決着 その2
「よし、それじゃあその勝負を受けるよ」
「よし、それでは……」
「だけど! その前に、条件を一つ呑んで欲しい」
「条件? そういうのは勝ってる側が決めるものだと思うが?」
「そうだね、実力では君の方が上だろう。だけど戦局的に勝っているのは僕らの方だ。もし君がこの勝負に負けた場合、君以外で僕らに対抗できる者は居なくなる」
僕がそこまで言うと、テオドールは少し考える素振りを見せると、すぐに口を開いた。
「確かにな。正直、双聖剣も六大聖人も負けたとあっては、頼れる戦力も無かろう。良いだろう。条件を申してみよ」
「まず一つ目、負けた場合は直ちに戦闘態勢を解除して即刻この地から去る事。そして当然だけど、今後一切の人類への攻撃は禁ずるものとする。
二つ目、君には監視を付けさせてもらう。そしてその者は僕らに1日の経過を報告する仕事を与えるから、絶対に殺さない事。殺した場合、最高戦力を直ちに集結させ、差し違えてでも、君を殺しに行く」
「ふむ、二つ目の条件は私が言ったことを信じていないように聞こえるが?」
「分かってる。君はなんだかんだで約束を守るであろう人物だってことはね。でなければ勝負だなんだと持ちかけて、すぐに戦闘にならないことを利用して一瞬油断させ、その後僕らは殺されていただろうからね。約束を守るからあんな提案をした後にも僕らを殺さなかった」
僕だって馬鹿じゃない。この男は最低だが、口にしたことは完全ではないかもしれないけど、ある程度は守るであろうことは見当がつく。でも僕は今、人類代表として交渉してる。個人的見解で人類全体を危険には晒せない。
「分かっているのならば、もう少し信用して欲しいものだが……まぁ敵を信じろという方が無理があるか。良かろう。その条件を呑んでやる」
「よし、ではその勝負とやらを始めよう」
テオドールは軽く頷くと、転移魔法を発動した。気がつけば、僕らは地上に出ていた。
「ここならば、魔法の威力を気にする必要はあるまい?」
「いや、ここはまだ貴族の領地の近くだ。君の最強魔法なんか喰らえば一瞬で吹き飛んでしまうだろう。だからもう少し平原が広がる土地に行こう」
「やれやれ、仕方あるまい」
テオドールは気だるそうにそう呟くと、指をパチンと鳴らした。そしてまた違う場所に僕らは転移した。もうフェルザー侯爵領は見当たらない。本当に人気のない場所に転移したのだろう。
「ふむふむ、ちゃんと人気のないところに飛ばしてくれたんだね」
「面倒ではあったがな。さて、それでは早速だが始めようではないか」
僕はテオドールの言葉に軽く頷く。いよいよだ。ここさえ凌げば、終わりなんだ。勿論、テオドールが約束を破る可能性も無くはない。だけど、今回ばかりは彼の言葉を信じるしかない。
「では、行くぞ!」
テオドールは天高く飛翔した。おそらく身体強化魔法だろう。どんどん上昇していき、地上からおよそ300メートルくらいのところで停止した。
「これより禁忌級魔法を発動する! 勝負に勝ちたければ死に物狂いで防ぐことだ!」
テオドールはそんな言葉を発した後、魔法の発動準備に入った。
「こ、これは……」
コルネリウスさんの呟きはおそらくみんなの意見の代弁そのものだと思う。禁忌級と言えどこの魔力量は凄まじい。しかもそんな魔法を扱ってるのに、テオドール本人は全く疲れたようなそぶりも見せない。
魔力量で威力が上がったりっていう事は起き得無いとさまざまな研究で解明されている。だけど僕らが一つの魔法に込める魔力を増やしたりするのは、最終的にはやはり魔法の耐久力のため。これに尽きる。
魔法は魔力が尽きると効果が終了しちゃうからね。持続時間を伸ばすためにもやはりたくさんの魔力が必要だ。
おそらくテオドールもそれを狙ってこれだけの魔力をたった1発の魔法に込めているんだろうけど……これはエゲツないにも程があると思う。
けどこれを防がなければ、どのみち人類は終わるんだ。ならもう考える事はないよね。自分の持てる力の全てで対抗するだけだ。
「皆、いよいよ覚悟の時だよ」
僕が今作戦に参加している全メンバーにそう言うと、
コクリッ
とても力強い頷きが返ってきた。皆しっかりと覚悟は決めているようだ。ならば、あとはそれを行動に移すのみ。そろそろテオドールの準備も終わる。いよいよ決戦の時だ!
「作戦会議は終わったようだな。ならば遠慮なくいかせてもらうぞ!」
「望むところだ! 来い! テオドール!」
「では、行くぞ! 『聖光焔冰岩』!」
光、炎、氷、大地の四属性の魔法が禁忌級の威力で僕らに飛来した。しかもサッカーボール大で結構な大きさなので、着弾すれば、結構な爆発を起こす。当然テオドールが契約している竜は神位竜だ。
正直本当にヤバい……ここまでアドバンテージのない戦いは初めてだ。今までは何かしらこちらに有利な条件があった。でも今回はない。故に本当に純粋な力勝負で、相手に勝たないといけない。
「みんな全力で行くよ?」
僕が部隊のみんなにそう声をかけると、全員声を揃えて返事をしてきた。
「「「おぉ!!!」」」
その力強い声を聞いた後、僕らは一斉に結界魔法や、結界が使えない人はそれぞれの属性の防御魔法を展開した。
ドガーンッ!!!
僕らの魔法とテオドールの魔法がぶつかり、強烈な衝撃波と爆発が周囲を襲った。さらにテオドールの魔法は拡散型の魔法なので、僕らがいる位置以外にもあちこち着弾していた。やはり凄い魔法だ。こんなものをポンポン打たれたら、この辺り一帯は本当に大変なことになっていた。
本当に凄い、凄いけど僕らはここで不思議に思った。それは攻撃の威力は確かに重いけど、防げないほどではないということだ。どういうことだ? と思ったのも束の間、僕らは急激に残酷な事実を思い出させられる……。
それは、僕らは既に立て続けに戦っており、体力も魔力も限界に近いこと。それに対して相手は、今までずっと自分の力を温存し続けていた。
突然目の前が暗くなったような錯覚に陥ったその直後、
ガクッ!
僕は急激に疲労感に襲われた。コルネリウスさんたちも同じようだ。みんな一斉に膝をつき始めた。だけど意地でもこの結界は通させまいとみんな必死に踏ん張っている。
そこにテオドールの高笑いが聞こえてくる。
「ふははは。本当に愚かだな、お前達は。連戦辛勝を重ねてきたお前達が、ここにきて私に勝てるわけがないだろう。私としては初めから分かっていたことだが、せっかくここまできたのだ。相手をしてやろうと思い、この提案をしたのだが……やはり無理だったようだな」
クソ、好き勝手言いやがって! そう言いたいが、彼の言っていることが事実で、実際とてもキツイので反論する余裕もない。
けど、けど! ここで勝たなくちゃどのみち僕たちに先はない! 今この瞬間生まれた命、これから生まれてくる命、そして今現在立派に生きている命、これらを守るためにはここで死力を尽くすしかない。
「みんな、余計な事は考えずにとにかくひたすら耐えることだけを考えよう! 今僕たちにできる事はそれだけだ!」
「言われなくても分かっている、アフトクラトリア卿!」
グスタフのいつもの調子の返事が聞けたところで僕らは再び立ち上がり、魔法の維持に集中した。そしてついに、
「何? 私の魔法に耐え切った……だと? あの体力と魔力でか?」
僕らは彼の魔法に耐え切った。僕らがいたところ以外は50メートルくらい地面が陥没していたけど……もはや立派なクレーターだよ。
そして何やらぶつぶつと呟いた後テオドールは突然笑い出した。
「ふ、ははは! いや、参った! 流石だよアレン、アンドレアス・ベッケラート・アフトクラトリア公爵、そしてその仲間達」
拍手と共にそんなことを言ってくるテオドール。僕らはまだ気を抜けず、少し警戒気味でテオドールの話を聞いていた。しかしテオドール本人はそんな事気にも留めずに話し続ける。
「正直君たちのことをみくびっていたようだ。本当に私に勝つのは無理だと思っていたからな。だが、そうだな。約束は約束だ。私はここで大人しく手を引くとしよう」
「貴様の組織に所属していた構成員達は全員身柄を拘束させてもらうぞ?」
テオドールは一通り自分の言いたいことを言ったあとは、今後のことについて話し始めた。それに対してグスタフが重要な質問を投げかける。そして同時に僕はやはりグスタフは有能だと思った。
何故ならここで魔天教の構成員も一緒に逃してしまえば、今回はどの規模でなくとも、また厄介な組織を作られそうだからだ。それを防ぐために予めテオドールの手足となる可能性の芽は潰しておく。そこまでしっかりと考えているグスタフはやっぱり頼りになる。
さてと、テオドールの返答は如何に……
「構わん。元々我が目的達成のために集めただけの者たち。そして私は作戦を決行する前に選択肢を与えた。本当にやるのだな? やめるならばこれが最後だぞ、と。しかし彼らは付いてきた。全ては本人達の選択の責任だ」
僕はその言葉を聞いて思わず怒鳴りそうになった。あまりにも無責任で薄情で、血も涙も無いと思ったからだ。
「でも彼らは君を慕ってついて来たんじゃないの?」
「い〜や、元々この計画は私1人でやるつもりだったものだ」
僕らはその返答を聞いて、驚きで言葉に詰まった。だけど同時に、彼ならやれないって事はないかもとも思った。
「彼らは言うならば、私の思想に興味を持ち、自らついてきただけだ。双聖剣を始め、六大聖人も皆な。彼らが筆頭になって組織を大きくしたのだ」
そう言うことか。つまりテオドールからすれば、予想外の手駒が手に入った、と言った程度の認識なんだろうな……なんか後味悪いな。
「なるほど、話はわかった。ならば遠慮なく捕らえさせてもらうよ」
「好きにするが良い」
コルネリウスさんの言葉に返事をしたテオドールはその後も今後の動きについて話を進めていった。
数十分後、テオドールは既に僕たちの元から消えていた。僕らが付けた監視人を伴って。なんだか非常にスッキリしない終わり方だったけど、とにかく人類を守ることには成功した。だけど陛下への報告が残ってる……
僕も含め、グスタフもコルネリウスさんもカールもみんなどんよりとした雰囲気で帰路についた。とにかく武人の出る幕はここまでだ。あとは行政のエキスパート達に任せよう。
そう考えた後、猛烈な眠気に襲われて僕らは全員馬車の中で眠りに落ちたのだった。