長期休暇 その8! 二人の恋の行方は?
エレオノーレの家にお邪魔してすぐにみんなそれぞれ自己紹介をして、それが終わると僕とブラームス家の皆さんで夕食をとることになった。
ランベルト・ブラームス準男爵、クリスティーナ・ブラームス夫人、クラウディア・ブラームス嬢というのが皆さんの名前らしい。
いよいよだ。ここで失敗はできない。しっかりいこう!
それよりさっきから気になるのが、エレオノーレの妹さんがずっと僕を凝視してくるんだけど、僕なんか悪いことしちゃったかな? すごく不安になる。
とりあえずなんか話しかけた方がいいのかな?
「あ、あの、クラウディアさん? どうかされましたか?」
「いえ、何でもありませんの。ただ、確かに姉さまの好みど真ん中という感じの方だったので、面白くて、ぶしつけに見つめてしまい、申し訳ありません」
「い、いえ、構いませんよ」
ん? それどういう意味かな? もしかして感づかれてる? まあでも女性ってそういう他人の変化に鋭いって何かで聞いたことあるから、エレオノーレが何か妹さんにとって何かしらの変化を感じ取らせてしまったのかもな。
「それと、わたくしに対して敬語は不要ですよ? 姉さまの妹なのにわたくしは敬語だと変ですわ」
「そ、そっか。ならえっと、よろしくね?」
「はい! よろしくお願いしますわ!」
うわー、笑顔とかエレオノーレに瓜二つだな。よしよし、まずは妹さんからの印象はいい感じだな。
「では、夕食をいただこうか。諸君。いただきます」
「「「「いただきます!!!!」」」」
ようやく食事が始まった。すごくおいしそうだ。まずこの時点で気を付けるべきはテーブルマナーだな。この世界の食事は西洋風だからフランス料理のようなものが多いんだよね。だからはじめはテーブルマナーに苦労したな。
僕の前世での家はそれなりにマナーに厳しかった。世間一般では普通とされてる食べ方も行儀が悪いといわれていた。
例えば麺類や汁物をすする行為。これはすこぶる行儀が悪いといわれた。もちろんおそばのようなすすって食べるのが一般的なものもあるけど、ラーメンや、ましてやスパゲッティなんてすすって食べようものならお説教コースだ。
食べるときに立てる必要のない音を立てて食べるのは基本行儀が悪いといわれた。
ほかにもお椀には人差し指をかけて食べるなとか、口を開けてくちゃくちゃ音を立てて食べるなとかも。
そうやって結構しっかりとマナーは教わってた。そのおかげか、他の人と一緒に食事していても恥をかくことは基本的になかった。そういう面では日本の親にめちゃめちゃ感謝してる。
この世界でもその知識は結構役に立った。まず第一にめちゃくちゃ静かなのだ。みんなの食べ方が。
ずるずる、くちゃくちゃ、食器のカンカンという音、一切聞こえてこない。これでもし僕が日本の親にマナーを教わらず転生していたら、大恥をかいただろう。
「ところで、今回ベッケラート卿にも無理を言って君に来てもらったわけだけど、どうだい? 楽しんでいただけてるかな?」
「はい。とても丁寧にお世話をしてくださる使用人の方にも、こうしてお食事にお誘いいただいたブラームス家の皆様にもとても感謝いたしております。素晴らしい時間を過ごさせていただいております」
「そうかそうか。それは良かった。先ほど君にいただいたお土産もあとで楽しませてもらうよ」
そんな感じで食事の時間は続き、今度は学校での話題に移った。
「そうそう、君には本当に感謝しているよ。あのベーレンドルフ公爵の子息に絡まれているところを助けてくれたんだよね?」
「ああ、はい。そういうことになりますね。ただ、あれはどちらかというと自分はたいして偉くないくせにお家の権限、お家の功績を盾に自分より下の立場の者を虐げる、そういったことを平気でできる人間にとても不愉快な気持ちにさせられたからというのが正直なところです」
「つまり私の娘を助けるためというよりは……」
「そうですね。どちらかと言えば、私は弱い者いじめが本当に大嫌いなので仮に誰かほかの人がグスタフ殿に嫌がらせをされていても止めに入ったかと」
「ははは! 気に入った! 君は本当に大物だ! ふつうどんなに不快な気分になっても公爵家の人間にたてつこうなんて考える者はいない」
いたく気に入っていただけた様子。本当は普通に娘さんを助けるために間に入りましたでいいのかもしれないけど、僕としてはなんかそういうの嫌だったから。打算的な気がして。
僕は本当にあの時弱いものを助けるため、弱い立場の者を虐げるくそ野郎を止めるために割って入ったんだから。
ただ、今となってはその当時のくそ野郎も仲のいい友達になってるんだから不思議だよね。
「娘が惹かれていったのも納得だ!」
「え?」
ん? 今すごいワードが出てきたぞ? 惹かれたって普通友達同士では使わない言葉だよな? えっとつまり?
「えっと、惹かれたというのは?……」
「ん? あれ? 違うのかい? 私には二人は友達以上に仲がよさそうに見えたんだけど?」
「あ、えっとその、はい。実はほんとについ先日エレオノーレさんに私の気持ちをお伝えして、そしてはい、とお返事をいただけたのでお付き合いをさせていただくことになりました。本日こちらに伺わせていただいたのはもちろん皆様方へのご挨拶ということでもありましたが、いま出させていただいたお話へのご承認を、エレオノーレさんとのおつきあいの許可をいただきたく訪問させていただきました次第でございます」
「なるほど、みんなはどう思う?」
そういってランベルト卿は家族みんなに意見を求めた。怖い……お願いです。認めてください!
「父上、いじわるが過ぎると思います。お相手はわたくしよりもお年を召されてる殿方とはいえ、まだ姉さまと同い年ですわ。もう決断されてるんでしょう?」
え? それってどういう……
「そうですよ、あなた。この子たちも真剣に臨んでるみたいですよ? 早く決断を告げてあげては?」
「ははは、君たちにはとっくにバレてたか」
「当たり前ですわ」
「そうですね」
あの、全然話についていけてないんですけど? 置いていかないでください、お願いします。不安になるから。
「そうだね。ではさっさと言っちゃおうか。結論から言うと、全く問題はないと思うよ? というかベッケラート卿のご子息という時点でこちらから縁談を持ち込みたいくらいだったのに、まさかそちらから来てくれるとは、私の日ごろの行いがいいのかな?」
「父上、日ごろの行いが良かったのは姉さまの方だったのでは?」
「そうね。エレオノーレが毎日貴族令嬢としての努力を怠らなかったから、神様がご褒美をくれたんじゃないかしら?」
「ははは、ほんとに君たちは物の言い方が直接的だね。でもま、彼女たちの言う通りだよ。アレン君、はじめから文句なんてないよ。最初に手紙で君と既に仲良くなってるって連絡が来たときは執務机から転げ落ちそうになったくらいさ」
えっと、つまり、僕たちのお付き合いは認められたってこと?
「そ、それでは私たちのお付き合いを認めてくださると?」
「もちろんだ」
僕とエレオノーレはすぐさま手を握り合って喜んだ。
「ただしここで問題となってくるのは、将来の話だ」
「そちらの方も私とエレオノーレさんの方でも、私の実家の方でもしっかりと話はまとまっております」
「つまり?」
「はい、エレオノーレさんとは婚約の方まで考えさせていただいております。貴族としての常識というのもそうですが、何より私がエレオノーレさんとの結婚を望んでおります。そちらもご承認いただけますでしょうか?」
「ここまでの貴族紳士としての振る舞いと覚悟を見せられて、否、というわけがないよ。ぜひ私どもの方からも、エレオノーレのことをよろしく頼みます」
そういうと、ブラームス家の皆さんが僕に頭を下げてきた。
「お、お顔を上げてください!」
「いや、しかし……」
「いいんです」
「うむ。そうか。それでは」
そういうとランベルト卿はようやく頭を上げてくれた。
「エレオノーレさんのことは私が絶対に幸せにして見せます!」
「うむ。頼んだよ」
「はい!」
そうして、長い長い試練の時間は終わりを告げた。
その後それぞれの部屋に戻り、みんなが寝静まったころ、
コンコン
「はい。どうぞ~」
「お邪魔します」
「エレオノーレ、どうしたの?」
「そ、その、少しお話したいなって思って……ダメですか?」
と上目遣いで聞いてくる。反則ですよ、エレオノーレさん。それ男にやっちゃダメなやつ。
とりあえず、ダメなわけがないので部屋に入ってもらって、使用人さんに紅茶を用意してもらってから席を外してもらい、二人だけで話をした。
「なんだかとても長く感じました。ここまでの道のりがとてもとても遠いもので、やっとここまでたどり着けたような」
「そうだね。僕もいまだに不思議に思ったり、信じられなく思ったりすることがあるよ。こんなに綺麗で、可愛らしい女の子が僕の恋人なんだって。今となっては正式に婚約者にまでなっちゃった」
「か、可愛いだなんて……そんな」
照れてる……可愛い、人って恋人ができると途端に、男の人ならカッコよく、女の人なら可愛く綺麗になるってどっかで聞いたことあるんだけど、もう前世での知識だしあんま覚えてないや。
「可愛いよ。誰が何と言おうとエレオノーレは可愛い」
僕って昔女の子にこんなにカッコつけたこと言えたっけ? 自分でも信じられないんだけど……もしくはエレオノーレがそれだけ魅力的ってことなのかもね。
「あ、ありがとうございます」
「それにしても本当に良かった。認めてもらえて」
「そうですわね」
「エレオノーレ」
「はい?」
「大好きだよ。これからもよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします」
そうしてその日はすぐに眠りについた。明日からは数日ここに滞在し、実家に戻り家族と時間を共にし、長期休暇終了のタイミングでエレオノーレを向かいに行く予定だ。
こうしてアレンとエレオノーレの試練は幕を閉じた。試練というほどもなくあっけなく認められはしたが、それでも簡単なことではなかったと思う。
とにもかくにも、二人の婚約は晴れて認められ、無事にまた新たな生活をスタートさせることができるのだ。
ようやく長期休暇もクライマックスって感じですね!




