登校初日!
今日は学園の登校日初日である。すごく楽しみな反面一抹の不安もある。理由はグスタフ・ベーレンドルフ! というわけではなく、どちらかというと彼のような思想を持ってる者がほかにもいるかもしれないということだ。差別思想を持つだけならまだましだ(そもそもそんな考えが脳内に浮かぶ時点で危険なのだが)。
問題はその思想を他人に平気で向けることができる者を見かけてしまったことだ。まあベーレンドルフ公爵家には注意するようにと以前から父上には言われていたが、それでも父上やエーヴァルトさん、コルネリウスさんのような『ノブレスオブリージュ』を体現しているような立派な貴族ばかり目にしてきた僕としては衝撃でしかたなかった。
「は~、まあでも、どんなに嫌でもこの一年は確実に付き合っていかないといけないんだよね……」
今はいろんな葛藤を胸に抱えながら登校している最中だ。もちろん徒歩で。学園はよほどのことがない限り権力を振りかざすのは禁止だ。なので登下校も平民と同じように徒歩で行うしきたりだ。
まあ言っても入学してからは寮に入って生活するわけだから校舎までたいして遠くないだろうけどね。
「ん? アレン、どうしたんだい?」
「元気がないですわね?」
今はツェーザルとエレオノーレと登校している。そう! まさかの女の子と登校なのだー! あれからすっかり三人で意気投合してしまったのだ! どうだ世の男性諸君? うらやましいだろ! なーんておふざけはここまでにして、これにも訳がある。まあはっきり言えば護衛だ。もちろん貴族の令嬢はほかにも通っている。そこに入ればいいんじゃないかと考えた人もいるだろう。それは正解だ、でもできない。
理由は貴族令嬢たちがみんな最低でも中堅貴族の子爵以上の階級だからだ。なので彼女たちはグスタフのような連中に攻撃されるどころか許嫁や政略結婚の相手に選ばれることがほとんどだ。だから味方になってくれる可能性は低い。爵位が低い相手を見下しているわけではないだろう。もちろんそういう者もいるだろうが、大部分はエレオノーレに味方してしまうと結婚相手がいなくなる、だから相手にしない。そういう者が大半だろう。
「うん。やっぱりグスタフのような人も貴族にはいるんだと思うと、今まで立派な貴族の方としか話をしてこなかった自分としてはかなり衝撃を受けてしまって」
「なるほどね。僕も残念に思うね、ああいうのを見ると」
「そうですわね。貴族の中にはああやって自分たちの権威を守ったり、はたまた強くしたりすることを考えている危険な思想の持ち主もいますから」
「うん。そうだよね。今まで良い人にしか出会わなかったから必要以上に落ち込んでるだけだろうな。よし、こんなことを考えても仕方ない! 気持ちを切り替えないと!」
「そうだね」
「ええ。その方がいいですわ。それと、お二人とも私のためにありがとうございます。何から何まで」
「気にしないで! 僕たちがまいた種でもあるから、困ったときは遠慮なく僕たちを頼ってよ!」
「そうだね。困ったときはいつでも言ってくれ」
「ありがとう。本当に感謝いたしますわ」
そんな感じで気分を切り替え、楽しく登校していると学園に到着した。これから自分たちの教室に向かわないといけない。僕たちは成績上位入学なので、特等教室っていう一番上のクラスなのは確定らしいんだけど、1と2に分かれるらしい。だからどっちにしろ自分の教室は部屋の前までいかないとわからないらしい。なんかこの自分のクラスがどこか探すときのワクワク感、久しぶりだな。高校生の時以来だ。
「あ、僕たちの学年の階に着いたね。教室はどこだろう? あ、僕は特等教室1だ。みんなは?」
「お、僕も同じ特等教室1だ」
「私もですわ」
おお! 三人そろって同じクラスとは! 幸先のいいスタートだな。この特等教室の番号に関しては序列はないらしい。序列があるのは教室の格らしく、一般教室1、2、3、4、5、二等教室1、2、3、4、一等教室1、2、3そして特等教室1、2という感じだ。一般的な成績のクラスとかなり差があるな。1クラス50人で、各学年700人の計算だ。それが一応三年生まであるから、全学年2100人か。そこそこな数がいるな。
「よかったよ。二人と一緒の教室で。これからもよろしくね!」
「もちろんだよ!」
「はい。こちらこそ仲良くしてください!」
ああ、やっぱり友達っていいな。この何でもないひと時が幸せだよな。天使や悪魔のことなんて考えずに済めばもっと気が楽なのに。
しかも僕はすでに王都にも小規模ではあるが屋敷も用意され、これからは貴族としての執務も少しずつこなしていくことになる。もちろん陛下には学業優先で構わないといわれている。だから、最初の一年は学園の寮での生活だ。
ただ出来れば1年で卒業資格を取り、自由に動けるようになっていてほしいといわれている。一年で卒業資格を得てしまった生徒は基本自由だからだ。住む場所も自由。
そういうわけで、陛下は早く卒業資格を得てほしいようだ。
「これから頑張らないと、とりあえずどこか適当に座っておこうか」
「そうだね。もうじき教授も来るだろう」
「授業が楽しみですわ」
そうこうしているうちに、教室に教授らしき人物が現れた。
「みんなようこそ、国立師団員育成学園に。私はこの教室の担当教授になった、クリスティーナ・アッヘンバッハです。よろしくお願いしますね。初めに言っておきます。この学園において教授は別に絶対というわけではないので、貴族の方は教授に対して丁寧にふるまう必要はありません。ただし勘違いしてもらっては困るのは、それは決して自分より下のものを見下していいなどというわけではないということです」
ほうほう、名字がある時点で貴族ってわかったけど、この貴族の女性はいい人だ。それに名前にも聞き覚えがある。確かアッヘンバッハ子爵家の次女の人だな。それなりに名のある貴族の家の人はあらかた情報を頭に入れてある。
「ですから、決して勘違いして自分より成績が低いものを見下したり、相手が平民だからと妙な真似をすれば即刻懲罰処分とします。特に貴族家の人は完全にお家の顔に泥を塗ることになりますのでかなりの問題になりましょう。気を付けてください。注意事項は以上です」
そう締めくくった彼女は次に授業構成を解説した。まずまだ時間割は正式に決まっていないが、近いうちに渡されるらしい。その時間割には毎日必修科目が二つ入ることになるらしい。これはこのクラスのみんな全員で受けることになる。
そして驚きなのが義務教育なのに選択科目もあるようだ。剣術、魔法学応用、魔法具学、魔法薬科学、槍術、応用礼儀作法、軍略学、応用舞踏などなど、結構面白そうなのがたくさんある。礼儀作法や読み書き計算、歴史、魔法学基礎などは必修だが僕からすれば、鼻くそほじって授業受けてても余裕なくらい当たり前な内容だ。でもとりあえずはこの必修基礎を受けないと、絶対に1年で卒業確定にはならないから真剣に受けよう。
「面白そうな授業がたくさんあるね! 二人とも」
「そうだね。特に軍略学などは役立ちそうだ」
「私は応用舞踏などに興味があります」
「うんうん。それぞれに興味があっていいね!」
そんなことを話していると、
「ふん! 暢気なものだな、成績上位入学者様は」
そんな声が聞こえてきた。振り向くと、
「君は確かベーレンドルフ公爵家の……」
「なんだ覚えていたのか、てっきりキザなお前たちだから忘れていたよ、なんて言い出すかと思っていたから、意外だな」
「ん? もしかして忘れててほしかったの?」
「うん。僕にもそう聞こえたね」
「違う! 全くお前たちは人をどこまでもコケにしやがって!」
「んー、でも自業自得だし?」
「僕らに罪はないよね? むしろまだあの行いが正しいとでもいうのかい? きみは」
「そもそもなんでお前たちはそんなに偉そうなんだ? 少し調子に乗りすぎじゃないのか?」
なるほど、僕らがあまりにも自然体で彼のことを非難するから、びっくりしているんだろう。
「そういわれても、僕は一応は君より立場が上だし……」
「なんだと? そんなわけがないだろう。ふざけるのもたいがいに……」
「だって僕、騎士爵とはいえ、一応爵位持ちだし」
「なん、だと?」
「あ、それについては僕も証人になるよ。ていうかこの間話題にならなかった? たった六歳の子供が爵位を授与されたって」
「ま、まさかその叙爵された少年っていうのは……」
「そ、君の目の前にいるアレン・ベッケラートさ」
「な!?」
ツェーザルがそこまで言った瞬間教室の中が静まり返った。さっきから僕たちの言い合いを聞いていたらしい。エレオノーレは静かに控えている。
「お、おい今のきいたか? 数か月前6歳で叙爵された少年がいるって話を聞いたけど、それがあの背の高い男の子だって」
「うそでしょ!? あんなに男前の人だったの? しかも背まで高いなんて」
「それに確かあの子、成績発表の時、主席掲示板の前にいた子だよね? よっしゃって言いながら喜んでたよ」
「マジか!?」
あ~、騒ぎになっちゃったな……クリスティーナ先生ごめんなさい。
「ちょっとそこのあなたたち静かになさい」
「すみません」
「以後気を付けます」
「チッ! まさか爵位持ちだったとは。道理で俺にビビらなかったわけか」
「そういうこと。それにツェーザルの実家も相当な家だからちょっかいをかけてもあんまり効果がないと思うよ。それだけ伝えとくね」
「ふん!」
「静かになったようでよろしい。では続きを説明します」
そういってまた、クリスティーナ先生はガイダンスを再開し、一時間ほどで終わった。その後は各々帰宅する感じだ。帰りのあいさつなどはない感じだ。
あの後からグスタフに面倒な絡みをされることもなくなった。爵位のことを話して、その僕がエレオノーレを守ってるからだろう。ツェーザルもいるし分が悪すぎると判断したのかもね。
まあ、なんにせよ順調に学生生活を送れそうで何よりだ。まだグスタフへの警戒を弱めるつもりはないけどね。
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