかにも呼ばれてたから。基本的に騎士爵や準男爵が呼ばれるなんてことはよほどのことがない限り起きないからね。
なので、こういった暗黙のルール的なことは実際にその社会に入ってみないと分からない。
「仕方ないよ。こういった難しい暗黙の鉄則的なことは実際に体験しないと知ることもできないからね」
「そうですわね」
「とにかく落ち着いて、いつも通りでいいんだよ。それに本当にみんなと一緒に食事をするだけだから」
そういうと彼女は少し落ち着いたみたいだ。変に何か特別な作法とかがあるのかとか気にしていたのかもしれないな。
そんな感じで、エレオノーレを落ち着かせながら馬車に揺られていると、すぐに王城に着いた。
いつも通りすぐに王城に通されてスムーズに中に入れた。今回は普段王城で使わせてもらってる場所とは違うみたいだ。
天井がアーチの形状になっている大きなホールのような場所に案内された。
「ベッケラート卿、到着いたしました。こちらでございます」
「ありがとう」
そうお礼をして、さっさと中に入った。するとそこには既に大勢の貴族が各々の知り合いと思われる相手と楽しげに会話をしていた。
「既に大勢の方がいらっしゃってるんですね」
「そのようだね」
そうやってエレオノーレと話しながらゆっくりとしていたのだが、
「失礼、貴殿は最近有名なベッケラート卿では?」
「え?」
急に後ろから話しかけられた。
誰だ?
「あ、あの。失礼ですが、あなた様は?」
「おっと、これは失礼。私はヘンドリック、ヘンドリック・シュナイダー伯爵です」
「ああ、あの食材運輸でお国に多大な貢献をされてるシュナイダー伯爵でしたか。すぐに気が付けず誠に申し訳ありません。まだ新参者で、これから皆さんと顔合わせさせていただくところだったので」
「そうですな。確かに名前は知っていても実際にその人物に会っていなければ顔はわかりませんからな。仕方なきことでしょう」
「お気遣い感謝します」
「いえいえ。それで、この後一緒にお食事でも?」
「え? よろしいのですか?」
え!? マジデスカ? いきなり伯爵と食事って。いや僕としては嬉しい限りだよ? この人すごい大貴族だけど基本的にはほかの派閥に属さないんだ。
一匹狼ってやつ。まあ、他に繋がりのある人はいるかもしれないけど、少なくともベーレンドルフ派の貴族とはかかわりがない。
なぜ断言できるのかというと、そもそもこの人は根っから派閥に興味がないって言われてるからだ。群れてる暇があれば仕事しろって感じの人だ。しかも強い立場の人間が弱い立場の者を理不尽に虐げたりするのを相当嫌っているらしく、まさに僕の理想形なわけだ。
というわけでこの人は本当の意味で大貴族だ。こんな人物とつながりが持てれば、食料関係でうちの領地が躓くことはひとまずなくなったといってもいい。
陛下からの信頼もすごく厚い人だから、間違いない。
「ぜひ! お誘いいただけて光栄です!」
「それは良かった。ではあちらの席にでも座りましょう」
「はい」
なんともまあ唐突だったけど、繋がりが増えるのは嬉しいことだ。エレオノーレはそんなにホイホイついていっていいのかみたいな顔を最初していたけど、普段の僕のほかの貴族との接し方を思い出したんだろうね。
すぐに気を取り直して黙ってついてきてくれたよ。
僕は伯爵位以上の貴族はほぼほぼ頭に入ってる。男爵位から子爵位のあたりは力がある人はって感じ。
それ以下は流石にそんなに覚えてない。割合で言うと6割くらいしか覚えてないと思う。その残りの
4割は別に覚えていなくても問題ない家だからね。
逆に言えば覚えている家はそれなりの力があるので覚えておく必要がある家だ。
そんなわけで大体の貴族を覚えてる上にその人のつながりとかも調べる僕がすんなり関わってるんだ。問題ないと思ってくれたんだと思う。
この辺は本当にありがたいと思う。エレオノーレの気配りのすごさは同年代でも群を抜いてると思う。
「ほかにもベッケラート卿に声をかけてくる貴族の方がいるかもしれませんね」
「そうですか?」
「はい。私は常々思っているのですがね。あなたはご自分の価値をもっと自覚された方がいい」
っと、いきなり真顔で諭された。なんで?
「えっと、それはどういう……」
「そのままの意味ですよ。あなたはいつも他の貴族の方から丁寧に接されると戸惑って恐縮している感じがします。ですが本来ならほかの貴族の食いつきは別におかしなことではないんですよ。あなたは私から見ても相当優秀な方だ。実際そんな速度でポンポン爵位が上がる人物は見たことがありません」
「は、はあ……」
「なので、皆あなたが将来大成するであろうことを薄々察し始めている。だから今の、失礼ですが爵位がそこまで高くない段階で関わりを持っておこうと考える貴族は多いのですよ」
なるほど、今までのほかの貴族の異常な僕に対する積極性への説明が漸くついたな。
僕も元から出世するつもりで頑張ってきてたから今の爵位が上がっていってるのは嬉しいことだ。そしてそれはほかの貴族も同じことと言うわけだな。
だけどあまり早く爵位が上がられると声をかけにくくなるから今のうちにっとそういう感じか。
「なるほど、いつも他の貴族の方の積極性には驚いていたのですが、今のお話を聞いてようやく謎が解けました。ご指摘感謝します」
「いいんですよ。結局のところ私もそのうちの一人ですから」
ふ~ん、普通はこういうところでは本音を隠すものだと思うけど逆にあっさりと打ち明けるのか。まあ、一般的な人間関係では今ので信用を無くすかもしれないけど、貴族としてはものすごく信頼できる。
自分の株を上げるため他人を落とすでもなく、逆に極端に自分を卑下して謙遜しすぎて本来の自分の良さを見せられなくなるでもなく、ね。
こういった場での交渉や腹の探り合いでは正直な方が逆に信頼されることもあるだろう。
まあ、そんなこと以前に僕は元からこの人を貴族として尊敬してるからね。考えるまでもなく手を取り合うべきだ。
本来なら逆に僕から頭を下げて関係構築のお願いをすべきところに先方から声をかけてきてくれたんだ。断る理由なんてない。
「ははは、そうでしたか。そういうことでしたらこれからもお付き合いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも。やはりあなたならそういってくださると思ってた。ぜひともよろしくお願いしますぞ、アレン・ベッケラート子爵」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願い申し上げます。ヘンドリック・シュナイダー伯爵」
こうして僕は期せずしてとんでもない大物との人脈を形成することに成功したのであった。この関係の構築はものすごく大きな意味を持つ。
シュナイダー伯爵家は僕の領地の近隣を治める大貴族、そのエリアの食料はほとんどこの人物が牛耳ってる。
その上で、彼と懇意にしている貴族、最低でも男爵位以上のそれなりに力のある貴族が魔大樹の森と反対方向に領地を構えている。
つまりその繋がりで彼らとも仲良くできれば、遠方のなかなか手に入らない食料なども入手可能になるかもしれない。
これはデカい、デカすぎる。陛下と近しい最上位貴族の方々と関係を構築できただけでも大きいというのに、貴族の集まりで最初に関係を構築できたのがこの人というのは本当に運がいい。
この関係は絶対に崩しちゃいけない。大切にしていこう。
本日もありがとうございました




