報告と安堵
王城の一室、ここは王族たちが仕事で疲れたとき、合間の休み時間など、そういった時に利用する部屋。実に質素な造りだ。華美な装飾は一切ない。
アレンが王族は倹約家な人たちと予想を立てたのはあながち間違いではなかった。そしてそんな部屋で一人優雅に昼食をとっている人物。ヨアヒムである。
そして彼の昼食時に一通の手紙が届けられる。
コンコンッ
「む? 誰だ。入りたまえ」
「お食事中失礼いたします。陛下、こちらのお手紙が陛下あてに届いておりました」
入ってきたのは筆頭執事のクリストフだった。
「ん? そうか。では担当の者に確認させ……」
「差出人はアレン様です」
「何? 今すぐ見せろ」
「かしこまりました」
そういってヨアヒムは手紙を受け取り、開けるというよりは破きながら手紙を開封する。そして内容を確認することしばし、
「どうやら、あ奴は本当に一年生で卒業資格を得よったようだぞ」
「なんと!? それは誠に素晴らしきことにございます!」
「うむ。だが驚くのはまだ早いぞ。なんせ、今年は一年生での合格者が最低でも3人は確定しておる」
「誠ですか!? 歴史上、初ではないですか!」
「その通り。異常な事態じゃ。クリストフよ、心しておけ、此度の世代は粒ぞろいのようだ。おそらく国が大きく動くことになろう。しかもこれでまだアレンの優秀な友人は半分程度なのだ。もしかするとまだ合格者が増えるやもしれん」
そういうと、クリストフは絶句した。本来ならばあり得ないことだと分かっているからだろう。この世界での教育はある程度は発展しているとはいえ、現代地球に比べれば、比べる必要性を見つける方が難しいほど遅れている。それこそ何百年単位と。
それでも協会などでは教育を施している。なのである程度一般市民にも教育は身近なものとなっている。
だが、学園はそれをさらに超える最高学府なのだ。そこに首席で入学し、そこから一度も順位を落とさずに一年で卒業確定……本来ならあり得ない。
だがそれを実現したのがアレンだ。さらに驚くべきなのが、アレンが仲良くしている複数の友人、彼らのうち何人かも合格しているようだ。
一世代で、しかも一年生でこれだけの合格者が出るのは異常だ。その上でまだ合格候補者がいるという。
上級生になってくると基礎も、応用もかなり抑えているので普通に合格が出ることがある。三年生はどのみち義務教育なので卒業できるので今回の話からは除外する。
ということはここでいう上級生というのは二年生だ。たった一年、その一年に大きく差が出る。だがその差を軽く超えてしまう逸材が今代の一年生には複数名いるのだ。
喜ばしいことだが、同時に異常なことでもある。
「陛下の仰る通り、今代の一年生はかなりの大物ぞろいですね。今後が楽しみです」
「全くよのう。このご時世にこれほどまでに優秀な者がポンポンと出てきた。これも神の思し召しなのかもしれんな」
「そうかもしれませんね」
アンドレアス王としては、話していた通り一年でアレンが卒業してくれたことにものすごく安堵感を覚えていた。
それはそうだ。彼はとても優秀な上、師団員としても大成する未来しか見えない。なので悪魔や天使が暴れまくっている今、彼にはできる限り自分の側にいてほしい、もしくはまだ騎士爵なので側にいてもらうことは不可能でも、自由に権力を行使できる立場にいてほしいと願うのは当然のことだろう。
その願いが順調にかなって、アンドレアス王は嬉しい気持ちでいっぱいだった。
なので、
「よし! 合格者は今日中に出るはずだ、夕方になり次第すぐに学園に連絡を取れ! そして合格者を聞いて、一年生の合格者がわかり次第、余に知らせよ! 毎年恒例の卒業資格取得者歓迎の宴会の席で、個人的に会う時間を作る」
「承知いたしました」
こうして、アレンたちのあずかり知らぬところでひそかに個人的な謁見の準備が進められていた。ただ本来ならこういうことは起こりえない。何故なら基本的に王族が個人的に誰かを集中的に評価することはよほどの事態でない限り許されない。
謁見などで個人の功績に対し、褒美や爵位を与えることは必要なことな上、義務でもあるから問題視されないだけであって、それ以外の場面で個人的に誰かを褒め、評価するというのは貴族内ではあるが反発が起こりえる事案だ。
なので頻繁に用いれる手ではない。だが今回は事が事だ。悪魔や天使などの脅威がいつ本格的に王都に向くかわからない。
なのでそれを阻止し得る人物、そしてその者と仲のいい友人たちと良好な関係を保っておくのは非常に重要なことなのだ。
(それに、アレンの奴は後に我々の予想をはるかに超えるほどの大成を成し遂げるかもしれん。だから今のうちからしっかりと関係を築いておくのも良いだろう。エトヴィンと良好な関係だからとはいえ、アレンとも良好な関係が続くとは限らん)
それが本音だ。実に打算的。だが合理的ではある。王族や貴族ともなれば、相手が友好的な態度をとってくれてるからと言って、無条件に相手を信用し、関係を築くというのは愚策だ。
勿論アレンは自分を信じてくれてる相手に対しひどい仕打ちをするような人間ではないというのは前回の謁見で理解していることだ。
だが、それはあくまでも人としてであって、貴族として、権威ある人間としてという意味ではまた話は変わってくる。
前はいい人だったのに、爵位や財力といった力を手にすると途端に豹変してその力を乱用したり、より裏で暗躍しようとしたりする者は珍しくない。他にも自分の意思とは関係なく、誰かのたくらみに加担させられたり、弱みを握られ協力させられたりと、いろいろな状況が起こりえる。
なので念のためという意味で予防線を張っておくのも当然の処置なのだ。
(だがまあ、あ奴に関してはその心配はいらんだろう。念のために完全な貴族として行動するようになるまでは情報を集めるが、それ以降は不要だろう。ああいう根っから優しい、人に尽くせそうな感じの人間は忠誠を誓わせる側がそれ相応の器を見せれば、本気で仕えてくれることが多い。今までの余の経験からも言えることだ。余がしっかりすればいい話。問題はない)
ということを考えながら、また昼食に戻る。
その日の夜の晩酌は実に気分が良く楽しいものとなったアンドレアス王であった。
王城のとある一室、ここにもアレンとかかわりのある人物が。
「ほう、やはり我が息子はやり遂げたか。はは、まあ、当然のことだ。竜魔導師のような才ある人間よりも劣る私ですら、一年で余裕はなかったが卒業資格を得ることができた。その私を圧倒的に超える素質のあるあの子なら余裕だろう。やれやれ、今日は何ともめでたい話が聞けたものだ。というわけで……」
「お酒を開けるのはまだ早いですよ? まだ昼を少し過ぎた程度です。せめて執務の終わる夕食時までご辛抱をお願いします」
そうやって王城に来たときはいつも仕えてくれているメイドに一喝される、エトヴィン・ベッケラートの姿がそこにはあった。
国民からも、彼に友好的な貴族の者たちからも英雄的な扱いを受けている彼だが、お酒に関しては本当にだらしない。
普段なら妻も酒豪なので止める人がいないのだが、ここは王城、しかも今は執務の真っ最中。ということでメイドにしっかり止められる。
「はいはい、わかったよ」
「ものすごく空返事ですね」
「だって、空だもの。気持ちなんてこもってないからね」
「それを堂々と言う人がいるとは驚きです」
「私はそういう性格だから」
「よ~く存じております」
そうやって、王城に来たときは恒例のメイドとのつまらないジョークの合戦がそこでは繰り広げられていた。
本来ならメイドのこういう態度は不敬にあたるのだが、ここには二人だけしかいないのと、エトヴィン自身が堅苦しい関係を嫌っているといことから、メイドの態度は黙認されているのである。
その後は、夕食時にまた、エトヴィンのめでたいスイッチが入り、今日の夕食は一人ではあるが、十分に一人酒を楽しんでいた。
こうして、王城での主要人物への手紙受け渡しはなされた。ちなみにアーベントロート伯爵はこの報告にまさに自分のことのように喜んでいたとのちの記録には残っている。
メイドたちはそのあまりのはしゃぎ様に、子供を見守るかのような温かい視線を送っていたという。
お父さんは相変わらずですね(笑)。本日もお読みくださりありがとうございました。




