凱旋とその後
遠征でフェルザー侯爵領にきた時よりも、多くの日数をかけて僕らは王都に到着した。
近衛師団団長のコルネリウスさんが馬車に掲げる旗を見て、王都の門番もすぐに僕らの帰還だと気付いたようだ。慌てて入場手続きの準備をしている様子だ。
「ご帰還、お待ちしておりました! すぐに手続きをいたしますので、今しばらくお待ちを」
「承知した。よろしく頼むよ」
コルネリウスさんがそう返事をすると、門番は最敬礼をしてすぐに詰所に入って行った。そしてしばらくすると門の向こう側からガヤガヤと騒がしい人々の声が聞こえてきた。
おそらく門番から僕らの帰還が伝えられたのだろう。1分経つごとにどんどん中が慌ただしくなっていくのが分かる。
数分後、
「大変お待たせいたしました。手続きが完了致しましたので、中にお入りいただけます。ただ、中は既に皆様の凱旋を喜び、歓迎しようと集まっている民で混み合っております。御者の者には気をつけて進むようにと伝えてありますが、皆様もお気をつけください。急停止するなどといったことがあるかもしれませんので」
「承知した。細かいところまでの心遣い、誠に感謝する」
コルネリウスさんがお礼を言うと、門番は再び最敬礼をして一歩下がり、道を開けた
そして、
「開門!!」
ゴゴゴゴという音をたてながら王都の入り口である巨大な門が口を開いた。いつも思うけど、何度見てもすごい迫力だ。門が完全に地面まで降りて、僕らの馬車が再び進み出した時、目に入ってきたのは街道を塞ぐほどに集結した民衆の姿だった。
皆アンドレアス王国旗を振りながら僕やコルネリウスさん、そしてグスタフ達幹部の名前を呼んでいる。
熱烈な歓迎を受けながら王宮に進むこと2時間……いや、2時間ってどんだけだよ。普段ならどんなに道が混み合っていても、30分から長くても1時間弱で着くのに……。
疲れたなぁという感想を胸に抱きながらそのまま馬車に揺られ、ようやく目的地に辿り着いた。
「皆様、よくご無事でご帰還を」
「クリストフ殿、出迎え感謝するよ」
クリストフさんの出迎えにコルネリウスさんが代表して受け答えをする。
「数週間は留守にしたと思うけど、陛下はお元気かな?」
「えぇ、お体の方はいつも通りかと。しかし皆様のご帰還をまだかまだかと心配されておいででしたので、精神面では少し消耗されてるかと」
「ははは、陛下に心配していただけるとは我々も幸せ者だね。ところでそういう話は私たちにしても大丈夫だったのかな?」
「はい、しっかりと"言うでないぞ!" と口止めをされておりました。ですので内緒ですよ?」
「ははは、クリストフ殿も案外イタズラ好きですな?」
コルネリウスさんがクリストフさんの出迎えに代表で受け答えをして、軽いやり取りをした後すぐに応接室に案内された。
部屋に戻ると既に陛下を含め、いつもの主要なメンバーは揃っていた。陛下、父上、ベッカー侯爵、ダミアン、ツェーザル、バルツァー公爵、アードラー大公、ボーゼ大公、バーデン大公、そしてエルヴィン王太子殿下、ざっとこんな感じだ。
「おぉ、よく戻ったな諸君。さぁ、座りなさい。疲れているだろうから手短に済まそう」
「お心遣い感謝致します」
コルネリウスさんが陛下にそう言葉を返すと、僕、コルネリウスさん、カール、グスタフが一斉に席についた。
「さて、ではまずは今回の件、取り敢えずは片付いたと考えて良いのかな?」
陛下がいきなりド直球の質問を投げかけてきたので、僕らはどう答えるか悩んだ。それに対して不安そうになる陛下一同。
「なんじゃ? 何かあったのか? もし問題がまだあるのならば、申してみよ。我々ができることならば何でもやろうぞ」
陛下がそう仰ってくださるが、問題はそう言う方向性のものではない。ひとまず戦いは終わっているのだからね。
そう思っていると、コルネリウスさんが今度は口を開いた。
「いえ、陛下。戦い自体は既に終結しました」
「おぉ、それは誠か! 素晴らしい! お主らならばやってくれると信じておったぞ!」
「もったいなきお言葉、感謝申し上げます。しかし、問題はここからなのです」
コルネリウスさんが僕の方をチラッと見たので、ここからは僕が説明を引き継いだ。
一から十まで丁寧に事の顛末を説明した。すると陛下は、
「なるほどな、致し方なき決断、というわけだったのだな……」
「私の力が及ばず、何ともはっきりとしない結末となってしまいました。本当に申し訳ございません」
そもそも僕がもっと強ければこんなことにはならなかったのだ。しかし、現実は残酷で僕らに重くのしかかる。そういうわけで、僕はどんな責任からも逃げない覚悟でいた。しかし、実際は全く違う方向に話が進んで行った。
「何を深刻そうな顔をしておる。そなたら師団員を責める者は、この場には誰もおらんよ。もちろん国全体で見てもな。いれば余自らがすぐさまその首切り落としてやる」
ははは、陛下はやはり愉快なお人だ。そんなこと言ったら、かなりの数の人間を切らないとダメだろうに。マジな目をして言うんだからほんと敵わない。
人間はたくさんいるんだ。僕らのこれまでの功績と、今回の被害を最小限に食い止める方針、それらを大局的に見て判断してくれる人も確かに存在するだろう。だけど、テオドールを逃したことも事実。不安になり、攻撃的な発言をしてくる人も絶対に存在する。
でもそれは仕方のないことだ。力のない人はただ怯えることしかできないのだから。僕たちが守ってあげるしかない。だけど今回は僕や他のメンバーだけではどうしようもないことだから、少しばかり陛下のお力をお借りしないといけない。
「寛大なお言葉、心よりお礼申し上げます。しかしながら陛下、テオドールを取り逃したことも事実であります。国民の多くは非戦闘員。力のない者はやはり不安になるでしょう。ですので、誠に勝手ではございますが、どうか陛下のお力添えをいただきたく存じます」
僕が陛下にそう言うと確かにそうだな、と呟いた後、陛下が再び話し始める。
「仕方あるまい、お主らを責める者がいるかもしれないと言うのには、些か我慢ならんものがあるがアフトクラトリア公の言うことも間違いない。よって今回の件、多少情報を弄って国民に公表するとしよう。この場にいる者も今の話は口外禁止だ、良いな?」
僕らは全員首を縦に振り、報告会は終了した。ひとまず決定した内容としては、情報操作で国民に混乱を与えない程度にあの場で起こったことを濁して伝える。そして僕らにはそれぞれ褒美が与えられるということ。
以上の二点だ。こうして無事陛下への報告を済ました僕らはそれぞれで解散となり、後日の謁見に備えて休養を取ることとなった。
数日後、
僕は今王宮の控え室にて待機している。理由は当然今回の騒動解決に関する褒美を受け取るため、陛下への謁見の機会が設けられたからだ。
控え室に来てから数時間、ずっと身支度や今回の謁見の流れの説明などを受けていたのだが、ようやく休憩に入った。そしてそのタイミングを見計らったかのように来客の知らせが届いた。
誰だろうと思いながらも僕は入室許可を出す。すると入ってきたのは、
「やぁ」
「えっ!? お、王太子殿下!?」
「あははは、やっぱり驚いたかい?」
そう、近いうちにこの国を背負う次代の国王その人だ。今までにもちょくちょく個人的なお茶会などには呼ばれてはいたんだけど、やっぱりいつ会ってもその威風堂々とした雰囲気には、自然と敬意を払いたくなる何かがある。
これをカリスマ性というんだろうか……まぁ、今はそんなことどうでもいいや。まずは殿下の言葉に返事をしなければ。
「驚きましたとも。まさかここで殿下と個人的にお話しできる機会に恵まれるとは」
「ははは、大袈裟だなぁアレンは。それと今はもう使用人も下がってるから敬語はなくていいよ」
「うん、それじゃそうさせてもらうよ、義兄さん」
「うん、そうしてくれ。今回急に君のところに来たのは、少し話があってのことなんだ」
「話?」
何だろうと思いながら話を聞いていると、今回の事件のことでお礼が言いたかったとのこと。別にそんなのいいのにとは思ったものの、本人はそうはいかなかったらしい。
「君という存在が僕の同世代に居てくれたこと、心より嬉しく思うと同時に頼もしく思う。これからもよろしく頼むよ」
「もちろん、僕はこれからもずっと王家に忠誠を誓い続けるよ」
「ありがとう。それじゃ、謁見の時にまた会おう」
「うん、また後でね」
こうして殿下とやり取りをした後、ようやく謁見の間に呼ばれた。
その後謁見が始まり、僕を含め、作戦に参加したメンバーは全員褒美を与えられた。僕の褒美は名誉大公への陞爵と、金品の贈呈。ざっくり言うとそんな感じ。しかし爵位名に名誉と付くとその代限りの爵位となってしまう。世襲可能な爵位ではない為、本来ならば、今の公爵の位の方がよっぽど恵まれていると言える。しかし陛下はその褒美に少し条件を加えた。
それは、僕の息子たちが成人し、爵位を受け継ぐ年齢になった時に正式に大公位への陞爵を認めるというもの。そしてこの条件に反対の意を示す者はゼロだった。よって晴れて僕の家は大公家への仲間入りを果たした。
僕の家は特殊な条件付きの家だけど、それでも大公は大公。ここ100年ほど数が変わらなかった貴族家が増えることとなった。これからは僕の家を含め、"四大公"と呼ばれることとなる。
謁見が終わり、屋敷に帰るとエレオノーレとビアンカ、そして愛する我が子たちが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、貴方」
「お帰りなさい、アレン様」
「ぱ〜ぱ」
「たやいま?」
妻2人がおかえりと言ってくれている中、その妻たちの腕に抱かれてジークフリートとアルベルトがまだまだ拙い言葉遣いで迎えてくれた。
ジークのパパはともかく、アルベルトの"たやいま"は笑いそうになった。おそらくただいまと言いたかったんだろうけど、そもそもそれも立場が逆だ。
僕と妻たちが吹き出しそうになっているのなんかお構いなしに子供たちは暴力的な可愛さの笑顔でこちらを見つめてくる。はぁ、ようやくこの幸せな光景を噛み締めながら一息つけるんだな。
勿論、今のところは約束は守られているけど、テオドールがいつ約束を反故にするか分からない。なので、訓練に関してはまだまだ気が抜けない。
僕がもう誰にも負けることは無いと確信が持てるまで強くなり続ける。
そこは変わらないのだけど、それ以外の面ではもう普通の生活に戻れそうだ。大貴族としての役目は今後も果たさないといけないけど、それは他のみんなだって同じこと。コルネリウスさんは名誉公爵となった。彼の子供が未来の王であるエルヴィン殿下の子供と許婚となれば、正式にその代からアーベントロート公爵家が出来る。
グスタフは公爵のままだけど、バルツァー公爵の後継者候補、つまりは未来の宰相として抜擢され、その業務を覚えるために今後バルツァー公爵付きで行動するようになる予定だ。
カールは伯爵位となり、立派な土地を治める上位貴族の仲間入りとなった。それ以外にも一般の師団員の中で目覚ましい功績を残した者たちの中には、叙爵された者もいる。
そんな感じで皆が皆自分の役目を全うするために頑張る準備をしている。僕だけ少し疲れたので休みますは通用しない。だけど今くらいはせっかく陛下から特別に頂いた休暇を存分に楽しんだって文句は言われないだろう。
故に僕は妻たちにこう提案した。
「ねぇ、近いうちに海が見える地域に行って休暇を楽しむってのはどうかな? それとルセルクやノルデのところにも挨拶に行っておきたいし。今回の戦いでお世話になったからね」
僕の言葉に妻たちの顔がどんどん笑顔になっていくのが分かった。この提案は成功のようだ。
「良いですわね! しばらくはお仕事もお休みなのでしょう? せっかくなので楽しみましょう! それにアレン様の仰る通り、ルセルクさん達にもご挨拶は必要でしょうし」
「そうですね、エレオノーレの言う通りだわ。それで貴方、旅行に関してですけど、行く場所についてはもう決めてらっしゃるんですか?」
「うん、そのことなんだけどね……」
こうして、僕の長く、そして大きな目的は達成された。あの時の女神様がどう思ってらっしゃるかは分からないけど、ひとまず僕がこの世界に遣わされた目的は成し遂げられたんじゃないかと思う。
だから今後はこの世界の1人の貴族として、アンドレアス王国民として、
そして竜魔導王として一生懸命生きていく。そう決めたんだ。
Fin.
これで物語は終了です。ここまで読んできてくださった読者の皆さん、本当にありがとうございました!