自分の屋敷に初訪問?
後期試験が終了し、丸々一年がたち年を越し、とかなり忙しなく動いた年末。今はもう年始でそろそろ影の月も終わろうかという頃、僕たちは春休みに突入していた。
まるで前世の大学、授業と試験が終わり次第休みに入るって……逆に暇すぎるんですけど!? っと普通の学生ならなるんだろう。
だけど僕に安息の日々は訪れてはくれないようで、今日さっそく自分が新たに住むことになる王都の屋敷に案内された。僕は領地を持っていないタイプの貴族なので、屋敷が用意され、そこに一般的な貴族としての執務を行いながら個人事業で功績を上げていくことになる。
本来ならば領地経営をするところなのだが、僕は領地を持っていないので自分の仕事にだけ打ち込めばいい。
ただ今みたいに言うと聞こえはいいが、要するに税金が入ってこないので資金は全部自腹だ。僕はすでに結構な財産があるので構わないけど、これがそんなに資金がなく、普通の人より多少お金持ちなだけの人が功績を上げたというだけで僕と同じタイプの貴族になってしまえば、たちまち経営は苦しくなるだろう。
貴族になったからと言って必ずしもお金持ちになれるわけではないのだ。ただ悲しい事ばかりではない。
それはなぜか、なんと、エレオノーレが一緒に住んでくれます! はい、もうこれは勝ち確定! 毎日が幸せで仕方ないはず! と初めは喜んだが、ひとつ気になることがあって、僕も王都住みになるのでちょうどいいので父上に聞いてみた。
内容は僕たちがいくら婚約しているといってもまだ正式に式も挙げていない。なのに使用人を除いて僕とエレオノーレだけで過ごさせてもいいのかという質問に、父上も周りで給仕をしてくれてた使用人もみんな驚いていた。
なぜ? と思い理由を聞くと、普通の男の子なら好きな女の子と、しかも婚約もしている女の子と一緒に住めるとなると嬉しさで頭がいっぱいになって、そこまで考えられるものではないらしい。
なんかひたすらに褒められたよ。でも普通気にするよね? だってその気になれば手を出し放題になるんだよ? まだウエディングドレスに身を包んですらない女の子相手にやりたい放題できる状況っていろいろとまずいんじゃと思っちゃってさ。いくら相手が婚約者でもね?
そういうと、
『やはりお前はできた子だ。実はその辺の考えも見ておいてほしいとブラームス卿から言われておったんだ。まあ、要するにお前は試されていたようなもんだ。だが実際のところブラームス卿はそこまで心配していない風だったぞ?』
と言ってきた。なるほど、すぐに手を出すようなら、すでに婚約はしていて悪いというわけではないけど、印象はすこぶる悪くなっていたわけか。
『お前は聡明な子だし、エレオノーレ嬢の実家に訪問した時も彼女のことを最優先に考えているのがひしひしと伝わってきたそうだ。心配する方がばかばかしいほどに。だからアレン、お前なら安心して預けられる、ということらしい。しっかりやりなさい。決して先方の期待を裏切ってはいけないよ』
とも父上は言っていたわけだしね。やっぱり変だと思ったよ。普通いくら婚約している相手の家だとしても、嫁入り前の娘を同居させるかなあと思ったんだよ。
でもま、それはすなわち、信用されていた、ということに他ならないわけだし。悪い気はしない。どころかよりいろんなことを頑張れるよね。
これからはエレオノーレの期待にもエレオノーレのご両親の期待にもこたえられるような男性を今まで以上に目指さないとな。
そんなことを考えながら今日も今日とて馬車に揺られながらゆっくりと自分の館に向けて進んでおります。
隣にはエレオノーレがいる。う~ん、幸せだ~。そんなことを思いながら揺られていると、
「アレン様、今日から本格的に貴族家当主様としてのお仕事ですね! しっかりとお支えしますから、ご安心ください!」
ふんすッ! という擬音が聞こえてきそうなほど張り切っているエレオノーレがそういってきた。
うん。もちろん、頑張ります! 頑張っちゃいますとも!
「うん! よろしくね!」
「はい!」
よおし! やる気がみなぎってきた! そうして張り切っていると、馬車が止まった。そして、専属使用人のデニスが、扉を開いてくれた。
「アレン様、奥様、到着いたしました。どうぞ、こちらへ。御足もとにお気を付けください」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
僕たちはお礼を言って馬車を降りる。まずは僕から降りて、その後手を差し伸べてエレオノーレの降車を手伝う。
ちゃんと貴族紳士としての振る舞いができているかな? そう思い、デニスにちらっと視線を送る。すると力強く頷いてくれた。
よし、とりあえず確実に及第点は超えているようだ。よかった。
「あ、ありがとうございます。お手伝いいただいて」
「いいんだよ。気にしないで」
「はい……」
エレオノーレは降りた後、真っ先にエスコートについてお礼を言ってきた。本当に素敵な子だな。こんな当たり前のことにまで感謝してくれるなんて。大事にしよう、こんな出会いは一生に一度経験できるかどうかだもんね。
それに、僕が今のエスコートを当然だよって感じで受け流したのに対して嬉しそうに寄りかかってくるのとか可愛すぎる! もう好き! 好きすぎる!
はい、おバカはとりあえずこの辺にしておきましょう。そろそろ本格的に仕事なので。
ただ、それよりも気になるのが……
「さっきから思ってたんだけど……」
「はい……」
「デカすぎない!? 僕の館!」
「おお、きいですわね……確かに」
そうやって驚いていると、デニスが、
「当然でございます。アレン様はそれほどまでに陛下からご期待を頂戴なさっているということです。本来なら、アレン様の仰ったとおり、騎士爵の方にこれほどまでの規模の館は与えられません。ですが有能な方、陛下からのご期待が厚い方は話が変わってくるのです」
「そ、そうなんだ。でも大丈夫? もしほかの貴族から不平等だとか僕に不満を言われても僕には解決する権限とかないんだよ?」
「それについても心配ご無用です。これは正式に法律で認められていることです。このアンドレアス王国は実力主義の国、ですので優秀な方はどんどん抜擢されていく仕組みなのです」
「なるほど、文句があるなら実力つけてからにしてくださいね~ってことか」
「その通りにございます。そしてアレン様は実力を陛下にお見せするなどという次元はとっくに通り越されておいでですので、他の貴族の方も迂闊に文句など申せませんし、むしろ当然の措置だと納得されてる方が大多数でございます」
ははは、いつの世も嫉妬深いと相場が決まっている権力者を多数決で黙らせられるほどの功績を残した騎士爵位の貴族? 誰だよそんな非常識な奴。はい、僕です。
もうどうにでもなあれ! って感じです。
「なるほどね。事情は理解したよ」
「す、すごいです! アレン様! 大多数ということは強い権力をお持ちの貴族家の方まで納得させてるということですよ。中には難色を示される方もいらっしゃるでしょうけど、それでもすごいことですわ!」
と、エレオノーレは我がことのように喜んでくれる。嬉しいな。ほんと彼女の笑顔が見れるだけで幸せな気分になる。
大変なこと、辛い事も中にはあったしこれからもあるだろうけど、この笑顔を見るためなら頑張れる気しかしない。
「ありがとう。エレオノーレ。それにデニスも。二人が常に支えてくれるから頑張れる。これからもよろしくね!」
「はい! 勿論でございますわ!」
「わたくしも、生涯、あなた様にお仕えいたします! 何なりとお申し付けくださいませ!」
「うん! じゃあ今日も一日、頑張ろうか!」
そういって、僕たちは館の扉を勢いよく開けた。しばらく、自分の生活の舞台が学園だったけど、これからは受けたい授業があるとき以外はこの館にいることになるだろう。
ここが僕らの新しい第一歩を踏み出す場所だ。このような立派で素晴らしい館をご用意くださった陛下の期待にもお応えしていかないといけない。
足踏みしている暇なんて一切ない。時間の流れも世の中の流れも一切自分を待ってくれはしない。頑張らないとな!
今日から本格的に、僕は貴族なんだ!
いよいよ、新章スタートです!




