悪魔、天使以外の強者?
魔大樹の森の中を進み続けていると、進入開始直後から感じていた嫌な感じがより強くなってきた。まだ森に入って一時間たつか経たないかといったところ。
本来ならこのような悪寒というか、本能的警戒を呼び掛けられるような事態はないとは言い切れないけど頻繁にはまず起こらない。
だから余計にかもしれないが、自分の心の警鐘がもっと気を配れと言ってくる。今はその警告に従った方がよさそうだ。
良くも悪くも良い予感は当たらないことが多いのに悪い予感って結構当たること多いからな。
「クラウス中隊長」
「は! どうなさいましたか?」
「おそらくこれから予想だにしないことが起こると僕は思っている。自然っていうのは常に僕たちの予想を超えてくる前提で動いた方がいい。だからこれからこの部隊では最警戒態勢に移る。他の部隊にも警戒を呼び掛けたし、とりあえず今できる準備は整えた。だから後は絶対に気を抜かないように団員に伝えておいてほしい」
「承知しました」
そういってクラウスは伝令係を動かした。そうしてしばらく移動していると、今までに感じたことのない強烈な悪寒が体中を駆け巡った。
ほかのみんなも感じたようだ。ここにいるのはほとんどが魔法師、なので魔力波動を感じ取れる者が多い。
「こ、これは……なんという強大な覇気……」
「そうだね。正直僕もびっくりしてるよ。今まで上位悪魔までは戦ったことがあったけど、この気配はそんな次元じゃないね」
(ねえルシファー)
『ああ、これは強烈だな』
(だよね。何の気配かわかる? 少なくとも悪魔や天使じゃない気がするんだけど)
『そうだな。これはおそらく、幻獣と呼ばれるものだな。我も過去に何度か相まみえたことがある。魔物や魔獣が突然変異のような形で進化した存在、というのが一番近いかもしれんな』
(え? ルシファーと戦える強さってマジ?)
『マジである。超位竜の中でも上位の者くらいの強さがあると思うぞ。互角といってもそれは我がまだ若かりし頃の話だ。まだまだ駆け出しの青二才といったころくらいの、そうさなぁ、齢で言うと5、60年ほどしか生きておらんかった気がするな。対して相手は数百年以上自然界での生存競争を生き抜いておった。経験の差が出たのだろうな』
(ごめんよ。とりあえず君の時間感覚がおかしくて微妙に参考になってないけど、何となく強さの基準がぼんやりと見えてきたよ。つまり今の経験がまだまだ足りない僕じゃ気を抜けば……)
『確実にあの世行きだな』
そうか。本格的にやばいなこれは。
(それじゃあ、今回はルシファーにも協力をお願いするかもね)
『ああ、むしろそうした方がいいかもな。他の竜にも手伝ってもらうがよかろう』
(了解)
と、そんな感じで作戦会議していると、クラウスが声をかけてきた。
「ベッケラート卿、どうなさいますか?」
「とりあえず、幹部全員に報告必須だね。これじゃあ、いったん止まってこのあたり一帯を念入りに探索して、この気配の元凶を探し出さないといけないな。そしてその存在がが人類に害なす者なのであれば討伐もやむなしだな」
「い、いや! 討伐すべきです! なんとしても!」
「それはどうしてだい?」
「どうしてって、危険だからですよ! 被害が出てからでは遅いのです!」
ん~。これは考え方が根本から間違ってる気がするぞ?
「じゃあ、聞くけど、その危険とか、被害を出すとかって誰が決めたの?」
「え?」
「君はこの気配を放つ相手に会ったことがあるの? そしてそいつが蛮行を行うところをその目で見たの?」
「い、いえ」
「ならその理屈は破綻するね。そもそもあってもいない相手を危険だと判断するって早計過ぎると思うんだよね。これくらい力ある存在なら知性を備えていてもおかしくない。話し合いで人類には手を出さないように約束してもらうっとかもできるかもしれないじゃん」
「そんなのは確実性がありませぬ! 彼らが人類を襲わないという保証はないのです」
「そうだね。君の言う通りだよ」
「なら!」
そう。確かに彼の言ってることは正しいだろう。この世界においては魔物や魔獣、さらには悪魔や天使という存在まで確認されてる。つまり死の危険と隣り合わせなのだ。
言い方は悪いが平和ボケした元日本人の思考回路を持つ僕の方が逆にこの世界では異端なのだろう。 だが一つ忘れていることがある。
「ただそれは裏を返せば、彼らが人を襲うこともまた証明できない」
「そ、それは……」
「もし本当に知恵のある魔物で、人間になんてこれっぽっちも興味がない、そんな存在だったとしたら? それで僕たちが攻撃してみなよ、それこそ僕たちの方が彼らにとって危険な存在だ。ただの被害妄想で罪もない生き物を殺戮した野蛮な種族に成り下がる。君一人の判断で団員全員にそんな業を背負わせる覚悟があるのかい?」
「……」
彼は黙った。何も言い返してこなくなった。多分今彼の心の中は葛藤の波が渦巻いているのだろう。今もなお強烈な気配を放っているこの魔物、もしくは魔獣。(僕は正体を知ってるけど、彼らは知らないからね)そんな存在をほおっておいていいとは思えない。でも僕の言うことも理解できたんではなかろうか。だからこそもし本当に間違って攻撃して罪もない生き物を殺すなんてことになったら、それは自分、そして団員たちの罪にもなる。
法律的には罰せられなくても、生き物としての罪は背負うことになろう。悩ましいところだろう。ここはひとつ、僕が安心を与えてやろうではないか。
「ただ、安心してよ。もしもの時は僕が打ち取る。それに深く考えなくていいんだよ。僕たちに害為す存在であれば打ち取ればいい話。逆にそうでなければ深くかかわらないようにして、こちらから手を出して怒らせなければいい話なんだから」
「た、確かに。で、では大隊長殿のご判断に従いましょう」
「うん。協力感謝するよ。それじゃあ、僕は伝令からの返事が来ればほかの幹部の人たちにも話してこようかな?」
そして十数分後、伝令が戻ってきて、伝えた通り警戒態勢を敷くとのことだった。ただ僕の仕事はここからだ。
馬に前に出るように手綱で指示を出して、前方に馬を進めた。
そして数分後最前列のベッカー侯爵やコルネリウスさんがいるところに着いた。
「おお、ベッケラート卿、どうしたのだ?」
「本当だ。あなたは最後列では?」
「はい。少しお伝えしたいことがございまして。森の前方から上位悪魔などとは比べ物にならないような強大な気配がしています」
「何!?」
「まさか……油断できない気配がするとは思っていたが、そこまでとは……どうされますか? ベッカー閣下」
「うむ。まさか森のこんなに浅い場所でそこまで強大な相手に出くわすとは……いったん全団停止!」
ベッカー侯爵がそういうと全部の部隊が停止した。そしてその後はさっき僕がクラウスに話した内容をすべて話した。
最初はベッカー侯爵も難色を示したが、とりあえず僕を信じる方針をとってくれた。ありがたい。
「それではまずは探索人員を出しましょう」
「うむ。その方がよさそうだな」
そうして僕も探索人員に加わり、森をしばらく見て回った。そしてさっきから分かっていることは探して前に進んでいけばいくほど魔力波動が強くなってる。おそらくこの先にいるな。
そう思いながら探索を続けていると、すごい光が目に飛び込んできてその後すぐに、開けた場所に出た。
「ほう、数百年ぶりの来客か。ここには何用で来た?……人間」
「こ、これは……」
僕は絶句した。心臓に触れられているかのような圧迫感と、歴戦の猛者の覇気が伝わってくる。
あれが、幻獣……か?
顔がライオンのような感じで、体もライオンそのもの。だが普通のライオンと違うのは、まず筋肉の付き方だ。
ライオンはもう少しスリムな感じだけど、この幻獣は端的に言えばバキバキだ。ボディビルダーのような体つきだ。筋肉すべてが隆起している。
そして何より違うのがその背中より翼が生えていること。ルシファーたちと同じようなカクカクした堅そうなだ。
尻尾はいたって普通。そのほかにも口から冷気を吐いている。ここら一帯が寒くなってきていたんだけど、この幻獣のせいか。
そして、体からはまるでこちらを威嚇するように稲妻がバシバシと飛び交っている。他にも特殊な能力があるのかもしれない。
これは……骨の折れる仕事になりそうだ。
強いキャラクターの描写って重要ですから難しいものですね。本日もありがとうございました。




